早々なる困難
ブーブーブー。
朝。 枕元の携帯が振動をしているようだ。何度も振動しても切れないということはその報せは電話のようだ。
最初は直ぐに諦めるだろうと無視を決め込んでいたのだがさすがにそろそろ我慢の限界だ。
「…ふゃい。」
携帯の画面もろくに見ず、寝ぼけ混じりの声で電話口に声を飛ばす。
「あーっ。やっと繋がった。ゆうちゃん、まだ寝てるでしょ?そうだと思ってモーニングコールしちゃった。」
「・・・・ん?あぁ。桜木か?」
電話口から聞こえる声は桜木雲雀。見た目は女にも劣らぬ美少女っぷりを誇る人物だがその正体は男である。今のその声ですらその辺の女の声よりも可愛い。
「あぁ。じゃないよ!もう朝だよ。学校遅刻しちゃうじゃん!」
朝からテンション高い桜木は焦ったような口調で俺を急かす。
「ん?あぁ。そうか。分かった。起きるよ。」
確かに壁際に掛かる時計ではそろそろ起きなければヤバイという時刻を示していた。俺は重い腰を起こし、適当に返事を返す。
「ん?てか、何でお前はわざわざ俺に電話してんだ?お前は俺のオカンか?」
ようやくと頭に酸素が廻り始める。思った疑問を服を着替えながら口にする。
「何でって僕はゆうちゃんの恋人でしょ?だから…」
恥ずかしそうにそんな事を言う桜木の姿が目で見るように分かってしまう。
そう言えばそんな過ちを俺は昨日、犯してしまったのだった。
「いや、だがだな。別にモーニングコールをするのは何か違うと思うぞ?俺も知らんが。」
「えっ?そうなの?でも、よく漫画とかでは男の子を女の子が起こしに行ってるよね?」
あぁ。確かにそういう幼馴染系ヒロインが出てくる漫画やらアニメをコイツに熱く語ったけか俺。
「えっと…それとも僕、迷惑だったかな?」
ゴトッ。
桜木の天然可愛さ攻撃。朝から全開かコイツは。思わず携帯落としてしまった。直ぐに携帯を拾い、電話へと出る。
「あぁ。悪い。着替えをしてたから少し手元がな。携帯、落としてしまったようだ。」
咄嗟に思いついた言い訳を口に軽く笑ってみせる。桜木のことだ。急に会話が途切れたともあれば何事かと心配しているに違いない。
「あっ、そうなの?なら、心配する必要はないね。よかった~。」
「おっ、おぉ。大丈夫だからもう電話切るぞ。学校でな。」
予想通り。桜木は俺を心配していた。早くに言い訳が思いついて良かった。
「あっ!ちょっと待って!」
電話を切ろうとした瞬間に桜木の声がそれを邪魔する。
「なんだよ?まだ何か用か?」
始めっから用という用があったとも思えないがそう言ってしまうのは人間の性ですかね?
「えっと…用っていうか。その…」
「何だよ?」
制服にはもう着替えてある。後は扉開けて学校に向かうだけ。急の用でないならその時でもいいだろうに。
「僕、そのゆうちゃんちの前にいるんだけど…?」
その声は扉を開けて直ぐ目の前にいた人物から直接聞いた。
「おっ、おぉ。分かった。」
俺は本人目の前にいるのにも関わらず電話でその言葉を伝えた。
いたんなら電話音よりもインターホン鳴らしてくれよ。電話代だってタダじゃないんだからよ。
**************
「はぁ~。」
今日は金曜日。長いのか短いのか。とにかく今日が終われば明日は休日。だが、先刻出した溜息はそれによるものではない。
「おぉ。聞いたぜ。優一。お前、とうとうあっち側の人間になったんだってな?」
一日は始まったばかり。それなのに疲れきっていた俺に名前は忘れた(覚える気がない)クラスメートの一人が声を掛けてきた。
「は?誰だそんな根も葉もねえ噂流した奴?ていうか誰だお前?」
机に伏せていた顔を上げるだけ。誰だか分からん奴に一応、会話を返す俺は良い奴だなぁとか思ってしまう。
「いやいや、俺だよ。俺。蔵垣奏。同じクラスになってもう半年が過ぎようとしてんだぜ!席だって何度か近くになったことだってあったしよ!覚えててくれよ!」
疲れている時にこのテンションは物凄くうっとしい。早々にお引取り願いたい。
「で、その何か用か?暗い荘?」
「誰が暗い荘だ!蔵垣だって言ってんだろ!覚える気ゼロか!」
「あぁ。はいはい。で、何?」
正直、その通りなのだが適当に相槌を打つ。コイツの名前なんだっけ?
「ったく。だからよ。お前が今朝、桜木…さんと一緒に手を繋いで登校してたのは本当なのかって訊いたんだよ?」
倉木だか暗いだか知らんがソイツは鼻息を一つ鳴らしてその台詞を口に。俺はその事に肯定も否定もしない。ただ上げていた顔を下げ、適当に返事を返した。
「あぁ。もうなんとでも言え。」
「おいおい。それってやっぱりお前?」
声を震わすそいつ。何をそんなに必死になってんだか?
