~椎名伸夫の場合~ 4
リーダーは手に持っている拳銃をゆらゆらと見せ付けるように揺らす。
「プロってのはな、常に武器を一つは隠し持っておくものだ」
拳銃を亜美の頭へ再び強く押し当てた。
「さあ、早く武器を捨て――」
「捨てちゃ駄目!」
さえぎるように亜美が叫んだ。
「わたしはどうなってもいいから! テロリストなんかに屈しては駄目!」
亜美は真っ直ぐに伸夫を見る。
強い意志の宿った瞳だった。
「だまれ! このアマ!」
リーダは拳銃の柄で亜美を殴りつけた。
「やめろ!!」
伸夫が叫ぶ。
「武器は捨てる。だから亜美ちゃんを解放しろ!」
伸夫は持っていたAK47を投げ捨て、手を上げた。
「だめよ!!」
そう叫んだ亜美の唇の端からは血が流れている。
リーダーはニヤリと笑うと、ゆっくりと銃口を伸夫へ向けた。
「さらばだ、伝説のソルジャーNOBUO」
伸夫は死を覚悟し、目を瞑った。
ドン!
拳銃の発射音がして、伸夫は腹に衝撃と熱さを感じて崩れ落ちた。
だが、弾は急所を外れ伸夫のわき腹に当たっていた。
発砲寸前に亜美が暴れたため照準が僅かにずれたのだ。
「このクソアマァ!」
リーダーは亜美を突き飛ばすと、再び銃口を伸夫に向けた。
伸夫は片膝をついた状態で、本能的に目の前に落ちていたリーダーのトカレフを拾い、銃口をリーダーに向けた。
刹那、二人の視線が交錯する。
ドン!!
ほぼ同時に二つの弾丸は発射された。
教室が静寂に包まれる。
誰もが息を呑んだまま動けなかった。
伸夫の視線はリーダーを見据えたまま、その頬からは一筋の血が伝っていた。
リーダーは、ヒューと一つ大きく息を吐き出す。
そして、仰向けに倒れ絶命した。
その眉間には、伸夫に撃ち抜かれた弾丸の痕。
二人の生死を分けたのは、どれだけの修羅場を経験してきたかの差だった。
焦りと恐怖心が、リーダーの手元を僅かに狂わせのだ。
「伸夫君!」
亜美が伸夫に駆け寄ってきた。
「お腹から血が!」
亜美が慌ててハンカチを取り出そうとするのを伸夫は制した。
「大丈夫。急所は外れている。それより亜美ちゃんは怪我ない?」
亜美は涙を浮かべてうんと頷く。
「伸夫君……、助けてくれてありがとう」
亜美は伸夫に抱きついた。
シャンプーのいい香りが伸夫の鼻腔をくすぐる。
伸夫もゆっくりと亜美の背中に手を回し……
「……ォ」
「……ブオ」
「……オゥ~イ、モブオクン!」
耳障りな声で、椎名伸夫は現実世界に引き戻された。
伸夫が顔を上げると、河戸隆二がクチャクチャとガムを噛みながら伸夫の顔を覗き込んでいた。
隆二の腰巾着二人も伸夫の横に立って居る。
「お前さっきから何ニヤニヤしてーんだよ」
「べ、別に何も…」
伸夫は顔を伏せた。
内心では、お前らみたいな頭の悪い人間とは係わり合いになりたくないので早くどこかへ行ってくれ、と思っている。
「あっ! わかった! お前、女の妄想してたろ」
「ち、違うって」
図星だった。
思わず赤面する伸夫。
「うわー、こいつ顔赤くなってやんの。マジ当たりじゃんよ」
三人はゲラゲラと笑う。
「みなさーん、モブオくんが女抱いてる妄想しましたー」
隆二が大声でクラス中に吹聴する。
談笑していたクラスメイト達がこちらに振り向き、どっと笑った。
伸夫の斜め前の席で友達と談笑していた亜美も口元を押さえてクスクスと笑っている。
伸夫は穴があったら入りたい気持ちになった。
ついでに隆二は埋めてしまいたい。
それからしばらくの間、伸夫は隆二達にからかわれ続けた。
休憩時間終了のチャイムが鳴り、ようやく隆二たちは自分の席へ戻っていく。
伸夫は憎々しげにその後ろ姿を見送りながら、やはりあいつは真っ先にテロリストに殺される役にするべきだったと後悔した。