1 離別宣言
『君の隣に』の唯香のお話です。
「……私達、もう別れた方がいいと思うの」
私−−−御園結唯子は胸が痛むのを無視して、恋人と思っていたリョウ---小笠原遼祐にそう告げた。
「何言ってんだよ。冗談でも笑えないぞ……今度は何に怒って…」
リョウは私が本気で言っているとは思って無いようで、笑いながらまともに取り合おうとはしなかった。
--- ダメ! 今日はちゃんと言わなきゃ、流されちゃいけない ---
私は必死の思いで、言葉を紡ぐ。
「私は本気よ。遼祐……もう、貴方と付き合うのには疲れたの」
心の動揺を気づかれない様にと願いながら、彼の目を見て私は言った。
そんな私の様子に彼も漸く、真剣な表情を浮かべて訊ねてきた。
「理由は?……納得出来る理由を聞かせて貰おうか? そうでなければ俺は別れるつもりはない!」
「貴方の女性関係にはもう我慢出来ないのよ! いつも…いつも誰かしら女の人が貴方の傍にはいる。そして彼女達は必ず私にこう言うの……『あなたなんて…見た目だけじゃない。連れて歩くのに都合がいいから彼は繋ぎとめてるだけよ。釣り合う訳ないわ!』ってね。もういい加減そんな言葉で傷つく歳でもないけど、私は私に釣り合う男性と幸せになりたいの。だから貴方と別れたいと……」
「言いたい事はそれだけか?」
「なっ! それだけって……私にとっては大事なことよ!」
「……あんな馬鹿な女達の言う事なんて、笑って聞き流せばいい。それに幸せにするのは他の誰かじゃない。俺だ!」
何で? せっかく私から別れを切り出しているのに、どうしてそんな事を言うの?
あの女がいるのに、私ともそのまま付き合うって事? 私に愛人になれって事?
悲しくて---悔しくて、思わず唇を噛みしめていた。
そんな私の唇にリョウが自らの指を触れてきた。その温もりに思わず身体が強張った。
「……唇を噛み締めるな……撮影にひびくぞ」
「もう……放っておいて。私に近づかないで頂戴!」
彼の温もりから離れたくて、その手を払いのけて彼を睨んだ。
そんな私の態度にも動じてない彼は、当たり前の様に言い放った。
「俺はお前と別れるつもりなんかない……幸せになりたいなら結婚しよう」
ぱんっ!
「遼祐なんかっ! 大嫌いよっ……何も知らないと思って…… 馬鹿にしないでっ!」
結婚? 思ってもない事言わないで---そう思った瞬間、彼の頬を思いっきり叩いていた。私の瞳は涙で霞み思わず俯いた。
リョウは何も言わずにその場に佇んでいた。私は俯いていたけど、彼が私を見ているのが気配で判った。
お互い言葉を発することも無く沈黙が続いた。それに耐えきれなくなって私は彼の顔を見上げた。
「遼祐、もういいから……私は1人でも大丈夫。だから貴方も自分の好きな様にして」
私はそれだけを告げると、何も言わずに黙って私を見ていたリョウに背を向けて歩き出した。
そんな私をリョウが追ってくる事はなかった。その事にホッとした反面、ガッカリしている自分に思わず苦笑した。
これでいいんだよね?
自分自身に言い聞かせる様に、私は心の中でそう呟いた。
「愛華さん、私【アンジェリア】のお話受けます! そして……何年かかるか判らないですけど、海外でも自分を試したいんです」
リョウと別れた翌日 --- 所属しているモデル事務所に入るなり、社長である愛華さんに私がそう宣言すると、彼女は端正な顔を思いっきり顰めた。
「唯香? ううん、結唯ちゃん……【アンジェリア】の件に関しては、引き受けてくれて私は非常に嬉しいんだけど、海外って? 遼祐が許すとは思えない」
愛華さんは遼祐の実の姉でもある。私達が恋人同士であった事も勿論知っている。
「あぁ……遼祐の件なんですが、私達別れましたので、反対するも何も無いです。心配して頂きありがとうございます」
そう言って愛華さんに頭を下げると、頭上で彼女の叫びが聞こえた。
「ち、ちょっと! 結唯ちゃん、遼祐と別れたって有り得ないでしょ!」
「いえ…ホントです。彼は渋ってましたが離別宣言して帰ってきました」
私の言葉に愛華さんは呆然としている。
「いや……それは、あいつが納得しないと思うわよ。結唯ちゃん、落ち着いてもう1度話したら?」
「話す事なんかないです。愛華さんには悪いですが、彼が会いたいとか言って来ても追い返して下さいね」
「……あいつ、結唯ちゃんに何したの? こんなに貴女を怒らせるなんて……」
「何も言わなかったのが……問題なんです」
私の言葉に愛華さんが首を傾げた。そんな彼女を見て私は微かに微笑んだ。
「もう、終わったんです---気にしないで下さい」
「結唯ちゃん……」
何か言いたげな愛華さんにスタジオ撮影へ行く事を告げ、そのまま事務所を後にした。