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俺の彼女は…  作者: イスカンダル
2章 青春かくれんぼ
19/59

始動

 次の日。俺達は昼放課に生徒会へ呼ばれた。正直、校内放送でそんな事を流さないで頂きたいとは思ったが、わざわざ呼んでくれたのは感謝する事だとも思った。

 と。まぁ、そんなんだから俺達はクラスメートのヒソヒソ話を他所に、昼食も取らずに生徒会室のソファーへと腰掛けていた。


 「わざわざすみません。こんな昼時に。」


 「いえ、こちらこそ気を遣って頂きありがとうこざいます。」


 例が如く、副会長の麻凛さんは湯気立つティーカップを出してくれる。悪いとは思うが断っても無駄な事は承知の上。俺達はそれをありがたく頂いた。

 因みに今日の紅茶はタージリンのようだ。


 「で、わざわざ呼んで頂いた目的は?」


 出された熱い紅茶には手が出せず、早速、本題へと切り出した。


 「はい。まぁ。別段、急ぎの用でもなかったんですがね‥。期日も迫ってる事ですし早いほうがと思いまして。」


 「あぁ~。」


 眼鏡のフレームを片手で押し上げる副会長。俺はそんな副会長の言葉を理解する。


 「で、早速なんですが昨日の件。あの用紙に記載されていた事は事実‥だと思われます。」


 「何か自信なさそうですね?」


 口調と言葉からそんなものを感じる。


 「それがですね。今朝、会長と共に学年別に生徒等に訊いたんです。そしたら彼等を知っている生徒はこう言ったんです。須藤さんも石神さんも転校した。そう聞いたと。」


 副会長はげんなりした声でそう伝えてくれる。その声やらを聞き、見るにその聞き込み捜査は大分大変だったのだろうと測り知れる。

 だが、そうでもないのかとも副会長の背後で弁当かっこんでる小さな会長を見たら思ってしまう。そんな焦らなくてもゆっくり、よく噛んで食べて下さいよ。会長。


 「転校ですか‥」


 「そうなんですよ~。ですが、それは有り得ないんです。」


 「‥そ、その根拠は?」


 いきなり、グッと前に顔を突き出されては困ってしまう。整った美人の顔を前に俺は言葉詰まりでなんとか言葉を発せれた。


「記載されている住所。そこにはまだ彼等のご自宅があります。勿論、苗字同名って線もないとは限りません。ですが二人共に苗字が同名なんてのはほぼ有り得ません。ゆえ、私は学校側が何か仕組んでると考えたわけです。」


 「な、成る程。」


 勢い付いてそう言い切る副会長に作り笑いしか浮かべられない。


 さすがは眼鏡を掛けているだけの事はあり中々に鋭いし、ほぼ完璧な根拠もある。将来は探偵か刑事にでもなるのだろうか?


 「で、今日はそれを俺達に伝えたかったと?」


 「えぇ。まぁ、それも一つです。」


 その言葉を聞くからにはまだ何かありそうだ。 だが、それでも副会長は知らない。彼等が犯した行動を。知っていたらそんな熱を籠めて口を動かしたりはしないだろう。


 「では、他には何が?」


 俺はいい感じの温度へと変わっていた紅茶を一口、問を投げる。


 「えぇ。まぁ、これは非常に申し上げにくい事なんですが‥」


言葉を濁すようなその前置きに俺はハテナと首を傾げる。

副会長はしかし、そんな俺の様子には気付く事なく次の事を言う。


 「私、その事に関して校長に問い質したんです。そしたらその件に関しての問題からは手を引けと。そう言われて‥」


 「つまりは‥」


 そこまで言われて察せれない程に俺は鈍くない。しかし、それでもその続きを訊ねてしまう。

 生徒会の副会長にそう言ったのだ。つまり蔓実香澄に関しては誰ひとりとして―

 

 「彼女からは手を引いて下さい。それが学校の方針です。」


 本意ではないのだろう。そう言った副会長の声は申し訳なさそうだ。別に副会長が悪い訳ではないのに。思わずこっちも頭を下げたくなる。

 

