<短編ホラーコメディ> 異世界駅フルスロットル
岩橋ツバメは先日テレビで放送された流行りのスイーツを買うために遠出したことを後悔しながら、新宿駅の改札口へと入ってゆく。
流行り物に興味があったというわけではないが、普段から出不精であり、休日は火事とネットで終える日々を繰り返していることに気付き、無理矢理に目的を作って動きが始めたのが三時間前のことだった。普段仲の良い職場の同僚たちとは異なり、SNSに興味もなければ、承認欲求を満たしたいなどという思考は欠片もないが、何か人生にイベントを起こしたいという意思で臨んだわけだが、こういう日に限ってここ最近では記録的な猛暑日であったことは不運としか言いようがないだろう。
とにもかくにも暑苦しい日差しと人波を避けて、ようやく辿り着いたオアシスとも言うべき電車の中で、彼女は自分と交代で都会の荒波に向かっていく巨漢が残していった尻の熱を感じながらも、やっとの思いで一息つくことが出来た。
(……何してんだろう、私)
甘い物が好きなのかと問われたら、嫌いではないと答える程度の人間には不釣り合いな程の鮮やかで甘い色合いの洒落た紙袋を見つめた後、ツバメは深い溜息をついた。
せっかく新宿まで行くのだからと、当初はスイーツを購入した後は雑貨でも眺めた後、どこかの喫茶店でコーヒーでも飲んで行こうかしらなどと考えてはいたのだが、想像以上の行列に並ぶ中で纏わりついてくる熱と湿気のパーティーでは思考が帰宅以外を望まなかったため、今頬を流れてゆく汗に涙という文字を充てても良い。
現状、唯一の幸福は売店で買ったスポーツドリンクが狂おしい程までに美味しいことくらいだろうか。
そして、小田原方面に向かう電車がゆっくり動き始めてから数十分後、新百合ヶ丘駅を過ぎて町田駅へと近付いていた時にアナウンスが流れる。
『まもなく無双鬼ヶ山、無双鬼ヶ山です。開く扉に手やお手荷物が引き込まれぬよう、ご注意ください』
「……えっ、何? む、むそ……おに……何て?」
ツバメはスマホをいじっていたため意識に問題ないため、意味の分からないアナウンスを正確に聞いていたが、本来の町田駅とは程遠い駅名に困惑するしかない。
「何、本当に何なの!?」
ツバメが窓へと視線をやると、明らかに長閑な田園風景が広がっており、更に混乱は加速しそうになるが、しかし、当時に彼女には思い当たることがあった。
それはきさらぎ駅というネットから広まった都市伝説。
端的に言ってしまえば、異世界の駅に迷い込むという話だが、これで夢でないのであれば今まさに自分がそこに踏み込んでいる可能性を感じた。
というのも、昨夜その都市伝説に関する映画を観たばかりだったからだ。
『Next stop is Musou‐onigayama……』
「どうしよう、降りなかったら降りなかったでまずいのかな? でも、無双鬼ヶ山はまずい気がする。名前がもう降りる気を失わせている」
周囲を見渡すと誰も乗っておらず、ツバメはどうすべきかを迷った末、とりあえず見送るという選択肢を取った。
そして、無双鬼ヶ山駅に到着した列車はしばらく停車した後、ツバメと彼女の言い知れない不安を乗せて再び走り出した。
それから幾つかのトンネルを越え、アナウンスが流れる。
『まもなく友愛アナーキーインフェルノ、友愛アナーキーインフェルノです』
「友愛アナーキーインフェルノ!? やばい!! 無双鬼ヶ山の方が良かったかもしれない!! 友愛までは良かったのに!!」
『Next stop is Yuai‐anarchy-inferno……』
「後ずっと思ってたけど、ちゃんと英語のアナウンスが流れんのも何か嫌!!」
そして、ツバメはその後も降りる覚悟が決まらず、数時間か、数十時間か、よく分からない時の流れの中で無限呪縛学園前、発狂黄泉比良坂、混沌因習村前などの駅を通り過ぎたところで、ついに車内にも変化が現れてしまった。
「……あれ? 何か聞こえた?」
ツバメは先頭車両にいるが、何か今までにない音が聞こえる。
そして、それが強く車両の間にある貫通扉を強く閉めている音だと気付くのにそう時間は掛らなかった。
何かが、間違いなくここへやって来ている。
先ほどまではどこか車内にいれば良いという、ただ問題を先送りにしているだけとはいえ、彼女は一定の安心感すら覚えていたが、今となっては逃げ場のない狩場へと閉じ込められたかのような感覚に陥ってしまっていた。
「どうしよう……えっ、本当にどうしよう。と、とりあえず……」
ツバメは無意味だと知りながら席の影に姿を隠すと貫通扉を見つめる。
そして、ついに何者かが先頭車両に入って来た。
(……男の人?)
