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幸せな日々の空白  作者: 一天草莽


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06 悪い人

 翌日、おばさんが用意してくれた朝食を食べ終えると、私たちは強い使命感を抱いたまま出発した。

 なんといっても悪い人についての情報がほしい。

 けれど、どこに行くべきか、誰に聞くべきかもわからない。

 何はともあれ、最初の一歩のきっかけとなる手がかりを得るために、歩いている人へと手当たり次第に話を聞いてみることにした。


「すいません、ちょっといいですか?」


「んっんん、うーん?」


 振り向いた男性は鼻歌で聞き返した。その顔はどこか懐かしいシンさんだ。


「あれ、シンさんじゃないですか」


「うっ、ううん、うーん。そうだけど誰だっけかな? んんん?」


「あ、そういえば自己紹介はしていなかったような気がします。あの、夏休みに道案内をしていただいたんですが」


「んー、んん、思い出したよ、んっううん」


 大げさに手を叩いてシンさんはうなずいた。その動作がかえって怪しく思わせたけれど、私はそれをあまり気にしないようにして話を続けた。


「あの、それで、聞きたいことがあるんですけど」


「いいぜえ、いいぜえ、話してごらん。ん、んん」


「実は、悪い人についてお聞きしたいんです」


「ん……んん? 悪い人? うーん、知らないなあ」


「そうでしたか」


 知らないのは残念だけど、知らないのなら仕方がない。


「あっ、でも、そういや、最近よう。新しく町に来た男がいるって聞いたぜ。うっううん、うん」


「本当ですか! その人のこと、ぜひ教えてください」


「ん、んん。なんでも文明を伝えるとか何だとかって。ん、んん、うん」


「文明を伝える?」


「んーんん、うん。詳しくはテアって人が知ってるぜ」


「テアさんが?」


「ん、んん。オーケイ」


「そうですか、ありがとうございました」


 ふんふんと鼻歌を歌いながら陽気にどこかへと歩き去っていくシンさんの後姿を見送ると、私たちは急いでテアさんの家に向かった。

 細い小道は迷路のように続いている。建物に挟まれて薄暗い道を迷わずに奥まで進んでいくと、古い木造一戸建てのテアさんの家がある。家を囲んでいる低い塀にはすっかり草が繁茂していて、修繕もせず所々に穴が開いたように壊れているのが目に付いた。

