間違った青春をそうして俺は知る
桜木雲雀は何も始めから女装をしていたわけではない。少なくとも彼自身、それをしているつもりはなかった。だが、周りは彼の姿を見る度に女だと言った。自分はそうじゃないのに。女。女と言われた。
長く伸ばした長髪は何かのこだわりがあったわけではない。ただ彼は人と接することが苦手であったので髪を切らなかった。髪を切るのに一人では無理だからだ。会話は彼の耳には雑音でしかなかった。
言葉など偽りでしかない。彼はそれを誰よりも早くにそう思っていた。彼と出会うその時までずっと。
―
「ねぇ。ねぇ。今日はどこ行く?ねぇ、ねぇ。ゆうちゃん?」
「は?おい、決めてねぇのかよ?ってか、用があるから俺を呼んだんだろ?」
場所は人が賑わう大通り。時は休日。そして隣にいるのは桜木雲雀。今日はなんでか化粧もばっちし。スカートなんかも履いている。チラチラちらつく目がとても居心地悪い。
「まぁ、行く場所ねぇなら取りあえずはどこか喫茶店にでも入って場所決めるか?」
出来るだけ流行ってなさそうな人気のないとこが望ましい。ほらまた誰かに睨まれている。いや、コイツ男だからね。言っときますけど。
「うん。そうだね。じゃぁ、あそこにする?」
元気な声で指差したそこはあの有名な珈琲店。スタバである。
「いや、あそこはちょっとな・・・」
人多いし。おしゃれすぎて俺が入ってもいいのか?
即、却下である。
「え~。僕、ああいうとこ入ったことないからちょっと憧れてたんだけどなぁ~。」
「それなら安心しろ俺もああいうとこは入ったことない。」
何が安心しろなのか?
とは言え、あんなところで行く場所なんて決めれるとは思えない。それとなく大通りから離れた道へと誘導する。
「お、おぉ。あそこにしよう。あそこの喫茶店が俺達を呼んでいる筈だ。」
「え?あそこ?」
桜木が戸惑いを見せるのも無理はない。俺が指さしたのは見るからに翌年にはここにあるのかどうかも疑わしい小さな喫茶店。店名。コンフォート。
「あぁ。ここ。」
言葉には出してはいないが桜木が拒んでいることはは分かった。だが、譲る気はない。ここが駄目ならば俺は帰る。
失礼すぎるだろ。俺ら。
「まぁ、ゆうちゃんが言うなら僕はいいけど。場所、決めるだけだし・・・」
口を尖らせてはいるものの渋々と了解の意を伝える桜木。
だから、失礼すぎるだろ!こういう店ほどいい仕事してるマスターがいんだよ。文句を言う前にこの一杯を飲んで下さいだ!
いや、何言ってんだ俺?
「んじゃ、入るか?」
とにもかくにもここに入ることは決まったのだ。俺達、二人はその店のベルを鳴らし、中へと入る。
「いらっしゃい。」
中に入ると直ぐにカウンターでマスターらしき人物からの声が掛かる。俺は小さく会釈なんかを返し席を探す。
えっと、席は?席は?