ツバメの視線の先にいるのは、控えめに言っても清潔とは言い難い薄汚れたオレンジ色のシャツとジーンズを履いた四十代ほどの男だった。
(何か言っている)
男は虚空に向かって声を上げながら、時に手をばたつかせるようにしたり、前後に早歩きをしたりと落ち着かない仕草を見せている。
(……これ、どっち?)
ツバメは悩む。
そう、彼女はしばらく男の様子を見ていて思ったが、怪異の類ではなく、自分と同じように迷い込んでしまった人間なのではないかという印象を受けた。
(どちらにしても、こっちへ来ちゃいそうだし)
まだ次の駅のアナウンスもならないため、ツバメは意を決して立ち上がった。
すると、彼女に気付いた男がこちらへとやって来た。
そして、焦点の定まらない瞳を光らせながら大きな口を開いた。
「この国の政治には革命が必要だ! そう人生にも革命が必要だ! 分かるか! そう革命だ! 革命! 革命の日は近い!」
(あぁ、良かった! たまに電車で見掛ける類の変なおじさんだった!)
普段なら二人きりでのこの状況は恐ろしいとしか言いようがないが、今のツバメとしては変なおじさんよりも駅名と降車後の結末の方が怖い。
だからこそ、ここで彼女は思い切って話しかけてみようと思ったのだろう。
「あの、すみません……ここってどこですか?」
ツバメは精神科医ではないため、何をどうしたら良いのか分からず、とりあえず、穏やかな口調で言葉を発したところ、男の焦点の定っていなかったはずの黒目が彼女の姿をはっきりと捉えた。
そして、数秒の間を置いて彼は答えた。
「……実は私も迷っているんです。随分と長いこといるような気がしているのですが、何なんでしょうねここ。夢なのかなと思ったりもしていますが」
「……えぇ、そ、そうですか。その何かすみません」
「あぁ、いや、別に気にしないで。随分と久し振りに誰かと喋ったような気がしますね。えー、あー、そっか。あぁ、でも、あぁ、行かないと」
「行くってどこへ?」
しかし、男はツバメの問いには答えずに今度は後方の車両へと歩き始めていた。
「革命だ! 人生に革命を起こすのだ! そう、自らの道を変えようと踏み出す一歩こそが革命なんだ!」
そんな言葉を響かせながら消えてゆく後ろ姿を見送り、ツバメは安堵と微かな同情の溜息をついた。
「全然知らなかったけど、ああいう人にもオンとオフがあるんだ……さようなら、革命おじさん」
世の中知らないこともあるものだと謎の知見を得たツバメは多分地元でそう呼ばれているであろうあだ名で男を見送ると、これ以上は埒が明かないと判断し、今度こそ次の駅で降りるという覚悟を決めた。
「……気休めでも良いから、何かこう普通の感じの駅名でお願いします。バーサ君、私を導いて」
無宗教のツバメが祈ったのは、昔実家で買っていたオスのポメラニアンだった。
普段は愛くるしいにも関わらず、何らかの琴線に触れると突如として発狂しながら噛みつく癖を持っていたため、ツバメと父親は反対したが、母と弟、祖父母の賛成を以ってバーサーカーと名付けられた。
駅名と比べても大概だなという思考は置いといて、彼女が両手を組んで祈ること数分、ついにその時がやって来た。
『まもなく不浄煉獄ジェノサイド、不浄煉獄ジェノサイド』
「終わったぁ!!」
『Next stop is Fuj……』
「うるせぇ!! 降りてやんよ!! 乙女の度胸を嘗めんなよ!! 革命だ!!」
己以外の何者もいない空間がもたらす言い知れぬ不安感と解放感によって独り言が加速し、ツバメの精神は来るところまで来ていた。
そして、扉が開くと同時に意を決して飛び出したに彼女の目に映ったものは、想定していた和からは程遠く、どこか欧州を感じさせる駅のホームだった。
