2 私がモデル?
--- 10年前 高校2年 ---
「お前……モデル志望か?」
「え……?」
いきなり見知らぬ男の子に声を掛けられて私は固まった。
元々人見知りな性質で、只でさえ初めての場所に来て緊張している上に、今迄見たことが無い程綺麗な顔立ちの男の子が私を見下ろしている。これで固まらない方がおかしくない?
「一応……」
しばらくの沈黙の後、どうにか立ち直った私はボソっと呟いた。
今、私が来ているのはモデル事務所で、その応接室の中でソファに座って社長を待っていたら、男の子が部屋の中に入ってきて訊ねたのだ。
彼は私を一瞥すると、一言『駄目だな』と呟いた。
--- 今……何て? ---
思わず彼を見ると、真っ直ぐな視線にぶつかった。
「…お前、本気でモデルになりたいなんて思ってないだろう?」
「なっ…」
私は彼の言葉に反論しようとして、言葉に詰まってしまった。
--- 確かに、思ってない ---
背が高い事がコンプレックスの私は、学校でも目立たない様に猫背になっていたり俯いてしまう事が多い。元々、人見知りもあるから余計に存在感が薄くて、そんな自分が嫌でしょうがなかった。
そんな私がたまたま街中を歩いている時に、スカウトされたのだ。
「ねぇ、貴女! ちょっと時間いい? 話がしたいんだけど」
そう言って、その女性は私に名刺を手渡した。
--- モデル事務所 《lady cool》 社長 小笠原 愛華 ---
名刺にはそう記されていた。
私は無言でその小笠原さんを見た。
年は20代半ば位だろうか? 私より少しだけ背が低いけど細身の美女だった。
「貴女……モデルやってみない? その身長ならショーのモデルも出来るわ」
「はぁ?」
モデル? 私が?
「あの……すみませんが、私そういうの興味ないので」
そう返事をして彼女へ背を向け歩き出そうとした時、小笠原さんが私の腕を掴んだ。
「待って! 怪しい者ではないから。お願い! 私の言葉を信じて!」
必死で訴えてくる小笠原さんに圧倒された私は、彼女の言うとおりに事務所までついて来て今、ここに座っている。
「綺麗な服着て、ニッコリ笑っているのがモデルの仕事だと思っているなら帰るんだな。遊び半分で出来る様な仕事じゃないし、そんないい加減な気持ちでやって貰いたくない」
「ちょっと! 遼祐、私が見つけてきた子よっ! 変な事言わないで頂戴……ごめんなさいね、こいつ…私の弟の遼祐、一応ここの事務所に在籍しているモデルなんだけど、口の悪いのは元々なのよ。気にしないで……あんた、何しに来たのよ? 用がないなら出てって!」
応接室に戻って来た小笠原さんは、彼が私に言った言葉が聞こえたらしく怒った様に彼を睨んだ。
弟という彼はそんな彼女に首を竦めると、ちらっと私を見て部屋を出て行った。
「本当にごめんなさいね! あの馬鹿! 貴女に失礼な事を……」
「いえ…気にしないで下さい。私、モデルになんてなる気はないので」
そう言って、帰ろうと腰を上げかけた私を彼女が止めた。
「待って! 私は本気で貴女をモデルにしたいの。貴女なら出来る」
「無理です。私には出来ません」
そう……彼の言う通りだ。私にはカメラに向かって笑顔を作るなんて事、ましてやステージの上を歩くなんて考えられない。
「確かに、すぐにモデルが出来るほど簡単なものじゃないわよ……数カ月はレッスンを受けてもらうし…ねぇ、試しにしばらくうちに通ってみない? ウォーキングなんかはやってて損はないと思うのよ。自分を綺麗に見せる仕草なんかも教えるわ」
綺麗に? 私が? そんな事できるの?
いつも、背が大きいというだけで、周りからは女の子扱いなんかされた事ない私は、彼女の言葉に心が動いた。
「……本当に、レッスンだけでも良いんですか?」
私の躊躇いがちな言葉に、小笠原さんが思いっきり頷いた。
「えぇ! 構わないわ! 貴女が望まないならモデルの仕事はしてくれなくてもいい」
「それなら……いいですよ」
私の返事に凄く嬉しそうに小笠原さんは微笑んだ。うん…美人は得だなぁ…心の中でそんな事を思ってるうちに、私は事務所との契約をする為に両親の許可を得たいと言う彼女と一緒に自宅へと帰った。
「は? うちの結唯子がモデルですか?」
母は小笠原さんの言葉に、驚いた様に聞き返した。
「はい、結唯子さんはモデルの資質があります。磨けば絶対光る原石なんです。どうか……私にお嬢さんを預けていただけませんか?」
そう言うと、小笠原さんは母に頭を下げた。
「ち、ちょっと待って下さい。いきなりそんな事言われても……結唯子、あんたはどうしたいの?」
母は私の方を見ると、問いかけてきた。
「……私は、まだモデルの仕事がどういうものか判らないけど、でも今の私が少しでも変われるならやってみたい」
私は真剣な表情で、母に自分の今の気持ちを伝えた。
そんな私を見て、母は小さく溜息を吐いた。
「そう、だったらお母さんは反対はしない……あんたの好きな様にしなさい」
「え、いいの?」
驚いた私に母は苦笑いした。
「いいんじゃない? 結唯子…自分が背が高いの気にしてるでしょう? もしモデルをする事でそれが自信になるなら良い事だと思うし……小笠原さんはちゃんとした人の様だし、それより何よりあんたの事を評価してくれてる。それに懸けてもいいかなと思うわよ」
「お母さん……」
「やってみて駄目だったら辞めたらいいんだし、気楽に考えなさい---小笠原さん、娘の事お願いします」
「は、はい! こちらこそ。ありがとうございます。結唯子さんは私が責任を持って、お預かりしますので」
母と小笠原さんはお互いで頭を下げあった。
「お父さんは……お母さんが説得するから。結唯子、頑張ってみなさい…結構、向いてるかもしれないわよ」
そう言って、母は私に笑いかけた。
そして私は小笠原さんの事務所【lady cool】にモデルとして入った。