 「‥そうですか。」


 俺はそうとしか言えない。ここで嫌だ。なり、だが断るなどと言う言葉を発したところで問題は大きくなるだけだ。嘘でもなんでも頷くにこしたことはない。 


 「‥すみません。」


 副会長は再度、頭を下げてくれる。


 「いえ、副会長が悪い訳ではないですから。こちらこそ調べて頂き感謝ですよ。」


 「‥そうですか?」


 「はい。」


 尚もまだ申し訳なさそうにしている表情の副会長に即答で頷く。大体、その件に関しては副会長の悪い事など微塵もないのだ。謝られる意味が分からない。


 が、困った事には変わりない。学校自体が彼女の事を放置という傾向を見せているのなら、薄い期待ではあったが学校に頼むという選択肢は完膚なきまでに無くなった。

 それは生徒らの模範である生徒会にも言えた事だ。多少の頼み事は聞いてくれるかもしれないが目立った依頼は頼めない。

 てか、生徒会から俺達に手を引けと頼まれたのだ。俺達自身、彼女の事を捜査しているようなものを見せてはならない。


 つまり、ここに来て俺達に課っせられた課題は一つ。残り、一日(今日を除いて)で生徒会にも学校にもばれずに蔓実香澄を家から引っ張り出す。

 それは言葉で言うより、かなり困難を有するものであるのは確か。だが、昨日。俺の隣で座る桜木は言ったし、俺もそれに同意見である。

 カードは足りているようで足りない状態だ。まずはそれを捜すことからだろう。


 「ところでよ~。」


 「はい?」


 弁当を食べ終え、暇になったのだろう。それまでは弁当を激流していた会長の口が今度はゆっくりと動く。


 「いや、お前じゃなくて~。そっちの方~。」


 言って、だら~んとした腕を向けた方角。そこは桜木が指されている。


 「あっ‥僕ですか?」


 桜木は突然、指さされてオドオド自身を指差す。


 「そう~。お前~。」


 相変わらずの気の抜けた体勢で話を続行させる会長。会長が本気を見せるのは弁当食べている時だけなのでは?


 「僕が何か?」


 緊張なのか人見知りなのか。多分、両方だが。それを見せる桜木は会長へとその真意を訊ねる。


 「お前さ~。父さんの友達みたいじゃ~ん?」


「「 「え?」」」


 その言葉は会長以外の三人が上げたもの。残り二人は知らないが、俺自身が驚いた理由は一つ。桜木はどこで会長のお父様とご対面を?しかも友達って?

 人見知りなコイツがいつの間に‥。

 とか思っているのも束の間。


 「あっ、それ間違い~。お前のパパさんと私の父さんが友達なんだな~?だ。」


 「あっ、あぁ‥。そういう事ですか。」


 相変わらずハテナな俺に対して何かを納得した桜木。俺はそれを早速、問う。


 「会長のお父さんって偉い人かなんかか?それとも故友か?」


 桜木の父親素性は大体、把握している。だから俺はその友人というのはかなりの仲がいい人なのだろうと予想した。桜木同様にあの人もそんなに友達が多い方ではなさそうだったからな‥。何か今の俺なら分かる同族意識。


 「ん~?偉い人ってのは間違いないんだけど。昔っからの幼馴染とも言ってたよ。」


 「ふ~ん。そうか?」


 友人同士、共に成功を収めたと…。まぁ、珍しい話ではあるが、なんら不思議でもない。

 てか、何故にそんな話を今?

 まぁ、会長の人柄からに話の流れとか気にしなさそうではあるけど‥。


 「でさ~。父さんから頼まれたから、私も調べてやったんだ~。ほらよ~。」


 「えっ‥痛っ。」


 会長から放たれた紙飛行機。それは真っ直ぐに迷いなく飛び、その勢いは桜木のデコによって止まった。


 「会長、またそんな面倒がって‥」


 「いい考えだろ~。私は動かずに楽がしたいのだ~。」


 「はぁ~。たく。」


 そんな生徒会の微笑ましいやり取りを聞きつつも桜木に紙飛行機の開封を頼む。

 

 全然、積極的な態度を見せていない会長だ。そんなに期待できるような情報はないだろう。

 そんな事を思いながらも開かれる紙飛行機の中身。

 そして文字。それと一枚の写真が見える。


 「え?これって?」


 紙飛行機の中から現れたのは紙太郎とかそんなんではなく俺達が知っている人だった。


 「波瀬(なみせ) 麗香(れいか)‥さん?」


 その人物に首を捻っているも直ぐ、第二機が放たれる。


 「痛っ!?…もう、止めて下さいよ。」


 またもその飛行機は桜木のデコに直撃。凄い狙撃手がいたもんだ。

  との感心もそこそこに。今度は俺がその落ちた紙飛行機を拾い、開ける。


 「今度はあの二人?」


 横から顔を近づけて見てくるは桜木。俺達は共に首を傾げた。


 「波瀬 麗香が退院した日にち~。そこをご覧~。」

 

