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俺の彼女は…  作者: イスカンダル
 1章 [寒い春]
12/59

そして今年は終わってく

 冬休み。その休み期間は学生なら誰もが知っているであろうが長期の休みとしては一番短い。

春休みも短いと言えば短いのだが卒業生は約一ヶ月くらいは休んでいるしやはり冬休みが一番短いと思える。

 冬なのに。寒いのに。何で?夏はあんなに休めれるのに?恐竜は寒さで絶滅したかもしれないのに?何故なんだ?

 

 とは言え休みは休み。社会人になれば九日も休みが取れればゴールデンを通り越してレインボーウィークとか言われるのではなかろうか?

 ほんと、休みってのは最高だ。


 そして今日。季節は冬で月末。三十一日。世間では年越しだの大晦日だのなんだの言われている。日本人の誰もが浮き足だって今日を迎えているであろう今日この頃。


 「さーて。今日の夕飯と明日の飯の買い込みでも行ってくるかな?」


 暖房きいた部屋、炬燵でぬくぬく。そんな時も終わりを迎えなければならない。基本、この時だけを生きる俺でも今日だけはそうも言ってはいられない。明日の事。未来の事を考えなければならない。


 ほんと、明日の夕飯どうしよ?

とか思うもまずはテレビのリモコンを操作。喧しい音を消して吊るしてあった上着を身に羽織る。

財布に家の鍵。それらをズボンのポケットに。後はエコバックを肩に掛ける。レジ袋にお金とか払うなんて馬鹿げている。

 無駄な物にお金を割いている余裕は俺にはないのだ。


 「財布持った。鍵もある。エコバック完璧。あっ、そう言えば牛乳パックがあったな。持ってくか。」


 スーパーにあるリサイクルボックスにそれを入れなければならない。ほんと、俺って地球を愛し、愛される人間。


 「うっし。これでよしっ。」


 流し場にあった牛乳パックをエコバックの中に入れ、準備は万全。これでスーパーに行ける。

 男子高校生にはあるまじき行動と考えだと思えるがスーパーはコンビニよりも物価が安いから金に貧相な俺には有難い場所なのだ。これでいつでも主夫になれる。うん、将来有望だ。


 「っと、携帯忘れるところだった。え~と、携帯。携帯っと。」


 年越し前には掃除したかったのだがどうも気分が乗らずに散乱した部屋。その部屋で一つの物。それも携帯電話たる小さな物を探すのは極めて困難だと思えた。


 「はぁ~。仕方ない。しらみ潰しに探してくか?」


 溜息を吐き出し、まずはベットがある方へと足を動かす。基本、俺は携帯を枕元に置く。最近は炬燵なんかで寝てしまうからその信憑性はあまり高いとは言えないが。

 

