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終章 わたしはダンジョン

「新しいダンジョンが出現したんですか?」


 朝。

 慌ただしい。

 ご主人様は剣を携えて外へ出向く。

 紅茶もまだだ。


 聞けば、村からほど近い場所に、SSランクのダンジョンが現われ、このあたりは危険地帯に指定されたらしい。

 あまりの禍々しいオーラに、どの冒険者も近づけずにいるのだとか。


「ダンジョンちゃんは家で待っていなさい」


 えー。留守番だなんて退屈だ。SSダンジョンも見てみたい。


 それに——


 またご主人様は仲間のダンジョンに手を出して、財宝を奪い取るんだろう。


 忘れかけていた怒りが、メラメラと湧き上がるのを感じる。


 そうとも。


 コイツ(ご主人様)はわたし(東のダンジョン)を攻略して、何もかも奪った張本人! 財宝、手下のモンスター、レアアイテム、秘薬、防具。全てごっそり奪われた。


 人間に転生して、何を悔しくて冒険者のクソ野郎のメイドに成り下がっているというのか!


 わたしはご主人様——いや、この男ボーケンを抹殺するために、ここにいるんじゃなかったのか!


 今日こそ、


 今日こそカタをつける! その命、頂戴する!


 わたしは、テーブルの果物ナイフをひっ掴んでボーケンを追った。




「何をしておるっ!」

 ドンッ!


 体がぶつかった。誰だろう。わたしのちょとつ猛進を体で受け止めたのは西のダンジョンちゃんだった。彼女は真剣な表情でわたしを見ている。


「どいてよ! わたしはアイツを殺すの! 八つ裂きにするの!」

「気でも狂ったのか! アヤツはお主のご主人様ではないか!」


「ボーケンはわたしの宝を奪った! レアアイテムも奪った! 全部ごっそりなくなった!」

「だから復讐するというのか! 愚かな! お主の宝は本当にお主のものなのか! 違うじゃろ!


 ワシから言わせれば、お主の宝はワシのもの。他人からみればご主人のもの。そんなに誰のものかが大切なのか!」


 ※西のダンジョンちゃんは常々、宝は自分のものだと主張しています。(五話)


「でもでも! 奪われたのは事実! 奪っただけじゃない! アイツの本性はエロ悪魔! わたしの身体をもてあそんで、毎日おなぐさみにした! アイツは謝ってくれたこともないし! わたしはアイツに復讐するべきよ!」


 わたしは彼女を振り切って走る。


 それでも西のダンジョンちゃんはわたしを追いかけて、息を荒げて続ける。


「怒りで理性を喰われるな! ヤツがお主を攻略したのは、病気の父親を救うため! 強奪が目的ではなかったじゃろうが! アイツがエロに対して自分から行動したことがいつあったのじゃ! いつだってお主から誘っていたではないか!」


「謝罪は一度も聞いてないわ!」


「よく思い出せ! オマエのご主人は、この物語の中で何度謝罪をしたのじゃ! 『僕の行いは、ダンジョンちゃんを傷つけていた。本当にごめんね、』と述べておる!(四話) 忘れたのか!」


 ——あ。


「でもでも——」


 わたしは涙が出てきた。何だろうこの感情は。怒りと悲しみと悔しさと不甲斐なさが入り混じった、どろどろの感情。


 わたしは喉を絞り出すようにわめく。


「でもでも——わたしたちはダンジョンじゃないの! あなただってそうよ! ダンジョンなんだから、人間に復讐するのは当たり前じゃないの!!!!!」





 ——パンっ!!





 西のダンジョンちゃんが、わたしの頬を叩いた。


 痛い。


 数秒置いて、彼女は一言一言を噛みしめるように言った。





「よう見てみい!





 お主は人間じゃろうが!!





 ダンジョンがメイド服を着れるのか。ダンジョンが人語を喋るのか。ダンジョンがお色気を使うのか。


 違うじゃろ。


 お主は紛れもない人間。人間になったのじゃ。新しい人生を謳歌しておるのじゃ。


 過去は過去。忘れることはできん。確かに辛いこともあろう。


 じゃがな、怒りという感情そのものも、お主が人間になって初めて会得したものよ。ダンジョン時代には、冒険者の侵略をなんとも思わなかった。人間になり状況が変わって、初めて感情を持ち始めたのじゃ。


 それを上手く制御できないのは仕方ないこと。すべてはお主の未熟さではないのか」



 わたしは自分の手を見た。


 5本指。ぷにぷにした皮膚の感覚。爪。腕。胸。



(——そうか、わたしは人間なのか……)



 わたしはふっと力が抜けて、その場にへたり込んだ。


「オマエのご主人様が、なぜ家で待てと言ったかわからんのか。狩りや釣りに必ず連れて行っていたメイドを、なぜ今回連れて行かなかったのか」

「掃除でもしてろってコトでは?」

「SSダンジョンはその膨大な魔力ゆえ、きっとアヤツでも倒せん。死に際に、お主を巻き込みたくなかったのじゃ」



 ——!



「もうわかったじゃろ。オマエのご主人様は世界で一番お主を大切にしておる!」



 ♢ ♢ ♢



 わたしは——駆け出した。


 ぽっかりと穴の空いたSSダンジョンに潜り込む。


 洞窟の中を走る。


 ——いた。


 広い背中。高い背丈。萎れかけた黒髪。わたしのご主人様だ!


「ダンジョンちゃん!? どうしてここにいるの!? 家にいるよう言ったよね?」


「ご主人様! SSダンジョンの攻略にはコツがあります。このタイプはあっちの中ボスから先に倒し、レアドロップを拾ってから、ボスに挑んでください! そうすれば楽勝ですよ!」


「あ、ありがとう! アシスト助かるよ! さすがダンジョンちゃんだね!」


 ご主人様は洞窟内に入っていった。



 ♢ ♢ ♢



 気づいたらメイドになってた。


 いや、マジで。朝起きたら鏡に映ってるのが、黒髪ロングの美人で、胸が重い。豊満。グラマラス。ボインボイン。語彙力が死ぬレベルで巨乳なわけ。


「これがおっ☆いか……」


 鏡の前で遠慮なく揉む。フリルで飾りつくされたメイド服。肌が擦れて、奇妙な感じ。つい最近まで人間ですらなかったのに。


 だけど今は人間だ。


 性欲もあれば、怒りも悲しみも喜びもある。


 あーあ。


 人間って、


 つくづく面倒だなー。




「ダンジョンちゃん、紅茶まだ?」

「はいはい、今淹れますよ! ご主人様!」


 こうして、わたしは今日もご主人様のために紅茶を注ぐのだった。





 おしまい

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