 これまた久しぶりにテアさんの顔を見ることができると、私は喜びながら扉をノックした。


「すいません、テアさんはいらっしゃいますか?」


「んんっ! どちら様かなっ?」


 扉が開く前に、家の中から威勢のいい叫び声が響いてきた。

 その声からすると間違いなくテアさんだ。


「すいません、夏休みのころにテアさんのお世話になった者です」


 私はここでもテアさんに私たちの名前を教えていなかったことを思い出した。

 よくそれであれだけ親しくしていたものだと、我ながら驚いた。


「おや、お二人さんは……」


 扉が開くと、よれよれのシャツを着たテアさんが顔を出した。

 私とイルは彼に好意を示す意味でも自然と笑顔になった。


「お久しぶりです」


「やーあ、君たち! やっぱり君たちかねっ!」


 突然ぱっと声を張り上げたテアさんなので、驚かされた私たちは少し身を小さくした。


「三か月ぶりだと思いますが、覚えていらっしゃいましたか」


「覚えているとも、そりゃ当然!」


「いやあ、それは嬉しいですね」


 テアさんが差し出した手を私たちは軽く握り返して、簡単な握手を済ませる。


「どうぞ、上がって、上がって!」


 家主であるテアさんに促されて私たちは家の中へ上がりこんだ。

 そして例の教室のような部屋に入ると、やはりイルと隣り合わせで座った。


「テアさん、実は僕たち聞きたいことがあるんです」


 生徒になったつもりなのかイルは律儀に右手を上げて、テアさんに質問の許可を求めた。

 先生になったつもりなのかテアさんも調子に乗って、イルに人差し指を突きたてる。


「勉強熱心、大いに結構! 何かな、少年!」


「はい、実は最近この町にやって来たという悪い人という人物についてお聞きしたいのですが」


「ほう」


 テアさんは珍しく腕を組んで、なにやら考え込んだ。

 やはり何か問題でもあるのだろうか。考え事をしている最中に声を掛けるのも邪魔で迷惑だろうから、私たちは黙ってテアさんの答えを待った。


「悪い人は最近よく騒がれているが、実際に会ったことはない……」


 先ほどまでとは打って変わって落ち着いた口調になったテアさんに、私たちも身が引き締まる思いがした。


「そうなんですか」


「だが、どうやら彼は故郷で盗み、暴力、挙句の果てには人殺しまでしたという」


「え、殺人ですか?」


「……らしいのだが、どうも私には実感が湧かない。犯罪なんて、今まで考えたこともなかった」


「ええ」


「それから彼は、文明を教えたがっているとか……。この町にもお金や法律、それから地位という考え方を浸透させたがっているようだね」


「……なぜです?」


「どうやら彼は町の支配者になりたいらしい」


「そんな……」


 私たちは悪い人は単なる逃亡者なのだろうと甘く考えていたのだが、その実態はずいぶん野心家のようだった。警察のいないこの町では、彼を取り締まろうとする人物などいないのだろう。

 だからこそ、何か悪いことをする前に彼を捕まえろなどという無茶な命令を私たちに与えたのだ。


「悪い人が今、どこにいるのか知りませんか?」


「知っていることには知っている。教えようと思えば教えられなくもない」


「どこです?」


「大きな川を越えた先。けれど、そんなこと聞いてどうする気?」


「気にしないでください。でも、教えてくださって本当にありがとうございました」


 私たちは深々と頭を下げると、テアさんの家を飛び出した。





 あいまいな道順を聞いただけで行き先をはっきりと思い浮かべることができるのは、それだけ私たちがこの町に慣れてきたのだという証拠。大きな川と言われて思い当たるのはただ一つ。それを越えた先で、ありえそうな場所は二つや三つ。

 そのうちで悪い人が陣取っていそうな場所と考えれば、おそらく普通の人があまり近寄らない所に違いなかった。


「きっとあの古い事務所だよ」


 古い事務所とは、文字通り今では使われなくなった事務所のことで、建物自体は木造ではあるが、今でも立派な姿を残したままで建っている。昔、どこかの組織が会合か何かのために使用する予定でいて、しかし何らかの都合で使われずに放置されてしまったという。

 今では所有者不在のまま放置された悲しい事務所だ。

 あまり人が近寄ることはないらしく、私たちもこの事務所のことは夏休みの間に一度聞かされただけであった。


「あ、やっぱり誰かいる」


 誰もいないはずの事務所の前には、見張りらしき男が二人立っていた。

 現時点ではまだ敵対するつもりのない私たちは彼らを無意味に刺激しないよう、ゆっくりと歩み寄っていく。

 とにかく警戒されないように、無害な村人の振りをして平静を装いながら。


「誰だ、お前ら」


 暇そうに突っ立っていた二人の男のうち、背の低いほうが私たちに向かって声を掛けた。

 これでも年長者である私はイルを自分の背に隠すようにしながら、なるべく穏やかに答える。


「初めまして、私は町の少年です。実は、会いたい人がいるのでここに来ました」


「会いたい人?」


「はい、悪い人……ではなくて、ええと……。あいにく名前は知らないんですけど、ここにいる人に会いたくて……」


「ふうん。ここにいる人、ね。……まあ、子供の言うことなら聞いてやらないこともないか。ならちょっとそこで待ってろ」


「はい」


 どうやら会わせてもらえるようだ。余計なことを言って意見を翻されると困るので、私とイルは言われた通りに黙って待つ。

 背の低い男は事務所の中へ入っていき、警備員の務めとして残った背の高い男は黙ったまま私たちのそばに立ち尽くす。


「悪い人の名前、ちゃんと聞いてくればよかったね」


「うん、本当だよ」


 捕まえるように命じられたのに、肝心のターゲットである悪い人の名前を知らない。

 名前や肩書を必要としない町の暮らしに馴染んでいたから、今さらながら大事なことを忘れていたことに気が付いた。


「おい、お前ら、喜べ。面会の許可が出たぞ」


 しばらくすると、背の低い男は戻ってきてそう言った。


「よかったです。ありがとうございます」


「ただし」


 右手で私たちの動きを制して、背の低い男は低い声を出した。


「中に入るのは一人ずつだ」


「え?」


 一人ずつという制限をなぜ設ける必要があるのか、私は悪い人の考えていることを想像してみようと努力した。まさか子供に過ぎない私たちを捕らえるつもりでもないだろうけれど、何があってもいいように警戒するべきだろう。

