第2話 「はい、あーん♡」
鏡の前で、メイド服のリボンをほどく。
するり、とエプロンドレスが床に落ちる。
白い肌。下着姿。豊満な胸。重力に従ってゆっくりと揺れる。
「ふう……」
鏡に映る自分を見つめる。黒髪ロングが、しっとりと肩にかかる。
(この身体も、そろそろ慣れてきたな……)
手を伸ばして、作業着を手に取る。
シンプルな白いブラウス。袖を通す。柔らかい布地が、二の腕を優しく包む。
ボタンを留める。一つ、二つ、三つ。
胸元がきつい。
「うぐ……。サイズ、合ってないかも」
第三ボタンまで留めたところで、もう限界。谷間がぱっつぱつじゃん!
(ま、まあ……、いいか。ご主人様しか見ないし。アイツは今日で死ぬし)
作業着のズボンと麦わら帽子をかぶり、
「よし」
頭を振って、部屋を出た。
♢ ♢ ♢
今日はご主人様と畑仕事。トマトの収穫に行く。
——歩くこと10分。
目の前に広がったのは、緑豊かな農園だった。トマト、キュウリ、ナス。色とりどりの野菜が実っている。
「ここが僕の農園だよ」
ご主人様は誇らしげに胸を張る。
——ぺっ!
(なーにが、〝僕の農園〟だ。どうせわたしの財宝で買った土地に、わたしのモンスターに労働させて作った畑だろう。なら、わたしの畑じゃないか! ペッペッ!)
「どうしたの? 喉に痰が絡んでるの? やっぱり風邪じゃない?」
「だだだ、大丈夫ですわ、うふふ♡」
「この畑はね、父から譲り受けたものなんだ。父が病気になったのは五年前……」
ご主人様はトマトを撫でて遠くを見る。
「原因不明の病気でね。薬も治療法もなくて……。でも、諦めたくなかった。
だから借金をした。あちこちから金を借りて、名医を呼んで、高価な薬を買って。でも……、間に合わなかった。
父が最期まで大事にしていたのが、この畑だったんだ」
ご主人様は、畑を見渡す。目が潤んでいる。わたしは——何も言えなかった。
「病気で身体が動かなくなっても、父はベッドを窓際に置いて、毎日この畑を眺めてた。『今日はトマトが赤くなってるな』『キュウリが曲がって育ってる』って、嬉しそうに話すんだ。
だから、父の想いの詰まった畑を、僕は手放したくなかった」
なるほど。
つまり、この畑は借金の抵当に当てられていたんだな。コイツは畑を手放したくなかったから、起死回生の手札として、高額賞金のついたダンジョンに挑んだのか。
ふーん。
(コイツ、思ったより、イイ奴じゃないのか……?)
——ブンブン。
慌てて首を振る。
(情に流されてどうする! コイツはわたしの財宝を奪った張本人! 敵だぞ!)
「ダンジョンちゃん、どうしたの? 蚊がいる?」
「ののの、ノープロブレムですわ。あはは♡」
このあと、テキトーにトマトの収穫を手伝って、家に戻った。
♢ ♢ ♢
暗殺ターイム♡
ニヤリ。
おまちかねの暗殺タイムですわよ。
今日の作戦は——青トマト。
青い、未熟なトマトには毒がある。嘔吐、下痢、めまい。
カットしてサラダ。カレーにもたっぷり入れた。スープにも入っている。どれを食べても倒れ込む。即座に首を絞めて殺す。完璧。
「ご主人様♡ 今日は特別に——わたしが食べさせて差し上げます♡」
わざとらしく、ご主人様の隣に座って、
——いや、隣じゃ足りない!
もっと近く!
わたしは、ご主人様の膝の上に——ちょこん、と座った。尻をぐりぐりと押し付ける。
「ええ!? ダ、ダンジョンちゃん!? どうしたの?」
「だーめ♡ 今日は農作業でお疲れでしょうから、わたしにたっぷり甘えてください♡」
ご主人様の声が裏返る。顔が真っ赤。
わたしの身体が、ご主人様の身体に密着する。お尻作戦。ご主人様の心臓がバクバク鳴ってる。
(ふふふ。効いてる効いてる。さすがノーパンの威力は絶大)
「ご主人様ったら、ドキドキしてますね?」
うるうるの瞳で見つめる。至近距離。
「い、いや、これは……」
「可愛い♡」
ぎゅっ、と抱きつく。ご主人様の下半身に、もっともっとお尻を押し当てる。むにゅっ。むにゅっ。
「んっ……♡」
「だ、ダンジョンちゃん……!」
(よしよし。このまま油断させて——)
「はい、ご主人様。あーん♡」
スプーンを、ご主人様の口元に運ぶ。メイド服の谷間から、肌がチラチラ見える角度。
「あ……、あーん……」
ご主人様は——口を開けた。
わたしは、優しく、スプーンを口に入れてあげる。
——もぐもぐ。ゴクッ。
「うっ……」
次の瞬間ご主人様が喉を掴み、机に突っ伏した。
(やった! やった! 成功! ついにコイツを暗殺でき……)
「——うまい!」
「は、はぁぁああ??」
ご主人様はテーブルから顔を上げると、キラキラした目。
「とっても美味しいよ! ありがとう! ほらほら、ダンジョンちゃんも食べてみてよ」
は? おいしい? 味覚バグってんのか? 毒耐性ってヤツか? 毒フェチか? 薬☆の独り言か?
(おっかしいな……。確かに青いトマトを入れたはず。熱で毒が分解されたのか……ちくしょー)
ぱくっ。
自分の皿のカレーを一口食べる。
「——!!!」
渋い! 不味い! 毒だ! ヤベッ! 飲み込んだ。どしよ。何で。そか、皿を出し間違えたのか。わたしのが毒。バカか。凡ミス。視界グルグル。腹に激痛。
ゲロゲロゲロゲローー
「ダ、ダンジョンちゃん!?」
わたしは虹色の吐しゃ物を床にぶちまけ、倒れ込んだ。
(くっそ、また失敗かよ。明日こそは絶対に仕留めてやるからな……(バタ))




