~椎名 伸夫の場合~
男というものは、いつ、いかなる時であっても冷静沈着であらねばならない。
それが椎名伸夫という男の信条だった。
伸夫はこれまで幾多もの血みどろの戦場をくぐり抜けてきた。
目の前で仲間が撃ち殺される瞬間を何度も目にしてきた。
だが、決してパニックに陥ることはなかった。
いつだって、自分に課された任務を着実に遂行してきたのだ。
そんな歴戦のソルジャーである伸夫でさえ、現在のこの状況は異常事態であると言わざるを得ないだろう。
一時間目の社会科の授業中、突如として銃を持った覆面の男達が教室に侵入してきたのである。
生徒達は皆、最初は何が起こったのか理解できずにただ呆然としていた。
だが、伸夫だけは何が起こったのかを瞬時に理解した。
覆面をした男の中の一人が教壇に立つ。
そして、呆然と見つめる生徒達に銃を向けて非情の宣告をした。
「この教室は我々が占拠した! 抵抗する者は即座に殺す!」
そう、伸夫が通っている虹橋中学の二年三組はテロリストに襲撃されたのである。
クラスの皆が悲鳴を上げてパニックに陥った。
教壇の男は「騒ぐな!」と怒鳴る。
なおも悲鳴や泣き声が収まらないと見るや、銃を天井に向け威嚇射撃をした。
教室は一瞬にして恐怖で静まり返る。
「今後、この教室で無闇に声を発した者は死ぬことになる。覚えておけ」
男は生徒達に向かって冷酷に言い放った。
皆が恐怖に震えている中、伸夫は一人冷静に現況を分析していた。
テロリストの総数は五人だった。廊下に二人の歩哨を立てているので教室にいるのは三人。全員がアサルトライフルのAK47を装備している。
サブウエポンは腰にトカレフTT-33を一丁とアーミーナイフが一本。手榴弾や爆弾などはどうやら所持していないようだ。
テロリスト達が何の目的でこの教室を占拠したのかはわからない。
何か政治的な要求でもするつもりだろうか。
クラスのみんなの表情をそっと窺ってみる。
皆、パニック状態は治まったようだが、怯えた表情で俯いている。
女子の中には机に突っ伏してすすり泣いている子や、手を合わせ必死に神様にお祈りしてる子もいる。
担任教師の青山も頭を抱えて震えているだけだった。
まあ、いきなりこんな状況に置かれては、無理もないだろう
共に戦える仲間がいない以上、頼りにすべきは自分自身の他ない。
伸夫は一人テロリスト達と戦う決意を固めると、反撃の機会を虎視眈々と窺っていた。