 首を捻る俺達に気付いたのか、会長は相変わらず‥いや、合わない椅子のサイズの背もたれにぐて~とした状態でそんな事を言ってくる。

 何か話すのも面倒臭そうだな‥。


 「えっと‥十月十五日ですか?」


 脳梗塞を起こしたという元アニ研の部員であり、蔓実香澄の友人。その人物は退院はしているがその後遺症が残っているのかどうか記憶を喪っていた。だから俺達は彼女を部員として勧誘するのは止めたのだ。

 彼女の記憶が無い範囲は知らないが、それでも聞いた話だとアニ研の言葉を耳にすると発狂を起こすとの事らしい。何かがあるとしか思えないが、そんな状態でまともに話せるわけがない。

 だから彼女との面談は除去したのだ。日数がない今、二人の女の子を攻略できる程の才能は俺には持ち合わせていない。例え、それが桜木の力を借りたとしてもだ。


  「分かんねぇ~のか~?もう一枚の方も見てみろよ~。」


 言われた通り。もう片方の紙へと目を移行。そして数秒、ある事に俺と桜木は気付いた。気付いてしまった。短い驚嘆の声が隠せれない。


 「分かったみたいだな~。」


 なんら変わらないその声。だが、そこには会長としての貫禄的なものが確かに感じられた。


 「そ、それを知って会長はどうして‥?」


 会長が言いたい事。それは指示され、見せられただけだが嫌でも分かる。


 「まぁ~、推測に過ぎないんだけどな~。」


 「いや、これは‥」


 信じたくはないがこれは可能性としてはかなりの数値を刻む。


 「私らは人間で学生だからな~。第一、知ってしまったからといって私にはどちらが正しいのかとか悪いのかは判別できん~。それを決めるのは法で国で人間だ~。一個人の意見など一粒の砂塵にすぎないんだよ~。」

  

 姿勢は相変わらず。たら~んとした垂れ目も全てが無気力さを放っている。それでもこの会長は俺達以上に何かを考えている。


 「会長はまたそんな事を言って。面倒なだけでしょ。‥まぁ、ですがその事に関しては私も同意見です。これ以上の深入りは褒められた行為だとは思えません。」


 目前に座る副会長の声が聞こえ、そこに目を。

 副会長は知っていたのだ。俺達以上に知っていて、それだから手を引けと言ったのだ。惚けたのは俺達が彼らの犯行を知っていないと思ったからだろう。


 「で、でも‥僕達は‥」


 静まり返ったこの部屋に響いた声はそんな何かを振り絞るそんな声だった。

 が、それ以上は続かない。桜木は理解はしているのだ。

 俺達は見当違いな事で彼女の傷を見ていて、そして分かったような振りをしていた。本当はもっと多大ででどうしようもならないものだったのにだ。

 

 彼女の傷は自分からのものではない。


 感染は連鎖するというが正にそれで蔓実香澄はその罪悪感にリアルを喪った。そう。彼らを殺したのはその蔓実香澄の唯一無二の友人である波瀬麗香。

 そして彼女もまたその罪悪感に耐え切れず、記憶を。現実を喪ったのだ。


 会長も言った。勿論、それは推測に過ぎない。彼女の退院後、次の日に彼等の遺体が首を吊られて発見されたという情報があるだけで何の根拠もない。

 会長から差し出された‥もとい。投げられた紙面には自殺として処理されている。前科もあるのだ。その罪に耐え切れず自殺を図った。それに意義を唱える者はいなく、名探偵も現れずで簡単に決まったのだろう。

 俺は彼女を攻めたいわけではない。真実は知らないがきっと事情もあったのだ。それに記憶が無いというならばこっちが勝てる可能性は殆どない。

 てか、警察は取り合ってもくれないだろう。


 想像は妄想で。根拠が無ければそれに同等だ。


 だが、そんな妄想を蔓実香澄は知っていた。それに耐え切れずに彼女は引き籠った。

 足りないピース‥いや、パズル自体が全体を変えたのか?それでもカードの切り札は整ったわけだ。

 後は、それの使いどころだ。


 俺は始めの言葉から後を繋げれない桜木の肩に手をそっと置く。そして一声。静寂したこの部屋に声を通すのだ。


 「事情は重々に承知しましたよ。ですが、俺達はやっぱ見捨てられねぇっすわ。」

  

