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僕たちはあの日、消えてしまいそうな恋をした。  作者: 乙川せつ


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6/11

破-3

「………………ゴメン、正気?」


 思わずそんな言葉が口から出るほどの爆弾発言。

 恋人でもない僕たち―――ましてや友人でもない――――が同居する?


(え、え……え?)


 僕の頭はショート寸前だ。

 照れてるとか恥ずかしいとかではなく、ただ思考が追いついていない。


 彼女は天使で姫で白雪さんで――――――僕はふっつーに暮らしてる高校生で、まあそれは彼女もそうなんだけどそれでもさぁ。

 前世でとんでもない善行でもしたのかな。


「以前、橋の下で話したことを覚えていますか?」


「え、うん……」


 あの日見た彼女の泣き顔は忘れられない。本当に、何もかもに絶望したような表情。どうしようもなく、泣くしかないという虚しさを感じた。


「あの後、父と話しました。そして大喧嘩になりました」


「う、うん」


 そこまでは理解できる。問題はその後だ。


「そして家出しました。泊めて下さい」


「そこだよ!」


 そうだよ。ただの相談で終われば良かったのに!


「大体、どうして僕の家なの? 家出して居候するのは百歩譲って分かるけど、僕たちに殆ど接点ないよね?」


「だからです」


「………………はぁ?」


 正直、意味が分からなかった。

 いや、分かろうとしてなかった。思ったよりこれは、重症かもしれない。


「どういうこと?」


「なるべく私を好いていない人……その中で信用できる貴方を」


「ちょっと待って落ち着いて」


 食い気味な彼女を制し、すこーし考える。

 

(うん、――――――どゆこと?)


 僕の頭は依然停止したままだった。


 目の前でちょこんと正座している少女を見やり、唸る。

 どうすればいいんだろう、と。


「それに、これは恩返しでもあります」


「恩返し?」


「命を救って頂いたこと……そして、背中を押してくれたことの」


「………………そう言われるとなぁ」


(なるべく後腐れのない解決策でもあればいいんだけど、恩があるってなると……ここで断ってもごちゃごちゃになりそうなんだよなぁ。どうしたものか)

 

 こんなとき母さんが居ればなあ、どうにか答えを出してくれるかもしれないのに。

 こういう非常事態に限って居ないんだもん。


「こういう介護も、食事も、家事も…………………私がやります」


 そう言う彼女に、僕は当然の疑問をぶつける。


「恩返しって言っても、どうしてそこまで?」


「………………」


「白雪さん?」


 固まった彼女に声をかけると、


「…………やはり、私の考えは間違っているのでしょうか?」


 返ってきたのは、思いもよらない回答。

 間違い、と。


 間違いと、僕は言えない。


「分からない」


 としか言えなかった。


「僕には、貴女がどれだけ苦しんだのかなんて知らないし、どうして僕の元に訪れたのかも、イマイチ良く分からない。………………………………でも」


 それでも。


 それでも――――――。


「――――でも、君がそうしたいと思ったなら………僕は君を否定しない」


 僕にこの人を肯定することは出来ないし、目の前から喧嘩を売るつもりもない。

 

 僕には、この人が「天使」だとはどうしても思えなかった。確かに、天使と見紛うほど美しい。それに、優しさも感じる。

 だけど、


「君は人だ、天使なんかじゃない。………君の心は、何て言ってる?」


「――――――……た」


「ん?」


「愛されたかった……愛したかった………笑いたかった、遊びたかった、好きになりたかった……………対等に、なりたかった」


「……………そっか」


 彼女は、自分の影を漏らした。

 天使ではない、人の心。


「ありがとう、打ち明けてくれて。…………お気に召すかは分からないけど、しばらくはここにいても構わないよ。その涙が消え失せるまでは」


「――――――はい…………!」


 泣きながらの笑顔。それがとても綺麗で、見惚れていた。


 そして――――――。


「あ、あの」


「どうかしましたか?」


「一人で食べれるんだけど……」


「いけません、痛みがあるのでしょう?」


「うっ……」


「ほら、口を開けてください」


 結局降参して雑炊を食べさせてもらうことに。

 最初は自分で食べていたのだが、つい「いて」と漏らしたらこうなった。

 

 いや、ありがたいし嬉しいよ?


