~河戸隆二の場合~ 5
「うおおおおおおお!!!!」
今まで感じたことのねえ凄まじい力が体の中から湧き上がってくる。
俺自身もコントロールできねえくらいのすげえ力だ。
「おあぁあああああ!!!!」
俺が全ての力を解放すると、教室と廊下の境の壁が吹き飛んだ。
俺はふぅー、と大きく息を吐き出すと奴をにらみつけた。
奴は驚愕した顔で後ずさる。
「ま、まさか、これほどの潜在パワーを持っていたとは…」
俺は一瞬の内に奴の目の前へと移動する。
「いまさら後悔しても遅いぜ。オラオラオラオラァ!」
奴の腹にパンチをラッシュする。
「ぐおぉぉぉ!」
顎が落ちたところで渾身の右ストレート。
奴は教室の黒板を突き破り隣の教室まで吹っ飛んでいった。
俺も黒板の壁を蹴破り奴の後を追う。
隣の二組は英語の授業中だった。
全員がぽかんとしたマヌケ面で俺の方を見ている。
俺は倒れているマッチョ野郎を見つけると、三組の教室へ蹴り飛ばした。
「邪魔したな」
一声残して、俺も三組へ戻る。
三組の教室に入ると、奴がよろよろと立ち上がろうとしているところだった。
俺がゆっくりと奴に近づいていくと、奴は突然、「くっくっくっく」と笑い出した。
「何が可笑しい? 恐怖で気が狂ったか?」
奴は首を振った。
「恐怖だと? くっくっく、まさか」
そして、ファイティングポーズをとった。
「わしはうれしいのだよ。お前のような強い奴と巡り合えたことがな」
奴の体からこれまで以上の凄まじいオーラが立ち昇る。
「わしもお前との戦いの中で潜在パワーが覚醒したのだ!」
そう言うと奴は全てのエネルギーを右の拳へと集中させる。
「この一撃だ! この一撃でお前を倒し、わしは人類最強の男となる!」
「へっ、おもしれえ」
俺も全てのエネルギーを右拳に集めた。
次の一撃で決着が付くだろうことは、俺も奴も理解している。
「人類最強はこの俺だ!」
俺と奴は同時に床を蹴る、そして全ての力を込めたパンチをお互いの顔面めがけて放った。
ドオン! という凄まじい音が鳴り、地球が振動した。
俺は右の拳に確かな手ごたえを感じた。
奴のパンチは俺の右頬をかすめ、そして俺のパンチは奴の顔面にクリーンヒットしている。
俺の必殺のクロスカウンターが決まったのだ。
奴の体はぐらりと揺れて、ゆっくりと仰向けに倒れる。
俺と奴との死闘に決着が付いた瞬間だった。
倒れたままの奴は、なぜか満たされたような笑みを浮かべて俺を見ている。
「小僧……、お前が……、お前こそが人類最強の男だ。わしは…最後にお前のような強い奴と戦えたことを…誇りに思う」
息も絶え絶えに奴は喋り続ける。
「最後に…一つ良いことを教えてやろう」
奴は最後の力を振り絞って、死んでる亜美を指差した。
「お前の…おなごは…まだ…生きておる…」
「何だと!?」
「わしは…あの娘を…仮死状態にしただけだ。今頃は…息を…吹き返して…おる…はずだ」
「ほ、本当か!?」
「ああ…、行ってやれ…あの娘の…もと…へ…」
それだけ言うと、奴は目を閉じて息を引き取った。
俺は亜美に駆け寄り、抱き起こす。
「う……、うぅん…」
亜美はゆっくりと瞼を開いた。
「隆二…くん?」
「亜美! てめえ……、心配かけやがって」
「隆二君…、あいつに、勝ったんだね」
「ああ、あったぼうよ」
亜美は俺の手をぎゅっと握った。
「私は…、信じてたよ」
突然、それまでバリケードの裏に隠れていたクラスの奴等がわっと歓声を上げて飛び出してきた。
「隆二ー!」
「隆二くーん」
「隆二! 隆二! 隆二! 隆二!」
クラスの奴等が隆二コールを始めやがる。
俺は照れくさくなり後頭部を掻いた。
隆二コールはやがてキスコールへ変わった。
「キース! キース! キース! キース!」
クラスの奴等が囃し立てるように連呼する
「ば、ばかやろう! そんな軟派な真似ができるか!」
俺は亜美の方をちらりと見た。
亜美は、はにかんだ笑顔で「私は…、いいよ」と言って、目を閉じた。
「隆二~、男見せやがれ」
茶化すような声が飛んでくる。
くそっ、こうなったらしょうがねえ、据え膳食わずは何とやらだ。
俺は覚悟を決めて亜美の柔らかそうな唇に―――
「……ぃ」
「……ぅじ」
「……おい、隆二!」
野郎の耳障りな声で俺はイメージトレーニングを中断させられた。
目を開けると、俺の机に英吉と隆男が座っていた。
俺が気づかねえ内に、いつの間にか授業は終わってたらしい。
「おい隆二よ、目ぇ瞑ってひょっとこみてえな顔で何してんだ?」
英吉がニヤけた面で言う。
「女とキスする妄想でもしてたか?」
「ば、馬鹿野郎! モブオじゃあるまいし、俺がそんな軟派な妄想するかよ!」
俺はファイティングポーズを取ると二人に言ってやる。
「世界戦のイメージトレーニングをしてたんだよ」
二人は顔を見合わせる。
「へー、じゃあ、あのひょっとこ顔はお前がKOされたときの顔か」
そう言って二人は爆笑しやがった。
俺は内心イラッとしたが、つられて少しだけ笑った。
「ちげーよ、馬鹿。俺はな――、」
それから休み時間が終わるまで、俺達は自分がどれだけ強いかについて語り合った。
隆男は街で絡まれた不良にガン飛ばして脅したら相手がビビって逃げたと笑いながら言った。
英吉は他校の上級生に喧嘩を売られたが返り討ちにしたことを自慢げに話した。
だが、俺には二人の話がハッタリだということがわかっていた。
こいつらにそんな度胸あるはずねえ。
もし、さっきみたいなテロリストが襲ってきたとしても教室の隅っこで震えてるだけだろう。
……だが、俺は違う。
そう、俺はその他大勢の奴等とは違うスペシャルな人間だ。
例えるなら、映画の主人公みてえな存在だな。
そしてイメージの中の最強の俺こそが、本気を出したときの俺の真の姿だ。
へへっ、やっぱ、俺って最高にすげえ男だぜ。