 俺の声は部屋に反響。三人の耳に入る。会長は相変わらず。副会長は呆れた溜息を吐き出し、桜木は笑顔を見せた。

 どの返しもそれを否定しない。


 「僕もです。学校がなんと言おうと僕はゆうちゃんに付いて行きます。」


 俺に続いて桜木の言葉にも覇気が宿る。


 「いい彼女さんだね~。」


 「いや、コイツは‥」


 そこまで言って会長の口元と目元が緩んでるのに気付く。思えば決まってるのだ。生徒会長であろう者が知らない筈がない。


 「えぇ。最高で最強の彼女っすよ。」


 「大切にしろよ~。」

 

 気の抜けた返事。その伸ばした言葉に再度と表情が緩む。


 「じゃぁ~、まぁ~。取り敢えず私と麻凛だけは一日だけお前らのやる行動には目を瞑るし、簡単な手助けはしてやるよ~。」


 「あっ、ありがとうございます!」


 「だが~‥」


 歓喜の返事を声大きく上げる俺に会長は伸ばし口調を挟む。


 「私達が出来ることは多分もうねぇ~。それに問題とか起こされても私らには一切、責任は取れねぇ~。」


 「そっ、それは‥」


 問題を起こさない。ここで言うその言葉が分からない程に俺は馬鹿ではない。生徒会の警告を無視して彼女の問題に挑む。その行為こそ重大な問題だ。それに更に問題―

 つまりは学校側に汚点を招くような行為。それをしたとならばどうなるかは大体は想像が付く。

俺個人としてもそんな事、望まないしやりたくもないというのが本音だ。


 だが、しかし。確実にそれをしない。生徒会には迷惑を掛けない。そう言えるかどうかは別だ。生半可な手では彼女の心は動かせれないだろう。それに、心を動かせれないと言うならば彼女の前に立ち塞がる扉はもっと強固に閉まってしまう。

 だから、俺達には賭けが必要なのだ。扉を開ける為のその鍵を得る賭けが。


 「どうした~?」


 返事を返さない俺に感づいたのか。それとも単純に疑問に感じたのか会長の伸ばし口調が俺の耳に届く。


 「‥あっ、あの。俺は‥」


 問題を起こしてしまうかもしれない。そう言おうとしたその時。


 「だ、大丈夫です!生徒会の方々には迷惑は掛けません。絶対に香澄さんを僕達の部長にならせます。」


 勢いのある声を響き、聞かせたのは言うまでもなく桜木である。その言葉に俺は我を取り戻すように前を向いた。


 そうだ。俺にはコイツがいるのだ‥。


 「ね?ゆうちゃん?」


 無邪気な笑顔には失敗するという可能性すら見せない。その顔を見る俺は嬉しいのか、嫉妬しているのか分からない。ただ、抱えていた重荷はどこかに行ってしまったかのように軽い。


 「馬鹿。そんな簡単なわけねぇだろ。絶対なんて言葉はこの世にねぇの。絶対負けられない闘いでも負ける時もあるだろ?絶対出すって言ったテスト問題も出されない時もあるだろ?」


 「いや、まぁ‥そうだけどさ‥。てか、なんで叩くの?」


 軽く叩いた頭をなでなで。すりすり。擦る桜木。


 「叩いたのは何となくだ。気にすんな。」


 「気にするよ!?」


 適当に返した言葉に勢いのあるツッコミを入れてくる桜木。その言葉を聞くからにはもうコイツの目には俺しか見えていないんだなぁという事が分かる。


 「まぁ、でも。お前の言う事は正しいよ。絶対なんて言葉はねぇけど。可能性も全然だけど。俺達はもうアニ研の部員だからな。」

 

 部の申請用紙。それはもう桜木も俺も提出済みだ。後は一人。リアルから離れ、怯え、自分はこの世に居てはならない存在。でも、死ぬのは怖い。嫌だ。そう言う彼女を部長として迎えるだけだ。

 

