表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の彼女は…  作者: イスカンダル
2章 青春かくれんぼ
20/59

取引

 学校終わりのチャイム音が今日も盛大、校舎内へと響き渡る。


 「んじゃ、行くか。」


 「うん。」


 教室のクラスメート等が散らばるように教室を出て行く中、俺と桜木も席を立つ。

 出て行ったクラスメート等の大半は部活だろう。何度も言うようだがこの学校は部活動が豊富である。ゆえにそれに所属する生徒も然り。この学校内では帰宅部という方が珍しいのだ。

 

 とは言え、俺とて部活動に参加したくないわけではないのだ。だから、こうして会いに来た。遅れた青春を取り戻す為にこの扉の奥にいるであろう人物へと。


 「ゆうちゃん。あの写真はちゃんと持ってる?」


 「あ、あぁ。この通り、手汗でグチャグチャだ。」


 「駄目じゃん!!それっ!!ほら、しっかり伸ばして。綺麗にして。」


 「いや、だが。もう、この写真、ヨレヨレだから‥」


 などと言う馬鹿な会話を教室と全く同じ扉前で繰り広げているとその扉がガラリッと音を放った。


 「誰?」


 「あっ、いや‥あんたが波瀬さん?」


 開け放たれた扉先に立つは、長い黒色の長髪を肩上に一纏めしている幼い顔立ちをした少女だった。


 「えっと‥そうだけど?あなた達は?」


 どうやら、記憶を喪っているという事は本人にとって、そこまでのダメージではないようだ。人見知りするようにも見えないし。詳細は知らないが、記憶を喪った事で性格も変わったのかもしれない。


 「俺は新戸優一。あんたと一緒の一年で、こいつは桜木。同じく一年だ。少し、話がしたいんだが今、いいか?」


 初対面の女子生徒にここまで話せれたのは授業中。清掃の時間。HR。暇さえあればやっていたシュミレーションの賜物である。

 ちゃんと言えて良かった~。(感動)


「あ~。あなた達が何か噂されてるカップルねww。桜木だっけ?男の子なんでしょ?」


「えっ‥うん。まぁ‥」


 嬉々とした声音を発せられ、からかうような笑顔を見せる波瀬に桜木は困惑した様子ではにかんだ。


 「俺達の事、知ってんなら自己紹介なんていいだろ?話いいか?」


 脳梗塞で倒れ、入院していたと聞いたからもっと陰気な性格な持ち主だとも思ったのだが見当違いだったらしい。俺達のクラスメートにもいる馬鹿共と変わらない。人の事情も知らずに話題のネタだと思い、愉しむような奴だった。

 俺は緊張も状況も忘れて、睨みつけるように彼女に問を投げた。


 「うっわ、こわっ~。ごめんね。彼女さん、馬鹿にされて怒っちゃった?」


 謝る姿勢に反省の色が微塵も見えない。俺の睨みにも全く堪えてないみたいだし正直、コイツとの交渉はあまり気が進まない。


 「あっ、あの。僕達、麗香さんに頼みたい事があって‥。聞いてくれるかな?」


 「ん?頼み?」


 嫌な思いをそている筈の桜木も自ら下手にでて俺同様の問を投げた。

 波瀬はそんな問に首を一つ傾けると、また口を開く。


 「私なんかに頼む事なんてないでしょ?」


 そう言って笑う彼女ではあったがその顔の奥には何かがあると感じられた。

 それは桜木も同様だったらしく、足を数歩だけ後ろへと後退させていた。

 笑顔の奥にあったのは、その先には絶対に行かせないというようなそんな威圧的なもの。副会長と長く話していたという彼女。まぁ、副会長だけではないだろうが話をしに来た者。それを彼女は何かが分かっているのだろう。

