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僕たちはあの日、消えてしまいそうな恋をした。  作者: 乙川せつ


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9/11

破-6

 唐突だが、僕の悩みを聞いてくれないだろうか。


「お風呂上がりました。どうぞ」


「あ、うん……っ⁉」


 彼女、無防備すぎるんですけど。

 何で男がいる家でそんな気軽に過ごせるんですかね、こちとら一日二日経っても慣れないんですよ。


 メンタル無敵か?


 最強か?


「はーっ……」


 半ば諦めながらお風呂に入る。

 もう僕のハートは限界に近い。というか、今の今まで手を出していないことを褒めて欲しい。


 まあ、何か負ける気がするからこれからも出さないとは思うけど。


「というか、二人の家しては狭いのかな」


 2LDKの部屋だから親子で暮らすには十分だけど、見ず知らずの男女二名で暮らすには不十分に思える。

 それに今は母さんがいないから大丈夫なだけで、帰ってきたらどう説明したものか。


「課題というか心配事は増えるばっかり……」


 引き受けたのは僕自身だから途中で追い出すわけにもいかない。

 かといって、永住させていいわけでもない。それこそ結婚でもしない限り。


(……って、僕のバカ! なんてこと考えてるんだ!)


 そんなことが思考に流れてくるなんて、自分が健全な男子高校生なんだと自覚する。

 今の今までそういうことは少なかった。

 あるにしても、ぼーっと将来のことを考えて奥さんの顔を想像するくらいだ。リアルの人の顔をそれに投影するなんて、絶対にありえなかった。


「……どうしちゃったんだろ、僕……」


 自分の心が少しずつ変化していることを感じ、僕は少しだけ怖くなった。



 ◇◇◇


「はぁ……」


 新が入浴している間、六花はリビングのソファーで座っている。

 溜息を吐いたのは先刻の自分を思い返してのことだった。


(――――……自分の価値を、どうしたら見せられるのでしょう)


 そう、六花はわざと無防備を演じていたのだ。

 

 何故か?


 それを説明するのは容易だが新が気付くことはないだろう。


 簡潔に言えば、必要とされるため。


 そのためならば彼女は自身の身体を利用する。周囲から称えられ、天使の由来ともなったその美貌で少年を誘惑する。

 ……しかし、やり方が変なのは……まあ、ご愛嬌だな。

 彼女にそんな知識はないし、人を誘惑した経験もない。生徒? アレは勝手に魅了されただけだ。


「私の身体には女性としての魅力がないのかも……」


 そんなことはない、単に新が超絶我慢しているだけである。

 新は女性経験のないチェーリーボーイではあるが、精神力はピカイチだ。本当の本当に肉体的な魅了をされなければ大丈夫だろう。

 たとえ相手が天使や姫と呼ばれる美少女であっても、だ。


 自分から引き受けたことを自身の我慢不足で破りたくないという意地。


 真面目というか頑固というか。


 六花は今までの自分に向けられた視線を思い出す。




『君は美しい、ああ!』


『綺麗ですね!』


『アナタの美しさはまさに天使! 天より降臨せし者!』


『白雪さんって本当にすごいよね! 可愛いし、勉強も運動もできるし!』


『いけ好かない』


『可愛い!』


『気味が悪い』



「………………っ」


 彼女の身体は震えていた。橋の下で出会ったときと同じように。


『仕事の邪魔はするなよ』


「…………~~~~~っ!」


 

 それは恐怖だった。

 新に、新しい宿主に捨てられてしまうのではないかという漠然とした不安。


 それは天使と呼べる存在ではない。

 新は彼女を「天使じゃない」と否定したが、白雪六花という人物は正しく「狂って」いる。

 自分を愛してくれる存在の下に向かい、恩返しという形で寄生――――いや、依存する。


 共依存という関係で、宿主を縛り付けるのだ。


 これを天使と呼べるだろうか。

 