 「部長を迎えに行こうぜ。」


 「うっ、うん。」


 柄にもないことを少し顔を赤くして俺は言う。桜木もそんな言葉が俺には合わないとは分かっているのだろう。一瞬の躊躇いの後、首肯した。


 「ちょっ‥、ちょっと待って下さい!」


 せっかく、「行くぞぉぉぉーーー!」「おぉぉぉーーーー!」みたいな感じになっていたのに目前から慌てたような声がそれを邪魔する。言ったのは勿論、副会長の麻凛さんだ。


 「はい?何ですか?俺達はもう止まりませんよ?」


 生徒会副会長にしていい行為だとは思わなかったが攻戦的な言葉を視線と共に向けてしまう。

 だが、副会長。そんな俺の視線には何ともなく続けて声を通した。まぁ、言っても濁り、淀んだ目を向けただけに過ぎないんだろうから当たり前か‥。


 「いえ、もうそれは私も止めません。会長の決めた事ですし‥」


 「じゃぁ、何を?」

 

俺達の行動は認める。その上で声を掛けてきた真意を副会長へと疑問を隠せずに問う。 


 「えぇ。まぁ、落ち着いて。取り敢えずは座って下さい。」


 今にでもこの部屋を飛び出ようとしていた俺達を見越してか、副会長はソファーの椅子を俺達に勧める。

 

 「はぁ~。分かりました。ほら、お前も座れ。」


 座るまで話してくれそうにもないその空気を読んだ俺は桜木にも声を一声掛け、後ろのソファーに腰をつけた。


 「あなた方が今からする事。それは蔓実さんのご友人である波瀬麗香さんへの面談ですよね?」


 「あっ、いや……。‥はぁ~それだったら何なんです?」


 誤魔化しは効かない。それに俺達の行動には目を瞑るという言葉を思い出し、正直に白状する。


 「別にそれを止めろとは言いませんよ。ただ、彼女は部活に関しての記憶が皆無です。言った通り、その部活名を聞いただけでも発狂し、まともな会話は出来ません。」


 「それは覚悟の上です。ですが、俺達には時間もソレに代用するような手も思い浮かびません。香澄を動かすには彼女の力が必要不可欠なんです。」


 誰がなんと言おうと譲る気はない。これは相当な賭けだが、もう迷いはないし、気持ちも誰かさんのお陰で吹っ切れた。


 「それは私も重々、承知しております。」


 「だったら何を?」


 何でこの人は俺達を止めるような事をしてるのか?それが分からない。早く結論を言って欲しい。そんな想いからか言葉には少しだけ苛立ちを含んでしまった。


 「すみません。コレを。コレを彼女に見せてやって下さい。」


 俺の声にも臆せず。(まぁ、当たり前なんですけど。)出されたのは一枚の写真?


 「コレは?」


 素直にソレが分からずに俺は問う。映る写真は見た事あるような無いようなアニメのコスプレをした四人の姿。それを見る限りでは普通に仲のいい友人同士。今の状態など予想もさせない。そんな感じだ。


 「見ての通りです。アニ研、四人のイベント写真だそうです。」


 「えっと‥それが?」


 その写真の説明など今はいらないのだ。この写真でどうしろと俺は言ったのだ。


 「彼女‥波瀬さんは部活の事はさっぱりです。その事を言っては最後。彼女は気を喪い、そのまま一日を無駄にしてしまうでしょう。」


 「そ、そんな‥」


 副会長のその言葉は絶望的だった。俺達は彼女と世間話に花咲かせたい訳ではない。その事を訊けないと言うならば意味がないのだ。


 落胆する俺。そんな俺を見てか副会長が薄く笑う。


 「ですが、波瀬さんはこの写真だけは覚えています。この時の事は古い絵本の続きを懐かしむように饒舌に口を動かしてくれます。」


 「それは、つまり…」


 「えぇ。賭けには変わりませんがこの写真から私では訊けなかった記憶を呼び起こして上げて下さい。悪いのは麗香さんではありません。忘れていい記憶なんてありませんから。」


 眼鏡の奥で笑う瞳には何を宿らせているのか?だが、不思議と俺にはどこか哀しみを帯びているようにしか見えなかった。

 

