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執事の休日は来ない

作者: 月島 永
掲載日:2025/11/10

本日は実に5年ぶりの休日。

今までお嬢様のわがままを聞いてきた。

お嬢様のお世話にブランド物のバッグを買い占めたり。そして、敷地の中に空港を作ったりと、色々なことがあった。

休日と言っても眞栄田家からは出ることができない。

そう、最初の契約で決まっている。代わりに自分の部屋で一息をついている。イギリスから直輸入した高級な紅茶。ドイツ産のティーカップ。

このセットで休日を過ごそうと思ったのだが……。

扉のノック音が3回鳴る。

「執事、急用よ、早く来なさい」

今日ぐらい休ましてください、お嬢様。

など、言えるはずもなく、要求に応じる。

「かしこまりました、少しお待ち下さい」

開けかけの袋を輪ゴムで縛り、私が席を立つのと同時にお湯が沸騰する。

紅茶を淹れるには熱々のお湯が良いが、今はそんな事は言ってられない。

「もう少しお待ち下さい、お嬢様」

ポットのコンセントを根元から抜く。火事になるのを防ぐため……。

「早くしなさい、執事、本当に遅いんだから」

ドアの向こうから罵声が聞こえてくる。いつもの事だが今日は大切な、大切な休暇の日だった。

「申し訳ございません、お嬢様」

ゆっくりとドアの方へと向かう。少しでも時間稼ぎをしておきたい。

そんな野望も叶わずにドアを開ける。お嬢様はドレスではなく普通の服を着てらっしゃる。ただ、この服は一着5万である。いま着ている私の制服より高い。

「やっと来たのね、遅いわよ」

「ご、ご要件は何でしょうか?」

梨香子お嬢様は首を傾げ、私を見る。その目は何かを訴えかけているのがよくわかる目だった。

「コレクションが割れたわ」

はて、何のコレクションだろうか、私のだろうか、それとも、奥様のだろうか……この感じだと。

「お父様の大切なやつよ、わかるでしょ」

旦那様が大切になされているものと言うと、腕時計に、オークションで落とした絵画に、宝石。割れ物で言うと……アンティークのガラス皿。

「も、もしや……」

「ええ、ガラスよ、ガラスのやつ、お父様のお気に入りの」

ため息の一つ。いや二つも出ない。

よりにも寄ってあのお皿とはなんと運が悪いのだろう。

あれは旦那様が奥様とご結婚なさった時に買った記念の大切なお皿。

お嬢様の言いたいことはだいたい予想がつく……。

「直しなさい、元の状態に」

直せるわけがない。まして、そんな昔のものなど。

「かしこまりました、少しお時間を貰いますがよろしいですか?」

「1時間でやってちょうだい」

「か、かしこまりました、出来るだけ時間内に終わるよう、努めます」

「ええ、よろしくね、じゃあ、私は紅茶でも飲んでるわ」

足の関節が外れそうになる。何故だろう、今日は休日のはずなのに仕事をしている。そして、私ではなくお嬢様が代わりに紅茶を飲もうとしている。

「お嬢様、私も飲んでよろしいでしょうか」

「何言ってるの?だめに決まってるでしょ?執事はおとなしくお皿を直して」

私の隙間を横切り、部屋の中に入る。そして唯一の楽しみを奪われた。

「では……行ってまいります」

お嬢様の姿を見ずに旦那様のコレクション部屋へと向かう。

その時ほのかに紅茶の匂いが漂った。


***

コレクション部屋に着くと、お嬢様の言う通り、あのお皿がバキバキに割れている。破片があちこちに飛び散り、どうやっても直せそうにない。

接着剤で……と思ったが無理だろう。

なら、溶かすか。

私は手袋をつけ、破片を集める。よくもまぁこんなに粉々にできると思う。

しかもよく見ると、このお皿17世紀のフランスのやつではないか。むしろ、下手に手を加えるより、そのままの方が価値が高くなるのではないか。

だが、お嬢様の命令を無視するわけにも……。

ネットで新しいのを買うか。いや。やめておこう。旦那様なら目が肥えてらっしゃるから、すぐにバレる。

正直にお嬢様と一緒に謝ろう。

「たっだいまー」

どすの効いた声がコレクション部屋まで響いた。

この声ではちゃけているのは一人しかいない。

『旦那様』

足音がだんだんと近づく。私は髪を整え、襟を正す。そして、ドアが開く前から頭を下げておく。終わりだ。

ドアノブがガチャリと回る。

「お、いたのか」

足元にはガラスの破片が散らばっている。絶対に分かっているはず。

「はい、その……お皿が……。」

下げた頭は上げることができない。だが、ガラスの破片をつかむ旦那様の手が見えた。

「良くやった、執事」

わずかにだが破片を手に持ち、じっと見つめているのが見える。

「だ、旦那様危ないです、片付けは私がやりますゆえ」 

「良いんだよ、それにこの皿はもう要らないからな」

「……」

この家族は、いまいちよく分からない。世間から一つズレているのかもしれない。

「新しいの今買ってきたから」

そう言われた瞬間、頭を上げてしまう。買ったとはどういうことだろう。

「お買いになられたのですか?」

「そう言っておる」

よく見ると、確かに左手に紙袋を持っている。

「何年のものでございますか?」

「10世紀」

割れたものより700年も前のやつがあるとは。

「それは、すごいでございますね」

「だろ?執事、紅茶でも入れてくれ」

「か、かしこまりました」

私の休日はあと数年は来ないだろう。それでもお嬢様や、旦那様などのお役に立てているならばそれでいい。

奥の部屋からほのかに紅茶の匂いがした。













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