 うかつに答えてもいいものかわからず、私はイルに相談した。


「一人ずつだなんて、どうする?」


「いいんじゃない?」


 しかしイルはいつものように前向きだ。恐れを知らないというか、人を信じ過ぎているというか。

 こうなれば私も腹を決めるしかない。


「わかりました。会えるのでしたら、一人ずつでも構いません」


「なら、まずはその小さいほうからだ」


「僕ですか?」


 背の低い男はまずイルを指名した。より無力で、無害なほうを先に選んだのかもしれない。

 最初に呼び込まれることになったイルは一度私のほうを見るとにっこり笑って、何があっても大丈夫だと言いたげに胸を張った。

 本音では不安で順番を代わってほしいくらいだが、ここは彼を見送ることにする。


「お前はここで待ってろ」


 そして私は事務所の入り口の前で、背の高い無口な見張りの男と二人きりで待つ。

 想像していたよりもイルの帰りを待っている時間は長く、ずっと立ちっぱなしでいたためか足が痛くなってきた。早く戻って来ないかと思って扉をちらちらと見るのだが、いつまで待っても出てくる様子がない。

 ドンドンとドアを叩いて急かすわけにもいかないから、ここは辛抱強く黙って待つ。

 退屈さをまるで感じていないのか、私と同じように黙ったまま立っている背の高い男とは会話が一切なく、近い距離で同じ空間を共有しているだけに非常に気まずい。


「終わったよ、ポー」


 もう逃げてしまおうかとさえ思えてきたころ、あまりにも普通の様子でイルは笑顔を浮かべて事務所から出てきた。

 その姿から判断して、犯罪者であるという悪い人が、イルに対して何か具体的な悪いことをしたのではないと安心できた。


「次はお前の番だ」


「はい、わかりました。じゃあイル、行ってくるよ」


「うん、待ってる」


 覚悟を決めた私は背の低い男に先導されて事務所の中へと入った。

 民家に比べれば長い廊下を進んでいくと、突き当たりに大きな扉があった。

 背の低い男は緊張した面持ちで数回、コンコンと控えめにノックする。


「ボス、もう一人を連れてきました」


「おう、入れろ」


「失礼します」


 ぼそぼそと答えた背の低い男はゆっくりと扉を開いた。奥に向かって長い長方形の部屋の中には、いかにも悪そうな風貌の男が一人いて、こちらを向いたまま立派な椅子に座っていた。