とか思ってみたもののそんなの探すまでもない。どの席にも人は一人もいない。別にそれはここの美味い。不味いを意味するのではなく立地の問題だろうと俺は察した。
「何、飲む?あんたらみたいなガキには紅茶とかの方がいいかい?それとも果実の出汁の方が好みかい?」
席に着くなり早速、オーダーを取りに来たのはカウンターにさっきまでいたマスターらしき人物。なんか見た目はカッコイイ系のお姉さんと言った感じだ。口調からもそうだと判断できる。
「あっ、えっと…僕は珈琲でいいです。ゆ、ゆうちゃんは?」
こういう感じの人には慣れていないのだろう。桜木は酷く動揺して俺に直ぐ注文を訊ねる。
「あぁ。そうだな。せっかく珈琲店に来たんだから珈琲だな。」
メニュー表もろくに見ず、俺も桜木と同じものをマスターへと伝える。
「いいのかい?ここのは少し苦が目だぞ?なんならミルクと砂糖のサービスをしてやるが?」
「えっ?ここ砂糖とミルクにも金取るんすか?」
返ってきたマスターの言葉に驚きを隠せない。こう言った雰囲気出てる店ではそうなのか?これはマズイとこに入ってしまった。
とか、心中オドオドしている俺に小さな笑い声が届く。
「ふっ。冗談だ。ゆっくりしてけ。」
マスターはそう言いながらカウンターへと戻って行った。
「じょ、冗談かよ?くそっ。あの人。顔も声のトーンも変わらなかったから全然、分からなかった。」
軽く弄ばれた事に少しの怒りを感じる。だが、悪い人ではないと思った。それは桜木も同じのようだ。
「でも、あの人。少しゆうちゃんに似てるよね?悪い人じゃないよ。」
「は?俺が?」
正直な感想。どこをどう見ても俺とあんなサバサバした美人が似ているわけがない。ハテナマークを頭上、いっぱいの俺にそれでも桜木は言う。
「うん。ゆうちゃんと同じで優しいところ。」
「あぁ。そうかよ。」
突拍子なる攻撃だ。そんな台詞をニッコリ笑顔で言われればそっぽを向くしかない。ここに人がいないのも少しばかり俺には居心地が悪いと遅れて思う。
「で、これからどうする?ここは無難に映画とかかな?あっ、でも僕、今の流行りとか全然知らない。ゆうちゃんはどう?」
「いや、俺も今は特に観たい映画はないな。」
大体、女装中のコイツとどんな映画を観ればいいのか?全く分からない。映画は無しの方向でいこう。
「そっか…じゃぁ、どうしよう?僕、こういう時、どうしたらいいのか勉強してくるんだったね。…ごめんね。」
「いや、謝らんでもいいだろ?」
勉強ってなんだよ?こういう時って何だよ?謝る意味が分からない。
「じゃぁ、あれだ。ゲーセ…」
言いかけたところでその言葉を飲み込む。
「え?何?ゲーセ?ゲーセってなんなの?ねぇ?ねぇ?」
直ぐに食いついてきた桜木。
ちっ。ちゃんと聞こえていたか。
「あれだ。ゲー戦隊。今、そのアニメにはまっててな。お前にも今度見せてやろうとだな。そう言おうとしたんだ。」
咄嗟っすぎてそんな下手な言い訳しか出てこない。何だよ?ゲー戦隊って?知らねえそんな戦隊物。知ってても絶対見ねえ。
「ふーん。面白いんだ?」
「あぁ。俺の今年一の推しアニメだ。絶対見るべし。」
「分かった。」
なんとか誤魔化せれたにしろとんだ約束をしてしまった。そんなアニメ無いのにどうしたらいいのか?まぁ、適当にそれも誤魔化せれるだろう。コイツなら。
という結論に達し、取り敢えず。胸を下ろす。
「で、どうしよっか?」
「あぁ。そうだな。」
話が詰まることはないが場所は決まらない。流れる音楽も何曲目か?
コイツがこの格好じゃなかったらゲーセンでいいのだが。今日はほんと、何でかコイツはどこからどう見ようと女。それに死角はない。だから駄目なのだ。ゲーセンなんてぼっちの住処にコイツを連れて行く訳にはいかない。俺だったらすげぇ、ムカつくもんなそんな奴。他に行く場所あんだろ。って。
「お前ら行く場所決めてんのか?」
やっと注文していた物が湯気を上にやってくる。確かにいつも飲んでいるインスタントの物とは思えない。そう香りと色で思う。
「えぇ。まぁ。」
訊かれたのだから返すのが礼儀だ。いい人だとは思っているのだろうがまだ怖いのか萎縮している桜木は答えられるようではない。仕方なくマスターのその言葉には俺が答える。
「そうか。けっ。若い奴らが青春を謳歌しやがって。」
マスターは注文の品を机に置くとその直ぐ後ろのカウンター前の丸椅子にどかっと座った。なんか凄いなこの人。
「あっ、その…すみません。」
青春など謳歌していないのだが。コイツは男だし。
そう言えるはずもなく。
「まぁ、行く場所に困ってんならここにでも行けばいいんじゃね?ここから直ぐだし。結構、綺麗らしいぞ?」
言ってマスターが教えてくれた場所は店の壁に貼ってあるポスターに載っているプラネタリウム。そこには今月オープンと、でかでか記されてはいるもののその月日はとうに過ぎている。
「プラネタリウムですか?」
ポスターから目を桜木へと。桜木は目をキラキラさせてそのポスターを眺めている。
「あぁ。行くんだったらこれやるよ。割引券だ。そこの経営者に宣伝もかねて宜しくってな。半笑いで渡された。」
「いや、ここの珈琲めちゃくちゃ美味いっすっ、あっち!」
マスターの心中を察した俺はその気持ちを和ますようにと急いでコーヒーを口にするが予想外の熱さに舌を火傷した。
「ふっ。ガキの気遣いなんて何の価値もねぇ。取り敢えずこれはやるからゆっくりそれ飲んで青春にでも花咲かせてろ。」
言うとマスターは立ち上がり、二枚の割引券を俺たちへと渡してくれる。その期限、後一週間しかない。使えることには変わりないのだから別にいいのだが。
「あっ、あの。ありがとうございます。」
それまで黙っていた桜木が勇気を出したとも思えた声をマスターへと届かせる。既にカウンターへと進んでいたマスターはそんな桜木に片手を上げる。
「お前らのその時は逃げはしない。ゆっくりでいいからその答えを導きだせよ。」
「え?それって…」
俺はマスターにその真意を聞こうとした。だが、マスターはもう既にカウンター後ろ。恐らく、軽食を作るために設けられてあるキッチンへと消えていた。
マスターは気付いていたのか?
