第16話 祠(2)
女性に連れていかれたのは、街の近くにある最も大きな邸宅。……つまり、この領地を治める領主の邸宅だった。
広い応接室に通され、茶や菓子でもてなされる。ダンとデイジーは落ち着かない様子だった。村出身の彼らのとっては初めて見る大きな屋敷だろう。
「来ていただきありがとうございます。私はセラフィーナ。ここの領主の孫です」
女性はセラフィーナと名乗った。先ほどまでの服から着替え、令嬢らしい服に変わっている。
「セラフィーナ様。私たちをここに連れてきた理由をお聞きしても?」
「はい。この国は異常現象に悩まされています。その原因がこの領地にあると考えているのです」
セラフィーナは暗い顔をして、この領地が抱えているものを教えてくれる。
「さきほど一緒に見た祠は私たち、領主一族が管理しています。ですが、一年前、その祠が壊れました」
どうやら、状況を把握していたようだ。だが、一年もそれを放置しているのはどういうことだろうか。
ミアの思っていることがわかっているのか、セラフィーナは首を横に振る。
「私たちでは祠を直せないのです」
「どうして?」
「祠は魔女によって作られたからです」
セラフィーナがいうには、この国の瘴気は他の国のものよりも濃いらしい。そのため、人間が作った祠では持ちこたえることができないようだ。
「魔女が作った祠ならば、そんな簡単に壊れないはず。どうして壊れたんです?」
「私の考えですが……おそらく、何者かによって意図的に壊されたのだと」
その土地を守るための祠だ。壊してしまえば、その土地の者が不利益を被ることになる。それをわざわざ壊すということは……敵対している国や領地の者によるものだろうか。
「祠が壊されてしまったことで、ほかの土地にも大きく影響を及ぼされています。国から支給された石によって、雨は降るようにはなりましたが、魔獣も多く生息しており、街や村は怯えながら過ごしています」
アルと一緒に取った水の石はこの領地にも支給されていたらしい。ということは、祠が壊されたことを城も把握しているということだろうか。
「ミア様。さきほどの様子から、あなたは強い魔女だとわかりました。どうか、祠を直すのを手伝ってくれませんか? 報酬は用意しますから……!」
セラフィーナは貴族であるにも関わらず、ミアに頭を下げてくれる。領主の孫らしく、自分の土地の者たちを守りたいのだろう。
ミアは頬を緩める。
「顔を上げてください、セラフィーナ様。私はもとより、この異常現象を解決したく、旅をしていました。あなたの助けになることを約束しましょう」
ミアの言葉にセラフィーナは顔を上げる。
「なんて心優しいお人なんでしょう! ありがとうございます!」
「ただ、祠を直すには素材が必要となります。領地を歩き回る許可をいただけますか?」
セラフィーナは何度もうなずく。
「もちろんですとも。私たちもできるだけの手助けをしますわ」
セラフィーナはミアたちに部屋を用意してくれた。滞在する間、領主の館に住まわせてくれるそうだ。
ミアとデイジーは同じ部屋を、ダンには一人部屋が用意された。
「二人でこんなに大きな部屋だと落ち着かないね」
デイジーはそう言いながらも、きらきらした表情で部屋を見渡している。豪華な調度品に囲まれるのは、ライオネルの城に滞在していたとき以来だった。
「先生、明日からはどうするの?」
「素材を探しに行こうと思っている。なに、難しいことじゃない。魔石を探すだけさ」
魔石は強い魔獣から取ることができる。今は異常現象のため、強い魔獣がうようよとしている。魔石を得るのは難しいことじゃないだろう。
「今回はデイジーはついてきても、来なくてもどちらでもかまわない。私とダンで事足りるからな。だから君は……」
「ついていくわ」
デイジーはまっすぐとこちらを見る。
「私もこの国を助けたいもの。一緒に行くわ」
少し前まで、デイジーは魔獣のことをひどく恐れていた。だが、その恐れを克服し、前に進もうとしている。その成長がミアには眩しかった。
「……わかった。一緒に行こう」
ミアがそう言うと、デイジーは嬉しそうに笑った。
次の日、セラフィーナに魔獣が多く現れるところを教えてもらった。やはり、祠の近くに魔獣は現れるようだ。
「もしよろしれば、うちの騎士も連れていきますか?」
セラフィーナの申し出にミアはにこりと笑む。
「申し出ありがとうございます。私とこの子たちだけで十分です。もちろん、監視をつけたいということでしたら、断りませんが」