 それでもここで引くわけにはいかない。時間も無いし、この機を逃せばきっと、もう彼女はその扉さえ開けてはくれない。


 「いいや、それがあるんだ。少しでいいから聞いてくれるか?出来ればその中で?」


 俺は足を一歩、前へと動かし、彼女へと迫る。その際、彼女が身につけている仄かな甘い香水の匂いが鼻に入った。


 「何を言ってるの?あなたには可愛い彼女さんがいるでしょ?私なんかよりもそっちの子と話してあげれば?それとも私に恋でもしちゃった?現行犯とか駄目でしょ?ふふ。」

 

 冗談めった事を笑い口調で言う彼女の狙いが今になって気付く。

 彼女は俺達を怒らせ、自らを嫌わせようとしているのだ。その理由は俺達をここから去らせる事。それほどまでに俺達…いや、人を遠ざける彼女の姿勢とは何か?その理由が分からない程に俺は鈍くはない。


 「変な事は訊かないし、あんたの気を喪わせるような事もしない。だから‥」


 「ああー。だぁから。私は今、勉強中なの?暇じゃないの。分かったらさっさとどっか行ってよ!」


 扉の先、そこに見える開きかけの教科書にノート。幾数ものプリントに筆記用具。確かに彼女は勉強をしていたのだろう。それは俺もここに訪れる以前に知っていたことだ。入院期間中の遅れを取り戻す為、彼女はこうやって業後に独り残って自主勉強しているという。テストも近いし、その行動目的は俺も見習いたいとさえ思う。

 

 「そういうわけにはいかない。俺達にも事情がある。」

 

 荒く、早口な言葉を聞いたところで引くわけにはいかない。彼女というキーカードを得なければ蔓実を説得する事が出来ないのだ。


 「そんな勝手な理由、知らないわよ。」


 笑顔も無くし、必死な表情で口を動かす波瀬。俺の足が扉を閉める事を邪魔している為にその行為は出来ないのだ。させないが。


 ここまで言うという事は波瀬自身、何かには気付き始めているのだろう。記憶を喪っている。その真実は本当だとは思う。理由はともあれ、人を殺した。その足枷を背負って学校なんかには来れないだろうし。

 だが、副会長を始めとした多くの人々らから追い詰められて喪われた記憶が戻りつつあるのかもしれない。

 だから、彼女は人を近付かせない。話をさせない。それはきっと、彼女自身も気付いているのだ。それを取り戻してしまってはいけない。現実世界にはいれない。と。

 それがどんな事なのか。どんなに苦痛を感じさせ、苦悩に精神を翻弄させられるか。分かってはいる。

と言えばやっぱり嘘だ。俺はそんなの分からない。

 けれど、それでも。分からないけど。俺は彼女に教える。自らが背負った重荷。歩行さえ重くさせる足枷。それを彼女に教える。


 「あぁ。勝手だな。確かに勝手だ。だが、お前も勝手だろ?」


 本当は中に入って、扉を閉めて、誰かに聞かれる事を避けてからしようとしたのだがこうなっては仕方がない。寒い廊下。よく響く廊下を背に俺は彼女との会話を始める。 

 

