4 私の夢
それからの私は高校へ通いながら、モデルとしての基本的な事を愛華さんから教えて貰い、少しづつ小さな仕事を任されるようになってきた。
それはチラシのモデルと言う様な簡単なものだったが、これが結構大変だった。
笑顔が強張っていたり、ポーズが決まらず駄目だしがあったりして、たった数カットの写真でも丸1日かかった。
それでも今までの私では考えられない位、そんな小さな仕事でも楽しいと思えた。
いつか---千沙さんと、一緒に仕事がしたい。
その夢が私を支えていた。
「お前……変わったな」
ある日、事務所で仕事のスケジュールの確認をしている時、後ろから声を掛けられた。
振り向くと、愛華さんの弟---リョウがこちらを見ていた。その表情は前の時とは違って、柔らかい笑みを浮かべていて、一瞬見惚れてしまった自分がいた。
「え? あ…の…」
我に返って慌てて返事をしたのはいいけど、それ以上続かなくて沈黙が流れた。
初めてあった時以来、私は彼が苦手になってしまっていた。だから彼に会わない様に出来るだけ事務所にはいない様に気をつけていたのに。
彼は私が言葉に詰まった事に気も留めず、自分の思った事をぽつぽつと話し始めた。
「最初の頃は---興味ない、つまらないって顔してただろう。だから俺は『だったら来るなよ』って思ってつい、きつい事言った。悪かった。だけど、今のお前---すげぇ、楽しそうに仕事してるよな? 何かあったのか?」
不思議そうに訊ねてきた彼に、私はその理由を話し始めた。
何でだろう? 最初はムカついた相手なのに、こうやって私の変化に気づいてくれたからだろうか?
彼は、私の話を黙って聞いてくれていた。
「そっか……千沙さんね。あの人は凄い人だもんな。愛姉も彼女には一目置いてるし」
「千沙さんと愛華さんて?」
「ん? あの2人は幼馴染だよ。愛姉も学生の頃まではモデルしていたけど、千沙さんには敵わないってんで、育てる側に回ったんだ---聞いてないのか?」
彼の言葉に私は首を振った。
「だけど、良かった……お前がやる気になってくれて。愛姉が本気で育てたいって言ってたから。俺が最初にきつい事言ったから、辞めるんじゃないかって実は冷や冷やしてたんだ」
そう言って、悪戯がばれた子供の様に気まずそうに微笑んだ。
「…本当は辞める事も考えてた時あったんだけど、自分を変えたいっていう気持ちが強かったから」
「そっか、でも変わったんじゃないか? 少なくともあの時に比べたら」
彼の言葉に私は少し考えた。
「……変わったかな?」
「あぁ、自信がついた顔してる。あの頃は猫背に俯いてただろう。今はしっかり前を見てる---今のお前は恰好良いと思うよ」
そう言った彼の顔が少し紅潮していた。
私はそんな彼をまじまじと見つめてしまった。
--- 恰好良い? 私が? ---
「…本当? 私、恰好良いと思う?」
思わず聞いてしまってから、恥ずかしくなって俯いてしまった。
「あぁ……恰好良い。今のお前なら、ショーのモデルも夢じゃないんじゃないか?」
そんな私を見ても、彼は笑う事無く真剣な顔で答えてくれた。
「千沙さんと、一緒に仕事出来るかな?」
「んー、それはまだまだ先じゃないか? あっちは世界に通用するくらいのモデルだぞ? 駆け出しのお前じゃ、まだ太刀打ち出来ないだろ?」
呆れたように彼が言った。
「……そっか、そうだよね? そんなに簡単に夢が叶う訳ないか」
「だけど、今のお前なら何時か……絶対叶う。だから、諦めるなよ? もし、何か困った事があれば、俺も出来るだけ協力してやるから」
意外なリョウの言葉に私は驚いた。
「ありがとう、でも何で?」
尋ねる私に彼は少しだけ、綺麗な顔を顰めながら答えた。
「お前が愛姉の秘蔵っ子だからだよ、弟としては姉の夢には協力したいと思うし」
「……愛華さんの夢って?」
そう言えば、千沙さんも『貴女の願いが叶いそう』とか言ってた様な……
「愛姉の夢は---世界に通用するモデルを育てる事! だってさ。お前がその夢なんだよ」
「む、無理っ! そ、そ、そんな大それた事! 考えてもないっ!」
慌てて否定する私に、リョウは呆れたように言った。
「あのなぁ……愛姉は無理な事は最初からやらないっていう、非常に効率的な物の考え方する奴なんだよ。そんな人間がこんだけ手間暇かけてるんだ……無理じゃねえよ。だからお前も死ぬ気で頑張るんだな」
「……死ぬ気でって…」
言葉に詰まった私を見て、彼ははぁっとため息を吐いた。
「やっぱ、まだまだか……いいか? 愛姉はお前に懸けてる。だから、お前も今よりもっと真剣に……いや、相手を蹴落とす位の気持ちで仕事しろ! 皆ライバルだと思え」
彼の言葉に私は首を振る。
「…そんなの、無理。私、今のままでも十分満足してるし、千沙さんと一緒のステージに立つのだけが目標なんだもの」
「それだよ」
「え?」
「千沙さんと一緒のステージ……その為には上に行かなきゃ無理だぜ。なんせ千沙さんはモデルの中でもトップクラスだ。それを超える…いや、せめて同等にならなきゃ駄目だろ」
そうか……そうだよね? 一緒のステージって事は自分もそれなりの実力が無いと駄目なんだ。
落ち込んだ私の頭をリョウが撫でた。
驚いて見ると、真剣な表情の彼と目が合う。
「千沙さんが目標だろ? 俺も応援するから、頑張ってみろよ。お前なら時間は掛かるかもしれないけど、不可能じゃないと俺は思う」
本当に? 私でも千沙さんの様にステージに立つことが出来る様になる?
「本当……?」
不安げな私の問いかけにリョウは笑顔で頷いた。
「あぁ……だけど、それはお前が努力したらの話だ。お前が本気で千沙さんを目標にするなら、俺も愛姉も可能な限り応援するから」
そう言って彼は私の手を取った。
「だから、一緒にトップを目指そう」
「うん」
そして、その日から私は千沙さんを超える為の努力をし始め、リョウとも頻繁に話をする様になった。