「……思っていたのと違う」
燃え上がった心の炎が一瞬で沈下し、ツバメが混乱気味に周囲を見渡す先には複数の車両が並び、壁には見事な絵画のようなものが描かれているが、どうにも恐ろしい印象を受けるものだった。
「どうかしましたか?」
ツバメの意識が幻想的な空間に飲まれていると、不意にそんな声が掛かった。
「かくめ……人!?」
てっきり革命おじさんだと思い、声の方向に視線を向けると、そこには警察官の制服や軍服のような姿をした青年が立っていた。
「あっ、あの、私、岩橋ツバメと申しまして……えー、その、何と説明したら良いのか……」
ツバメにとってここは異世界だが、向こうにとっては彼女のいた場所が異世界。
新宿駅で知らない人から「私異世界人なんです」と話し掛けられたら、どのような反応を取るかは容易に想像ができる。
しかし、頭を悩ませるツバメとは裏腹に青年は少し首を傾げた後、何かを閃いたように微笑んだ。
「? あぁ、もしかしてお姉さん、別の世界から迷い込んじゃった感じっすか?」
「えっ、はい、そうなんです! あの、もしかしてこういうことってよくあることなんでしょうか?」
軽薄そうな口調は信頼性を薄めるが、青年は事情を知っているのは確かだろう。
ツバメはほんの少しの安堵と共にそう尋ねた。
「うーん、珍しいっちゃあ珍しい方っすかねぇ。自分が知っている範囲でも年に一度くらいはありますよ。あっ、自分は贄ノ森モズって言います。気軽にモズっちと呼んでください」
(駅名といい、怖い名前が多いのは何なの本当に)
「まぁ、あれっすね。この駅に異世界の人が辿り着いたって話は聞いたことなんてないし、自分が遭遇したのも初めてっすね。大体の人は無双鬼ヶ山で降りるみたいですし、そこからなら一駅で帰れるみたいっす。だから、昔から迷い人がいたら反対側の電車に乗せてやれって言われてるんすよ」
それはそうだろうなとツバメも納得するしかない。
何故なら彼女自身、車内アナウンスの英語などを含めて、独特の緩さというか現実味というか、とにかくホラー作品名ような状況とは異なり、『主人公を怖がらせる目的で作られていない』という事実を察し始めると、初めの駅で反対車線の電車を待っていれば帰れたのではないかと思っていたからだ。
「その、それならそちらに停まっている電車に乗っていけば帰れますかね?」
「多分、そうっすね。いや、自分らはそっちの世界に行けないみたいなんで、帰れたと信じるしかないんすよね。あっ、でも、何だっけ……そうそう、お姉さんは日本って国の人ですよね?」
「は、はい。そうです」
「じゃあ、大丈夫だと思いますよ。どういう経緯かまでは知らないんすけど、何十年か前に日本から来た佐藤雄大って男が一度帰った後、方法までは分からないんすけど、こっちで出会った女にプロポーズしに戻って来たんで」
「そんなラブロマンスが!?」
異世界に迷い込むオカルト話は数知れず、そして、大半は帰還して終わるものだが、まさか再び戻ってくる話があるとは驚きを通り越して、若干呆れてしまう。
しかし、ツバメはそのような考えを浮かべつつも、心の奥底で男の情熱を羨ましくも感じていた。
「まぁ、男女のことっすから色々あるんじゃないっすかね。んなことより、一度はちゃんと戻れたって話で、日本を含めて向こう側の話を講演会で広めたり、迷い込んだ体験を書いた本も出版されているんで。ちなみに存命っすよ」
「……異世界でも普通に文明と生活があるんですね」
「あはは! まぁ、驚いて当然すよね。むしろ、逆にこちら側の人間からすると……失礼かもしれないんすけど、ヒバリさん達は珍しい天然記念物みたいな感じなんすよ」