 人間の「愛」とは、こんなにも醜いものなのだろうか。


 否。


 断じて否だ。


 白雪六花という女は――――――〝悪魔〟だ。



 ◇◇◇


「ふーっ……サッパリした!」


 ごちゃごちゃになっていた感情も風呂で洗い流せた。

 これでスッキリ。


 でも、何だか……変なモヤモヤがある気がする。

 自分の胸で生まれているはずなのに、どこか自分な気がしなくて他人事で。

 不思議な気持ちだ。


「何なんだろ、これ……」


 自分の感情が良く分からなくて、変な気分。

 まるで僕の中に誰かがいるような――――――。


「まあいっか」


 大した問題でもないし、と割り切りパジャマを着る。

 

「あれ」


 リビングに白雪さんの姿はなかった。

 もしかしたら部屋に向かったのかもしれないな、と勝手に結論を出す。


 白雪さんには母の部屋を貸している。

 僕の部屋で一緒に寝るわけではないから……いや、寝てたまるか!


「……自分に嫌気が差すってこういうことなんだろうな……」


 大きな溜息を吐いた後、リビングにあったコップを手に取る。

 お茶を注ぎ、一気に飲み込んだ。


「……っはぁ」


 お風呂に入った後はやっぱりこれが一番だな。

 ふと、自分の部屋の扉が目に入る。


「あれ、閉めなかったかな僕」


 課題をやった後、出るときに閉めたはずなんだけど。

 押す力が足りなくて開いちゃったのかな。


「……寝るか」



 

 その時、僕は警戒するべきだったのだ。


 家族でもない未成年同士が同じ屋根の下で寝食を共にすることによって起きる事件を。


 不自然に開いた扉を。


 


「……へっ?」


「音花さん……」


 僕の部屋―――正確には僕のベッドの上に、彼女は座っていた。

 思考停止。


「な、なんで……僕の部屋にいるの?」


「………………」


 彼女はしばし沈黙。

 しかし、その両腕が彼女自身の胸元へと向かった。

 

 パチ、パチ。


「え、は……⁉」


 彼女はパジャマのボタンを外し始めたのだ。

 

「あ、あんた何してんの⁉」


 僕の本気のツッコミをよそに、彼女は全部のボタンを外し終えた。

 胸元には下着がちらりと見えている。


「え、ちょ、ホント……え⁉」


 精神混乱。

 状況が理解できない。

 いや元々理解できるような状況でもないんだけど。


 本当になんで。


「……来て?」


「ひぃいあっ⁉」


 思わず変な声が出てしまった。

 今ほどヘルプミー叫びたいことがあっただろうか。


 いやない。これは断言できる。


(ヘルプミー!)


「あ、あの、白雪さん? 何、やってるの?」


「……夜這い?」


「ストレートに言ったこの人⁉」


 彼女はとんとん、と自身の横を叩く。

 座れ、と言っているのだろう。


「………………っ」


 勇気を振り絞って彼女の隣に腰を下ろした。

 心拍が天井知らずに上がっていく。確実に人生レコードだろう。


「あ、あのさ! 別にこんなことしなくたって君を追い出したりしないよ⁉」


 思い切って口に出してみる。

 すると、彼女は僕の枕を抱きしめて、


「…………本当ですか?」


(ぐうっ、可愛い……! というか僕の枕……⁉)


「も、もちろん……!」


「――――――じゃあ、音花さんが誰かに恋したら?」


「………………え?」


 予想外の問いに再度思考が停止する。

 僕が誰かに恋をしたら。


「そ、それは……」


 ない、とは言い切れない。

 未来は誰にも分からない、僕がこの状況を予測できなかったように。


「その時、貴方は私を住まわせてくれますか?」


「……」


 僕には答えられなかった。

 きっと、追い出すだろうから。


「ですから……」


「え、ちょ」


 視界が回った。

 ぼすん、とベッドに自分の頭が触れたが分かる。

 

「……?」


「貴方を、誰にも渡さない……」


 彼女は僕の上に跨っていた。

 互いの顔が数センチの位置に見える。心拍数は尚も上昇中。


 ――――――その時、僕には彼女が――――――〝小悪魔〟ってやつに見えた。


 彼女の四肢が僕の身体をゆっくり、ゆっくりと包んでいく。


「……………………おやすみなさい」


「は……⁉」


 そのまま僕は、彼女の抱き枕となった。


 僕に出来ることはただ一つ。そのまま一緒に寝て、彼女を抱きしめてあげることだけだった。

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