 「副会長は彼女と何か‥?」


 訊いていいのかどうか迷ったが結局のところ俺はそれを訊いてしまった。


 「えぇ。彼女の事は私が理事長から頼まれまして‥その、ですから色々と知っているんです。」


 「なら、良かったら副会長も付いて来てくれませんか?話し易い相手なら彼女も

安心して話せるだろうし。」


 思わぬ所から舞い降りたチャンス。それを見逃す程に余裕がある状況ではない。今の俺なら猫でも鬼でも。何でも使う。

 が、そんな上手く事が進む筈がない。俺の耳に届いた渇いた笑い声。それは本当に悲しそうであった。


 「っふふ。すみません。彼女にとって私はその逆です。私は彼女に訊き過ぎました。彼女を多く苦しめてしまった。ですから、すみません。私は麗香さんには会えないんです。」


 そう言って笑う副会長の心境は正直、分からない。そんな経験は俺にはないし、そんな人もいない。

だが、副会長が想うその感情は少しだけだが分かった。


「き、きっと。きっと副会長‥麻凛さんにも波瀬さんと話せる日がくると思います。てか、俺がそうします。」

 

 言葉で言うのは単純だし、簡単だ。だが、それでも言わなければ伝わらないし、安心感も与えられない。

 多分、副会長も察してはいるだろう。俺の言葉は気休め以外の何でもないということ。だが、それでも副会長はさっきとは別に、穏やかな笑みを顔に刻んだ。


 「ありがとうございます。」


 「うっ、うっす‥。」


 その笑った顔を注視できず、ついつい言葉が固くなってしまう。改めて副会長の顔のスペックの高さを思い知る。

 と、俺が副会長にそんな少しの感情を表に出していると。中途半端な打撃が横から繰り広げられた。


 「んだよ?」

 

 横からのエルボを繰り出してきたのは言うまでもなく桜木の奴である。その心情は別に鈍くもなんでもない俺には分かったが、何となくそんな問を返す。


 「別に‥」


 「いや、お前。勘違いしすぎ‥てか、俺が副会長にそんな感情、抱くわけねぇだろ?俺は負け戦はしない主義なんだ。」


 そっぽを向き、頬を膨らます桜木にそう返すと、キッとした鋭い目が返ってくる。

 

「何、それっ?今は忙しいからアレだけどコレが終わったらゆうちゃん集合だからね!色々と言いたい事がありますから!!」


 ここに会長・副会長がいることを忘れているのであろう。俺と二人の時にしか見せない桜木の怒涛の言葉攻め。敬語を繰り出す時は結構、本気で面倒臭い。


 はぁ~。ただでさえこの問題で手を焼いているってのにコレ終わっても更に問題があるとか‥。俺の人生、どうなってんだ‥。はぁ~。


 心中、溜息を何度も吐き出す俺だがそれが別に苦を感じていない事は勿論、気付いていた。この溜息はアレだ。ラブコメの主人公・もしくはバトル漫画やらの主人公同様の「やれやれ」ってやつだ。


 「ふふ。本当に仲がよろしいんですね。」


 「なんか~。見てて、苛つく~。麻凛~、茶~。」


 「はいはい。会長。」


 まるで対抗するかのように会長は副会長にお茶を頼む。その言葉を聞いて副会長も嬉しそうだ。

 そんな穏やかな空間。そろそろ放課が終わる頃だろう。昼食そういや食ってねぇな。

 気付けば腹が鳴りそうになる。別に聞かれて恥ずかしいというわけではない。まぁ、なるべくは鳴らしたくないのだが‥。

 だが、ここでそれを鳴らしたくなかったのはこの空気をそんなもので壊したくないという理由からだ。


 「あっ‥会長。副会長。」


 「あ~?」


 「はい?」


 ダラ~としている会長がその無気力な顔を上へと上げる。お茶の準備に頬を緩めている副会長がこちらを振り向く。


 「その‥色々とありがとうございます。二人の力がなければきっと‥あいつにも立ち向かえませんでした。」


 得たモノは大きく、どれも重要だ。俺達ではソレ等を集めれたかどうかも分からない。

 だから素直に感謝の言葉が出る。素直に頭が下がった。


 「っふふ。そんなのいいですよ。結局、私達は何もしない事になるのですから。生徒会として生徒の問題に手を貸すのは当たり前ですしね。」

 

 「ったく~、そういう言葉は全部がハッピーエンドになってから言えよ~。」


 会長の言う通り。確かにまだ全部が全部、終わったわけではない。むしろ、始まりだ。やっと、香澄の引き籠った真実に気付く事ができ、その切り札を揃えるキーカードを貰った。

