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伝わらない想い  作者: ミサ
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 その後【アンジェリア】の仕事を単独でやらせて貰う事にした。スケジュールがみんなと合わないからというのが表向きの理由。実際はリョウやメイと顔を合わせるのが嫌だったから。

 この前の事で、もしかしたら私の気持ちがばれてしまったかもしれないと後悔していた。



 そしてある日、私は愛華さんに呼ばれて事務所へ向かっていた。

「ねぇ、結唯ちゃん……午後から撮影が入っているのは分かってるんだけど、少しだけ事務所に寄ってくれないかな?」

 昨夜、珍しく愛華さんから電話で頼まれた。

「良いですけど、何かあるんですか?」

「あのね、この前の契約更新の書類に不備が見つかったの……それで、悪いとは思うんだけど、数か所記入して欲しいのよ」

「あぁ、わかりました。それじゃ午前中に事務所に行きます」

 私の返事に、電話の向こうの唯香さんが安堵したのが判った。

「ありがとう……結唯ちゃん、それじゃ明日ね」

「はい、おやすみなさい」

 そして私は電話をきったのだった。



「おはようございます」

 事務所に入ると、中にいたスタッフの皆に挨拶をした。

「おはよう、唯香。どうしたの? 朝から」

 社員でマネージャーの井波さんが驚いた様に私を見た。

「昨夜、愛華さんから電話があって契約書に不備があったから来てくれって」

「え?」

 井波さんが怪訝な顔をした。

 その様子に私が彼女に訊ねようとした瞬間……愛華さんの声が私を呼んだ。

「唯香……来てたのね? こっちに来て」

 そう言って、愛華さんが自分のオフィスに入る様に促した。

「愛華さん? 一体……」

 彼女に問いかけようとしたが、オフィスの中にいる人物を見て言葉を失った。

「唯香さん……」

 そこにいたのは……由紀奈さんと見知らぬ男性だった。




「唯香……入って」

 入口で呆然と立ち尽くしている私に、愛華さんは中に入る様に促した。そして由紀奈さんと男性の向かいのソファに座らされた。

「ごめんなさいね、結唯ちゃん……騙す様な事して。でもね……由紀奈ちゃんがどうしても貴女と話がしたいからって……」

 愛華さんは申しわけなさそうに私に告げた。

 何で? 私に何の話があるって言うの?

 私は何も言えずに、ただ俯いていた。

「唯香さん……」

 しばらくの沈黙の後、由紀奈さんが私の名を呼んだ。その声が弱々しく聞こえて思わず顔を上げた。

 由紀奈さんは私の方を見つめていて、思わず2人の目があった。

「唯香さん! ごめんなさいっ……私、貴女に酷い事を言ってしまった」

 そう言うと、彼女は頭を下げた。

「えっ? あ、あの……由紀奈さん? 顔を上げて下さい。ごめんなさいって、一体……」

 私は目の前の光景に驚いて、慌てて由紀奈さんに声をかけた。

 由紀奈さんは顔を上げると、目を潤ませて私の方を見た。

「前に……貴女に、遼祐さんと私は許婚だって……ごめんなさい」

「由紀奈さん、だって本当に許婚なんでしょう? だったら謝らなくても……」

「違うの、結唯ちゃん。由紀奈ちゃんと遼祐が許婚だったのは貴女と出会う前で、出会ってから遼祐は解消を申し出たの。」

 愛華さんが説明をしてくれた。

「え?」

 私は愛華さんの方を見た。

「ホントよ、遼祐がそう言ったの。遼祐はお互いの両親にきちんと理由を言ったって……『本気で好きになった女性がいます。将来は彼女と結婚したいので、由紀奈さんとの婚約は解消させて下さい』って。まぁ、親達も無理に結婚させるつもりも無かったから、簡単に解消は出来たんだけど」

 そこまで言うと、愛華さんは由紀奈さんを見た。

「まさか……由紀奈ちゃんが結唯ちゃんに会いに行ってたなんて知らなかった。結唯ちゃんも、何で私にでも聞いてくれなかったの? 遼祐と別れた理由は由紀奈ちゃんのせいね?」