そんな疑問を思いつつもさっき言われたその言葉を思い出す。
その答えを導き出せ。
それはどう言う意味なのか?俺にはそれが分からない。それはコイツとの関係を指しているのか?それとも桜木自身の心の問題を言っているのか?それとも俺の最低であるこの結果の事を指しているのか?
全てが分からない。だが、一つ。桜木雲雀と付き合うと言うことは俺にとっても桜木にとっても最悪なことでしかないのだ。それだけは知っている。知っているのに俺は…。
飲んだ珈琲はやはり今日も苦かった。
**************
オープン日から半年が経とうがやはりプラネタリウムという場所には人が絶えない。さっきまでいた喫茶店に客を分けて上げたいほどだ。
でも、でも。味は美味しいんだよ。本当に。
「すっごいね。こんなにも人がいるよ。」
「あぁ。そうだな。すげぇ帰りたいな。」
「もうっ。来たばっかじゃん!ゆうちゃん。」
などのやり取り。コイツは何かと話してくるので会話に苦しむことはない。その点で言えば性別とか関係なしにコイツと俺はかなりの相性だとも思える。
「にっ、しても何でこんなに機械で作った星座を観たいかな皆?あれか?アナウンスさんの声目当てか?確かにああいった機械的な女性に萌えを感じる奴はいるしな。うんうん。」
「もぉ、ゆうちゃんは何馬鹿なこと言ってんの?ほら、もう直ぐ順番だよ?」
「あっ、あぁ。」
並んで十五分。始めにその待ち時間を報せる看板を見た時は帰りたいとも思ったが桜木の行こう。行こう。発言に押し負け並んでいると案外その時間も早くに終わった。
「次の上映時間まで少し時間あるな?どうする?飯でも食うか?さっきの所では珈琲しか飲んでなかったしな。」
マスターに貰った割引券のおかげでチケットは安く手に入った。昼飯くらいは多少の値段を出せれる。
「うん。そうだね。ゆうちゃんは何食べたい?僕はナポリタン以外なら何でもいいよ。」
「おい、何でナポリタンは駄目なんだ?ナポリタンほど早くて美味い物はないぞ。」
ナポリタンが昼食枠から即座に落とされた事に黙ってはいられない。ここ最近の休日の昼はぶっかけスパゲティーが主である。あれ、安くてそこそこ美味いんだよ。
「うーん。確かにそうなんだけど僕、最近ナポリタンしか食べてないからその…」
俺のナポリタン愛が情熱すぎたのであろう。桜木は言いにくそうに告白してきた。
「あぁ。そういうことならそれ以外にするか?ってか、別に俺は怒ってないぞ。」
「え?そうなの?ゆうちゃん、ナポリタンが好きなんじゃ?」
「まぁ、嫌いではないがそこまではな。安いからよく食うだけだし。」
「え?そうなの?ナポリタンって安いんだ?なら、今度食べに行こうよ?僕、結構お店知ってるんだ。」
「あっ、いや、店に行く感じじゃなくてだなレトルトの…。」
何か勘違いしてらっしゃる。それが分かった俺は直ぐに言葉の補正を付け足す。外食のナポリタンなんて高い店しか想像がつかない。コイツが紹介するような店がそこいらにあるチェーン店ではあるまいし。
「え?何?それよりも何にするの?僕、温かい物が食べたいな。」
人混みの音によって俺の最後の補正はかき消されたようだ。わざわざ言い直す気もない。
俺は少し前に行った桜木に追いつき、その要望を叶え、財布にも優しい店を指差す。
「あそこのラーメンにしよう。」
「ラーメン?うん。僕、食べたことないからそれでいいよ!ねぇ、ラーメンって美味しいの?ねぇ?」
「は?お前、ラーメン食ったことねぇの?」
予想外の返しに軽く驚いてしまう。まさかラーメンを食べたことのない日本人がここにいようとは?コイツは外国人。はたまた異邦人か?