 「勝手?私が?」


 「あぁ。そうだろ?勝手に、忘れようとしている。」


 「‥何が言いたいのよ?」


 俺が言った言葉で彼女に走る表情。ヘタレな俺はその一睨みで足がガクブル。さっきの俺の睨みとはえらい違いだ。

 だが、怯んではいけない。隣には桜木がいてくれるし全然、平気だ。


 「この写真?覚えてんだろ?」


 手汗でヨレヨレになってしまった例の写真を顔前に、警察が警察手帳を見せる感じで俺は言う。


 「‥っ。何であなたがそれを?」


 明らかに動揺が見て取れた。副会長の言う通り。この写真には何か特別なモノがあるのだ。


 「この写真の入手ルートは悪いが言い難い。それより、知ってるんだよな?」


 生徒会が絡んでるとなれば彼女の口は益々、重くなる筈だ。彼女の問を答えずに問を投げる。それはいかがなものかとも思ったが仕方あるまい。


 「…知ってる。知ってるけど、分からない。この人達は私の大切な人。そしてこの時は楽しかった。分かるのはそれだけ‥。」


 波瀬は恐怖にも似た感情を顔に震わせて、その場に膝を折り、ガクガク、ブルブル震えだした。


 副会長はこの写真だけは大丈夫とは言っていたがそれもどうかと思う。発狂はしていないものの、今の彼女を見るからには普通とは思えない。

 これは写真を出すタイミングを見誤ったとしか言い様がない。


 「とにかく落ち着け。な?」


 こうなってしまったらやる事は一つしかない。彼女の恐怖を和らげ、平静になったところで話を再開させる。それがここで考えられる一番のルートだろう。

 が、その考えは少し甘かった。

 

 「触らないで!!」


 「は?」


 気持ちを落ち着かせる為にはスキンシップが一番だろうと考えた俺は彼女の肩に手を触れさせようとしたのだ。

 だが、その手はもの凄い勢いで振り払われた。それはまるで害虫を追い払うかのような勢いで。何か、悲しくなってくる。


 「‥私に触れないで。お願いだから。」


 体の震えが更に酷いものへとなっている。平静を取り戻すどころか悪化させてしまった。言葉遣いもさっきとは違うし。 今の彼女は全くの別人だ。


 「とにかく深呼吸してみろ。心を落ち着かせろ。な?」


 ボディータッチが駄目だというならば言葉で彼女の気を和ませるしかない。だが、彼女は俺の言葉が聞こえていないのか、聞きたくないのか(後者ならほんと、悲しくなってくる)行動を示さない。


 「っく‥」


 彼女には触れれない。言葉も右から左。これでは何も出来ない。唯一の救いが彼女の意識がまだあるという事だけ。だが、それも殆ど切れ切れの綱だ。いつ切れてもおかしくはない。

 俺が出来るのはここで待つ?それしかないのか?


 「ねぇ?ゆうちゃん?」


 奥歯を噛んで、両拳を握り締めていた俺に隣から久しい声が掛かった。


 「お、おぉ。どうした?」


 桜木の声を聞いて少しは気持ちが和らぎ、握っていた拳の力が弱まった。


 「えっと‥今の波瀬さんには何を言っても駄目だと思うんだ。」


 「いや、まぁ。そうだとは思うが‥」


 そんな事、言われるまでもなく知っている。彼女の姿。それを見れば一目瞭然だ。それでも時間は無限ではないのだ。自主勉強に励む彼女を見に教師もここには来るだろうし。下校時間だってある。

 その時間が来ては俺達の負けでゲームオーバーだ。波瀬が俺達と帰ってくれる筈もないし、ここから出せば一目散に逃げる筈だ。

 そして明日、学校に来るかどうかも分からない。

 つまりは、この現状。焦りに焦る状態だのだ。


 「分かってるよ。ゆうちゃんが何を思ってるか。それでも今はそっとして置いておこうよ。僕もこういうのはよく知ってるから。」


 そう言う桜木の声は優しいというよりかは同情を含んでいるものだった。彼もまた目前で震える彼女と同じ。過去の過ちに悩み、苦しむ者なのだ。


 「あぁ。そうだな。」


 そんな顔でそう言われれば頷くしかない。


 「じゃぁ、取り敢えずは整理だね。」


 落ちていた空気。重い空気を一殺せんとばかりに桜木は通常と何ら変わらない声を出す。


 「整理か‥?」


 呟いてみたものの情報が少なすぎる。波瀬麗香から発せられた声は数少なく、そこに重大なものが含まれていたというと首を捻るしかない。

 そこで現状整理と言われても‥


 そんな考えの俺とは反対。桜木は顎に指を当て、考える仕草を見せる。

 