 まだ、何もしていない。

 それでも、背中を押してくれたのは紛れもなく生徒会のこの二人だ。俺達だけではやはり荷が重すぎた。

 だから、そんな二人に応えたかった。いや、それ以前に俺は覚悟は決めていた。二人の力によってそれが更に強化されたのだ。


 「じゃぁ、俺達はそろそろ教室に戻ります。」


 「あ、ありがとうございました。」


 「あぁ~、じゃぁな~。」


 「頑張ってくださいね。」


 俺達は言葉を一言残し、生徒会の二人はそれに変わらない口調で返してくれる。

 静かに閉まった扉の音を聞き、俺は柄にもなくそんな扉を黙って見つめた。

 

 次、ここに来る時は全てが終わってるのだ。最悪な結果。最高の結果。それともその両方にも含まれないイレギュラーな結果。

 どの結果が出てもここには来なくてはならない。


 たった二日。俺はその短い日数をこうも緊迫した気持ちで迎えたのは初めてだ。今日、やるべきこともとてもリスキーな事で、それが失敗すれば‥。


 生徒会室では気持ちが向上していたからあんな事を言えたのかもしれないが寒い廊下。頭が冷えれば冷静になる。

 自然と、握る写真に力が籠った。

 

 と、そんな手に柔らかく暖かな感触が伝わる。

 

 「大丈夫だよ。僕達が失敗する筈がないよ。ゆうちゃん、言ったじゃん。ゆうちゃんにしか無くて、僕にあるものがあるって。」


 「いや、それは…」


 確かにそんな言葉を言った記憶はあれど俺が持っているモノなどたかが知れている。桜木はどうか知らんが俺にはコレと言ったものがない。マスターは俺を過大評価していたがそんな事は有り得ないのだ。


 「だから、大丈夫だよ。」


 「何が、大丈夫なんだよ!そんな自信どっから出て…」


 生徒会室の目の前で感情高ぶらせてしまいそうになったところ、桜木の声が耳に入る。


 「あの時、川に溺れていた僕を救ってくれたのはゆうちゃんだよ。その気持ちは僕は好きだし、僕はそんな勇気なのかな?そんなものは持っていないんだ。」


 「それは、偽善だったかもしんねぇんだぞ。」


 「ううん。それでもゆうちゃんは僕を救ってくれた。だからさ、ゆうちゃんはどんな人でも救えるんだよ。こんな変な僕にも真正面から向かい合ってくれるし。そういうのが傷ついた人には一番、嬉しいんだよ。」


 「あっ・・・・・」


 言いたい事は沢山、あった。どんな人でも救えるなんてのは有り得ない。桜木を救ったというのもあれは前も言ったが人として当たり前の事だ。桜木の性別を知っても普通に接しているのは俺が差別とかそういうのが嫌いなだけだ。


 俺はコイツに言われる程に大層な人間ではない。


 だが、それでもこんな笑顔を見せられては何も言えない。言うことを許してくれない。だから、仕方なく俺は溜息を吐いた。内の中に溜まった全てを吐き出すように長い溜息を吐き出した。


 「分かった。俺は俺のやり方でする。だが、怪しいと思ったらお前がフォローしてくれ。俺だけでは絶対にこの問題をハッピーエンドにはもっていけねぇ。」

 

俺がそう言うと桜木は更に顔を眩しくした。それは、太陽の光はここには届かない筈なのに光が射しているようにも見える。


 「うん。当たり前だよ。」


 それを見越してかチャイム音が盛大に鳴り響く。


 「って、ゆうちゃん。次、体育だよ!」


 「えっ、は?マジか?」

 

 そいえば時間割変更がどうとか朝に聞いたような…。


 「急ぐぞ。桜木ー。って、速っ。」


 「ゆうちゃん。速く。速く。」


 既に教室へと向かっていた桜木。行動が速い。

 俺はそんな桜木を追い掛ける。

 

 桜木の問題に触れたから今があり、面倒事に巻き込まれている。だが、それは逆に言えばコイツに関わったからこんな飽きもしない日常を送れているわけだ。それが吉か凶かなど今はどうでもいい。

 今の俺の感情はただ一つ。


 全く、やれやれ。困ったもんだ。


 俺は頬をニヤケさせた状態で一番階下の我が教室へと足を速めた。 


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