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僕たちはあの日、消えてしまいそうな恋をした。  作者: 乙川せつ


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序 天使と少女と少年と-1

「…………はぁ」


 音花新は溜息をつきながら学校からの帰路を歩く。高校二年生の四月。高校受験からもう丸一年経ったということに絶望している。


 高校卒業の後、つまり進路のことを何一つ考えていない。


 早いかもしれないが、遅いかもしれない。卒業という曖昧な期限の付いた宿題は、新の肩に重くのしかかっている。


「…………」


 ふと空を見上げると、きれいな夕暮れが見えていた。


 部活終わりの帰り道はだいたいこんな感じだが、それでも綺麗だと思う。


 明日も変わらない景色、変わりそうで不変の毎日。


「……辛いな」


 ポロッと口に出た言葉は、誰にも届かない。

 新は一人で帰っている(友達はいるが同じ方向ではないため)。


 それは、夕陽に気を取られていた時だった。


とん、と。新に人がぶつかった。


「あ、すいません…………」


謝りながらその人の顔を見ると、


「い、いえ、こちらこそすみません」


 はしばみ色の髪と、それに似た瞳をもつ少女。身長は150㎝程度。

 直接会話したことはないが、見覚えはあった。



 学校で一番の人気者――――白雪六花。



(面識ない……よね)


「…………」


 思わず見とれる程美しい、というか可愛い。その少女の名前は、もちろん知っている。

 学校のマドンナである彼女を知らない生徒などいないだろう。

 その白雪六花と話せたのだ、内心結構喜んでいる。


(何だか顔見られてる?)


「…………?」


「‥‥こんにちは」


「…………こ、こんにちは……?」


 挨拶を返すと、声からも感じられる安心感と美しさ。


(僕とは違う、一軍女子ってやつなのか…………)


 その手にはマイバックが握られている。買い物に行くところなのだろう。


「…………じゃあ」


 新は特に会話する気もなく立ち去る。


「それでは」


六花も同様だ。互いに反対の方向へ進んで行く。


マンションに到着し、隣人の後藤さんと会ってそのまま帰宅。


 ◇◇◇


「…………ただいま」


 誰も答えない。


 マンションに一人暮らしの状態だ。自分で言うのもなんだが家事スキルは高い方である。

 一人暮らしといっても、たまに親は帰ってくる。今は海外出張へ出ているため両親ともこの家にはいない。


 2LDKの部屋。


 ここは昔親父が買っていた部屋だ。一括払いだったらしいが。


 今日は部活で疲れたので簡単な食事にしよう。

卵をボールに割って鰹節、出汁と入れたら三十分寝かして。

味噌からお味噌汁つくって。

炊いておいた米を注いで。

寝かした卵をスクランブルエッグにして完成。


この程度の料理なら毎日だ。


 食べ終わったら食器を洗って、洗濯物を取り込んで畳んで。一通り終わったら授業の課題と復習をして。それも終わったら少しベッドでゴロゴロと。

 風呂を沸かして、入ったら歯磨きして、ベッドで暇をつぶす。

 

 今は夜九時三十分。まだ寝るには早いな。


(…………可愛かったな。

白雪さん、学校で何度か見たことがあったけど……近くで見るのはやっぱり違った…………姫、ねぇ…………)


誰でも知ってるプリンセスの童話。


魔女の毒林檎で死んでしまった姫が、王子様の接吻で目覚めるって話。


まあ、所詮作り話なのだが。


…………だけど、それを現実の女の子につけるのはどうなのだろうか。


(天才だからこその孤独とかありそうだな)