 「まず、彼女の身形だよね。あの用紙に映っていた写真と比べて、変わったところは特にないね。」


 「あぁ。そうだな。」


 あの用紙に映っていた写真がいつ撮られたものなのかはさて置き、確かに彼女は俺達が見た写真の通りだった。


 「ということは香澄さんとは違うんだよね。こうやって学校に来てるし。」


 「んまぁ、そういう事になんな‥」


 この会話に何の意味があるのかは分からないが。現状、特にやることもない。というか出来ないのであれば無駄とも思えるこの会話に付き合うのも有効と思える。

 そして桜木の声は続く。


 「次は写真だね。あの写真を見てから波瀬さんはこうなった。そして、そこで発せられた声。大切な人達。楽しかった。それってどういう意味だと思う、ゆうちゃんは?」


 「あ?その言葉通りなんじゃねぇのか?普通にその時は楽しく、その時のアニ‥部活メンバーが大切だと思った。それだけだろ?」


 正直、それしか言えないし。それ以外に答えがあるとも思えなかった。だから、得た情報なんてないのだ。なのに桜木は考えを止めない。


 「本当にそれだけ?見て、この写真。皆、笑ってるようだけど本当に笑ってるかな?コレ?」


 「は?何、言ってんだ。どこからどう見ても楽しく映ってる写真‥」


 言われて気付く。映る彼等彼女等達の顔に刻まれるその笑顔はよくよく見れば偽ったものにしか見えない。勿論、それは俺と桜木の客観だ。実際は分からない。桜木の言葉によって俺の見方も変わったとも思えるし‥。

 だが、それでもこの写真はよくよく見れば違和感を感じる。


 「あっ‥。」


 「ゆうちゃんも気付いた?」


 「あ‥いや。まぁ。」


 気付いたというよりかはこの写真に関しての見方を変えたという方が正しい。この写真は決して楽しい思い出なんかではないという事に。


 「こいつらの距離。空けすぎだよな‥?」


 普通‥。いや、こういう多人数の仲いいメンバーがいない俺にはよく分からんが。俺の一般常識から考えるに普通はこういう写真は仲間と詰めて片手にピース(ちゃんとこの写真はしてるけど)なんかをして映るものなのではないのか?

 

 「そうだよね。僕もよく分かんないけど。」


 僕もって。何も言ってないのに俺も友達少ない。ぼっちマンだと思われてしまった。いや、まぁ。間違いではないんですけどね。

 

 「でも、きっとこの写真は‥」


 「あぁ。」


俺にはもうこの写真をそういう風にしか見えない。この写真はそう‥。


 「とにもかくにもまずはだ。」


 写真の違和感に気付いたところで目下の問題は解決していないのだ。俺は下で震える波瀬を一目、誰かに言ったわけではないが呟きの声を漏らした。


 「うん‥でも、ゆうちゃんは黙って見ていた方がいいよ?」


 「は?何でだよ?俺じゃぁ、力不足だってか。知ってるよんなこと。」


 「いや、そんな事は言ってないんだけどな‥」


 自分じゃどうにも出来ないとはいえこのまま放って置くわけにもいかない。黙って見てる事が得策で、彼女の為とはいえ、時間が無いのだ。


 「いや、だからさ。ゆうちゃんでは波瀬さんとの会話も望めないと思うんだ‥」


 言いにくそうな表情で言いにくそうに言う桜木。何か理由があるのだと気付くのに時間は掛からない。


 「じゃぁ、どうすんだ?このままでいいわけがねぇし。」

 

 両腕で体を覆い、小刻みに震える彼女の姿をは俺達の事情云々に関わらず、放置しておくわけにはいかないのだ。


 「僕がなんとかするよ。」


 「は?」


 一歩前に進み出てそんな事を言う桜木に素っ頓狂な声が溢れてしまう。言っては悪いが俺よりも人付き合いが不器用で、内気なコイツにギャルゲーのヒロインの中でも難易度上位の彼女をどうにか出来るわけがない。

 