 答えられずに俯いた私に、愛華さんは微かにため息をついた。

「ごめんなさい、私……遼祐さんの事を好きだとずっと思ってたんです。だから婚約解消されてたと両親から知らされた時、悔しくてつい貴女の所に行ってしまった……」

「ううん、だっていきなり他の女に奪われたら当たり前の態度だと思うから……私も知らなかったとはいえ、ごめんなさい」

 私が謝ると、由紀奈さんは慌てて首を振った。

「違うのっ! 私、遼祐さんの事……好きだったんじゃないの」

「え?」

「私……孝祐が好きだったんです。だけど、遼祐さんの事ばかり見ていたから、自分の気持ちに気づかなくて……2人に酷い事してしまったって……孝祐に話したら凄く怒られて」

 そこまで言うと、由紀奈さんは隣にいる男性を見た。

 すると彼は微笑んで由紀奈さんの頭を撫でると、私の方を見た。よく見ると……遼祐に似てる?

「初めまして。唯香さん……俺は遼祐の弟の孝祐です。そして由紀奈の婚約者です」

 ……は? 今、何て?……

 呆然とする私に愛華さんが更に説明をしてくれた。

「孝祐は私達姉弟の末っ子なんだけど、遼祐の代りに自分が後継者になるって宣言したの。元々、遼祐は跡を継ぎたくなかったから……孝祐はそんな遼祐の気持ちを汲んでくれたみたい。あと……後継者になれば由紀奈ちゃんとも結婚出来るって、計算もあったみたいだけどね? この子、小さい頃から由紀奈ちゃんの事好きだったから」

「弟さん……いたんですね」

「え? 遼祐ってば言ってないの? はぁーっ、本当にあいつってば駄目ね。だから結唯ちゃんが不安になるのよ」

「……って言うか、遼兄は俺に紹介したくなかったんじゃないの?」 

 孝祐さんが面白そうに笑う。そんな彼を愛華さんは訝しげに見た。

「何でよ?」

「そんなの簡単……『独占欲』ってやつ? 俺だって由紀奈を他の男に見せたくないし……遼兄もそうだったんじゃない?」

「見せたくないって……結唯ちゃん、モデルなんだけど」

 呆れた様に愛華さんは呟いた。

「……出来れば彼女を閉じ込めて、自分だけを見てほしい……他の男を近づけたくないっていう願望だよ」

 孝祐さんはそう言うと、由紀奈さんを見つめる。彼女は彼の視線に頬を染めて俯いた。

 そんな2人を愛華さんは呆れた様に、私は羨ましく眺めていた。

 --- いいな、2人幸せそう ---

「だから唯香さん……遼兄と仲直りして下さい。そうでないと由紀奈はずっと気にしてしまうので。遼兄も唯香さんと別れるなんて考えてないです」

「そんな事ない……私のことなんてもう忘れてるわ」

 思わず零れた言葉に私以外の3人が驚いた顔をした。

「結唯ちゃん? 何を……」

「だって……遼祐にはもう新しい恋人がいるもの。この前、みんなの前でそう言ったわ」

「そんな訳ない!」

「そんな莫迦な!」

 姉弟の2人は同時に叫んだ。

 由紀奈さんは苦しげな表情を浮かべている。

「気にしないで下さい。だって別れたのは私なんですから……遼祐が他に好きな人を作ったとしても責める事なんて出来ないです」

 私は無理して笑顔を作ってそう言ったけど、鼻の奥がツンとして涙がこみ上げてくる。

「結唯ちゃん……私が遼祐に聞いてみるから。ね?」

「いいえ、いいんです。由紀奈さん、今日はわざわざありがとう。幸せになって下さいね」

「唯香さん……ごめんなさい、私」

 由紀奈さんは泣き出してしまい、そんな彼女を孝祐さんは慰める様にして帰って行った。


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