 「ん~。やっぱないか?」


 一にあると思えた場所がないとなると次、探す場所に心当たりがない。これでは本当にしらみ潰しに探す事になる。

 と、そんな今からやる事に溜息を吐いていると。


 ブ~ブ~‥


 どこからかそんな音が聞こえ、地面を振動させている。


 「ん?そこか?」


 耳を済ませ、感覚を研ぎ澄ませ、把握したその場所は物という物が散乱した炬燵の上。


 「つーか?誰だ?」


 携帯が見付かったのは嬉しいことなのだが自分にメールをよこす相手が予測できない。大体は携帯が会社かソーシャルゲーム関係の。それとある人物しかいない。

 俺は以上のお三方。その中に人は一人しかいないが‥。携帯電話を手に取って操作‥するまでもなかった。


 「うげっ。何だよ?全く。」


電源を入れると直ぐに出てきた受信数の数。その数に若干‥いや、かなり引いてしまう。


 受信数十八件。


 さすがに全てがその人物ではなさそうだがそれでもその数の殆どをソイツが占めている。

試しに一つ。

そこにはこう書かれてあった。


 『もう、何で無視するの!ゆうちゃんのばーか。ばーか。』


 そう。言わずとも分かる。その人物とは桜木雲雀。流れで恋人(笑)になり、それから一緒にいる時間も行動数も増えたという人物だ。

 とは言え、これだけでは何がなんだか分かったもんじゃない。


 俺は携帯電話の画面をスライド。下のメールに指を置く。


「あぁ。これは携帯会社か?売れ残りセール?まぁ、興味ねぇな。」

軽く眺め、直ぐにその下のメールに移る。


 『まさか寝てる?じゃぁ、今度は電話するからその時出てね?』


 あぁ~。そういや、昨日は謎の腹痛に襲われて殆どがトイレにいたからな。電話とかあったのか?全く気付かなかった。賞味期限二週間過ぎのプリンいけると思ったんだがな…


ともあれこれでも要件は全くと分からない。

もう、面倒なので新着メールの一番最下層に指をスライド。その中身を見ることに。


 『あぁ、ゆうちゃん?もう、今年も終わりだね?てなわけで明日の大晦日の深夜、一緒に神社行こうよ。パパもゆうちゃんとなら良いって言ってたから。じゃぁ、コレ見たら返事してね。待ってるから~。』

 

 うん。成る程。


 携帯電話の電源を落とし、それを上着のポケットへと仕舞う。


 事情は分かったが返事を返すのには少し考える必要がある。

 一つ。返事を返すにも時間が経ち過ぎている。これでは電話。もしくはメールを出したとしてもまず間違いなく電話でガミガミ喧しく言われる。それは非常に面倒臭い。

 

 そして二つ。大晦日の深夜に神社?何それ?すっげぇー行きたくない。

 これに関しては全てが私情なのだが何故に夜の冷え込む中。わざわざ外に出て、並んでまで神社に参拝しなければならないのか?そんなの朝でいいだろ?人もそれなりに空いているし夜程の冷え込みはない。神への参拝はするものだとは思うが朝でいい。


だからだ。正直な感想、行きたくない。

せっかく学校もない。家で一人を満喫できるチャンス。それを何故に邪魔されなあかん。

 が、しかし。


 「どうせ返事を返さなくてもあいつここに来るんだろうしな‥」


 俺は落胆の溜息を長く吐き出すとやはり携帯電話を取り出した。今日は何回、溜息を吐いているのやら…。


 プルル~。という発信音を数回聞いて直ぐに繋がった。と、同時に喧しい声がやはり耳によく響いた。


 「もう、ゆうちゃん!何で、どうしたの!何で、返事返してくれないの!何で、電話に出てくれないの!僕、パパの実家にいるんだけど、ゆうちゃん()行こうかと思ったよ!」


 嵐のような声を一先ず耳に通してこちらの言い訳を伝える。いや、言い訳とかではないんですけどね。本当にガチで昨日は腹痛に悩まされていたんですよ。いや、本当に。


 「悪ぃ。けど、俺にも事情があるんだよ。毎回、毎回。携帯なんかチェックしてられるか。」


「用事?ゆうちゃんに?この冬休みに?宿題も殆どないのに?」


 「おいおい。人をなんだと思ってんだ?俺だって人並み‥いや、それ以下かもしれねぇけど予定くらいはあるわ。」


 腹痛の事を言えば良かったのだろうがそれを言えば恐らく、桜木は大丈夫?大丈夫?を連呼するだろう。 そして最悪、ここに来るなんて言われたら最後。俺の正月まったりライフ生活は終わりを迎えるだろう。まず、一声にこの部屋の汚さを指摘されるのはもう目に見えている。


 「で、あのメール。あれは本気か?今、お前、北海道にいるんだよな?」


 前に聞いた話では桜木の実家(父親の)は北海道にあるのだという。記憶力には自信ないが、お土産は毬藻も買ってくるね。なんて言われたから嫌でも覚えていた。毬藻なんていらねぇっての。あれって苔でしょ?よく分からんけど。

 

 「うん、そうだよ。でも、今日中には帰れるから大丈夫~。」


 「いや、大丈夫の意味が分からん。お前は疲れとか知らんのか?鉄人か?」


 「もうっ、またそうやって僕を人として見ない。大丈夫だよ、飛行機でちゃんと寝るし。大体、おばあちゃん()リラックス出来るから疲れなんてないよ。」

 

「ふ~ん。そうか。」


 そこで疑問に浮かんだのはその祖母・祖父もいるのかどうかは分からんが。は、桜木の女装についてどう思っているのだろうか?という疑問だ。

 それよりも桜木は今だけはちゃんとした男としているのだろうか?