「そこに座れ」


 何はともあれ「座れ」と言われたので、歯向かうことを避けた私は彼が指定した小さな椅子に黙って座る。これで、結果的に悪い人と向き合って座ることになる。

 その距離は少し離れてはいるけれど、これは団欒の席ではない。

 目の前にいるのは悪い人だ。相手が相手だけに不安が残る。


「では、ボス。俺は外で待ってます」


 背の低い男は部屋から出ると、外側から扉をゆっくりと閉めた。

 部外者を抜きにして一対一でじっくりと話をしたいのか、部屋の中には私と悪い人の二人しかいない。

 やけに静かだ。


「貴様もあの小僧と同じような用事で来たのか」


「はい」


 彼が言う小僧とは、おそらく先に入って会話をしたイルのことだろう。

 だから、きっと私から伝える用件は同じで、それに対する彼の答えも同じになるはずだ。

 もっとも、怖い大人を前にして中学生のイルがどれほど正確に意見したのかは知らないけれど。


「殺すぞ」


「……え?」


 耳を疑う間もなく、居住まいを正した私は背筋が凍りついた。

 物騒で悪趣味な冗談を言っている雰囲気でもなく、目の前にいる彼が本当に悪い人なのだと思い知らされた。


「貴様ら、二人ともだ……」


「ま、待ってください!」


 恐怖に全身をつかまれたまま、それでも私は大きな声で遮った。

 このまま話がこじれて命を狙われてしまうのは、私のために協力してくれているイルに申し訳ないからだ。

 とにかく、私は彼と話をしたかった。


「どうか、私からの話を聞いてください」


「ふん、まあいいだろう」


「ありがとうございます」


 犯罪行為に手を染める可能性が大いにある彼を怒らせてしまわないよう、対応は冷静かつ慎重にしなければならない。

 私だけではなく、友達であるイルの命もかかっているのだ。


「貴様らのやりたいことは知っている。俺を捕まえるつもりなんだろう」


「……はい」


 私は正直に答えた。

 誠意を見せるために嘘をつきたくなかったというよりも、すでにそれを知っている彼の前では、とってつけたような嘘など何の意味もないだろうと思われたからである。


「だがな、もちろん俺はつかまる気なんてない」


「当然でしょう」


「なら、お前の選択肢は二つある。あきらめるか、痛い目にあうか。そのどちらかだ」


「それより、教えてください。どうしてあなたはこの町に来たのですか?」


「はあ?」


 私はとりあえず話題を変えようと思って質問した。

 とにかく結論を先延ばしにするため、彼が何かを答えてくれることを期待して、必死に会話の糸口を探る。


「この町でなければ、だめなんですか?」


「……だめだ」


「なぜです」


「わからないのか? なにせ俺は他の町では受け入れられなかったからな。どの国にいたって、追いかけられて身柄を拘束されてしまう」


「受け入れられなかったも何も、それはあなたが犯罪なんかをするからでしょう」


「そうかもしれん。だがな、知ってるか? この町は俺を受け入れようとしているんだ。こんなことは初めてだ」


「歓迎しているんじゃありません。あなたのことを理解していないだけですよ」


 手にこぶしを握り、私は力強く言った。

 この町に危険な犯罪者はいるべきではないと、そう思ったからだ。


「それでも構わん。歓迎されたいわけでも、理解されたいわけでもないからな」


「しかし、私は構います。あなたを見過ごすわけにはいかないのです」


「どうしてもか?」


「はい」


「がっはっはっは!」


 突然、ガバッと口を開いた彼は大きな声で笑い出した。

 ちょっと幼稚で馬鹿みたいな態度だが、怖くもあったので身がすくんだ。


「なら、俺とお前で交渉をしようじゃないか」


「交渉ですか?」


「そうだ。殺し合うのではなく話し合おうと言っている。別にいいだろ?」


「もちろんです。平和的に決着を付けられるのが一番ですからね」


「なら決まりだな」


 彼は不敵に笑った。何か裏があるだろうと私は警戒を強める。


「どう決まったんですか」


「明日、お前が一人で来い」


「明日の、いつです」


「待て、それは今から決める。……そうだな、明日の午後二時だ。その時間、貴様一人で町外れの広場に来い」


「町外れの広場ですか。そんなところに、なぜです?」


「なぜって、俺がそれを選んだからだ。不満があるか?」


「いえ、大丈夫です。わかりました」


「だったら、これで決まりだ。今日はさっさと帰れ」


 こうして交渉は今日から明日へと引き継がれた。

 成功か失敗か判断は難しいが、一定の成果は得られた。とりあえず今日できることは終わったのだと思って、おとなしく部屋を出ていくことにしよう。

 だが、扉に手をかけた私に彼が忠告した。


「もちろん、もう一人の小僧には秘密で来いよ」


 二人きりで行われる話し合いならば、もちろんイルを呼ぶわけにはいかない。

 私はただ黙って、背中越しにうなずいた。

 事務所から出ると、先に戻っていた背の低い男を合わせて三人が静かに待っていた。私はイルだけに声を掛けると、今日はもう宿に帰ることにした。

 頭の中では、明日やるべき重要な用事を思い浮かべながら。

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