 「なんとかするよ。」


 再度、意に決したと言わんばかりの発言をされてはもう言う事がない。事実、今の俺が出ても彼女をどうにか出来るとも思えないし。


 「何か、策があるなら別に構わないが‥」


 頭をがしがし掻き、俺は桜木を一目みてからそう言う。

 だが。


 「へ?策?そんなの無いよ?」


 「は?・・・いやいや、待て待て。」


 首をキョトンと傾けて言う桜木に向かって早口の待ちを伝える。


 「策無しで彼女に挑むつもりか?ここで彼女の意識を切ったら分かってんだろうな?」

 

 少しきつめな言い方になってしまったがここで桜木に暴走されては元も子もない。時間もないがここで一に要求される事は波瀬麗香の安全だ。


 「ん?そんなの分かってるよ。でもさ、ゆうちゃんが行くよりかは僕が行った方がいいと思うんだよね。今日はこの格好だし。」


 クルンッと一回転。女子制服のスカートをその場で回す桜木。それを見て俺は納得と同時に気付いた。


 「あぁ。そういう事か。分かったよ確かに俺が出るよりお前が出た方がそれはいいわ。」


「でしょぉ?」


 うん、まぁ。そうだな。

 とびっきりのスマイルを見せる桜木にそう思わざるを得ない自分がなんか悔しい。 


だが、俺なんかが出るよりも桜木が出た方がよっぽどいい筈だ。そう。俺みたいな男が出るよりかはよっぽど。

 とか思っていた時期も俺にもあったのです。えぇ、まぁ。桜木の次の行動を見るまではね。えぇ。


 「おい。お前は何をやってんだ!」


 前に歩を進めて、波瀬との距離を詰めたまでは良かった。けれど次。その次に桜木がやった行動に俺は驚き、声を上げたのだ。

 震え、下向く彼女に桜木の奴は両腕を大きく広げて抱きついたのだ。

 いくら女の格好で、そこいらの女よりも可愛いからと言ったとしても性別転換なんて出来ていない。彼女自身、桜木が男だと気付いていた。だから、その行動はかなりマズイ。

 と直ぐに動こうとしたのだが。


 「大丈夫だよ。ゆうちゃん。波瀬さんは僕を男だとは思ってないから。」


 彼女に抱きついたまま顔だけをこちらに向ける桜木はそう言う。だが、俺には何の事だか。ハテナが一杯だ。


 「それは‥どういう…」


 言葉上の空でそう問うと桜木の顔にまたも笑顔が刻まれた。


  「言葉のまんまだよ。波瀬さんは僕を男とは見ていなかった。だから、僕はこうして彼女を抱き締めて上げられる。彼女にとって欲しかった温もりを与えて上げられる。」


 「いや、そうは言っても波瀬はお前を男だと言っていただろ?」


 「うん。そうだね。でも、あれは本心じゃなかったんだよ。皆の噂で波瀬さんは僕を男とは言ったけど僕本人を見てそれが曖昧になった。そんなとこじゃない?」


 穏やかな声はこの場の空気を和ませ、冷えた空気を暖めているようだった。


 「じゃないじゃねぇだろ。大体、何でお前にそれが分かった。お前が男だと認識されてたら彼女は今度こそ気を喪ってたかもしんねぇんだぞ?」


 気付いた彼女が抱える問題。それは蔓実と全く同じ。男性恐怖症。それは俺に対して繰り出した手からも分かるようにかなり過度なものと想像がつく。


「それは分かるよ。だって僕はそんな目を一杯、見てきたから。」


 微笑む桜木の顔は悲しみを帯びてか少し暗い。


 「いっぱい‥か。」


 桜木が言わんとする事が分からない筈がない。コイツと関わり、恋人関係(笑)までなっている俺だ。分からない筈もないのだ。


 「女の人。まぁ、男の人もだけどね。僕を男として見る目は嫌悪してか目を逸らすんだ。まぁ、そこまであからさまにやってくる人はいないけどね。目を合わせてくれる人はまずいないんだよ。ゆうちゃんだけだよ。僕をちゃんと見てくれた人は。はは。」