だが、これ以上、コイツと話す気はない。机に顔を伏せ、そのアピールをする。するとソイツもそれに察し、しばらく経った後、足音を遠ざけた。全くもって疲れる。
************
今朝の事も含め。俺は今、酷く後悔していた。桜木雲雀という人物と付き合う(形だけだが)ということは予想外に深刻な問題だったのだ。
まず、桜木は男だ。その事実は少なくとも俺と同学年。つまりは一年生の大半はその事実を知っているということになる。
そして次の問題は桜木自身の問題だ。俺にとって桜木と付き合うは。友達から親友くらいにグレードアップするというものだと思っていた。だが、桜木は違った。付き合う=本当の恋人。そう思い、俺との行動を共にしている。
まぁ、普通はそうなのだが。
とにもかくにもその二つの問題が合わさった結果が 「最悪」。
その一言しか出てこない。
「なっ、なぁ?確かに俺はお前と付き合うとは言ったがその…やっぱりお前は男なわけでベタベタするのは止めないか?お前もアレだろ?変な噂とか流されるのいやだろ?」
授業は半分が終わろうとしており、今はその移動教室の帰り。横には笑顔の桜木が。今日は髪型をポニーテールにして歩いている。
「え?ベタベタなんかしてないよ?僕はゆうちゃんと一緒にいたいだけだよ?」
「いや、お前はそうかもしれないんだが…」
確かに学校に着いて桜木が俺にしていることはいつもと変わらないと思う。だが、朝の行動が駄目だった。どうしてもしてくれと目に涙を浮かべるコイツに押し負け、手なんかを繋いでしまったのが最悪への全ての始まり。
男とは思えない柔らかい感触に騙され、昇降口を潜ってしまったのが俺の過ち。
くっ。俺の右手のバカ野郎が!
「それよりもゆうちゃん。ゆうちゃんに渡したいものがあるんだ。」
満面の笑みを俺の前に見せるかの…彼。渡したい物?
「また誤解を産むような物は勘弁してくれよ?」
ハートいっぱいの包装紙で包まれたプレゼントやら。
気温が寒くなってきたからと言って、手袋やらマフラー等は本当に勘弁。
桜木が男ではなかったら死ぬ程嬉しいのだがそんな事を言ってもそうなる訳がない。ほんと、何でコイツ男なの?
「ふふふ~。僕、頑張っちゃった。」
「いや、頑張ったとか頑張らないとかそういう事じゃなくてだな…まぁ、いいか。」
今更、どうなろうとどうでもよくなってきた。とにかくその渡したいという物は教室にあるらしい。そこでまた教室に波がおきるのだろう。全く、やれやれだぜ。いや、これは本当の意味で。
*************
うん。まぁ、問題はないと思う。
地獄のような授業も終わった今。学校は昼食時をむかえている。そして俺の膝の上にはいつもの購買のパンではなく弁当がある。
「ねぇ、ねぇ。どうしていつもの屋上じゃないの?僕、あそこでご飯食べるの好きなんだけどな?」
「今日は風が冷たいからな。いいだろ別に。」
「まぁ、僕はゆうちゃんと一緒に食べれるならどこでもいいけど。ふふ♪」
ったく。人の苦労も知らないで。コイツは何でそんな表情ができるのやら。
昼食時。ランチタイム。俺達が今、いる場所は今は殆ど使われていない第三多目室。噂ではここはアニメ研究会の部室らしい。
だが、そんな部活の名前は全く聞いたこともないので多分、嘘だとは思う。
そしてここは何故か職員室の直ぐ近くにあり、どの教室とも離れている。誰にも知られずにひっそりしたいならここが一番ベストなのである。
「それよりさ。早く、開けてよ。」
「あ、あぁ。」
目をキラキラ。気持ちワクワクと言った感じの桜木は俺の膝上にあるソレの開封を望む。
そう。コイツが俺に渡したかった物。それは弁当である。俺にとってそれはけっこう助かる。金もろくにない一人暮らしの俺には昼のパン二個買うだけでもかなり痛い出費なのだ。
朝は基本、弱いので弁当を自分で作るという選択肢はない。
「じゃぁ、いただきます。っと・・・・・」
食えるものだったら何でもいい。そう思い、弁当箱を開けた俺は固まった。そして閉じた。
「え?どうしたの?下手だったかな?」
ゆっくり蓋を閉じた俺を不審に思ったのだろう。桜木はオドオドと声を発した。
「いや、素晴らしいできだとは思う。だがな、少し予想外過ぎたというかなんと言うかだな。取り敢えず一旦、蓋を閉めようと判断したわけだ。」
「ん?ゆうちゃん、何を言ってるの?」
確かに俺は何を言っているのだろうか?だが、弁当箱の中を見たら多分、誰でもそうなる。