 「なぁ、桜木?」


 「ん?何?」


 「お前は、今どんな格好してんだ?」


 電話して早々にこんな話を切り出すのもどうかと思えたが聞かずにはいられない。


 「ん~?まさかゆうちゃん、僕に会えないから寂しかった?そんな格好まで聞いて想像だけで凌ぐつもり?ふふ。そんな事しなくても今夜には会えるんだから大丈夫だよ。」


 その含み笑いが酷くうっとしい。


 「なわけあるか!馬鹿な事、言ってないで今のお前の格好はどうなんだ?」


 俺は怒鳴るようにそう言って再度、桜木の今の格好を尋ねる。


 「ん~、もう。恥ずかしがって。」


そんな桜木の声にムカつきはしたが取りあえずは我慢。次の言葉を待つことに。


 「ん~とね。チェック柄のシャツの上に厚手のセーターでしょ、下は黒のジーンズを履いてるよ。おばあちゃん()だと何か気が抜けちゃうね。あはは。」


 そんな笑い声を耳に俺は彼のコーディネートを考える。

 

 まぁ、その格好ならば別に男もするだろうし問題はないのだが桜木だとなぁ‥。なんとも微妙なライン。

 とにかく桜木の声を聞くに別段、祖父も祖母も彼の格好に関しては気にしてなさそうだ。


 「そうか。分かった。」


 「ん?何が分かったの?」


 「いや、こっちの話。」


 そう言うと電話越し。遠距離でも分かった。ニヤニヤ。ニタニタした桜木の顔。


 「言っとくが別に変な事は考えてねぇからな!勘違いすんじゃねぇぞ!」


 何で俺がそんなツンデレ的なキャラにならなければならないのか‥?ほんとに何も考えていないのに。とほほである。


 「ん~、分かった。分かったって。ほんと、ゆうちゃんたら。」


 絶対にわかってない。いや、違う意味では分かったんだろうが全然、分かってない。何で俺がそんな変態ツンデレキャラにならにゃあかんのだ?キャラ濃すぎだろ。

 

 「あぁ~。それより今夜?いや、明日か。行く神社ってのは俺家()の近所のとこか?」


 何か言い合うのも疲れたのでそろそろ話を進める事に。 


「ん~。そこでもいいけど、本当はちょっと遠くにある大きな神社?あそこがいいんだけど?」


「あぁ~。例年、テレビでも映ってるあそこか?」


 確か名前は全農神社。名前の通り、全ての農業。商業を祈願する所で有名な神社(ところ)だ。一年の終わりもあってか一年の礼と翌年の頼みをする為、例年、深夜から並ぶ者が多い。俺はその光景を画面越しからいつも見ていた。


 「行きたくなかった?」


発した声から分かったのだろう。桜木は残念そうな声で俺にそう訊いてきた。


 「いや、行きたくないとかではなくてだな。お前も疲れてるだろうし、あんな人ごみは辛いかなって思ってな。」


 そんな声でクエッション付けられれば断るに断れない。


 「そっか、僕を気遣ってくれたんだ?でも、僕は大丈夫。全然、平気だよ。」


 「おっ、おぉ。そうか。」


 いかん。このままでは取り返しのつかない事態に。俺のぬくぬく、ゆるゆる年越しライフが‥


 「うん。じゃぁ、僕は十一時くらいにはゆうちゃん()行くね。じゃぁ、またね。」


 「いや、おい。まだ話が‥」


 光よりも速い先制攻撃に最早、一言も発せられなかった。聞こえるは無人を報せるその音ばかり。


 「くっ‥俺の安息な年越しが‥」


 暗くなった液晶画面を下に俺は泣き言のようにそう呟いた。と、そこで肩に掛けていたエコバックが地に落ちる。


 「あぁ。買い物、そういや行くんだったな。」


 深夜の事を考えるともう、夕飯なんかどうでもよくなってしまった。今年はどうやら人波の中で年が終わりそうだ。はぁ~、行きたくねぇ。


 *************


 「えぇ~と。カップ麺に肉。野菜。お菓子にジュース。こんだけでいいかな。」


 近所のスーパー。毎度通っているそのスーパーは今日は年越しもあってかガヤガヤ。わさわさ喧しさを大いに見せていた。すれ違う人は殆ど、かご一杯に野菜だの肉だのを詰め込んでいる。スーパーのありがたみと如何にスーパーが我ら人類に必要な所かが分かった瞬間でもある。


