第3話 魔女ミア(3)
村人に小さな荷馬車を借りて、ミアたちはトロア村へと向かうことにした。村人にはダンがいなくなったことを伝え、村で見つけたら保護して欲しいとお願いした。
「子どもたちを連れていくのか?」
トロア村まで探しに行くと伝えると、村人は心配した様子で尋ねてきた。
「ああ。私より、子どもたちの方が村に詳しい。ダンが隠れているところも教えてくれるだろう」
「だが、あそこは魔獣が出たばかりだ。何かあったら……」
「長居はしないさ。すぐに戻ってくるよ」
荷車に子どもたちを乗せ、ミアは馬に乗る。そして、トロア村に向かった。
「どうして、魔法で行かないの?」
荷車に乗っているデイジーの問いかけに、ミアは笑う。
「魔法で行ったら、目立ってしまうだろう?」
「魔女ってこと隠してるの?」
「ああ、そうなんだ。バレるとどんな扱いになるかわからないからね」
ミアは少し視線を下げる。ライオネルと出会ったときも、自分が魔女だと伝えたら、態度が変わったのだ。優しくなり、親しそうに接してきた彼。人の良さそうな性格をしていたから、信じてしまった。……恋人の生まれ変わりだと。
ミアは首を横に振る。もう恋は捨てたのだ。振り回されないために。それよりも今は大切なのは目の前の生徒たちだ。
「魔女を利用しようとする者は少なくない。だから、隠している方がいいんだ」
デイジーとコリンは顔を見合わせる。彼らには難しかっただろうか。
「君たちの村を襲った魔獣はどんな生き物だったかい?」
ミアの問いかけにデイジーは顔を強張らせた。彼女の代わりにコリンが答えてくれる。
「イノシシみたいな魔獣だった」
「ツノはいくつあった?」
「ツノ?」
コリンは不思議そうに首をかしげる。
「ああ、イノシシの魔獣はツノの数で強さが変わる。ツノがなければ、ただのイノシシ。ツノを持つものは魔力を持ち、三つあるものが一番強いんだ」
コリンは知らなかったようで、「へえ」と声を出した。
「君たちは魔獣について教えられないのか?」
「あまり、村の人たちも気にしてない、と思う。村に来るのは、弱い魔獣だから」
コリンの言葉にミアは納得する。弱い魔獣ばかりと戦っているのなら、強い魔獣について知らないのは当然だろう。村の者は村から出ることが少ない。自分の身の回りのことだけを知っていれば、十分なのだろう。
「やっぱり、君たちには知識が必要だな」
「知識?」
「ああ。君たちは勉強をしたことはあるか?」
二人は顔を見合わせて首を振る。
「十二歳になって、仕事ができれば、それでいいから……」
「じゃあ、家に帰ったら勉強をしよう」
「それって楽しいの?」
デイジーの言葉にミアは笑う。
「どうだろう。……でも私は大切なことだと思うよ」
そのためにはダンを連れ帰らなければならない。ミアは前を向くと、馬を走らせた。
トロア村は昨日見たときと変わらず、荒れた状態だった。だが、倒れていた人たちは村人によって墓地の近くに埋められたため、姿はない。
「ダンがいるなら、どこにいると思う?」
ミアの問いかけに、デイジーが手を挙げた。
「隠れているなら、家の中!」
「みんなに、会いに行ったなら、墓地」
「でも、魔獣狩りに行ったなら……山かしら」
ミアは山に目を向ける。確かに、魔獣を倒しに行ったのなら、山に向かうだろう。
「二人とも、荷車から降りてくれるか? ここからは歩こう」
二人は荷車から降りて、自分の足で立つ。その足は少し震えているようだった。
「……大丈夫か?」
そう尋ねると、デイジーは強がった笑みを浮かべる。
「大丈夫よ!」
魔獣に襲われたのは昨日だ。そのときの衝撃がまだ残っているのだろう。それでも、仲間を思ってここに立っている。
ミアはデイジーの頭をそっと撫でた。
「君は強い子だね」
そう言うと、デイジーは嬉しそうに笑った。
山は静かだった。本当にここに魔獣が出たのだろうか。
「ねえ、これ」
コリンが指をさす。そこには草を踏んで歩いたのであろう足跡があった。
「ここから、ダンは、行ったのかも」
「そうだろうね。君たちは私から離れるんじゃないよ」
二人を連れて、その跡を歩いていく。深くなっていくにつれ、二人の表情が強張る。だが、足取りはしっかりしているので、ミアはそのまま進んでいった。
草木を少し抜けたところで、ミアは足を止めた。
「少し休憩を取ろうか。二人はここで……」
そう振り返ったとき、どこかで叫び声が聞こえた。
「わあああぁぁぁぁっ!!!!」
ダンの声だ。
ミアは声のする方を探す。コリンが指を差した。
「こっちから聞こえた」
その言葉にうなずくと、二人の方を向いた。
「走れるか?」
「走れるわ!」
デイジーの言葉にミアはうなずく。
「わかった。急ごう」
二人を連れて、ミアは走り出す。声が聞こえたのは遠くはなかった。少し走ったところに、ダンはいた。
「来るな、来るなぁっ!」
おぼつかない様子で剣を振り回し、魔獣と距離を取ろうとする。
