12 行き場の無い恋心
数日後、私は雪村さんに【ブラン】の仮縫いの為、急遽呼び出された。
予定に入っていた仕事が思ったよりも早く終わったため、約束した時間よりも大分早く【グローリー】の本社に着いてしまった。
「……どうしよう、幾らなんでも早く来すぎだよね?」
正面玄関の方で躊躇っていると、『あれっ?』と言う聞きなれた声が背後から聞こえた。
振り返ると吉澤さんが笑ってこちらを見ていた。
「やっぱり、唯香か! どうしたんだ?」
「あ、あの…雪村さんに仮縫いで呼ばれたんですけど、約束の時間よりもかなり早く着いちゃったんでどうしようかと……」
私の言葉に吉澤さんは『あぁ…それで』と呟くと、私を社の中へと誘導した。
「大丈夫だよ、あいつはいつもデザイン室にいるから、早めに行っても問題ないよ。場所は……分かるよな?」
「あ、はい。何度か来てるので」
「ん……なら行ってきたらいいよ。たぶん…メイも来てるんじゃないかな?」
メイも? 今は…会いたくないのに……
私は一瞬、表情を曇らせてしまったのだろう……吉澤さんが心配そうに見ている。
「唯香? 大丈夫か?」
彼の問いに頷くと慌ててエレベーターへ向かう。
「大丈夫です。それじゃ、デザイン室に行きますね」
そしてタイミング良く降りてきたエレベーターに乗ると目的の階数を押した。
デザイン室の前まで来た時、部屋の中から雪村さんの声が聞こえた。
「ねぇ……メイちゃん、あなた本っ当にリョウの事好きなの?」
その言葉に私は思わず立ち止まる。
「な、何でそんな事聞くんですか?」
焦った様なメイの声が続いた。
「メイちゃん……怒らないで聞いてね。私はあなたは朝倉君が好きだと思っているの………前に『朝倉君、どう?』って言った事あるでしょう? あれって、私は結構本気で言ってたのよ。2人を見てたら何か……こう自然って言うか、本当にお似合いだと思ってたの。だから……メイちゃんがリョウと付き合ってるって聞いた時、正直驚いたわ……だって、メイちゃん……撮影の時、いつも朝倉君の姿追ってるわよね? 話をしてる時もとても嬉しそうだし」
何? どういう事? メイは朝倉さんが好きなの?
雪村さんの話に私は混乱していた。
それじゃ……遼祐はどうなるの?
「ごめんね…本当は気づかない振りをしようと思ってた……でも、このままじゃ2人……見てられない」
これ以上黙っていられなくて、私はデザイン室の扉を開いていた。
そして、仮縫い途中であったのだろう……ドレスを着ているメイを睨む。
「……どういう事? メイ…あなた、リョウの事が好きなんじゃないの?」
いきなり入って来た私に2人は驚いた表情を浮かべた。
「唯香?」
「唯香さん……」
2人の声が重なった。それを無視して私は更に問い詰める。
「朝倉さんが好きなら……なんで、リョウと付き合うのよ。リョウは身代わりって事? そんなの彼が可哀想だわ」
責める私にメイが言い返してきた。
「リョウさんを振った唯香さんに、どうこう言われる筋合いはないと思いますけど? じゃ、唯香さんは何でリョウさんを振ったんですか?」
思いがけないメイからの言葉に、私は何も言えずに唇を噛み締めた。
振ったんじゃない! 私は……
反論の言葉なんか思い浮かばず、私はその場から立ち去った。
何故……あんな行動をとったんだろう?
私は【グローリー】本社をそのまま出た後、遼祐の家へと向かった。
彼の家の前まで来ると、インターフォンを押すわけでもなく、ただその扉の前に佇んでいた。
どの位経ったんだろう……足も痛くて立っているのが苦痛に感じてきた頃、彼が帰ってきた。
遼祐は自分の家の前に私が立っていた事に、酷く驚いた様な表情で私を見た。
「結唯子……何で?」
久しぶりに聞く、彼の私を呼ぶ声に思わず涙が溢れた。
「遼祐……」
それ以上は言葉が出ずに、私は泣き顔のまま彼を見つめた。
「……とりあえず、中に入るんだ」
そう言って、私を家の中へと招き入れた。
約1年振りになる彼の家はあの頃と何も変わっていなかった。
「座って」
私をリビングのソファに座らせると、キッチンへと姿を消した。
その間に落ち着きを取り戻した私は、今更ここへ来たことを後悔し始めていた。
私……遼祐の家まで来てどうするつもりだったの? 今更、私には何も言う権利は無いのに。
「あ…あの、私……帰るわ」
リョウへ声を掛けてからソファを立ち、玄関へと向かおうとした私の腕をキッチンから出て来た彼が掴んだ。
「待てよ……話があるんだろ?」
「…大した事じゃないから……ごめんなさい、迷惑だったわよね? もう来ないから…安心して」
リョウの顔が見れず、俯いたまま彼の手を振り解こうとしたけど、強く掴まれていて解けない。
「遼祐、離して」
「嫌だ! お前がちゃんと話をするまで離さない」
そう言うと、更に掴む手に力を込める。
「わ、分かったから……お願い、離して」
私がそう告げると、遼祐は渋々といった様子でその手を離してくれた。
「結唯子……座って」
リョウに促がされ、私は先程の場所に再び腰を下ろした。
彼は私の正面に座ると、真っ直ぐとこちらを見た。
「何があった? お前が来るなんてよっぽどだろ?」
「それは……」
言いよどんだ私を、リョウはじっと見つめている。
「結唯子…?」
「……今日、雪村さんに呼ばれて【グローリー】の本社に行ったの。そしたら雪村さんとメイの話を聞いてしまって……」
唇を噛み締めて黙り込んだ私を、覗き込む様にリョウが見る。
「話? 何の?」
「……メイが…本当は朝倉さんが好きだって……」
私が言葉を詰まらせたのを見て、リョウがホッとため息をついた。
「知ってるよ」
リョウの返事に私は思わず、彼の顔を見つめた。
「何で? 知ってて付き合うの? メイは遼祐の事好きじゃないのよ?」
「俺は彼女が好きだよ。だから別にメイが朝倉さんを好きでも構わない」
リョウのその言葉に胸が痛んだ。俯く私に更に彼は言葉を続けた。
「結唯子……俺が誰と付き合おうが、お前には関係ないんじゃないのか?」
「……それは」
確かに……自分から別れたんだから、今更何も言う権利なんてない。だけど……
「ご…ごめんなさい。余計なお世話だったわよね……それじゃ、さよなら」
「結唯子!」
ソファから立ち上がろうとした私を、リョウが呼び止めた。
「…何で、俺と別れた? 理由を聞かせてくれ」
「もう、終わった事だから……」
そう言ってはぐらかそうとした私をリョウはじっと見つめる。
「俺の中では終わってない……今でも何でお前が別れを告げたのか思い当らない。もしかして吉澤さんが好きなのか? それで俺と……」
「違うっ! 私は……いいじゃない、今更、理由なんて……」
「結唯子っ!」
「遼祐がっ……何も言ってくれなかった事がショックだったのよ! まるで私が馬鹿みたいじゃない……あの人がいるのに、私は何も知らずに彼女気取りだったんだから」
「お前……何を言って? あの人って誰だよ」
私はリョウの疑問に答えることなく、無言のまま玄関へ向かう。
「結唯子! 待てよっ」
背後でリョウが私を呼んでいたけど、それを無視して私は彼の家を飛び出した。