「うーん。一度、何かいっぱい乗ってるそれらしいのを食べたことあるけど。それなのかな?キャビアとかフカヒレとかのってたけど?」
「いや、多分。それ違う。そんな高級ラーメンがあるとは聞いたことあるけどそれは俺の知るラーメンじゃない。」
首を傾げて言う桜木の音葉を俺は否定。そんなのは庶民のラーメンではない。何だよキャビアって?
「そうなのかぁ?じゃぁ、楽しみだよ。僕。」
本当に食べたことがないのだろう。桜木は今から食べに行くというラーメンに心から喜んでいるようだ。
「じゃぁ、あれだ。今度、食べ歩きでもするか?ラーメンなら俺に任せろ。」
「え?ほんと、やった!」
どうやらこれでさっきのナポリタンの話は無しになりそうだ。やはりラーメンは偉大かな。
心の中でそう感謝の言葉を言い、俺は桜木と共にそこそこに並んでいるラーメン店の所へと足を進めた。にっしてもまた並ぶのか?はぁ~。
***********
「はぁ~。あれがラーメンかぁ~?体に悪そうな感じだけど結構、おいしかったよぉ~。」
まず始めにご満悦な表情で入った店の扉を開けたのは桜木。そして続いて俺が出る。
「いや、あれはお前がこってり。とんこつにしたからだろ?他にもちゃんと野菜たっぷりラーメンとかあったろ?」
店の中はそこまで混んでいなく、味もまぁまぁで言うことは特にない。向かうべき場所にこれで満足気な顔で行けるというものだ。
「え~。あれはそんなに美味しそうじゃなかったよ~。ゆうちゃんだって僕と同じのだったじゃん。」
「俺はいいんだよ。体のことなんか気にしてねぇから。」
「え~。駄目だよそれは。やっぱ、これからは僕がお昼だけでも作ってきて上げようか?」
桜木は首を傾げて俺を見る。確かにコイツの作ってくれた弁当は味もよく、栄養バランス、それに金銭的にもよしと言える。だが、それでもハートだらけは勘弁して欲しいのが正直な感想。
「いや、それはいい。基本、俺は昼パン派だからな。それよりもさっさと中、入るぞ?そろそろだ。」
何かを言われる前に早々に話を切る。
「う~ん。まっ、いっか。そうだね。中に入ろう!僕、プラネタリウムなんて初めてだから緊張しちゃうよ。」
桜木は数秒だけ話を続けようとはしたものの俺の心を察してか話を変えてくれた。それにひとまず息を吐く。
「まぁ、ただ上の光るもん見てるだけだけどな。首だけ痛くならないように気を付けるんだな。多分、ねぇとは思うが。」
胸を押さえて緊張のアピールだろうか?とにかくそんな仕草をしている桜木にそれとなくアドバイスを。
「そっか。分かった!じゃぁ、早く入ろうよ!」
「あ、あぁ。」
手を上げて元気よく中に入って行った桜木を一目、俺も続く。
「うわぁ~!暗いんだね?」
「あぁ。だろうな。足元に気をつけろよ。」
中に入って早々、桜木の元気な声は劣らず室内へと響く。何か、田舎者まるだしのような?少し、恥ずかしい。
「ここか?取り敢えず座ってようぜ?もうすぐだろうし。」
予定上映時間は残り五分と言ったところだ。室内も若干の明るさはあるものの薄暗い。そろそろ始まる頃と見て間違いはなさそうだ。
とは言え、五分集合とかはじめてしたような気がする。
『皆様。本日は当プラネタリウム。アストローへのご来場、誠にありがとうございます。それでは、私と星空旅行への旅路をご一緒しましょう。』
程なくして暗さは増し、そんな機械的なアナウンスが流れる。そして上空にはポツリ。ポツリと光る点が繋ぎを合わせ、一つの星座を作り始めた。
アナウンスに合わせて変わる上空の星座はその空間を現実よりもとてもゆっくり流させているようだ。正直、こういった空間は好きだ。