セラフィーナはとんでもないというように首を横に振る。
「祠を直してくれるという方を疑うような真似はいたしません。……どうか、お気をつけください」
セラフィーナに見送られ、ミアたちは街の外にある森へと歩みはじめた。
森は相変わらず瘴気が濃かった。息苦しさを覚えながら、祠の近くへと歩みを進める。
「先生。魔獣って、どれくらいの強さのを倒せばいいの?」
ダンが周りを警戒しながら尋ねてくる。
「イノシシの魔獣なら、ツノ三つだな。昨日現れた狼の魔獣なら、尻尾が二股に分かれているものだ」
魔獣が現れるたびに、ダンが倒してくれる。だが、弱い魔獣ばかりでなかなかお目当ての魔獣には出会えない。
「そろそろ祠の近くだ。大物が現れてくれるといいが……」
祠の近くに来たが、魔獣はいなかった。仕方なく、しばらく待つことにする。
魔獣がよく現れるからか、普通の動物の姿をなかなか見つからない。果実などの食べ物も少なく、魔獣がはびこっているのがよくわかる。
「先生さ、祠を直せたら次はどこに行くの?」
ダンがちらりとこちらを見て尋ねる。
「この国を出る。どこに行こうか。北の方に行けば、水が豊富だから農業が盛んになる。南の方に行けば、鉱山があるから鍛冶職人がたくさんいるだろう。どこへ行っても、目新しいものはたくさんあるぞ」
生徒たちは成長途中だ。たくさんのものを見聞きし、様々なことを吸収して欲しい。
「どこでもいいよ。……先生と一緒なら、どこでも楽しい」
ダンの言葉にデイジーが同意するようにうなずく。
「先生がいろんなことを教えてくれるもの! 学んだことをね、コリンに話したいの! コリンの分もいっぱい旅したい!」
生徒たちは村に残る方が幸せかもしれないと考えていた。だが、それは杞憂だということがわかった。
「君たちが旅を楽しんでくれるのなら、私はそれが一番嬉しいよ」
自分もまた、恩師と一緒に旅をして、いろんなことを知った。彼らにもそんな経験をしてほしい。
そんなことを考えていると、強い魔力を感じた。
がさり、と何かが動く音が聞こえる。
「何かが来たようだ」
ダンが剣を構え、デイジーはミアの後ろに隠れる。警戒をしながら周りを見渡すと、後ろから狼の魔獣が現れた。
「ダン!」
声をかければ、ダンが魔獣に斬りかかった。首を一突きされ、魔獣は苦しそうにうめく。剣を抜き、心臓を一刺しすると、魔獣は動かなくなった。
「先生……!」
ダンは警戒を解かない。まだ物音があちらこちらから聞こえてくるからだ。
「群れで来たようだ」
木々の向こうから、光る眼がいくつも見える。
「デイジー」
デイジーに向けて魔法をかける。彼女を魔獣が襲わないようにするためだ。
「下がっていてくれ」
デイジーはうなずいて、祠の近くに寄る。ミアはダンに声をかける。
「無理するなよ」
「先生こそ」
ダンは剣を振るい、魔獣を攻撃する。ミアも魔法を使って、次々と魔獣を仕留めていく。ミア一人でも対処できるだろうが、ダンがサポートしてくれているため、少し気持ちに余裕があった。
……二股の狼はどこにいるだろうか。
周りにいるのは尻尾が一本の狼ばかりだ。二股の狼は強い。ボスとして、後ろに控えている可能性がある。
ミアは周りを見ながら、魔獣を倒していく。想定してよりも魔獣の数が多い。今さらながら、セラフィーナから騎士を借りておけばよかったと思う。
群れの奥の方に目を向ける。そこには一際大きな魔獣がいた。
ミアは魔獣の背を渡るようにして、踏みつけて奥へと進んでいく。
「やっぱりいたな」
群れの奥には尻尾が二股に分かれた狼の魔獣がいた。
「私は君を倒したいんだ。……戦ってくれるか?」
その魔獣はミアを見て、警戒した表情を浮かべる。だが、動き出すことはせず、周りにいた魔獣がミアに襲い掛かった。
「簡単には手出しさせないということか。ならば、君の仲間を減らすまでだ」
ミアは魔法を使い、斬り、時には燃やしながら倒していく。一体一体は強くなくとも、数が多いとなれば、少し手間がかかる。
「すぐに君の元に行ってみせるさ。だから、今のうちに……」
「先生!」
デイジーの声が聞こえた。ミアは宙に体を浮かせ、声のする方に目を向ける。
「ダンが……!」
確実に一体ずつ仕留めていたダンだったが、あまりの数に対処できなくなっていたようだ。何体もの魔獣がダンに襲い掛かろうとする。ミアはダンに加勢しようとした。だが、そのとき声が響いた。
「――俺に任せろ」
ダンに襲い掛かろうとした魔獣が斬り払われる。
「アル……っ」
そこに立っていたのはアルだった。




