第4話 蓄積された力
「……え? なにこれ……?」
アニスは驚いて胸元を押さえた。
空気がわずかにきらめき、
アニスの髪がふわっと浮き上がる。
「……何か出てる。これって、もしかして魔力ですか……?」
俺は状況を飲み込みきれず、思わず首を傾げる。
「だ、だいじょうぶか? 痛くないか?」
「うん……痛くはない、けど……止め方が分からなくて……」
アニスは必死に落ち着こうとしているが、
魔力は彼女の周囲でかすかに揺らぎ続けていた。
ただ、それ以上暴走する様子はない。
制御できないだけで、特に身体に異常はないようだ。
(とはいえ……俺は魔法なんて知らないし、止め方なんてもっと知らん……どうしたもんか。)
俺が少し焦っていると、胸の奥が急にきしむように痛んだ。
「――っ……!」
よろけて倒れかかった俺の腕を、アニスが咄嗟に掴む。
「どうしたんですか? 顔色が……!」
返事をしようと口を開いたが、声が漏れるより早く視界が揺らぎ、世界が遠ざかっていった。
胸の奥――心臓でも肺でもない、“もっと奥のどこか”が圧し潰されるように痛む。
(……これは、一体――)
崩れ落ちる俺を、アニスが叫び声と共に抱きとめた。
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「……熱もない。傷も、毒の反応も見られん。魔力暴走の兆候も……ないな」
白衣姿の治癒師が首を振る。
「原因は分からんが衰弱だ。呼べばわずかに反応はあるが、この分だと数日は目を覚まさないかもしれん」
ベッドの横に座るアニスは、唇を強く噛んでいた。
先程のアニスの叫び声を聞いた人の中に、幸いにも治療院の関係者がいたのだ、オルドはすぐに治療院へと運び込まれた。
「付き添うのは構わんが、無理はするな。倒れたら二人とも看る羽目になる」
治癒師が苦笑しながら言った。
アニスは俺の手をそっと握り、落ち着かない呼吸を何度も繰り返していた。
「…きっと大丈夫…ですよね…」
治癒師がアニスに向き直る。
「……ところで君、魔力が制御できないのかね。」
アニスは咄嗟に答える。
「やっぱりこれ、魔力なんですか? さっきからこうなって……」
「急に魔力に目覚める子もたまにいる。焦らずともよい。
魔力制御の基礎くらいなら、ここでも教えられる」
治癒師は穏やかな笑みを見せた。
「ありがとうございます!ぜひお願いします!」
「まず呼吸からだ。魔力は体内の巡りを整えるところから始まる」
「は、はい!」
――そこからが、異様だった。
アニスは説明される端から理解し、
実演を見せればすぐに真似し、
ものの数分で「魔力循環」と「魔力発現」の基礎を習得してしまったのだ。
治癒師が目を丸くした。
「……普通は数カ月で学ぶ内容なんだが…こんな速度、聞いたことがないぞ」
アニスは恐縮して視線を落とす。
「え、えっと……偶然……?」
「偶然でできる動きではない。才能だよ、君」
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その翌日、治療院に魔法学院の教師が呼ばれた。
「ふむ……やってみなさい」
年配の教師は腕を組みアニスの動きを観察した。
呼吸、循環、圧縮――
そのどれもが、初心者の域を超えて滑らかで、正確だった。
「……天才だな。基礎は数日あれば十分だろう。
実戦魔法に手を伸ばすのも、そう遠くはあるまい」
アニスはぽかんとするだけだった。
更に翌日も先生は治療院を訪れ、アニスを裏庭へ連れ出した。
静かな空気の中、アニスは両手を前にかざし、ゆっくりと息を整える。
ぽうっと、水が集まり、宙に丸い球が形を取る。
先生は腕を組んだまま、その様子をじっと見ていた。
球はほとんど揺れず、風に押されても全く形が崩れない。
まるで水晶玉かと錯覚してしまう程の完成度だった。
「……これは驚いた。昨日のは偶然じゃなかったか」
先生はそう呟き、少しだけ目を細めた。
アニス自身は何が特別なのか気づいていないようで、ただ不思議そうに水球を見つめていた。
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数日後、重い眠りの底から、俺はゆっくり意識を浮かせた。
目を開けると、アニスが泣きそうな顔で覗き込んでいた。
「やっと起きたっ……よかった……!」
俺はまだ体が重いまま、ゆっくりと体を起こす。
「……うん、特に身体に異常はない気がする。」
「良かったです…元気になって…。」
涙がうっすらと滲んだ目をこすりながら、アニスが話し出す。
「オルドさんが倒れてる間に色々あって……私、魔力が使えるようになったんです!」
そういえば、アニスの周りに魔力が漏れ出していない。
「……すごいな、どうやって……?」
「治療院で教えてもらって、それで……なんか、すぐできちゃって……」
ちょうどそこへ学院教師が入ってくる。
「ようやく目を覚ましたか。君の相棒は将来有望だぞ。
時期が来れば、是非うちの大学に入学を勧めてみてくれ。」
アニスは俺に向き直った。
(やはり、あの蓄積層の…)
「オルドさん、この数日考えていたんですけど……私、魔法の練習もしたいし、お金も必要だし……冒険者ギルドで簡単な依頼、受けてみたいんです。」
「いいな。それなら丁度いい。……俺も何か動き始めないといけないと思っていたしな」
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アニスは嬉しそうに荷物をまとめ、オルドは治療院で軽く体の確認をする。
「気をつけて行くんだよ。いいね、少しでも危ないと思ったらすぐ逃げるんだ。」
治療院のみんなは、二人を応援しながら送り出してくれた。
アニスが俺の横に並び、少し緊張した声で言う。
「……よし、まずはギルドですね!」
こうして、俺達の旅の一歩目が始まろうとしていた。