 「あぁ。牛乳そういや切らしてたな。」


 俺もカゴ一杯とまではいかないにしろ半分位詰まったかごを持って乳製品が並ぶ棚に移動。もう何度か来ている為にその棚の場所に行くのには数秒も掛からない。


 「えぇ~と、一番安いやつ。一番安いやつと。」


 お金に余裕のない俺は商品、一つ選ぶだけでも真剣だ。安くて内容量も見、勿論、賞味期限も欠かせない。

 そして広告の品と大きく紙に書かれてある牛乳を発見。迷わず俺はそれを手に賞味期限を確かめる。

 

 五日後か?まぁ、飲み切れるとは思えるがどうだかなぁ・・


 と、牛乳片手に真剣に悩んでいると聞き覚えのある声が耳に響いた。


 「優一じゃないか?どうした、こんな所で?牛乳なんか持って、菓子作りにでも目覚めたか?」


 「え?あっ、マスター。」


 牛乳パックから目を離し、見るはそこに立つ背の高い女性。どうやらマスターも買い物に来たらしくカゴの中はぎっしり食料が詰まっていた。

 

 「いや、別にただの買い物っすよ。コンビニの物は高いですから。」


 真剣に悩んでいた牛乳はマスターの登場でどうでもよく感じ、あまり考えもせずにカゴの中に。まぁ、五日もあれば飲めるっしょ。


 「で、マスターも買い物ですか?って、カップ麺多っ。」


 それとなく見えたカゴの中は種類はまばらだがカップ麺が散乱している。


「あぁ、大晦日くらいはな何も作りたくないんだ。どうせ独りだしな。」


 「はは。ですか。」


最後の台詞がどことなく寂しい。まぁ、無表情なんですけど。


 「じゃぁ、俺はこれで。来年もよろしくお願いします。あっ、そうだ。新年はいつお店、営業開始するんですか?やっぱ、五日からっすか?」


  「ん?あぁ、そうだな。五日から一応、営業だな。・・人が来るかどうかは別として。」


 「あっ、そうっすか。じゃぁ、五日に行きますね。良い年を。」


 長居は禁物。そう判断した俺は早々に別れの言葉を置いてそこから離れた。全く、来年はあそこあるんだろうか?マスターは結婚できるんだろうか?歳、知らんけど。

 そんな懸念を抱きながらも俺はレジに並ぶ事に。

 と、思ったのだがそのレジがすっごい並んでる。どこも長蛇の列。レジ打ちの人がかわいそうだ。

 

「どこか空いてる場所。どこか。」


と、辺りをキョロキョロ。周りを見渡すもどれも同じような感じだ。と、そこで。


「あぁ。セルフのレジか。あれなら直ぐに終わるか。」


数ある列と比較してそこだけは二・三人くらいしか並んでいない。それなら直ぐに順番が回ってくる筈だ。いつもならそこも並んでいるのだが今日は皆が皆、カゴ一杯。

恐らくは自分ではそれらを処理したくないのだろう。気持ちは大いに分かる。

あんなにもバーコード通すとかかなりの労力。レジ打ちさんマジ頑張って!

 

 ん~と。まずはエコバックを選択っと。後は、バーコードに通すだけか。


 機械の前に立ち、眺める画面。そこで映し出されたエコバックorレジ袋選択。俺は迷わずエコバックを選択。その隣にエコバックを配置した。

 

 ピッ。ピッ。ピッ・・


 リズムよくバーコードを通し、カゴの中身も程々に減っていたその時。


 「ん?」


 鳴っていたリズムが止んでしまった。

 何故だ。何故、通らない。このカップ麺はここの商品ではなく違う所の商品なのか?それともこれはカップ麺ではなく違う物。そんな馬鹿な。

 と、めげずに手に持つカップ麺をグイグイ押し付けていると近場にいたスタッフが声を掛けてくれた。


 「あの、どうかなさいました?」


 「いや、この商品が…」


 とのところで声が止む。


 「和明?」


 「優一?」


見れば声を掛けてきたスタッフ。俺のよく知る人物である。その人物がここの制服を着て。何、やってんだ?まぁ、見たまんまなんだけども。


 「お前、バイトとかしてたのか?」


 「あぁ、まぁな。あれから彼女は出来ないまんまだし他にやりたい事もなかったんでな。取り敢えずはって。」


 知り合いに働いてるところ見られるってのはやっぱ何かと思うところがあるのだろう。和明は柄にもなく居心ち悪そうだった。

 

