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恋を捨てた魔女は子どもたちの先生になります!  作者: 虎依カケル


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第14話 生まれ変わり(3)

 日が傾きはじめた。そろそろ帰るかと思っていたが、アルはまだ行きたいところがあるようだ。


「こっちだ」


 アルに手を引かれ向かったのは、街を出て少ししたところだった。


「ここは……」

「綺麗だろう?」


 自然の溢れた泉だった。周りには花が咲き、水は透き通っている。赤く染まった空を反射するように、泉は赤く光っていた。


「ここは……」

「綺麗だろ? 夜も月を映すんだ」


 確かに、これだけ水が綺麗ならば、月も星も綺麗に映すだろう。街の近くにこんなところがあると知らなかった。ミアは目を閉じて息を吸う。


「美しいな」

「気に入ってもらえてよかった」


 アルはミアの隣に来ると、その手を取った。


「ミア。大事な話があるんだ」

「何だ?」


 アルは少し視線を揺らすと、覚悟したようにこちらを見た。


「俺はお前が好きだ。一緒にいたい。俺のところに来ないか?」


 一瞬、喜びに胸がきゅっとした。だが、すぐに冷静になれた。……前にも同じことを言われたことがあったからだ。


「……私を利用する気か?」

「何のことだ」

「君は婚約者はいるんじゃないのか。その歳なら、一人や二人、いてもおかしくないだろう」


 ミアの言葉にアルは眉を寄せる。


「この国は一夫一妻制だ。それに婚約者はいない。お前が好きだと言ってるだろ」

「そうか」

「いくら言っても信用してくれないようだな」

「ああ、信じられないんだ」


 ミアは空を見上げる。日が傾き、藍色に変わりつつある。泉の色も暗くなり、月が映し出される。


「私のことを好きだの、運命だの言って、私を利用しようとした者がいる」

「それは……」

「その人は王子様だったよ」


 まっすぐアルを見る。グレーの瞳がこちらを見ていた。


「アル……いや、アルヴィン殿下。君もそうじゃないのか」


 アルは大きく目を開く。


「……俺の立場に気づいていたのか」

「最初は気づかなかった。だが、親切な人が教えてくれたんだ。君が私を騙していると」

「騙していたわけじゃない。隠してはいたが……。だが、お前を利用しようだなんて考えていない。全部本心だ」

「どうだか。信用できないな」


 きっと、アルは嘘を言っていないのだろう。少しの付き合いだが、彼のまっすぐさに触れて、そう思った。

 だが、もう恋は捨てた。盲目的になり、楽しかった恩師との旅を辞めてしまった。そのときのようになりたくない。振り回されたくない。それに……彼は人間だ。またすぐに死んでしまう。もう失うのは嫌だった。


「悪いな、アルヴィン殿下。君の気持ちには応えられないよ」


 ミアはそっとアルの手から自分の手を引き抜く。彼はその手を追おうとしなかった。


「私は帰らせてもらうよ。帰りは送らなくていい。だから……」


 別れの言葉を告げる。だが、その言葉は途中で遮られた。


「諦めない」

「は?」

「諦めない。それに、帰りも送る」

「何を……」

「お前は恋を捨てたと言ったな。だが、過去の恋にこだわって、今を見ようとしていない。本当に捨てられたのか?」


 ミアは口を閉ざす。睨むようにして見ると、アルは真剣な表情をしていた。


「俺を見ろ。ここにいるのはお前を騙した王子じゃない。お前に惚れているただの男だ」


 その目は力強かった。気持ちが揺れそうになり、視線を外す。アルはミアの手を取った。


「帰ろう、ミア。女も送らない情けない男にしないでくれ」


 うなずく前にアルは手を引いて歩き出す。ミアは何も言わずにその後をついていく。

 アルは気まずくならないように、たわいもない話をしながら歩いてくれた。ミアの返事がなくても話し続ける。たまに返事をすれば笑ってくれた。


 ……ああ、ずるい。


 嫌いになれなかった。むしろ好ましいとすら思う。このまま嫌いになれたら、どれだけよかったか。

 彼の近くは心地よかった。離れたくないと思った。

 だから、離れなくてはいけないと思った。





「村を出ようと思う」


 ミアは家に帰ると、生徒たちに告げた。彼らは目を瞬かせると首をかしげた。


「どうして?」


 デイジーが尋ねた。まだこの村に来てから一年にも満たない。生徒たちはそんな早くにこの村から離れることを想定していなかっただろう


「私は隣の国から追われている身なんだ」

「え?」


 いつか話そうと思っていた。きっと、今がそのときなのだろう。


「私は隣の国の王子に利用されそうになっていた。そこを逃げてきたんだよ。いつかこの国にも彼の手が回るかもしれない。その前にここから動かなければならないんだ」


 デイジーが不安そうに瞳を揺らしながらこちらを見る。


「じゃあ、この国を出るってこと?」

「すぐに出るわけじゃないさ。やらなければならないこともあるんだ」

「どんなこと?」

「この国では異常な現象がいくつか起きている。それには何か原因があると私は考えている。それについて調べてみたいと思っていたんだ」


 嘘は吐いていなかった。魔獣が多く出ること、異常気象が多いこと。この国ではほかの国で起きていない現象が起きている。ミアには思い当たることがあったため、いずれは調べてみようと考えていた。