「なるほど。えっと……あっ、そうだ! すみません、私の他にも迷い込んでいる人がいるのですが、その方を連れて行っても平気でしょうか?」
「あらまぁ、同時に二人も迷い込んだんすか?」
「いえ、もしかしたら私よりもずっと長くここにいるのかもしれないのですが……」
ツバメは革命おじさんのことを話すと、青年は少し表情を曇らせながらこう答えた。
「取り込まれていなきゃ何とかなるとは思うんすけど」
「取り込まれる?」
「いや、あくまでこっちの学者さんが提唱している説なんすけど、この世界は渦の底のような場所なんじゃないかって。だから流れに抗っている間は元の世界に抜け出すことも出来るが、底に留まったらもう抜け出せないみたいな……ふわっとした感じっすけど、伝わりますかね?」
「はい。何となく。この場合の抗うというのは、物理よりも精神的な意味合いでしょうかね」
ツバメは苦々しい表情で頷く。
形は様々だが、ホラー映画ではよくあるオチの類だ。
絶望して奇妙な状況から抜け出す意思を失くしてしまったり、愛する人の亡霊と共に在ろうとしたり、異世界の物を食べてしまい、元の世界に戻れなくなる黄泉戸喫のようなものなど、言ってしまえば不思議空間に取り込まれるということだと解釈した。
「そうっすね。多分。すみませんね。あんまりメジャーなジャンルではないし、ネットのべっこり解説動画で見たくらいの知識で」
「べっこり解説!?」
「あれ、そっちにもあるんすか。あの饅頭みたいなキャラが喋るやつ」
「似て非なる者はあります。益々お互いの世界の関連性が気になりますね」
「確かに。あっ、あれ……例の革命おじさんって人は、もしかしなくてもあそこで独り言を叫んでいる人っすか?」
「そうです! あの人が革命おじさんです!」
「あー、すごいっすね。この駅って禍津ノ罪人が出るから一般人はあんまり利用しないし、今まで気付かれなかったんすね。てか、ご飯とかどうしてるんすかね」
「確かに。私達とこちらの世界の人達では、時間の流れが違ったりするのかもしれませんね……そういえば、先ほどのまがつの何とかって……あぁ! 革命おじさん、また後ろに戻っちゃいそう! ちょっと呼んできますね!」
「いやいや、一緒に行きますよ。ここでお姉さん達に何かあったら流石に寝覚めが悪るいっすもん」
「何から何まで本当にありがとうございます」
そして、ツバメが革命おじさんに呼び掛けると、彼はしばらくして我に返る。
「あぁ、さっきのお嬢さんと……知らない人ですよね?」
「初めまして。贄ノ森モズです。とりあえず、説明が面倒なんで一緒に来ていただけますか? あなたは同じどころをグルグル回っているみたいなんで、こちらのお姉さんが心配しているんすよ」
「これはご丁寧に私は鈴木龍玄です。構いませんが、これって夢じゃないのでしょうか?」
「夢じゃないっすね。とりあえず……あぁ、面倒臭い時に面倒臭いのが来ちゃった」
「モズっちさん、どうかされましたか?」
「いや、禍津ノ罪人が来ちゃいましたね」
モズが指差した先の壁には、手枷をされた人間達が描かれていたが、それが少しずつ動き始めていた。
いや、その不穏さと気味の悪さで言うなら、蠢き始めていたと例えた方が適当だろうか。
そして、ツバメがその正体を訊ねる前にソレらは一度動きを止め、それから全ての瞳が彼女たちへと向けられた。
「ひっ……」
ツバメの口から漏れた小さな悲鳴を嘲笑かうように『ソレら』だったものは『ソレ』となり、ゆっくりと壁から立体的な姿として這い出てくる。
数十人の身体を粘土のように混ぜ合わせ、適当に丸め、その後に生まれた塊に気分で手足を付けた子供の力作のような造形。
『…………◎△$♪×』
ソレは叫ぶでもなく、何かを唱えている。