「ん~ごほんっ。」


 聞こえた後ろからの咳払い。久々の再開に喜んでいる場合ではない。別に喜んではいないけど。

 後ろにもお客さんは待っているのだ。個人的な問題でそのリズムを乱すべきではない。それは和明も思っていたらしく。


 「あぁ、コレ通らなかったんだな?ちょっと貸してみ?」


言われて俺は持つカップ麺を和明に渡す。


 「う~ん。駄目だな。ちょっと、待ってろ。今、別の商品持ってくるから。」


何度か試した和明はその駄目なカップ麺を持って小走りで消えていく。

 残された俺は何をやろうかと考えたが、まだかごには商品が残っているのに気付く。直ぐに戻ってくるだろうがどうせやる事もない。こいつらを通していても問題はなかろう。

 思い、俺は残る商品らを音鳴らし、エコバックの中へと放る。


「悪い。待たせた。はい。これで通る筈だ。」


 カゴの商品が三つ残ったところ、行った時と同様、小走りで和明が現れた。 


「あぁ。悪いな。持ってきて貰って。」


礼を一言。持ってきて貰った商品をレジに通す。


 ピッ。


 今度は聴き馴染んだ音が。カップ麺もエコバック内に散乱する商品らの仲間入りを果たす。


「おぉ、サンキューな。」


「何、これも仕事だ。気にすんな。じゃぁ、俺は他の仕事もあるんで、じゃぁな。」


「あっ、あぁ。」


去っていく和明。その胸元に見える研修期間中という文字が輝いて見えた。


 あいつも頑張ってんだな。


 一つの思いを頭に抱き、俺は残りの商品をレジ通し終える。


 千五百三十二円。


 そんな半端なお金がある筈もなく俺は財布から一枚の札を取り出す。樋口一葉さん。五千円である。

機械にお金を入れ、お釣りとレシートを受け取る。

 これで今日と明日の飯の心配はなくなったわけだ。

だが、ここにはもう来れそうにはない。他のスーパーを探さねば。

 働いてる者もそうだとは思うがその客もまた同じなのだ。俺はすっかり重くなったエコバックを肩に掛け、外へと続く自動ドアを潜った。

 

 住みにくい街になったもんだ。


 胸に溜まる何とも言えぬ感情は解消できぬままに俺は帰路を歩いた。


 ************** 


 そして時は直ぐに流れ、時刻としては早くも十一時に迫っていた。


 「あぁ~、行きたくねぇ~。この炬燵から出たくねぇ~。」


 すっかりくつろぎモードの俺は炬燵の中に足を入れ、夕食のカップ麺のゴミも片付けぬままに迫る時間に対して愚痴を零す。そして、その声が聞こえたのかどうか前で喋る四角い機械がこんな事を伝えてくれた。


 『え~。皆さん、見えますか?この人、人。ここ全農神社ではもう早くもこんなにも人が道を塞いでる状態です…』


 「うわ~。行きたくねぇ~。」


 そんな事実を伝えられたら益々この炬燵が恋しい。と、それすらも見越したのかタイミング良いのか、悪いのか。インターホンが大きな音を鳴らした。

 

 「はぁ~。」


 居留守を使おうかとも思ったが電気は付いているしテレビの音は煩い。それが不可能だと知る。

仕方なく扉の方へ、のそのそと足を進める事に。

 

「はは~、久しぶり。元気にしてた?」


 扉を開けると直ぐ。そこには白のコート。マフラーを首元に巻く桜木雲雀が立っていた。コートとマフラー以外は電話で伝えて貰った通りの出て立ちだ。

 