 それに、ライオネルの手がここまで伸びかけている。彼から逃げるためには一か所に留まっているのはよくない。

 ……だがこれは、アルから離れるための口実に過ぎなかった。

 こんな個人的なことに生徒を巻き込むわけにはいかない。だから、選択肢を提示することにした。


「君たちには選んでほしい。この村に残るか、一緒についてくるか」


 前にダンが言っていた。村を出るなら連れて行ってほしいと。本当ならば、生徒たちがもう少し成長し、この村に根付いてから出ていくつもりだった。彼らが働き手となれば、村人も受け入れてくれるだろうと考えていたからだ。

 だが、彼らはまだ幼い。保護者になる以上、彼らが望むのなら、大人になるまで面倒を見るつもりだった。


「さあ、どうするかい?」


 デイジーとコリンが顔を見合わせる。一番に返事をしたのはダンだった。


「ついていく」


 ダンはまっすぐこちらを見ている。そしてもう一度言った。


「俺は先生についていく」


 彼と話したのは少し前のことだ。考えは変わっていないだろうと思っていた。そう予想していたから、彼を連れていくつもりでいた。


「わかった。連れて行こう」


 ミアがそう言えば、ダンは頬を緩めて笑う。


「ほかの二人はどうするかい?」

「わ、私は……」


 デイジーは悩んでいた。すぐに答えを出すのは難しいだろう。そんな彼女を心配そうに見ながらも、コリンは口を開く。


「僕は、残る」

「コリン……?」

「僕はここに残るよ」


 コリンの目に迷いはなかった。隣にいるデイジーの方が動揺している。


「コリン、どうして……」

「僕は、この村が好きになったんだ。僕のことを、先生って呼んでくれる子たちもいる。だから、ここにいたい」


 コリンはふにゃりと笑う。


「それにね、子どものいない夫婦から、うちの子になってほしいって、言われたことがあるの。みんながいなくても、僕は一人じゃないよ」


 そこまで考えての発言だったらしい。この歳でここまで考えているだなんて、正直驚いた。


「デイジーはどうする?」


 コリンがデイジーを見る。彼女は目に涙を浮かべていた。


「どうして、みんなはすぐに決められるの? 私はみんなとバラバラになりたくないよ」


 彼女の意見はもっともだった。個人的なことで生徒たちを振り回している自覚はあった。


「ごめんな、デイジー」

「またここに戻ってくる?」

「そうだな……。数年したら戻ってくることもできるだろう」


 アルはこの国の第一王子だ。ずっと未婚でいられるはずがない。彼が結婚してしまえば、ミアに執着することもなくなるだろう。

 ライオネルのこともあるため、長く滞在することはできないが、たまに帰ってくることは可能だ。


「本当?」

「ああ」


 デイジーは涙を拭う。そして、決心したように顔を上げた。


「私は先生についていく。先生と一緒じゃなきゃ、勉強ができないもの」


 デイジーはコリンのほうを向く。


「だから、コリン。待ってて。お姉ちゃん、立派になって戻ってくるから」


 コリンは笑みを浮かべてうなずく。


「僕もデイジーのこと、待ってる」




 一週間後、村を出ていくことにした。村の人たちに一人ずつ挨拶していく。


「コリンはうちの生徒の中で、一番何でもできる。何かあれば、彼に頼るといい」


 コリンは村の人たちの信頼を得続けているようで、大半が「コリンなら安心だな」という言葉が返ってきた。

 また旅に出る準備をする。この家に住みはじめてから物が増えていたようで、片付けるのは大変だった。コリンにも手伝ってもらい、家の中を片付けていく。

 アルは忙しいのか、その一週間のうちに顔を出さなかった。顔を合わせづらくもあったため、幸いと思った。


「じゃあ、コリン。またな」


 みんながコリンの頭を撫でていく。コリンは満面の笑みでそれを受け入れた。


「次会うときは、僕はダンより背が高いかも」

「俺だってまだ伸びるし」


 コリンはこの一年で背が伸びた。今はまだダンの肩にも届かないが、すぐに背は伸びるだろう。


「コリン、私のこと忘れないでね」


 デイジーの言葉にコリンは笑う。


「忘れないよ。大好きなお姉ちゃんだもん」


 デイジーはぎゅっとコリンを抱きしめる。コリンは嬉しそうにニコニコ笑っていた。


「三年後。一度顔を出そう」


 ミアの言葉にコリンはうなずく。そしてゆっくりと頭を下げた。


「先生、今まで、ありがとうございました」


 ミアはそれを見て微笑む。


「コリン、また会おう」


 ミアは村に背を向けると生徒たちを連れて歩きはじめた。

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