しかし、全ての口が小声であり、幾重にも重ねっているため、ツバメの耳には雑音のようにしか聞こえない。
「……モズさん、あれが禍津ノ罪人ですか?」
「そうっす。日本では何て呼ぶんっすか?」
「いえ、あんな化物なんて日本にはいません」
「へぇ、それだけでも平和な世界っすね。ざっくり説明しちゃうと、この駅は罪人の魂の牢獄なんすよ。でも、たまに強い魂が周りの魂を吸収して更に進化して脱獄しちゃうんすよ。んで、自分みたいな刑務官がまた牢屋にぶち込むんです」
「なるほど……えっ、モズっちさんはアレと戦うってことですか?」
「まぁ、そうっすね。今回のは結構強そうっすけど、自分一人でも何とでもなる程度なんで可愛いもんすよ。やばい奴はもっととんでもない姿になるんで]
「アレで可愛い……」
トラウマ製造機のような姿だが、これ以上にとんでもないとはどのようなものなのか、ツバメは何となく気になってしまっていた。
「ほんじゃあ、ちょっとお待ち……って、おじさん!?」
モズは懐から短刀のようなものを取り出し、視線を罪人へと向かわせたが、そこには龍玄が立っていた。
「革命だ! お前達は革命しているのか!」
「ちょっと戻ってください!! その人達は現状で革命しているんで大丈夫ですから!!」
ツバメが呼び掛けるが、龍玄は罪人を見上げたまま叫び続けて動かず、やがて罪人から伸びた無数の手が彼の身体を掴む。
「「おじさん!!」」
ツバメとモズが慌てて駆け寄ろうとしたが、しかし、龍玄の身体はあっけなく塊の中に取り込まれてしまった。
「ツバメさんは下がっていてください。アレは自分が何とかしますんで」
「でも……いえ、分かりました」
ツバメは何か言い返そうとしたものの、龍玄を助けたいだけの気持ちでは何もできないことを悟り、ただ頷くことしか出来なかった。
そして、モズは固い床を蹴ると重力を無視するかのような身軽さで罪人の懐へと向かい、そのまま短刀で腕の一本を切り落とす。
しかし、罪人もただでやられるつもりはないとばかりに無数の腕を動かすが、まるで喜劇の一幕のように掠りもしない。
「遅いっすよ」
モズが腕を振る度、その白刃によって悪意の触手は切り落されてゆくが、すぐに新たな腕が伸びる。
「……思っていたよりも量が多いみたいっすね」
これは長引くかもしれないとモズが辟易している時、微かに罪人から言葉が漏れた。
「…………◎△$♪だ」
「えっ?」
その声が鼓膜を揺らすと同時にモズに僅かながらの動揺から来る隙が生まれてしまったが、彼はその道では一流。
それが命取りになろうはずがなく、瞬時に幾つかの腕を切り落とすと仕切り直すために後退する。
「大丈夫ですか、モズッちさん!?」
モズの行動に違和感を覚えたツバメが声を上げると、彼は罪人からは目を離すことなく、今起こった出来事を話す。
「罪人の声は怨嗟ってやつで、言葉であるはずなのに何を言っているかまでは認識できないはずなんすよ。だってのに……今何か喋ったんすよね」
「まさか、革命おじさんを吸収して強くなっちゃったとかですか?」
「いやぁ、今までそういうことは少なくない数あるんすけど、魂が一つ増えたくらいではなかなかそこまでの変化が起こるなんて聞いたこともないんすけどね。最悪は一度退避した方が良い可能性もなくはないって感じっす……けど、いや、まさか……」
と、ここでモズの頭に過ったのは過去に何度かあったとされている逸話だ。
「あの、ツバメさん」
「は、はい」
「もしかしたら逆かもしれません」
「逆……と言いますと?」
「過去に喰われた人達は確かにいるんすけど、さっきも言った通り、強くなった例はほぼないんすよ。ただ……逆に喰われた側の魂が強過ぎて、罪人を食い殺した話はあるんすよ」
