3 憧れの人との出会い
契約して半年、最初に約束したとおり私はレッスンのみを受けるだけで、モデルの仕事は一切やる事はなかった。
同じ事務所の先輩モデルの人達はみんな私よりも背が高い人が多く、それでも堂々としていて恰好良い。今まで猫背で歩いていた自分が凄く馬鹿みたいに思えた。
だからレッスンを受けて少しずつだけど、私は自分の身長を気にする事は無くなってきていた。
「ねぇ、結唯ちゃん……一緒に行ってほしい所があるんだけど?」
ある日、レッスンが終わって事務所で雑用を手伝っていた私に、社長---愛華さんは上目使いでそう言った。
---愛華さん、可愛すぎますよ---
心の中でそう言うと、私は首を傾げた。
「何処へ行くんですか?」
「うん、ある人に会ってほしいんだ」
そう言うと、にっこりとほほ笑んだ。
「ここって……?」
そこは今日、とあるブランドのファッションショーをしている会場だった。
「こっちよ、来て」
愛華さんはそう言って、私の腕を引くとバックステージパスを裏口で見せて中へと入って行く。
「ま……社長?」
私の問いかけに答えないまま、だんだん奥へと進んで行く。
「千沙……来たわよ」
ある部屋の前に来た時、愛華さんは立ち止まってノックをした。
「まな? 入って」
中から返事があると、愛華さんはドアを開けて私を中へと促した。
「いらっしゃい……貴女ね? まなの秘蔵っ子って? 初めまして、渡瀬千沙と言います」
そこにいたのは、綺麗な服を身に着けたとても華やかな人だった。
「あ、初めまして。御園結唯子と言います」
そう言ってお辞儀をする。
「結唯子ちゃんね、ホント、まなが言う通り可愛い子だわ」
「は?」
驚いて千沙さんを見ると、ニッコリとほほ笑んだ。
「千沙、今日は結唯ちゃんにステージを見せたいの。舞台裏で貴女の仕事ぶりを見せて貰っても構わない?」
愛華さんがそう言うと、千沙さんは笑顔で頷いた。
「えぇ、愛華の頼みですもの。見学の許可は取ってあるわ。邪魔にならなければ構わないって」
「ありがとう……ねぇ、結唯ちゃん。千沙はこの世界ではトップモデルなのよ。貴女に実際のショーを見て貰ってこの仕事を理解してもらいたくて、今日ここへ連れて来たの。もしも、それでも無理だと思うなら、もう私は無理強いはしない……事務所を辞めても良いわ」
「……愛華さん?」
いきなりそんな事を言われて驚いている私に愛華さんは笑顔を向けると、千沙さんに『また、あとで』と話し掛けてから2人で控室を出た。
「ここからなら、千沙の姿がしっかりと見えるわ。結唯ちゃん、彼女の仕事を見てから貴女の感想を聞かせてね」
そう言って、愛華さんはその後一切話し掛けては来なかった。
そして、私達2人はショーが終わる迄ずっと、その華やかなステージとその裏でのスタッフの仕事ぶりを何も言わずにずっと見つめていた。
「……どうだった? 結唯ちゃん」
ボーっとしていた私は、愛華さんの呼びかけで現実に戻った。
「あ、あのっ! 凄かったです。あんなに煌びやかで楽しそうなのに、裏では1分1秒の時間との戦いで凄く緊張していて、真剣なみんなの表情がとても綺麗で……ちょっとだけ、羨ましく思えました」
本当に感動した……モデルさんってにこやかに微笑んでいて、とても楽しそうに仕事している様に見えるけど、実際は次の出番までに着替えとヘアメイクをすべて済ませておかなければいけないから、悠長な事は言ってられないくらい、神経を尖らせている。だけど、一旦ステージに出ればとても素敵な笑顔で……私には無理だ…そう思った。
特に千沙さん……彼女は本当に素敵だと思った。
「結唯ちゃん、私はいずれ貴女にはこういたショーに出るモデルになって欲しいのよ。その為に今日ここへ連れてきたの。そう、出来れば千沙を超えて欲しい」
「愛華さん! そんなの無理です、あの千沙さんを超えるなんて……ましてやこういう場所に立つなんて……」
否定しようとする私を愛華さんはそっと手を挙げて止めた。
「結唯ちゃん、無理なんてどうして判るの? やってもみないで……私は可能性が無ければそんな事言わないわ。貴女なら出来る……まぁ、努力が必要なのは否めないけどね」
「愛華さん……」
私が千沙さんを超える? そんな事無理だ。
でも、あの煌びやかなステージに立ってみたいと少しだけ思い始めていた。
「千沙、お疲れ様! 相変わらず素敵だったわ。そして、今日はありがとう。結唯ちゃんにとって、良い刺激になったみたいよ」
控室に行くと、メイクを落としてラフな格好をした千沙さんが嬉しそうに笑った。
「本当? まなにそう言われると嬉しいわね! 結唯子ちゃんも、楽しんでくれた?」
「はいっ! 千沙さん、凄く素敵でした。憧れます」
私はまだ興奮したまま、今の気持ちを素直に彼女に伝えた。
「ありがとう。そう言って貰えて凄く嬉しい。結唯子ちゃんもモデル志望なんでしょう? いつか一緒のステージに立ちたいわね」
一緒のステージ……千沙さんと? 本当に出来るだろうか?
その考えに私はすっかり囚われてしまった。
「……はい、いつかご一緒させて下さい。それまでに、千沙さんに恥ずかしくないモデルになるように努力します」
私はいつの間にかそんな事を、2人の前で口走っていた。
「そう…楽しみにしてるわね? まな、良かったわね。貴女の願いが叶いそうよ」
千沙さんは嬉しそうに愛華さんを見た。
愛華さんは驚いた顔で私を見ていたけれども、千沙さんの言葉に我に返ると千沙さんに微笑んだ。
「ん、ありがとう。千沙……結唯ちゃんが、やっとその気になってくれたのは貴女のお蔭だわ。結唯ちゃん……今の言葉、信じても良いのよね?」
私の方を見て、愛華さんは訊ねた。
私はそんな彼女に頷いた。
「はい、今日のショーを見て、私もあの中に立ちたいと思いました。千沙さんの様になれたらと思いました。出来るかどうかは判りませんが、頑張ってみたいと思います」
私の言葉に、2人が嬉しそうに微笑んだ。