破 家出と時と同棲と-1
「新、おい新!」
「ああ、ごめん…………なんだっけ?」
「やっぱり聞いてなかったか。この野郎…………だから彼女出来ねーんだろ」
「うっさい」
「新、週末は練習試合だぞ?」
「まあやれるだけやる」
「頼むぜ?」
「ああ、僕は時間稼ぎに徹するよ」
「…………りょーかい、新」
「よろしい。今回は僕の練習に付き合ってもらうから」
ラケットとピン球を握って声をかける。
「うげ……勘弁…………」
「「…………はははっ!」」
二人して笑ってしまった。
その日の練習は何事もなく終わった(晴也は頭がパンクするー、とかほざいていたが)。
「じゃーなー」
「うんー」
帰り道、友人たちと別れて己の帰路につく。
「…………やっぱり、こういうのが好きなんだ」
それは、この生活に満足しているという心の現れ。自分の口からこれが聞けて満足だ。
無理に出会いを求めるのではなく、流れに身を任せて生きるのが一番楽な生き方だ。
そして、稀に反抗するくらいが丁度いいのである。
そして横断歩道が目に入る。
しかし僕の目はただ一人に向けられていた。
「…………白雪さん…………」
信号待ちで立っている女子生徒。同じ方向だったのか。
ただ、明らかに違うオーラを纏っている。これが伝説の顔面格差、か‥‥?
ピーポ、パッポ。そのような音で青信号になる。
白雪さんが歩き出すのが見える。
僕も無意識に止まっていた動きを取り戻し、歩き出す。
その時、皮膚を悪寒が貫いた。
(…………ん? …………なんだ、この寒気…………)
何かヤバい。かなり不味いことが起きる。
(分からないけど大変だ‥‥!)
自身の勘を信じ、周囲を見渡す。
すると一台、おかしい車を見つけた。白いミニワゴン。明らかに不安定な動きだ。
外から車の中が見える。
「…………嘘でしょ‥‥⁉」
考えるよりも早く、その一歩を踏み出していた。
ワゴンの運転手は気を失っている。その原因が発作にせよ何にせよ、今起きようとしているのは人が死ぬ事故だ。
そしてその進路上にいるのが‥‥
「――――――逃げて白雪さん!」
「…………?」
走りながら、精一杯の声を出した。その声で白雪さんがワゴンに気付く。
「…………っ」
彼女の動きが固まった。クソ、こんな時に…………。
人間の身体は危機が迫った時、咄嗟には動けない。硬直する確率がかなり高い。
「……間に合え――――――――――――――――ッ!」
全力で、その一歩を踏み出した。自分史上最速のスタート。
ここまでの加速感を味わったのは初めてだ。僕は、火事場の馬鹿力ってやつを引き出したらしい。ワゴンと白雪さんが衝突するまでおよそ三秒。それまでに、この七メートルを走る。
(…………それが出来なければ、最悪二人とも死ぬ)
一歩、そして最後の一歩。
間に合わなかった。
やっぱり、僕はダメな奴だ。
『走れ』
痛い。
痛くない。
『巻き戻れ』
もう一度だ。
「――――――⁉」
そこは交差点から離れた場所。
「………………え?」
(時間が……………巻き戻った?)
理解はできた。
が、理解できない。
(さっきのは幻覚? いや、僕の前で彼女は轢かれた。それに僕も………………考えろ、考えろ、考えろ!)
思いついた可能性は二つ。
一つは白昼夢、つまり幻覚だ。
今の一瞬の中で夢の世界へと囚われてしまったのだろうか。
…………………だが、世界はさっきの記憶通りに進んでいる。
車の並びも一緒だ。
つまり、考えられるもう一つの可能性は――――――、
「時間が、巻き戻った……………?」
『タイムリープ』。SFモノでよくある能力だ。
死んだら死ぬ前の時間まで巻き戻る。もしくは自分の意志で巻き戻す。
何度だってやり直すことが出来る、ある意味最強の能力。
(そりゃ、僕だって欲しいと思ったことはあるけど……)
だが、今そんなことはどうでもいい。
「助けないと……!」
さっきと同じように信号の音は鳴り、青へと変わる。
そして、同じであってほしくなかった車も。
「間に合え……!」
さっきより余裕のあるスタート。
その数秒。
「ごめん、白雪さん!」
「え……⁉」
跳躍し、彼女を押し倒した。自分が下になるように調整し、身体が地面とこすれる。
ずがががっ! と嫌な音を立てて、俺は地面に倒れた。
「…………っ……? ………音花さん‥‥音花さん!」
「かはっ………!」
息が苦しい。臓器が痛い。呼吸が出来ない。
(クソ………やっぱりそんな甘くないか‥‥!)
地面に思いっ切り激突したんだ。当然といえば当然のことだ。
「呼吸が‥‥すみません、緊急時なので!」
「は……? ―――むぐっ⁉」
唇が、白雪さんの唇で塞がれた。‥‥授業やテレビでしか見たことが無かった、人工呼吸。
「ふーっ、ふー」
「…………ごはっ‥‥っ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥」
呼吸が戻った。
(息が、息が出来る‥‥けど、それ以上に――――――キスしたんだな)
いやいや、あれはあくまで緊急時の、それも治療行為であって。
「大丈夫ですか、いったい、何故こんな真似を…………」
「…………………前に、言わなかったかなっ……僕は、助けられる人は助けたい……………それだけだよっ」
無理矢理作った笑顔でごまかしているが、本当はのたうち回りたい。
でも、それじゃダメだ。
自分のせいで、とか思わせたくない。
「僕はもう行くよ‥‥君は一応病院で診てもらって」
「いえ、貴方の方こそ病院に―――――――――――――」
「大丈夫。お陰で目が覚めた」
「~~~~~~~~~~っ!」
その姫様は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「じゃあね、あんまりぼーっとしてちゃダメだよ。死ねる原因はそこら中にあるんだから」
痛みに悲鳴を上げる身体に鞭打ちながら歩き出す。
‥‥無論痩せ我慢だ。痛くないわけがない。
実際は今にも寝たいぐらいに疲労している。ただ、報酬は悪くなかったと言えるだろう。
「…………王子様と姫は逆だったね」
あの赤くなった顔を見ると、学校の奴らが可愛い可愛いばかり言ってるのも分かる気がする。
確かに可愛い。本当に。
女子との交流が無い僕でさえ、心の底から微かに思える。
(…………まあ、これっきり関わりなんてないんだろうけど‥‥)
家に着いたら、即着替えて身体に氷を当てる。
「いっつ‥‥」
強がらずに病院行けばよかった‥‥!
(これは確実に明日‥‥大丈夫かな)
報酬の対価が重すぎんだろ‥‥命懸けって‥‥。
(まあ、男子生徒から羨ましがられるとは思うけど‥‥)
うちの高校一の有名人。
美しい顔もさることながら品行方正、文武両道と、完璧超人を体現するスペック。
男子使徒の多くが狙っているであろうその人と、非常時とはいえキスをしたんだ。
(…………知られたらやばい‥‥)
先刻と同レベルの悪寒を感じながら、僕は眠りについた。
ズキッ。
「むにゃ…………いったい……にゅ」
「―――第一関門クリアか。つらいなぁ、『プレイヤー』っていうのは……変わってやりたいよ、オレ」
結果と過程は対等だ。
どうして? 簡単さ。
過程なき結果はなく、結果のない過程はない。
その大小、成功失敗に限らず結果は訪れる。それが望まぬ結果だとしても。
だってそうだろう?
その過程を歩んだのは、いつだって自分自身なのだから。