 桜木は笑ってはいるが俺は笑えない。その時、桜木が何を感じたのかどうか。それを何となくだが感じられた俺には笑えないし、何も言えない。


 「でも、波瀬さんは僕から目を背けなかった。だから、僕を女だと思った。そう確信したんだ。僕を女として見る人の目はそうだからさ‥。」


 震えていた体はもう治まり、今では桜木の腕に気持ちを和らげている波瀬。その姿を見れば桜木が言った事は嫌でも証明されている。


 「だが、それでも絶対ではなかったんだ。やる時は一言、言え。」

 

 しゃがみ、波瀬を抱える桜木と同視線になり、俺は多少の恥ずかしさを感じ言う。


 「うん。そうだね。」


 にへら。笑う桜木。その顔から感じるのはものはもう、暗いものはないと思えた。

 と、そんな青春めいた事をやってる場合ではない。


 「桜木。波瀬はどうだ?」


 震えていた体は見たところ、もう大丈夫そうだ。だが、その真相は見るだけでは分からない。俺の言葉はきっとまだ伝わらないし今、波瀬と会話出来るのは桜木しかいない。 


 「う~ん。どうだろうね?震えは治まってるけど‥。波瀬さん?大丈夫?」


 桜木は彼女から体を離し、今度は両肩に手を乗せて、彼女に問た。


 「‥う、うん。だいじょうぶ‥」


 ボーッ。とした目で小さく声を零す彼女はあまり大丈夫そうには見えない。けれどさっきに比べれば数倍はマシだと思えるのは確か。


 「ゆうちゃん、どうする?波瀬さん、大丈夫ではないと思えるけど‥」


 桜木に言われるまでもなく分かってはいる。さっきに比べてマシとは言え、俺達が得たい情報は写真を見せるだけの比ではない。

 副会長の言葉通り、それをきっかけに彼女の過去に踏み込もうとしたのだ。


 だが、実際はそんなこと出来ず、彼女の両目に虚ろな目を両方に宿しただけだ。意識はあれど。覚えてはいたがこれでは何も踏み込めない。


 「あぁ。そうだな。‥ッ。保健室に連れてくか。」


 今を逃せば彼女と話せれない。だが、それでも彼女に苦痛を与えてまで情報を得るなど俺には出来なかった。苦渋の選択をここではするしかないのだ。自分勝手に人を傷付けるなんて行為は彼女等をこうさせた人物等となんら変わらない。


 「‥うん。そうだね。じゃぁ、僕がおぶってくよ。ゆうちゃんは無理だろうし。」


 「あぁ。そうだな。」


 それは体力面での事なのか?男だからなのか?まぁ、両方だろう。

 だが、結局は桜木に任すしかない。


「んじゃぁ、行こっか?よいしょっと。」


 桜木は波瀬の両腕を自分の肩に乗せ、そのまま立ち上がる。彼女もそんな桜木の行動にも背中にも嫌がる事はない。ただ、黙って桜木の背中へと体を任せていた。


 「お前、見た目の割には力あるよな?」


 「‥うん。僕、体動かすの好きだからさ。色々、やってんだ。」


 「あぁ。そう。」


 体育の授業などで見る桜木は確かに他の奴等と比べ、郡を抜いている。それは天賦の才かなんかだと思っていたのだが存外、そうではないらしい。桜木は天才なんかではなく、努力家だったのだ。