だが、俺はそんなに星が好きなわけではない。だから正直の正直を言えばこれはかなり退屈な時間だった。
「わぁ…あっ。」
いい加減、この空間に飽きてきた頃、そんなため息にも似た感嘆の声が横から聞こえた。
「お前、星とか好きなのか?」
声の主は予想は出来ていた。俺は隣に座る桜木へと声を飛ばす。
「あっ、うん。まぁ…わりとね?」
「そうか。」
それ以上、言うことなどない。第一、ここでの私語はあまりいいとも思えないし。桜木もその辺のことは分かっていだろう。さっきから目を輝かせては感嘆の言葉を小さく溢すが気付き、押さえているのがその証拠。先刻の俺との会話も小声だったし。こういう所は初めてだとはいうものの常識は分かっているらしい。
上空の星座は変わり、変わりを繰り返してその説明をするアナウンスも忙しそうである。
「ふゃぁ~ぁ。」
退屈だとついつい出てしまう。極力、誰にも聞こえないようにと試みるが果たして出来たかどうかは分からない。
遠くの壁際にはデジタルの数字で表されている時計がある。だが、時間を見たところでこの上映が終わるのがいつだったか覚えていない。
ヤバイ。これ、かなりしんどい。
口では言わないが思ってしまう。どうするか?寝てもいいだろうか?
時間は分からないが大体の感覚で言えば半分もいったかどうかくらいだろう。残りの時間をこうして黙て上、見上げるだけなんて…。
途中退場は許されてはいるだろうが俺だけそれをするのもどうかと言える。それは寝るという選択肢をとるのにも言えること。桜木に後で変に気を遣わせるのも逆に面倒。
はぁ~。プラネタリウムならコイツと行っても不自然じゃないし楽だと思ったんだけどな。後、コイツ行きたそうだったし。
流れる時間は思っているよりも進んではいない。この場所で俺同様の気持ちを抱いてる人間はさてはてどのくらいいようか?
ふと見渡すがやはりカップル。カップルばっか。どうして皆。星見るかね?人類の母は海だというのに。
「ねぇ?私、もう帰りたいんだけど?思ったより楽しくないしぃ~。」
桜木ではない隣から聞こえた声は小声でもなんでもない普通の声量での声。当然、俺にも聞こえた。恐らくは付き合ってばかりのカップルが行く当ても特になかった為に王道なここに来たはいいがつまらなくなった。そんなところだろう。それには凄く同感だが俺のその予想って…。
「え?そう?俺は以外に楽しいぜ?」
「はぁ~?これが楽しいとかマジ?信じらんないんですけど。」
「いや、それは個人差の話であって麻里ちゃんがどうこう言う…」
「あー。そういうのはどうでもいいんだっての!私がつまんないんだから、違う所にしようって言ってんの!」
「何だよその自己中心的な発言…」
何やらお隣さんがもめてらっしゃる。おいおい大丈夫か?アナウンスの音よりもそっちの方が大きいし他のお客様にも迷惑だろ?
そして、隣の桜木はどうかと見てみる。
うん。もう。自分の世界…言い間違い。星の旅路の中。全然、大丈夫だ。
「あー!もう、あったま来た!別に私、あんたなんか全然、好みじゃないし!もういいわ!さようなら。」
「は?え?ちょっ、まっ。えぇ~。」
どうやらお隣さんの決着は早々に着いたようだ。ご愁傷様(静かに合掌)。
「まだ、一週間だってのに…そんなのってねぇだろ…」
一つ空いた隣の席からそんな小さな声が届く。届いてしまう。
なんか気まずい。全く、無関係とは言えなんか気まずい。
そんな気持ちを誤魔化すよう、上を見上げ、アナウンスのなんちゃらかんちゃらの説明に耳を貸す。
が、しかし。隣が気になってしかたがない。ここは一人の男代表として、声の一つや二つ掛けた方がいいのでは?
