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第3話 少女の覚醒

アニスは俺の名を尋ねたまま、しかし無理に急かすこともなく、ただ小さく息をのみ込んで待っていた。

俺はすぐには答えず、周囲を一度見回す。まだ男たちが戻ってくる気配はない。


「……ここじゃ話しにくいだろ。移動しよう」


アニスは名乗ってくれなかった理由を理解したのか、黙ってついてきた。

細い路地を抜け、大通りの手前まで来たところでようやく足を止める。

アニスは胸元のペンダントを握りしめ、不安そうに俯いた。


沈黙のあと、小さく口を開く。


「怖かった…急に追いかけられて…」


その声は震えていたが、泣きそうになるのを必死で堪えていた。

俺は彼女が路地で追い詰められたときの怯えた表情を思い出し、問い返す。


「……無事でよかった。ところで、さっきの男、何者なんだ?」


アニスは一瞬迷ったが、やがて小さくうなずく。


「…この辺りでは最近、人身売買の被害が絶えなくて…多分私を売ろうとしたんだと思います…」


アニスは肩を小さく震わせながら、視線を地面に落としたまま話し始めた。


「実は私、身寄りがいなくて……学校にも行ってなくて…住み込みで働かせてもらうことで、これまでなんとか生きてきました、けど……」


小さな胸にため込まれた不安と孤独が、言葉の端々から滲み出ていた。


「きっと私がいなくなっても、誰も気にしないと思うんです。」


声はかすかで、小さな胸にため込まれた不安と孤独が、言葉の端々から滲み出ていた。

俺は黙ってうなずきながら、彼女の話を受け止める。

誰も知らない苦労と日々の生活。


そのとき、アニスの瞳がわずかにこちらを見上げる。


「……私、自分で自分を守れるようになりたいです。」


その声は小さいけれど、強く、揺るがない決意を帯びていた。


アニスの言葉を聞いた瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。

ただの願望じゃない。誰にも頼れず、何も持たず、それでも生きようとしてきたアニスが搾り出した、切実な叫びだった。


俺はゆっくり息を吸う。


(……自分を守りたい、か。

 でも俺は剣も魔法も使えない、あるのは事務処理能力だけ。

 ――いや、違う?)


脳裏に浮かんだのは、ついさっき悪党を威圧する材料にした“魂の履歴書”。

前世の記憶や特性…そして、“蓄積層”と呼ばれる、前世の経験値。

さっきアニスを救ったとき、彼女の履歴書はまだ見ていなかった。


(もしかしたら、この子にも何か……)


俺はアニスに悟られないよう、静かに片手を上げる。

紙も端末も必要ない。“視る”だけでいい。


薄い光の膜が視界の端に揺れ、アニスの“魂の履歴書”の蓄積層が静かに開く。

そこには、前世の記録がいくつも並ぶ──が、俺の目が止まったのは一つだけだった。


《魔法適性:SSS》


思わず息をのむ。


(……SSS?

 何かすごそうじゃないか?これはもしかすると……?)


アニスは俺の沈黙に気づき、不安そうに首を傾げた。


「……あの、変なこと言いましたか? やっぱり、私なんかじゃ無理ですよね……」


「いや、違う。」


俺は慌てて首を振った。

驚きが顔に出ていたのだろう。だが、言葉を繕うことはできない。


「アニス。もしかしたら……だけど、君には才能がある。

 まだ気づいていないだけで、ちゃんと持ってるのかもしれない。」


アニスは目を丸くし、聞き返す。


「……私に? そんな才能、あるんですか……?」


半信半疑。だけど、信じたい気持ちも滲んでいる。


俺はゆっくりと立ち上がり、周囲を確認した。

人目は少ない。試すなら今しかない。


(魂の転生処理の要領で、前世の蓄積層を引き継ぐ……生身の人間に使えるかはわからない。でも、やるしかない。やってみる価値はある。)


俺はアニスの正面に向き合い、手を差し伸べる。


「アニス。ちょっとだけ、俺を信じてくれ。

 うまくいけば……本当に、自分を守れるようになる。」


少女は迷い、そして、小さな手をそっと俺の手に重ねた。


「……信じます。」


俺は蓄積層の記録に手をかざす。

その瞬間、アニスの体が静かに震え、微かな光が滲み出した。

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