「久しぶりも何もほんの三日前にもあったろ?」


「うん。そうだね~。へへ~。」


何がそんなに嬉しいのやら照れたように笑う桜木。


「まぁ、寒いだろうし取りあえずは中にはい・・れ。」


いつもの習慣。俺は桜木を中に通すようにとの台詞を吐いてしまった。すぐさま訂正の言葉を。


「いや、待った。悪い。今日は少し待っててくれ。直ぐに支度してくるから。」


「え?何、どうして?」


「いや、何でもないが取り敢えず待ってろ!」


勢い強く言い放ち、勢い強く扉を閉めて部屋の中、取りあえずは一息吹く。


「コレ見せたらアイツになんて言われるか?」


映る堕落した光景。大晦日だってのに全然、片付いてない。それよか前以上に酷い。


「帰ったら少しは片付けるか?」


 呟き一つ。早速、上着とマフラー等を取りに行こうとしたら何か殺気立ったものが背後に。


 「ゆ~ちゃ~ん。何この部屋~。」


「なっ、てめっ。勝手に扉開けんなよ。」


見ればドアが開いており、そこから桜木の顔が見える。鍵も閉めておけばよかったと遅れて後悔が追いついた。

 が、もう遅い。


「そんな事より、この部屋は酷いよ!僕も手伝うから今から準備して。」


「へ?準備?」


一体なんの?出掛ける準備なら今からするんだが。

とか思ったのだがそんな筈はなく。


「決まってるでしょ。掃除だよ。掃除。ほら、早くしないと年が明けちゃう。」


「いや、待て、待て。こんな夜中にやる必要もないだろ?」


「ゆうちゃんがちゃんと掃除してればこんな時間にやらないよ!」


勢いづいてそう言われればもう何も言えない。何かスイッチ入っちゃったみたいだし。こうなった桜木はテコでも動かない事を俺は知っている。


「はぁ~。分かったよ。だが、程々だかんな。時間がないし隣にも迷惑掛かる。」


「うん。残りは明日、自分でやってね。」


「あっ、あぁ。」


せっかく宿題も少ない冬休みだというのに余計な課題が増えてしまった。全くもって勘弁して欲しい。


 とにもかくにも何故だかこんな夜も遅い時間に俺家(おれんち)の大掃除は始まったのだった。隣の人、ほんとごめんなさい。


************


「やっぱ、すげぇ人だな。帰りてぇ‥ブツブツ。」


「え?何?よく聞こえないよ?」


「いや、別に。」


 何故にこんな寒い時。今年も一時間を切って終わろうとしている時に俺は外にいるのだろうか?それもこんな人、人。 『人』の超憂鬱な場に。着て早々だが足が重い。

 大体、正月だけに参拝しにくるとか神様に超失礼じゃね?しかもこんな大勢で我が家に乗り込んでくるとか俺だったら逃げるね。家から逃亡を謀るね。

 だからアレだ。多分、神様は今日いない。きっと昨夜に神様会議的な事して皆でバカンスしに行ってるんだ。

 そうだよ。皆して必死に手とか合わせてるけどいないからね。神様、今日はいないからね。安息な場に逃げてるからね。

 

 「ってわけで帰るか。」


 「え?ちょっ、何で?え?え?」


 まぁ、そういう反応だわな。


 思うも別にそれにどうこう言うつもりはない。回れ右。まだ鳥居も潜ってないし、もし神様が居たとしても失礼ではない筈。いや、玄関前で帰るって失礼なのか?いや、神様だもんそんぐらい許してくれるさ。

 てか、またくるだろうし(空いてる頃を狙って)。


 さぁ、我が家へ。やっぱ、我が家が一番だ。帰ろ。帰ろ。

 と、思ったのだが。


 「うわっ‥」


 振り向いいた先も前方と同じ。人。人。 『人』で入る隙間もない。これでは帰れない。


 「ちょっと、兄ちゃん。急に振り向かないでよ。」


 「あっ、す、すいません。」


 絶望的な光景に溜め息すら吐けない。立ち止まり、振り向いた直ぐにパーマの効いたおばさんに小言を言われる。

 

 「ゆうちゃん何、してるの?危ないし、迷惑だよ?ちゃんと前見て歩かないと。」


 急に腕を引っ張られ、歩かされる俺。だからお前は俺のオカンかよ。

 

「いや、だが‥これ帰れるのか?」


 これは普通に参拝して帰るとなる時でも帰れるかどうか怪しい。そんな神様の家に何十人。何百人。下手したら何千・万人とも言える人数を泊めてもらおうなんておこがましいにも程がある。

