第18話 恋の行く末(1)
ミアは目を塞がれたまま、歩かされた。何かに乗るように言われ、それが動き出す。おそらく馬車に乗せられたのだろう。
「なぜ、私がここにいることがわかった?」
ミアの問いに男はククッと笑う。
「なに。運が回ってきただけのことですよ」
馬車は長い間走り続ける。ライオネルのもとへ行くのなら、国境を越える必要がある。だが、この馬車がライオネルの持ち物であるなら、簡単に越えてしまうだろう。
「お話はライオネル様にお聞きしてください」
男はそれ以上話さなくなった。これ以上聞いても無駄だろうと、ミアも口を閉ざす。
ダンとデイジーを置いてきてしまった。アルがいるから、きっと面倒を見てくれるだろう。だが、この男がセラフィーナの館に使用人として忍び込んでいたということは、ほかにも忍び込んでいる者がいるかもしれない。不用意にここから抜け出してしまえば、彼らに危害が及ぶかもしれない。
ライオネルと話をつけることはできるだろうか。そもそも彼の要求とは何だろうか。
あの国を抜け出す前、ライオネルが何を企んでいるのかを確認しないまま、出てきてしまった。魔女を必要としていたということは、何か目的があったのだろう。
他国との戦争か、それとも国を富ませるための何かか……。
彼は婚約者に魔女のことを自慢していた。となれば、その婚約者が関係することだろうか。
ミアはふぅ、と息を吐く。考えたところで答えは出ないだろう。
目を閉じたまま、馬が駆ける音と、馬車の車輪が回る音だけを静かに聞いていた。
城に着いたのは日が昇りはじめたころだった。目隠しを外され、視界に入った朝日に目を細める。
「ライオネル様はまだお休みでいらっしゃる。部屋で待っているように」
案内されたのは、以前使っていた部屋だった。ミアが出ていった時のままだった。誰も使わずに空けていたらしい。
「私が戻ってくることを想定していたということだろうか」
想定していたというより、見つけ出すつもりでいたのだろう。婚約者がいるにも関わらず、恋人のふりをするくらいだ。何かを成し遂げることに強くこだわっているところは素直に賞賛してしまう。そのせいで不利益を被っているのだが。
しばらく部屋で待っていると、ライオネルの準備ができたとのことで、呼び出された。場所は応接室だという。一応、客人として扱ってはくれるようだ。
案内され、応接室に向かう。そこにはにこやかな笑みを浮かべたライオネルが立っていた。
「久しぶりだね、ミア。会いたかったよ」
いつものようにエスコートしようと手を差し出してくる。ミアはその手を取らずに微笑んだ。
「私は会いたくなかったよ」
素直に気持ちを言葉に出せば、ライオネルは声に出して笑う。
「君はそういう性格だったか。君のことが知れて嬉しいよ」
「ご冗談を」
座るように促され、ミアは椅子に腰を掛ける。ライオネルはカップに口をつけはじめたが、ミアは何も口をつけずに本題を切り出した。
「私はなぜここに連れて来られたのでしょうか」
ライオネルはカップを置き、口元に笑みを浮かべた。
「簡単な話だ。隣国で祠を直そうとしているのだろう? それを私からの指示だということにしてほしい」
「なぜ?」
「その方が国のためになるからだ」
ミアは腕を組む。元から彼はこれを狙っていたのだろうか。隣国との交渉に有利に立ちたいがために、ミアを利用しようとしていたのだろうか。
「それだけか?」
「それと、君にはこの国の専属の魔女になってほしい。悪いようにしない。……君が望むなら、愛妾として接してやろう」
その提案に身を震わせる。……気持ちが悪いと思った。一年前は愛おしく感じていたはずなのに、その気持ちが微塵もわかない。
「……笑わせてくれる」
ライオネルをまっすぐ見ると、口端を上げた。
「君の思い通りにならないと言えば、どうなるだろうか?」
「……その場合は強硬手段を取るしかなくなるな」
部屋の中を警備していた騎士が、ミアの腕を取り押さえる。
「ミア。君とは仲良くしたいのだよ。どうか私の願いを聞いてくれないか?」
「では、私の願いも聞いてくれるだろうか?……私が求めているのは自由だ。君にその願いは叶えられるだろうか?」
ライオネルは目を伏せて首を横に振る。
「残念だ」
「ああ。……こちらも残念だよ」
ミアは騎士に腕を掴まれた状態のまま、指を鳴らした。
パチン、という音とともに強い風が吹き荒れる。
「ぐあっ」
ミアを取り押さえていた騎士は風に吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。
ミアは右手をライオネルの方に向けた。
「魔法を舐めてもらっては困るな、小僧。こちらからも要求させてもらおう。私を自由にし、人質としている者たちを解放してもらおうか」
その言葉にライオネルはハッと笑う。
「ああ。子どもを連れていたと聞いたな。無駄だ。その子どもたちは私の使いの者によって――」
「――ライオネル様!」
応接室の扉が勢いよく開かれる。そこには騎士が慌てた様子で入ってきた。
「何事だ」
「申し上げます! 婚約者様が突然いらっしゃり、ライオネル様に会わせるようにと……」
言葉は最後まで続かなかった。来訪者が現れたからだ。
「ライオネル様。これは一体どういった状況でしょうか」
黒い髪にグレーの瞳。背の高く、堂々とした立ち振る舞い。紛れもなく、そこにいたのはアルだった。