いや、ここは声を掛けた方がかえって駄目なのか?よう分からん。
「うぅぅ…」
そんな俺の思考を擽るよう、隣からのなさけない声。これで気にするなというほうが難しい。少し、様子を見るくらいはいいだろう。
そこからどうするかもろくに考えてはいなかったが取り敢えず横に目を。
「って、和明…?」
「うぅ…俺が何をしたってんだよ?」
俺の声が小さかったのか。今のコイツにはそんな声を聞くことさえ困難なのか。どちらにしろさっきと同じ。反応はない。
人違いだろうか?
辺りは暗いし、この世には似たような人間が三人…五人だったっけか?まぁ、とにかくそんくらいの数がいるという。俺の勘違いだな。うん。
冷静に考えてみればここでの俺の存在はコイツにとってもいいものではないだろう。フラレた瞬間を一週間程前に自慢した友人に見られたとなれば俺だったら自殺する。
何も見なかった。俺は知らない。さぁ、星でも観ますかな。
「ゆ、ゆういち?…おいっ、優一だよな!」
優一?そんな星座あったけか?星とか全く興味ないから俺には分かりません。
「おいっ!無視してんじゃねぇぞ?何でお前がここにいんだ!ってか、さっきの見てたか?見てたのか?」
人がせっかく天体観測に目覚めようとしていたのに一体なんなのだ?
それまで通り無視を決め込もうと思ったがとにかく煩い。他のお客様にも迷惑この上ない。渋々、返答を返してやることに。
「すみません。優一?人違いじゃないですかね?失礼ですが声の方、他のお客さんに迷惑ですよ?」
生まれて初めての営業スマイルと共に惚けた声を彼に聞かせる。面倒になるくらいなら慣れない笑みぐらいいくらでも浮かべてやる。
「え?そうか?そうですか?人違いでしたか?それはすみません。」
「いえいえ。」
たとえ約半年間、会ってないにしろ今まで長くの時を共にしてきた奴の顔を忘れるはずもない。馬鹿でよかった。とか思ったのは数秒。
「って、なわけあるか!その無気力な風貌。優一以外にどの生物がいんだ!」
とても失礼な返しが返ってきた。
「っち、さすがに無理か。」
小さな舌打ち。だが、あちらさんは声に気を遣う事をしない。
「ったりめぇだ!って、待て。待て。ってことはさっきの聞かれた?終わった。俺の人生、はい終了。」
「ちょっ、お前。声、うるせぇ。場所を考えろ?」
気持ちは痛いほど分かるが場所を見て見て。感じるでしょ、幾数もの鋭い視線?俺を巻き込むな!
「ゆうちゃん?どうしたの?」
さすがの桜木もここまで煩かったら何事かに気付いたようだ。
「いや、何でもない。お前は黙って星観てろ?もう直ぐ終りそうだろ?(知らんが)」
「え?でも…?」
「いいからほら。なっ?」
まだ納得してはいない桜木の視線と意識を無理やり上空へと。桜木は変な表情を見せてはいたが渋々と分かってくれた。
ふーっ。
心中での嘆息。この場面で桜木を和明に見せてしまっては面倒な事になるのは目に見えている。和明には桜木の写真を送ってしまった為に知らないでは通せれないだろうし。それ以前に和明には俺の彼女が桜木だと思われている。たった三つ離れた席で気付かせぬようにさせるのはかなりの緊迫感。
何でコイツは今日、ここにいて。何でコイツは今日、フラレたのだ?そして何で俺の隣?
偶然が怖い。怖い。
「なぁ?そう言えばお前、彼女できたんだったよな?あの写真の可愛い子?」
「おっ、おぉ。」
声のボリュウムは小さく小声に。二つ隣の席からボソリ呟かれる。俺が焦った理由は言うまでもないだろう。
「はぁ~。やっぱ、あれマジなのか~。写真の子、めっちゃ嬉しそうだったしな?普通、好きな奴じゃねぇとあんな顔できねぇよなぁ~。ましてやその相手が優一じゃぁなぁ…」
酷く落ち込んでいるからだろうか?何か失礼な言葉が聞こえたような?