 てか、そんな事したら神様怒って明日にでも地球破壊してしまうんじゃ?天罰恐し。

 だから、帰ろうって言ってんだよ。こんな夜も遅くに皆、神様の気持ちとか考えてないでしょ?ったく。明日、地球なくなっても知らねぇぞ。


 「うん?それは大丈夫だよ。ほら、参拝したら帰れるようにちゃんと別ルートがあるでしょ?ほら、あそこで看板持ってるあの人。ん~、暗いから見にくいか?」


 指差して教えてくれたその場所には確かに看板らしきものが浮かんでいる。 


「あぁ~。確かにあるな。大晦日だってのにご苦労様だな。」


人波に逆らえず、流れに身を任せている状態。俺は落胆の溜め息と共に感想を零した。

 まぁ、帰れるというならばそう問題もない。この冬休み、引きこもり気味だったしな。たまにはこういうのも良いだろう。

 

 とか何とか思ったのは本当にその時だけ。進む体とは裏腹に頭では帰る事ばかり。それでも後戻りは出来ないので仕方なくも人に呑まれて。押されてで、桜木ともはぐれずに来た神殿前。人の数など数えるまでもなく一杯。その一言に限る。


 「はぁ‥ぁ~。もう、駄目。この空気。俺には少しばかり早かったみたいだ。もう、絶対に次は来ない。」


 神様の目前でなんて事を言ってるんだ、ではあるが仕方ない。この人混みの中を通ってたどり着いたのだ。そうもなる。


 「もー。また、そんなこと言ってるよ。イルミネーション見に行った時もそうだったけど何で?」


 「‥いや、何でって?お前は本当に人間か?」


 ここまで来るのに何の苦も感じないなんてよっぽどの能天気な奴か鈍い奴しかいない。いや、両方コイツ持ってるのか?なら、何となく納得。 


「もうっ!ゆうちゃん、そればっかり。いいからお願いごとするよ!後ろの人にも迷惑だし。」


「あ、あぁ。」


プンスカ怒る桜木に倣い俺も賽銭を取り出す事に。


「あれ?ゆうちゃん、財布変えたの?今度のは小さいね。てか、小さすぎない?」


賽銭用のお金だろう。何やら光るモノを手に桜木が声を掛けてくる。賽銭用のお金が五百円って…。これだから金持ちは。…いや、そうでもないのか?よう分からん。


「いや、これはただの小銭入れだよ。こういった場所はよくスリに合うって言うからな。念の為の用心だ。普段、使ってる財布は家にある。」


ほんと、貧乏暮らしの高校生は楽じゃない。財布盗られたとか洒落になんないから。いや、マジで。


 「ふーん。」


桜木はさもどうでもいい風にそう言うとお金を投げ入れ、参拝の作法に基づき目を閉じた。


 いや、小銭入れ素晴らしいから。もし、コレを落としたり盗られたりしても全然、深手じゃないから。云わば身代わりだから。影武者だから。我が家を支える財布さんの代役だから。

 とか、桜木の態度に文句の一つでも言ってやろうかと思っていたのだが。


 「ん?」


何故か変わり身の存在。小銭入れさんの中身にずっしり。煌々と輝くお方がおりなすっている。

そう。そのお方とは硬貨の中で一に階級が上のモノ。五百円さん‥様だ。その頼もしさ。安心感はその大きさからも明らか。

まぁ、桜木はそんなお方を躊躇うことなく放ったんですけどね。えぇ。


 とは言え、前言撤回である。これは影武者なんかではない。命に替えてもお守りしなければならぬ物となった。考えを改めなければ。


 「って、賽銭。賽銭。」


意外な存在に戸惑ったが当初の目的は賽銭を取り出す為に小銭入れを開けたのだ。後ろの方にも迷惑掛けてるのは確かだし。早く済ませてしまおう。


 「五円しかないな・・」


手に取った穴あく銅。別にご縁がありますように、とかそんなベタベタな理由からではない。単純にソレしかなかったのだ。まさか五百円様を出すわけにもいくまい。

 

 そうと決まれば迷いはない。桜木はもうしてるのだ。自分も早くしなければ。ってか、長ぇな。どんだけ願ってんだよ。神様困らせんなよ。ったく。


未だに両目を閉じて手を合わせている桜木を一目。俺は五円玉を宙へと浮かした。

 

