軽蔑
恋に敗れた友が或る晩私を訪ねてきた。
私は彼女を気の毒に思い、家に迎え入れることにした。
その感情はお得意の偽善的感情から起こったのかもしれない。
いや、少なからず彼女を駅に迎えに行くまでは彼女を親愛なる友と思い愛していた。
去って行った恋人を一心に愛す、健気で美しい人だと思っていた。
駅に現れた彼女は、真っ赤な口紅に甘い香水をつけていた。
肩口が広くあいた服を着ていた。
決して失恋した哀れな女ではなかった。
むしろ、男を魅了するミステリアスな色気。
刹那、私は彼女に憎らしさを覚えた。
殺してやりたいとさえ思った。
この女に比べたら私のほうがどれほど健気な女だろうか!
「武夫さんはいるの?」
微笑さえ浮かべて言いやがる。
武夫さんは酷く美しい人です。
「俺は翔子の心をすごく気に入っている。こんな心が綺麗なヒトなかなか居ないよ。」
と言って彼は私を口説きました。
私は困ってしまいました。
私は良い女ではありません。
自分の容姿の醜さを知っていて、心だけは綺麗を装う偽善者です。
偽善者であることを悟られないためたまの悪い事を言う性悪の詐欺師です。
「武夫さんは私の本当の姿を知らないのです。本当は嫉妬と僻みにまみれた汚らしい女。私、ただの醜い女です。」
美しい武夫さんを前にしたら気の毒で、私は打ち明けました。けれども武夫さんは
「心の汚い奴が自分を汚いと言う訳あるか。」
と言って取り合ってくれません。
そして、とうとう私たちは結婚したのです。
けれども果たして私はなぜそんなことを言ったのか。
自分を汚い女と言う事で、美しい武夫さんを芯から騙して信用させて私のモノにしたかったのでしょうか?
この言葉もやはり、私の、偽善者の、詐欺だったのでしょうか?
私は全て己の計画のように思えて自分が怖いのです。
私は私は、どこまでが善でどこからが悪なのでしょう。
なんなら全て悪なのかしら。
彼女は玄関先まできていた。
「武夫さん、お邪魔します。」
しおらしく言った。
「夫は友達の家。明日まで帰って来ないからゆっくりして行きなよ。」
「ふぅーん。」
彼女は肩口からずり落ちていた服をグイとひっぱり上げた。
「私、失恋した。恋に敗れてしまった。ほら、可哀想でしょう?」
彼女が涙を流すものだから
「かわいそう。ほんとかわいそう。」
ざまぁみやがれ。
汚らしく舌を出した。