7 告げられた事実
私は短大を卒業すると、本格的にモデルの仕事を始めた。
最近では雑誌のモデルだけではなくメディアにも出る様になったせいか、若い女の子の憧れるモデルの中に私の名前が挙がる様になった。
リョウは大学を卒業後、出版社に就職した。それを期に愛華さんの事務所を辞めた。
意外だと思っていたけど配属された部署はファッション雑誌で、彼は編集の傍ら時々モデルもしている。
相変わらずモテる様で、モデルの間では結構彼の事を狙っている子もいるみたい。
たまに私とリョウの事を聞いた子が、私に『唯香さんとリョウさんって、本当に付き合ってるんですか?』って訊ねて来る。
その時私は『仲がいいだけよ』と話をかわす。
迂闊に付き合ってるなんて話が広まれば、お互い仕事がやり難くなると思ってるから。
「ですよねぇ、何か2人が付き合ってるなんて想像つかなくって」
そう言われて思わず訊ねる。
「何故? 想像つかないの?」
「だって、唯香さんって何かこう……男の人を寄せ付けないって言うか、『1人で生きて行くわ』って感じがあるから、リョウさんとラブラブって何か想像できないんですよ」
「そう……」
彼女の言葉に、何故か少し落ち込んだ。
確かに甘えるのは苦手……リョウの邪魔はしたくなくて、余り言いたい事も言わないかも。
「だったら、リョウさんには彼女いないんですよね? チャンスあるかなぁ」
私の落ち込んでいる様子に気づかない彼女は楽しそうに話をしている。
「ちょっと、馬鹿な事言ってないでちゃんと仕事しなさい!」
不意に、背後から叱責する声がした。
振り返ると真帆が腰に手を当てて、こちらを見ていた。
真帆を見た彼女は慌てて会釈をすると、控室から出て行った。
「真帆! どうしたの?」
真帆は専門学校を卒業してから、自分のブランドを立ち上げた。そしてデザイナーをする傍ら自らモデルも務めている。今日は忙しいから来れないって聞いてたのに。
驚いている私を見ながら、真帆は小さく溜息を吐いた。
「ん? 時間が空いたから久しぶりに唯香の顔を見に来たの。だけど唯香……あんた相変わらずね。何でリョウと付き合ってる事言わないのよ。そうすればお互い他の人に告られるなんて、面倒な事起きないのに」
「だって、聞いたでしょ? 私達が付き合うなんて想像できないって…」
「あれは! あの子の嫉妬から出た言葉でしょうが。あんた達はお似合いなのっ! 私は憧れてるんだからね」
「真帆?」
「……瑛の事好きなのに、あいつは私の事何とも思ってないんだから。両想いがどれだけ凄い事かあんたもいい加減気づきなさいよ!」
「真帆って、瑛が好きなの?」
知らなかった……それならもっと早く言ってくれれば、何とか協力出来たのに。
私の問いかけに、珍しく真帆が真っ赤になった。
「誰にも言わないでよ!」
「え? だって応援してあげたい……」
「やめてっ! どうせ無理だから」
ふくれっ面で真帆が言う。
そうかなぁ? 私から見たら瑛って結構、真帆の事見てると思うけどなぁ。
瑛はリョウに比べると、クールだと思う。あまり表情に出さないけど、真帆と一緒に居る時は表情が柔らかい様に見える。だから、真帆が一言言えば瑛はすぐに頷くと私は踏んでいる。
「私のことよりも、唯香……あんたよ」
「私?」
「そうよ、最近…リョウに纏わりついている女がいるんだって。瑛が心配してる。まぁ、リョウはあんたしか見てないから心配はないと思うんだけど」
女? リョウそんな事一言も言ってなかった。
「それよりも何か嫌がらせがあるかもしれない……気をつけて」
「わかった。ありがとう、真帆」
私がそう言うと、真帆は優しい笑みを浮かべた。
「…あなたが唯香?」
撮影が終わってスタジオを出た所で、女の人に声を掛けられた。
「はい」
私が答えると、その彼女は私を値踏みする様に頭から足先まで目を走らせた。
「あの…何か?」
黙って私を見ている彼女につい訊ねた。
すると彼女はフッと笑って私を見た。
「ねぇ、あなた遼祐と付き合ってるんでしょう?」
「え?」
「とぼけなくてもいいわ。でもね……遼祐は私と結婚するの。それだけは教えておこうと思って」
結婚? 遼祐が?
私は目の前に立つ彼女を見た。
私よりも身長が10センチ程低く、華奢な感じの女性だった。身に着けている服も、一目で高級なものだと判る。
「あなたは……?」
「私は梶原由紀奈。私と彼は生まれた時から結婚の約束をしているの。所謂許婚ってやつ? だからね、あなたと付き合っているかもしれないけど、結婚はないから……それでも良いなら付き合っても良いわよ」
そう言いながら、彼女は微笑んだ。
何を言ってるの?
私には彼女の言ってる意味が理解できなかった。
「遼祐はいずれ【小笠原財閥】の後継者になる人よ。その為には私との結婚は重要なの。だからあなたの様なただのモデルと、本気で結婚なんて考える訳ないでしょう?」
小笠原財閥って---日本でも有数の財閥よね? 関連会社は数10社、何千名もの社員を抱える大企業。遼祐が後継者?
思ってもみなかった事実に、私は言葉が出なかった。
そんな私に苛立ったのか、由紀奈さんは更に言葉を投げてきた。
「いい? 遼祐と私は来年、結婚する予定なの。だからあなたもそれまでに、彼との付き合いをどうしたいのか考えててちょうだい」
そう言うと彼女は立ち去った。
私は暫くその場から動けずにいた。