ちゃりん。


 正月、でかい神社ではよく見る光景。賽銭箱ではなく白い大きな布の上に散乱する賽銭達はまだ深夜にも関わらずとんでもない数を見せている。俺が投げた五円玉もその中に混ざり、音を発てた。


 と、そんな音を確認。作法もろくに目を閉じ、願い事を心の中で呟く。俺の願い。そんなのは…決まってる。


 輝く青春。


 俺じゃなく、未だに隣で目を閉じている奴。そいつの輝く青春を今は望んでる。 

 所詮は神頼み。聞いてくれてくれているのかも怪しい。叶えてくれるかなんてそれ以前の問題。

 だが、俺は願う。欲張りな事は言わない。ただ一つ。一文字。青春の一言をそこにいなくてもどこかにいるであろう神様に願い伝えたのだ。

 

「んじゃ、帰るか。」


 ここに来た目的は果たせれたのだ。ここに留まる理由なんてない。てか、帰りたい。一刻も早く。


 「えぇー。何、言ってるの?まだおみくじも引いてないし、甘酒とかも飲んでないよ?」


 「いや、だが。この人の波に乗るとだな、あの看板持ったおっさんの方に進んで

るような気がするのだが…」


 残念、桜木。お前の意思がここにあろうと流れは帰宅ルートから逃れられないのだよ。ガハハハハ。

とか、笑うのも束の間。


 「ん?そうだよ。看板にも書いてあるじゃん。この先、大広間って。そこでおみくじも甘酒もあるんだよ。巫女さんとか神主さんとかの事務所があるから大広間って言うらしいんだけど。」


 「なっ、そんな…」


遠くから見た時は暗くて気付かなかったが今なら見える。確かにそこには桜木の言う通り。そう書いてあった。

 だが、巫女さんか‥。


看板の通り。出てきた大きな空間。さっき程ではないが人が多い。


 「どうでもいいけどゆうちゃんも引くんだよね?おみくじ。」


「いや、俺は‥」


 「ほら、行こっ。」


 声もままに聞かれずに手を握られる。引っ張られる。

だが、無理に断る事はしない。

  それはきっと。知ってるからだ。握られているその感触が。艶のある長髪を揺らす桜木の後ろ姿が。永遠ではなく直ぐに終わる事を知っているからだ。

 いや、知っているではなく終わらすと言った方が正しい。 

 綺麗で可愛い桜木雲雀は今年はソレだったが来年には彼女がいるかどうかは分からない。それでいい筈なのに。それを望み、そうしようとしているのに。俺はどうもその感触と後ろ姿にいらぬ感情を抱いてしまう。


 彼女が彼になった時。コイツは俺とどう接するのだろうか?少なくとも今の関係はない。

 だと言うのなら。


 「あぁ。おみくじな。それに甘酒も飲むか。」


「え?どうしたの?急に積極的になって?いや、僕はすっごい嬉しいんだけどさ。」


 「いや、せっかくここまで来たんだしな。願い事だけってのも勿体無いと思った

だけだ。俺は時間を有効的に使いたい訳よ。」


 「ふーん。よく分かんないけど分かった。てか、ゆうちゃんの意思とか関係なしにおみくじんとこ並んでるんだけどね。」


 えへへ。と笑う桜木。並ぶ列は十人程か。


「んだそれ。まぁ、いいけどよ。」


 所詮は人間が作った紙に字を書いた物。それにお金を払うのだから人間の思考はよく分からない。

だが、それでも俺も人間だ。人間として人間の字を読むのだ。

 

 引いたおみくじは小吉とまぁ、微妙なとこ。書いてあった事は悪くなく良くもなくと言った感じ。ソレを見るからに桜木の問題はやはり大変なのだろうと思ってしまう。

 おみくじなんかで人生は変わらない。神頼みなんかでは人生に変化は訪れない。

 だが、人は願う。祈る。それは他力本願でしかないのだがやはり願い、祈ってしまうのだ。


 どうか俺に力を貸して下さい。


 俺は二つ目の願いを欲深く心の中で呟いた。


 響く除夜の鐘は今年は直に聞いてるせいかどうか、大きく耳に響く。

今年ももう終わり。近場に建つ柱時計ではとうの昔に十二時を超えていた。

 

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