「とにかくだ。この弁当は今日はありがたく頂くがこれからは勘弁してほしい。」
「え?なんで?やっぱ、下手だったのかな?ごめんね。」
しおらしくなった桜木はそれに相応しい声で俺に謝る。
「いや、そう言うんじゃなくてだな…」
俺は酷く困った。何故ならその弁当。正直に言えば最高の代物なのだ。
だが、一つだけ問題がある。全ての食材がハート。ハート。ハートのオンパレード。
切られた野菜もご丁寧に全てがハート。盛られた米の形すらハート。その上にふりかかるデンプすらハート。そして勿論、揚がったコロッケなどの揚げ物もハート型。
そこまでやって何で弁当箱は普通の長方形型の物なのかが不思議でならない。まぁ、弁当箱すらハートだったらさすがの俺もコイツを引かざるを得ない。
今も若干、引いているんですけどね。
「まぁ、取りあえずはいただきますだ。」
せっかく作ってくれた物。その気持ちを。食材を無下に出来る訳が無い。初見では不意をくらったそれでも二度目ともなればそれほどの威力は発揮されていない。俺は手を合わせ、箸を握った。
「うん。美味い。」
まず始めに口に持っていったのはハート型に焼かれた色・艶、共に申し分ない卵焼きだ。一つの卵焼きを斜めに切って繋げてハート型にしなかったのは恐らくハートを崩したくなかった為だろう。無駄に考えてある。
ともあれ味は文句なしに美味い。味付けはこれは鰹の出汁だろうか?
まぁ、とにかくそんな出汁と醤油・味醂・砂糖が十分な量で合わさっており絶妙なる和の味を舌では感じる。
それと卵料理で一に注意するべき点は火加減。この卵焼きはそれこそ完璧。外はしっかりと焼きあがっているというのに中は半熟。それは噛むたびに合わさった調味料の旨みが口の中で広がる至福。こんな卵焼きを俺は生涯で一度も食べたことがない。
「いや、マジで美味いわ。これ。いや、これも。」
卵焼きを始めに俺の箸はどんどんと進む。その切られたり、型どられた形など、もう気にも止めない。ただただ美味いものをとの想いで食材を箸に挟む。
「ほ、ほんとにぃ~。」
さっきまでの落ち込み姿が嘘のように表情を柔らげ、涙目を浮かべる桜木。その姿は本当に喜んでいる事を見るがままに伝えている。
「あぁ。このコロッケは粗目のパン粉で俺好みのサクサク感を実現できている。このポテサラに関しては、じゃが芋がグチャグチャに茹で過ぎずの硬すぎずの最高の柔らかさ。味付けもよくわからんが今までで食った事のないものだ!」
俺は桜木が作った弁当の感想を口で咀嚼しながら早口に伝える。
「・・・・嬉しい。嬉しいよゆうちゃん!」
「お、おい。」
弁当に夢中になりすぎてコイツの存在を忘れていた。こんなに引っ付いてくれては食いづらいではないか。
だが正直、驚いた。コイツが料理が得意なことは知ってはいたがまさかここまでの腕だったとは。
いや、桜木が得意とするものは料理だけではない。女装という事を除けば桜木雲雀という人物は基本なんでも出来る鉄人なのだ。
よく漫画やらラノベなんかで登場する容姿端麗。博学多才。運動神経もずば抜けていいと言う奴なのだ。
女装という問題がなければここの学校中の女子生徒全員はコイツの虜となるだろう。
「ん?どうしたの?」
そんな事を柄にもなく思っていると不意に声が掛けられる。その下から見下ろすのはやめい!食べている料理が喉に詰まってしまうだろ!
「いや、なんでもねぇ。って、もう無いのか?」
桜木に思いを悟られる前に逃げようと考えたのだがその口実にする料理がもう無い。
「ん~?やっぱ、明日も作ってきて上げようか?」
何がそんなに嬉しいのか?ニヤニヤ。ニコニコ。表情を歪めている桜木の顔が目に眩しい。そんな顔を見て俺も少しばかり表情を緩めてしまう。
「いや、いい。美味いものはそんなに毎日食うもんじゃねぇからな。」
言って、俺はその場を立つ。食べ終えたら飲み物が欲しくなったのだ。
「あっ、どこ行くの?待ってよ。ゆうちゃん!」
俺が立ち上があったのに遅れて桜木も立ち上がる。
「直ぐに戻ってくるからお前はお前の弁当食ってろよ。」
自分が食べているその間、桜木は俺の姿を見ているだけで自分は何も食べていない事を俺は知っていた。どうせ昇降口近くの自動販売機で飲料水を二本買うだけだ。時間が掛かる筈がない。
だが、桜木はそれでもと言って俺の横に付いた。
「お前な・・・」
折れないのなら自分が折れるしかない。呆れた声を漏らし、俺は彼と共にこの教室から出たのだった。
今回は短いので近々に次話、投稿したいと思います。