コリンが言っていた通り、イノシシの魔獣だった。ツノは二つある。村人では倒せない強さの魔獣だ。
「二人はここにいなさい」
そう声をかけて、ミアはダンの前に歩み出る。ダンは目を開いてミアを見た。
「お前……っ」
「勝手に武器を持ち出して、悪い子だね。魔獣は倒せそうか?」
ダンは悔しそうに顔を背ける。そして小さく呟いた。
「……俺じゃ、倒せない」
それを聞いて、ミアはダンの頭に手を乗せた。
「自分の実力がわかっているなら、それでいい」
ミアは魔獣の前まで歩く。イノシシは一体。倒せない相手じゃない。
手を前に出し、指を鳴らす。その瞬間、ミアの指先から炎が飛び出た。連なるように吹き出した炎は魔獣の周りに進んでいき、その体を焼いていく。
魔獣はうめき声をあげ、暴れまわる。体に火が付いたまま、こちらに突進しようとしてきた。
ミアは人差し指を立てると、横にすっと動かした。魔獣の体が引き裂かれ、血を吹き出す。
ダンは驚いた様子で魔獣を見ていた。力が抜けたのか、握っていた剣を地面に落とす。そんな彼にミアは向き合った。
「……どうして、一人で出ていったんだ?」
ダンはハッとした表情を浮かべ、視線を下げた。ぐっと閉ざした口をゆっくりと開ける。
「……守りたかったんだ。約束したから」
ダンはミアをまっすぐ見た。その目には涙が浮かんでいた。
「俺は子どもの中では一番年上だったから、みんなの面倒を見ていた。小さなやつらも。みんな怖がりだから、約束してたんだ。俺が守ってやるって」
ダンの目元から涙が零れる。
「なのに、守れなかった。俺だけ、守られたんだ。守るって約束したのに、守れなかった。俺は弱かったから、だからみんな……っ」
ダンは涙を拭かなかった。泣いていることを認めたくなかったんだろう。
まだ十二歳だ。幼い体を持っているにも関わらず、抱えている責任感と後悔は重い。それでも、彼は行動した。
ミアが手を伸ばすと、ダンの体がビクッと震えた。だが、ミアの手を受け入れた。指先で、彼の涙を拭ってやる。
「ダン。君は弱くない」
ダンの目が大きく開かれる。
「君は強い。だから、みんなを守ろうとした。君が本当に弱いのなら、逃げ出すことを選んでいただろう。だが、君はそれを選ばなかった。……こうやって、戦おうとした」
ダンは口を強く結ぶ。堪えようとしても流れ出る涙を、ミアが代わりに拭う。
「ただ、戦い方を知らないだけだ。知ればきっと、君は強くなるだろう。そうしたら……みんなを守ればいい」
「でも、もうみんなは……」
「まだ、デイジーとコリンがいるだろう?」
ダンは姉弟の方に目を向ける。二人は魔獣を前にしても逃げ出さなかったようだ。
「君にはまだ二人がいる。それに……これからまた、大切な人ができるだろう。そうしたら、君の手で守ってやればいい」
自分にこの子たちを導けるだろうか。小さな子どもだと思っていたが、自分で考え行動している。
簡単なことではないと感じた。だが、彼らが成長する様子を見守りたいと思った。
ミアはダンの頭をそっと撫でる。
「私が教える。……私は君たちの先生になりたいんだ」
「先生……」
ダンがぽつりと呟く。ミアは強くうなずいた。
「そうだ。私を先生と受け入れてくれるか?」
デイジーがこちらに駆け寄ってくる。そして大きな声で言った。
「教えて! 私にもみんなを守る方法……教えて欲しい!」
「僕も!……僕も、みんなを支えたい」
デイジーの後ろからコリンも来て、そう言った。ミアはダンに目を向ける。
「君はどうだろうか?」
ダンは目元を手で拭った。そして、ミアの目をまっすぐ見た。
「俺も知りたい。強くなりたい。みんなを守りたいから。……教えて、先生。強くなる方法を」
ミアはその言葉にうなずいた。
「もちろんだ。私は君たちの先生だからね」
ミアは一人ずつ頭を撫でる。そして言った。
「帰ろう。まずは腹ごしらえだ。飯を食わなければ、生きていけないからね」
ダンのお腹がきゅるりと鳴る。それを聞いて、ダンは顔を赤らめた。
「帰ろう、ダン」
ミアが手を差し出せば、ダンは少し照れ臭そうにその手を取った。
家に帰ると、ミアはキッチンで鍋を温めた。朝食のために用意していたものだ。
「デイジー。器を用意してくれるか?」
デイジーは棚から器を出し、テーブルの上に並べていく。ミアは鍋を持つと、テーブルの上で蓋を開けた。
「わぁ……」
三人が目を輝かせて鍋の中身を見る。
「野菜たっぷりのスープだよ。野菜嫌いな子はいるか?」
「私、野菜好きよ!」
「野菜嫌いなやつなんて、村で生きていけないよ」
「……野菜、好き」
三人の言葉にミアは笑みを浮かべる。スープを器によそうと、四人で椅子に座った。
「いただきます」
そう言ってから、子どもたちは急いでスープを食べはじめる。その様子を見て、ミアは目を細めた。
「よろしくね、私の生徒たち」
小さく呟くと、ミアも食事を取りはじめた。




