けっして白いフェレットにミルクを与えてはいけない部屋
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、じつはお願いしたのは私のほうだ。彼女の豪華なマンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。ゲーム機は好きに使っていいわよ」
箪笥の隙間から白いフェレットくんが出てきたのを見て、私は声をあげた。
「わあっ! かわいい!」
私に興味を示したのか、立ち上がって、ちいさな顔でじっと私の顔を見つめてくる。
「撫でていい? 抱っこしていい? 噛まない?」
美沙はニコニコしながらうなずいた。
「人間大好きだから、思う存分かわいがってあげて」
私が抱っこすると、愛くるしい瞳でじっと見つめ合ってくれる。
頭を撫でると目を細め、ペロッとピンク色のベロを出す。
「かわいい! 名前は?」
「ナッくんよ」
「何食べるの? 何かおやつあげたい!」
「主食はカリカリよ。そこの棚の上にあるから少量ずつあげてね。おやつはジャーキーがあるわ」
ジャーキーをあげてみた。
食べてはくれるものの、意外にあまり嬉しくはなさそうだった。
「おやつ、好きじゃないのかな?」
私がそう聞くと、美沙は困ったような顔をして、言った。
「一番好きなものはミルクよ。子猫用のやつ」
「あっ。じゃ、それ、あげてみたい」
「だめよ」
美沙が鬼のような表情になった。
「な……、なぜ……?」
「おそろしいことが起きるわ」
「え……。でも……」
「いい? 絶対に、ミルクを与えてはだめよ」
「わ……、わかった」
「それじゃお留守番、お願いね」
美沙はまるで海外旅行にでも行くみたいな大荷物を身の回りに出現させると、部屋をすうっと出ていった。
フェレットくんと一緒に遊んだ。私が手を差し出すと、クンクンと匂いを嗅ぎにきて、ぴょんとジャンプして襲いかかってくる。そのちっちゃい頭をがしっ! と掴んであげると、『くくくっ!』と嬉しそうな声をだしてじゃれついてくる。
しかしその目はどう見ても眠そうだ。
遊びながら何度もまぶたが閉じかけている。
「ナッくん、眠そうだよ? なんだかかわいそう……」
私はもっと一緒に遊びたいけど、どう見てもナッくんは無理をしている。
のぼせてしまって、眠いのを我慢して遊んでいる感じだ。フェレットは一日20時間眠るどうぶつだと聞いたことがあったのに……。
ケージに入れて、ハンモックに乗せてあげてもすぐに降りてきて、扉を閉めたケージの隙間から熱烈に私を見つめてくる。
どうやったら寝かしつけることができるのだろう?
「あ……。もしかして、ミルクを飲むまでは寝ないとか?」
美沙から言われていたことなんてどうでもいいと思った。
まさかミルクを飲んだらグレムリンに化けるわけでもあるまいし、私は棚の上のミルク缶を手に取ると、ぬるま湯で粉を溶かし、お皿に入れてあげた。
「はい、どうぞ」
ケージから出してあげると、まっしぐらに駆けてきて、ピチャピチャとミルクを飲みはじめたナッくんのその顔を見て、私は戦慄を覚えた。
目つきが……!
まるで悪魔のように吊り上がった!
おそろしい!
そしてミルクを飲み終えると、キラキラと目を輝かせながら、迫ってきた。
『おかわり、くれ!』
たまらずおかわりを作ってあげた。
飲み終えると、またグイグイと迫ってくる!
いくらおかわりをあげてもキリがない!
『おかわり、くれ!』
こういうことだったのね……。
この子、底なしだ!
ナッくんにミルクをあげたが最後、どこまでもおかわりを要求されるおかわり地獄に落ちるのだ。
やはり飼主の言いつけは聞くものだ……
そう思いながら、一晩じゅう私はナッくんにミルクを作り続けた。アハハ、ウフフと、おかしな笑い声を漏らしながら──