第5話 初心者クエスト
ギルドの扉をくぐると、昼下がりのざわめきが一瞬こちらに向いた。
新人の登録など珍しくもないはずだが、アニスは緊張で肩をすくめる。
それを見て、俺は小声で「大丈夫、きっとすぐ終わるから」と笑った。
それから数十分、受付嬢は慣れた手つきで書類を並べた。
「では、お二人の冒険者登録を完了しました。最初の依頼は……そうですね、『魔獣の痕跡調査』くらいがおすすめですよ。平和な森なので危険もありませんし」
アニスは胸をなでおろしたが、その背後で、何やら人影がこちらに近づいてくる。
「おっと、間に合ったか」
落ち着いた声。振り向けば、学院の指導担当──昨日の先生が立っていた。どうやら名前はガレウスというらしい。
「ギルドに頼まれて初心者に同行することは良くある。……まあ心配はしていないが、同行させてもらうぞ」
アニスは嬉しそうに「よろしくお願いします!」と頭を下げ、主人公も軽く会釈する。
こうして三人は森へ向かった。
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森の入り口。
風は穏やかだが、どこか落ち着かない。
「……静かすぎるな」
先生が呟くように言った。
普段なら鳥の鳴き声や小動物の足音があるはずだが、今日は妙に気配が薄い。
地面には何かが通った跡がある。
しかし、初心者向けの森にいる魔獣にしては、足跡は深く広い。
「こんな大きいの、いるんですか……?」
アニスが不安げに言う。
「本来はいない。フォレストウルフの足跡に似ているが……嫌な予感がするぞ」
空気だけがじわりと重くなる。
そして──
森の奥から、低い咆哮が響いた。
木々の間から現れた魔獣は、森に生息するはずのとは似ても似つかない容姿をしていた。
筋肉の盛り上がりが異様で、背中の表皮は岩のように分厚い。
先生が瞬時に反応する。
「変異個体だ……! いいか、あいつはカーパスファングといって、背中側は魔法がほぼ通らん! 腹が弱点だ!」
主人公とアニスが頷いた瞬間、その巨体が唸り声と共に暴れ、周囲の木々が揺れ始めた。
「っ、来るぞ──!」
地鳴りと共に、大木の根が浮き上がり、こちら側へ傾いた。
倒れる先には、先生。
避けるには一瞬、間に合わない。
「あ──」
アニスの身体が先に動いた。
意識より先に、アニスの魔力操作が走る。
「ッ………!」
大量の水が空中に現れ、巨大な水袋のように木と先生の間に割り込んだ。
倒木の勢いは水に吸われ、軌道がずれる。
しかし、全ては受け止めきれず、枝の一部が先生の足を打ちつけた。
「くっ……大丈夫だ、折れてはいない。ただ走れそうにない」
痛みをこらえ、先生は魔獣を真正面から睨む。しかし攻撃に転じるには動きが鈍い。
その間にもカーパスファングは吠え、再び迫ってくる。
は大地をえぐりながら距離を詰める。
巨体が近づくほど、その威圧感は息を奪うほどだった。
(このままでは…)
俺は一歩前に踏み出して言った。
「……アニス。水球を、できるだけ大きく作って、あいつの足を取れないか」
「え……!? そんなこと……!」
アニスの声は震えていた。それでも彼女の両手は、微かに魔力の光を帯び始めている。
先生が驚いたように俺を見る。
「転ばせてしまえばチャンスはある、はずですよね」
先生は短く息をのみ、そして苦痛に耐えながらも表情を引き締めた。
「……なるほど。いい判断かもしれない。アニス、やってみろ! 俺も援護する!」
アニスは少し戸惑いながらも強く頷いた。
彼女が両手を広げると、空気中の魔力が吸い寄せられ、
水色の光が渦を巻くように形をつくる。
「いける……やれる……っ!」
バシュッ!
カーパスファングの足元に大きな水球が生まれる。
水晶玉の様な水球が陽光を反射し、光の帯のように輝いた。
その上へ、カーパスファングが踏み込む。
ズガッ──!!
圧倒的な質量がのしかかり、水球が 地面へ押し潰されるように沈んでいく。
硬く保たれていた表面が、ぎしぎしと軋むように歪んだ。
アニスの腕がぶるぶる震える。
「だ、だめ……! 形が……!」
水球の輪郭がぐにゃりと揺らぎ始める。
一瞬でも破れれば、そのまま敵に突っ込まれる。
。
「……アニス、もう少しだ!」
「もう少し……もう少しだけ──!」
次の瞬間、魔獣の巨脚が完全に滑った。
グラッ……!!
重心を崩したカーパスファングは、苦悶の咆哮を上げながら大きく転倒し、
土煙を巻き上げて腹をさらした。
先生の目が一瞬で鋭くなる。
「よくやった……! 決めるぞ!!」
片足を引きずりながらも、先生は杖を構え、
短詠唱の高速術式を畳みかけるように紡ぐ。
魔法陣が閃光を放つ。
「《穿光・一点衝》!!」
白い槍のような魔力束が一直線に走り、
変異個体の腹部──まさに急所に突き刺さった。
ドッ……!!
凄まじい震動とともに、魔獣は痙攣し、そのまま沈黙した。
一瞬、森が静まり返る。
先生は大きく息を吐き、額の汗をぬぐった。
「……ふう。助かった。
本当に……二人とも、よくやったな」
アニスは膝から崩れ落ちるようにして座り込み、
それでも誇らしげに笑った。
俺も深く息を吸った。