 あの人にも、王子様とか現れてやればいいのに。


もしくはもう王子様いるのかも。


 それはそれでいいかもな。そしたらあの人のファンも距離を取るだろう。ただ秘密にしてたら意味ないけど。


 ――――――天使みたいな人だった。


そんなことを考えているうちに、意識は消えて眠りに落ちた。



 ◇◇◇



 とある日の昼休み。

 その日は特に暇で、やることも少なかった。


「新!」


 僕を呼ぶ声。


「どうしたの晴也」


「いやぁ彼女との電話が終わったからさ、その惚気話を聞いてほしくって☆」


「ウン、消えてくれないかな?」


「ヒドイ⁉」


 いつもの漫才(?)を繰り広げながらの日常。


「そういやさっき早Tと会ってさ、伝言。今日の練習来れないって」


「あーまた出張? あの人も忙しいなぁ」


 僕達二人は卓球部に所属している。

 というか、僕達しかいない。かつて強豪校だったこの高校の卓球部は今や廃部寸前、存続の危機だ。


 一年前、僕達が入部するまで三年間活動停止していたくらいマズい状況。


 早T―――早松先生は僕達の申し入れに応え、顧問兼監督として動いてくれている先生だ。しかし先生には先生の仕事があるため僕達は二人で練習する時間の方が長かった。


「じゃあ今日もサーブ、多球練、ラリー、ゲームでいいか」


「オッケー」


 一般的な練習メニューだが、基本が一番大切だ。

 そのため練習試合以外では殆どこのメニューを行っている。土日には筋トレや走り込みなどをするが、体力強化メインなため有酸素運動が効果的だ。

 

 まあ二人で出来るトレーニングがそれぐらいしかないのだけども。


「ン」


「晴也?」


 晴也は何かに気付き、そのまま校庭側の窓へ移動する。

 ついていってみると少なくない人数が校庭に集まっていた。


 緊張している人、面白そうに見てる人……等々その表情はバラエティに富んでいた。


「なにアレ」


「おいおい新お前知らねぇの? 一年間ここにいてよく出くわさなかったモンだな」


「?」


「ほれ、あの人見てみ」


 指差された人だかりの中心を見てみると、一際目立つ美貌の少女がいた。

 白雪六花さんだ。


「あー、なるほどね。公開告白ってやつ?」


「そ。今じゃひと月に一回くらいかな」


「そんなに」


 今まで気にする余裕が無かったからだろうが、こんなイベントを見逃していたとは。

 確かに言われてみれば周囲の見物客も慣れてる雰囲気を見せていた。


「それで、告るのは誰だー?」


「あ。あの人じゃない?」


 白雪の目の前でガチガチに固まっている男子生徒。

 顔もいい、スタイルもいい。


 普通なら告白される側のタイプではなかろうか。だが、そんな彼を見つめる白雪さんの瞳はどこか冷たい。

 まるで軽蔑するような印象だ。


「おっ、始まるぞ」


 結果、玉砕。


「ありゃ~やっぱりな」


 予想通りではあったが、晴也はどこか残念そうだ。

 公開告白を決行した彼の勇気を称えたいのだろうか。


 まあリア充の考えてることなんて分る筈もないか、と勝手に割り切っておく。


「見てみ、泣き崩れてるぞ」


「……………告白しなければ悲しむことも無いだろうに、何でこんなことするのかな」


「あ、ドライだなぁ。まあ……でも、やっぱりさ。誰かに取られたくないって気持ちがあるんだよ」


 そう言う晴也は何か噛みしめるような顔をしていた。

 自分が告白した時の光景でも思い出しているのだろうか。


「ふーん……確かにそう言われれば理解も出来……る?」


「おいそこは理解するとこでしょ」


「仕方ないだろ、僕は告白したこともされたこともないんだから」


 頭を掻きながらそう言うと、晴也は冷静な顔で。


「いやいやいや想い人くらい出来るでしょ、理解出来るでしょ? 人間だもの」


「人間だけどイマイチ共感できないね」


「マジか」


 コイツ本当に人間か? という視線を向けてくる友人に鉄拳をお見舞いしようと思う僕は間違っているだろうか。


「新も恋してみれば分かるって。白雪さんとかいい人だろ」


「わざわざ勝ち目のない戦いに挑むほど自意識過剰じゃないよ、僕」


 確かに、と笑う晴也は屈託のない笑顔を見せた。


「まったく……」


 それに釣られて、僕も自然と口角が上がってしまう。

 

 ちょっと違うが、僕の日常。




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