 「…で、どうするの?…このままじゃ‥その‥」


 保健室へと向かう道のり、桜木は何食わぬ顔で波瀬を背負いながら俺へと問を投げる。


 「あぁ。」


 桜木の言いたい事は嫌でも分かる。このまま今日を終わらせれば明日、蔓実の心は確実に閉じたままだ。それ程までに波瀬麗香という人物の存在は大きく、また必須なのだ。

 だが、今の彼女をどうにか出来るかどうかも俺には首を捻るしかない。

 保健室で回復を待ち、その後、どうすればいいのかも分からない。写真を見せても駄目。となれば俺に出来る事なんか無いとも思えた。


 「ゆうちゃん?」


 陰気な顔で奥歯を噛み締めていたら桜木の心配そうな顔が横から覗かれる。


 「あっ‥いや。何だ?」


 いきなり、顔が現れて驚いてしまった。人、一人背負ってるというのに身軽だなぁ、コイツは。


 「いや、それは僕が聞きたいんだけどな‥。どうしたのそんな顔して?」

 

 そんな顔してか?


 桜木の言葉を耳に思う。こんな状況。状態。日の終わりも近い。そりゃぁ、こういう顔にもなる。逆に何で桜木は平然とした顔でいられるのかが不思議でならない。コイツにとって蔓実も波瀬もどうでもいい存在なのだろうか?それなら、俺はコイツを軽蔑する。同じ、人種であろう人間をどうでもいなんて思う奴とは一緒にはいたくない。

 との声が聞こえたのか桜木は口を動かし始めた。


 「まだ、波瀬さんは意識あるし。言葉だって通じるんだよ?僕達が諦めてどうすんの?彼女達は人を求めてるんだよ。傷ついた人は孤独を望むけど、それでも誰かに居て欲しいんだよ。…僕もそうだったから…」


 最後の方がよく聞き取れなかったが桜木のその台詞は確かにそうだと思った。お陰で、握っていた拳の力は弱まり、緊迫した顔は和らいだ。


 「悪い。そうだな。まだ、終わってねぇな。」


 桜木に対して思っていた事をまず謝る。そして、背に乗る彼女を一目、俺は無造作に突っ込んだ一枚のヨレヨレ、グシャグシャになった写真を取り出す。


 「ちょっ‥ゆうちゃん?」


 桜木の慌てた声。それは俺の行動から出たものだ。

 取り出した写真をビリビリ破り、開けた窓から放った。基本的に地球に優しい俺だが今日のそれは許して欲しい。

 青春をゴミ箱なんかには捨てられない。


 「いいんだよ。こんな写真、もういらねぇし。彼女にも通じねぇ。誤った記憶を呼び起こさせるだけだ。」


 「いや、まぁ‥」


 桜木のその表情は俺とて同じものを感じる。 だが、それでもだ。俺達は前を向かなければならないのだ。例え、どんなに傷付けられても、蔑まれても。この世界に心底、がっかりしても。俺達は前を向かねばならない。

 過去を知って。それを背負って。それでも前に進まなければならないのだ。

 戦うも逃げるもそこに向き合わない限りは出来はしない。


 「桜木。俺にはかっこいい台詞なんて言えねぇけどさ。俺はコイツ等をココに連れ戻してやりたいんだ。だから、お前も‥いや、やっぱいいや。」


 「ん?」


 今は彼女等二人の事が先決だ。そこにもう一人、加えてはならない。現実を見ていないのは何も彼女等だけではない。忘れてはならない。彼女を背負う彼もまたそうなのだ。

 だが、今は。今はそれはいい。

 桜木にその気持ちを悟られる前に代わりの言葉を口にする。


 「コイツ等の青春は俺達で絶対にぶっ壊そうぜ。絶対に。」


 「‥う、うん。」


 桜木の気を引こうという考えは良かったのだが、言った後に後悔と羞恥がこみ上げる。俺はなんて恥ずかしい台詞を口にしたのだろうか?

 だからというものの桜木が目を合わせてくれない。お互い、柄でもない事は分かってるんだ。

 だが、俺は再度、心の中でこう誓を立てる。


 彼女等が今も尚、継続させているクソみたいな青春をぶっ壊す。


 だが、やはり。その台詞は恥ずかしい。火照った顔に開け放たれた窓からの風が気持ちよく流れ、感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