「……えっと、それはつまり」
革命おじさんは……と、ツバメがそう続けようとした瞬間、罪人の様子が変化し始めた。
「…………◎△$いだ…………か△$いだ…………かく$いだ」
「「おー」」
何と言っていいのか分からず、ただ感嘆の声を漏らすツバメ達を他所に罪人の腕や足が消滅し、やがてゆっくりと小さくなってゆき、ついには完全なる人型がそこに佇むだけとなった。
そして……
「革命だぁぁぁ!!」
「「おじさぁぁぁん!!」」
こうして、激しいのか激しくないのかよく分からない戦いは幕を下ろしたのだった。
そして、それから数時間後、もしくは数十時間後の無双鬼ヶ山駅。
ここでしばらくの間、列車は停車するということでツバメたちは最後の挨拶を交わしていた。
「モズっちさん、本当にありがとうございました。あなたがいなければどうなっていたか」
「革命しているのか!」
「いえいえ、どういたしまして。不謹慎かもしれませんが、自分は色々と話を聞けて楽しかったっすよ。向こう側の人とこんなに長くいたこともないすからね」
革命おじさんの独り言をスルーすることに慣れた二人は幾つかの言葉を交わし、それから何と言っていいのか分からなくなり、しばらくの間沈黙が下りる。
そして、何も言えないまま、やがて別れのベルが鳴る。
「ツバメさん。どうかお元気で……えっと……あなたと二度と会えないことを願っています」
今生の別れこそがツバメの幸福なのだと、モズは扉の外で僅かな胸の痛みを抱えて笑った。
「いえ、いつかきっとまたお会いしましょう」
再会こそが自分の幸福なのだと、ツバメは扉の内で微笑んで見せた。
ツバメは先日テレビで放送された流行りのラーメンを食べるために遠出したことを後悔しながら、新宿駅の改札口へと入ってゆく。
流行り物に興味があったというわけではないが、普段から出不精であり、休日は家事とネットで終える日々を繰り返していることに気付き、無理矢理に目的を作って動きが始めたのが三時間前のことだった。普段仲の良い職場の同僚たちとは異なり、SNSに興味もなければ、承認欲求を満たしたいなどという思考は欠片もないが、何か人生にイベントを起こしたいという意思で臨んだわけだが、こういう日に限ってここ最近では記録的な猛暑日であったことは不運としか言いようがないだろう。
「お前たちは革命をしているのか!」
ツバメの耳に遠くから何か聞こえた気もしたが、とにもかくにも暑苦しい日差しと人波を避けて、ようやく辿り着いたオアシスとも言うべき電車の中で、彼女は自分と交代で、都会の荒波に向かっていく巨漢が残していった尻の熱を感じながらも、やっとの思いで一息つくことが出来た。
(……何してんだろう、私)
甘い物が好きなのかと問われたら、嫌いではないと答える程度の人間には不釣り合いな程の鮮やかで甘い色合いの洒落た紙袋を見つめた後、ツバメは深い溜息をついた。
せっかく新宿まで行くのだからと、当初はスイーツを購入した後は雑貨でも眺めた後、どこかの喫茶店でコーヒーでも飲んで行こうかしらなどと考えてはいたのだが、想像以上の行列に並ぶ中で纏わりついてくる熱と湿気のパーティーでは思考が帰宅以外を望まなかったため、今頬を流れてゆく汗に涙という文字を充てても良い。
現状、唯一の幸福は売店で買ったスポーツドリンクが狂おしい程までに美味しいことくらいだろうか。
そして、小田原方面に向かう電車がゆっくり動き始めてから数十分後、新百合ヶ丘駅を過ぎて町田駅へと近付いていた時にアナウンスが流れる。
『まもなく、国死病ポイズンシャーク、国死病ポイズンシャークです。開く扉に手やお手荷物が引き込まれぬよう、ご注意ください』