俺は特に何も答えずにそんな友人の姿を静かに眺める。丸く小さくなっている背中は言葉で言うよりも情けない。
「ってかさ、優一、何でここにいるんだ?お前、そんなに星とか好きな奴だったけ?」
下手に何かを言わずに彼の様子を覗っているとそんな言葉が掛けられる。
「いっ、いや…何を言ってるんだ?星と言えば俺だろ?お前は知らんと思うが小
学校での俺のあだ名はスターマンだ。ここは俺の常連地だぜ?」
咄嗟すぎて上手く舌が廻らない。何を言っているのだ俺は?
「は?スターマン?俺もお前と同じ小学校だがそんな話聞いたことねぇぞ?」
「あっ!いや、それは・・・」
そうでした。コイツと俺は何の因果か幼稚園から中学まで一緒。そのせいでコイツとは何かとつるんでいたのだ。
たじたじ。必死にこの場での突破口を探すが混乱している頭ではなかなかそれが思い浮かばない。和明はそんな俺に疑いの目を逸らさない。
と、そんな時。
「ねぇ。ゆうちゃん?あれ、観てよ?僕の星座、ふたご座だよ?って、ゆうちゃん?誰、その人?」
「あっ…っ」
この薄暗い中、顔を見合わせた二人。その一人がいい加減、ほっぽり出されそうな大声を上げようとしていたので俺はその口を塞いだ。
そして数分間、そうしているとソイツは何かを訴えるように俺の腕をパシパシ叩いてきた。
「ぷはっ。何すんだおまっ…」
またも同じことを繰り返そうとする。だから俺も先刻同様。口を手で抑える。
「わかった…わかった。わかったから…」
ようやく彼に俺の心が通じた。緩めた口元から小声の訴えが今度は聞こえる。
「今は黙ってるが後で少し付き合え。いいな?」
まったくさっきまでこの世の終わりみたいな格好で落ち込んでいた奴がいい気なもんである。
「分かった。」
ばれてしまった今、俺にはそう言うしかない。桜木には悪いけど後で説明するとだけ伝えて残りの上映を観てもらった。さっきまではあんなに早く終わって欲しいと願っていたと言うのにまだ終わって欲しくないと思っている自分がいた。
**************
周りに流れるは聞いたことのあるような?ないような?とも言えるジャズの音楽が小さい。その理由としては周りの席に座る人の数が関係しているのだが今の俺にはそれはかえってありがたい。
プラネタリウムの次の上映待ちなのか。終わったあとの語り合いなのかその席にはやはりカップルの姿が多かった。
「で?桜木さんは本当にコイツと付き合っていると?」
丸い机の上にはプラスチックのコップが三つ。中には冷えたカフェオレが入っている。
「うん…そうだよ。」
桜木は少し頬を紅く染め、恥ずかしそうに告げていた。
ここの店、暖房効きすぎなんじゃ?まだ本場の冬には早いというのに。
違うか?
いや、ここの空間が暑いのは本当だ。
「それはマジなんだな?秘密とか握られてるとかじゃなくてマジで優一のことが好きなんだな?」
言う和明は俺を睨む。俺が何をした?
「うん…す、好きだよ。」
「ぐはっ!」
桜木がモジモジそう告げると和明は大袈裟にもリアクションをとる。その姿は血でも吐いたようだ。
「まぁ、そう言うわけだから俺たちはもう行くぜ?」
見るに耐えない。俺は空気を読んで腰を上げる。
いや、ほんとだよ?別に面倒とかそんなんじゃなくてここは和明一人にさせた方が彼の為かな?とか思っての言葉だから。
「おい。待て。自分がよければ親友のことはどうでもいいというのか?見損なったぜ。優一。」
さっさと帰ろうとする俺を和明は逃さない。
「いや、そうは言ってもしょうがないだろ?俺にどうしろと?」
和明には同情する。だが、俺には何もできない。それが現実だ。だが、コイツは現実を見ようとしない。
「俺にも女紹介しろよ?こんな可愛い子がお前に好意を寄せてんだ?いるんだろ?他にも可愛い女の子の友達かなにかが?」
「んなのいるわけねぇだろ?いつから俺はラブコメの主人公になったんだ?」
大体、なにかってなんだよ?
「はいはい。モテる奴は皆、そう言うんだ。畜生、何で俺ばっか。うぅ…」
こんな賑わう喫茶店でどうしてそんな感情的になれるのか?自由すぎるだろ?