 嬉しいけど、さ……恥ずかしいというか、子供扱いされてるような。


「……ご、ごちそうさまでした」


「はい、お粗末様でした」


 いやいや全然大したことあるでしょうという感想は言わぬまま、皿洗いをしようと立ち上がる――。


「待ってください、動いてはいけませんよ」


「……でも皿洗いが……」


「私がやりますから、音花さんは寝ていて下さい」


「そこまでやってもらう訳には……雑炊だけで充分なんだけど」


「私がやります」


 迷いがない目で見つめられ、俺は。


「あ、ハイ」


 と答えるしかなかった。


「…………」


 次の日の朝、キッチンに立つ白雪さんを、僕はただ見つめていた。


(本当に作ってる…………)


「何か?」


「いや、なんでも…………」


「そうですか」


(素っ気ないな……クール…………)


 自分が置かれている状況が幻想でないことを祈っている自分がいる。

そんなことを考えながら待っていると、


「出来ましたよ」


「あ、ああ」


 米、みそ汁、目玉焼き、お茶。普通に見る朝食。


「いただきます」


「い、いただきます…………」


 一口食べてみると、本当に美味かった。


(僕が作る飯より断然美味い‥‥何でもアリか‥‥?)


「………音花さん、今日は学校に行かれるのですか?」


「ん、ああ‥‥だいぶ良くなったからね。それに試合もあるし」


「確か音花さんは卓球部でしたね」


「…………よく知ってるみたいだね」


「体育館で練習しているところを拝見したことがあります」


「なるほど」


「………おいしいですか?」


「うん、美味しい。‥‥それに、親以外の誰かと食べることなんてなかったから」


「誰かと食べれば、更においしくなります」


「うん。‥‥‥‥白雪さんは、一人暮らしなのか?」


「ええ、私一人です」


「そうか‥‥」


「それが何か?」


「いや、大したことじゃないんだ。ただ家事スキルが高いから、慣れてるんだろうなと」


「…………両親は、私に興味がありませんから」


「……ごめん」


 これからあまり親の話題は話さないようにしようと決めた。

 その方が、きっといいから。

 まあ俺の家族仲は良好だからあまり納得は出来ないが。


「音花さんこそ、おひとりで家事をしているのでしょう?」


「まあ、それはそうだけど。でも僕には白雪ほどの料理は作れないし、自慢じゃないけど得意料理は揚げ物っていう名の唐揚げだよ?」


「唐揚げも立派な料理でしょうに。私は自然と出来ていただけです、もちろん努力もしましたが」


 これが才能か。

 才能を持つ人が努力をするとこうなるのか。


 こえー。


「――――――……どうしてこういう状況になったかな」


「それは貴方が私を助けてくれたから、私が恩返しをしているだけですよ」


「うーむ、まあいいか」


 何だかそれだけではない気がするが……おいておこう。

 今が充分幸せな状況なんだし。


「…………学校では、あまり話しかけないで下さいね」


「‥‥分かってる。互いに面倒事は御免だから」


「…………」


「なんだよ」


「いえ、物分かりが良いと思いまして」


「あっ、地味に傷つく」


「…………ふふっ‥‥」


(笑った?)

 

 そういえば、白雪さんが笑っているところを見たのは初めてかも‥‥。

いつも笑顔のように見えても‥‥社交辞令というか、仮面に見えてしまう。

 人の顔を窺ってきた人生のため、そういうのには敏感なのだ。


「…………ふふっ」


 僕はつい笑ってしまった。


「…………何を笑っているのですか?」


「いや、君も苦労してるんだなって」


「‥‥‥‥ええ、まあ‥‥」


「さ、そろそろ時間だ。ご馳走様でした」


「はい、お粗末さまでした」


 その時の彼女が見せた笑顔が、とても綺麗だったから一瞬目が奪われてしまった。


 無論口には出さない。


 でも、この感情は――――――いったい、何なのだろうか。 




 僕達は違う時間で出ていく。帰りは部活があるので遅いが、まあそれまで勉強しているとのことだ。


 ‥‥‥‥学校で会わない気満々だな。




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