「とにかく俺にはお前に紹介できる女の子はいない。第一、さっきの子はもういいのかよ?直ぐにシフトチェンジとか最低だぞ?」
きついような事を言うが真実である。理不尽な理由でフラレたとは言え一度は好きになったのだ。そんなに直ぐ次に。次にを繰り返す奴を俺は友とは認めたくない。
「あっ…あぁ。言われてみればそうだな。まだ麻里ちゃんの事、スッキリしてねぇわ。わりぃ。俺、帰るわ。」
「おぉ。そうしろ。」
帰って一人で泣くのだろう。そしてそれを踏んで、人は恋をするのだ。一度の失敗は何も恥ではない。コイツはちゃんとした青春を送っている。
「あっ、優一。今度は二人で話そうぜ?色々、聞いてくれ?」
「分かった。」
帰り際、振り返る和明。その顔にはもう嫉妬の色はない。今度こそ愚痴でもなんでも聞いてやろう。
「行っちゃったね?」
「あっ、あぁ。」
結局、ここに俺たちが来た目的とはなんだったのか?暑い暖房に当たりに来ただけだ。
「それにしてもお前、静かだったな?普段のお前はなんつーか騒がしいのに。」
「うっ、うん。面識のない人だと少し緊張して…」
「あぁ。お前もそうなのか?」
なんとなく口にしたその台詞にはなんの意味も含まれていない。だが、桜木はその言葉を聞くと少し暗い表情を顔に宿した。
「どうした?」
俺が訊くと桜木は静かに首を横に。
「多分、僕はゆうちゃんが思ってる程に強い人間じゃないんだよ。人見知りだってするし、コミ力とかも無いと思う。だから、僕には…」
俯き、そう告げる彼を俺は少し誤解していたのかもしれない。
「まぁ、なんにせよだ。今日は帰ろうぜ?」
「あっ、うん。」
このまま暗い空気で帰るのはしんどい。俺にしてはずいぶん頑張った方の明るい声。桜木も分かってくれたみたいだ。
―
「わぁ~。さむいぃ~。」
もうすっかり外は冬。まだ十一月だというのに困ったものだ。
「だな。さっさと帰って風呂にでも入りたいな。今日の夕飯どうするか?」
桜木の声に続いて俺も口を開ける。最後の言葉は本当に単なる独り言だ。
「あっ、じゃぁ。今晩の夕飯、僕が作って上げようか?何がいい?なんでもいいよ?」
「いや、それはあれだ。迷惑すぎる。大体お前の家、門限には厳しいんだろ?止めとけ。止めとけ。」
桜木の申し出は素直に嬉しいが迷惑を掛けるつもりはない。
「大丈夫だよ。今日はパパ遅いし。」
「いや、そう言うことじゃなくてだな…」
「いいから。いいから。何が食べたい?あっ!じゃぁ、今から買い物に行こうか?」
笑顔満点。それはまるで無邪気な子供のような姿。
「はぁ~。分かった。じゃぁ、食材買いに行くか?冷蔵庫の中はなんもねぇ。」
こうなった桜木に対する行動はこちらが諦めるしかないのだ。溜息を一つ。桜木に言う。
「うん。で、ゆうちゃんは何が食べたい?僕、なんでも作れるよ?」
「食えればなんでも。あと、お前はほんとに人間か?」
「もう、そういうこと言う。僕は人間だし料理は好きなだけだよ。それより何でもじゃ困るよ。ちゃんと決めてよ!」
「じゃぁ、お前のお任せで。」
などのやり取りをして向かうは元来た道の大通り。そこには数多くの店が連なっている。今日はそこのスーパーで食材を買うのだ。
笑う桜木はいつもと同じ。そんな彼があの時、見せた表情。言葉。俺は何も桜木雲雀という人物を知らなかったのだ。
「もう、ゆうちゃん。遅い。」
「お前が歩くの速いんだ。」
和明はちゃんとした異性を好きになってフラれて泣いていた。あいつはあいつなりの青春を。成長をしている。に、対して俺はどうだろうか?
ゆっくりでいいからその答えを導き出せ。
ふとあの店でのマスターの言葉が頭を過る。
「ゆっくりか。」
「ん?なに?」
確かに俺たちには時間はある。だが、その時間は決して永遠ではない。いつかは答えを。終わりを出さなければならない。焦る必要はないがそれでも俺は問題に目を向けなければならないのだ。
「なんでもない。」
上を見上げると微かに光る星星はとても遠く、小さかった。さっき観た星ははあんなに近かったというのに。