第13話 生まれ変わり(2)
何を言っているのかわからなかった。
「ネイトの生まれ変わり……? 誰のことを言っているんだ」
「店から出てくるのを見たよ。背の高い男だった」
アデラが来る前に店にいたのはアルだ。だが、あの人とアルはまったく似ていない。なのに、生まれ変わりだなんて……。
「そんなはず、ない」
「気づいてなかったのかい? 魂の形が同じだった。あれは間違いなくネイトの生まれ変わりだよ」
心臓がバクバクと響く。信じられなかった。否定したかった。だが、アデラが言ったんだ。彼女が嘘を吐く理由がない。
つまり、アルはネイトの生まれ変わりということだ。
「……あはは」
今更、と思った。
もう恋を捨てた。ネイトが生まれ変わるのを待つのはやめようと思ったのだ。それなのに、今になってどうして現れるんだ。
「それにしても、ネイトは大物に生まれ変わったな。相手は王子様だろう? 会うのも難しいと思っていたが、知り合うことができてよかったな」
その言葉にゆっくりと顔を上げる。
「は?」
「この国の第一王子、アルヴィン殿下だ。なんだ、そんなことも知らないのか?」
頭が回らなかった。突然の情報量に脳がパンクしているのだろう。
「……騎士だと思っていた。王子だなんて一言も言ってない」
「なるほど、身分を隠していたのか。まあ、そんなこと些細なことだろう? 念願のネイトの生まれ変わりに会えたんだ。よかったじゃないか」
少し前の自分なら、喜ぶことができただろう。だが、今は素直に喜ぶことができなかった。
「悪い、先生。私はもう寝るよ」
「そうか? 私はもう少し飲んでいて構わないかい?」
「構わないよ。おやすみ、先生」
ミアは一人で寝室に向かう。寝室では子どもたちが眠っていた。彼らの寝顔を見ながら、小さく呟く。
「さて、どうしたものか」
横になって考えてみても、考えはまとまらなかった。
次の日、アデラは村を出ると言った。
「私は旅を続けるよ。ミアはどうするかい?」
「しばらくこの村にいるよ。生徒たちもいるしな」
ミアが生徒たちに目を向けると、アデラは「そうか」と言った。
「だが、ミア。あまりここに長くとどまらない方がいいかもしれない」
「どうして?」
「……ライオネル殿下が君を探しているからだ」
アデラは腕を組み、息を吐く。
「国中にお触れが出回っていた。魔女であるミアを見つけた者はすぐに城へ連絡しろと。その話がこの国に流れるのも時間の問題だろう」
「……そうか」
今いる国は、ライオネルのいる国の隣にある。彼がまだミアを探しているのであれば、遅かれ早かれ、この国から離れなければならないと思っていた。
……決断のときが近づいているようだ。
アデラが村を出てから二日が経った。
考えがまとまるまで、アルに会いたくないと思っていた。だが、アルと出かける約束をしたばかりだ。約束の日にアルはちゃんと顔を出した。
「ミア、出かけられるか?」
店に来たアルを見て、ミアは息を飲んだ。
「ミア?」
ネイトと魂が同じであっても、アルはネイトではない。今まで接してきて、それがわかっているはずなのに、彼の目を上手く見ることができなかった。
「大丈夫か。体調でも悪いのか?」
表情を強張らせてうつむいていると、アルが心配した面持ちで声をかけてきた。ミアは何でもないというように顔を上げて笑ってみせる。
「大丈夫だ。それで、今日はどこに行くんだ?」
「街だ。出かけられるか?」
この国に来てから、街は数えられるほどしか行っていない。村にあるもので生活ができてしまうからだ。
「ああ。みんな、店は頼んだよ」
ミアの言葉に生徒たちはうなずく。ミアが店にいないことは珍しいが、生徒たちなら任せても大丈夫だろうと思うくらいには、彼らも成長している。
「先生。早く帰ってきてね」
意外にもそう言ってきたのはダンだった。生徒の中では年長のため、ミアが一日いないくらい気にしないだろうと思っていた。だが、そう甘えられては悪い気はしない。
「わかった。早めに帰ってこよう」
「だめだ」
アルがミアの肩に手を置く。
「今日は俺が時間をもらうんだからな」
ダンがアルをじっと睨む。アルは余裕そうに笑った。
「お前たちの大切な先生、借りてくぞ」
「どうぞ!!」
デイジーがきゃっきゃっと楽しそうにしている。コリンも隣でにこにことしていた。不機嫌なのはダンだけだった。
「ダン、夕方には帰ってくるから」
ミアがそう言えば、ダンはうなずいてくれる。留守を任せる彼らに何かお土産を買ってこようと思った。
「じゃあ、行ってくる」
生徒たちに見送られて、ミアとアルは村を出た。
アルと一緒に来たのは村の近くにある街だった。都市から離れているため、そこまで賑やかな場所ではない。生活に必要な店がいくつか並んでいた。
「それで用事とはなんだ?」
「ここにミアと来るのが用事だ」
「どういうことだ?」
用事は仕事に関するものだろうと思っていた。だが、どうやら違うらしい。
「デートだ」
「……デート?」
ミアは目をぱちくりとさせる。
「ああ。ミアと二人で出かけたかったんだ」
アルが優しく目を細める。その様子に胸がどきりと跳ねる。
「そ、そうか」
この人がネイトと同じ魂を持っていても別人ということくらいわかっている。だが、無意識に重ねてしまっているのか、どうにも気持ちが落ち着かない。
いつもなら、「代金は弾んでくれるんだろうな?」と冗談が言えたはずだ。だが、そんな気やすい言葉も今は上手く出てこない。
「ミア」
穏やかで優しい声が自分の名前を呼ぶ。
「食事でもとろう。目をつけていた店があるんだ」
「あ、ああ」
アルがミアの手を取る。あまりにも自然に手を取られたので、振り払うことができなかった。
「行こう」
アルはミアの手を引いて歩きだす。彼の手は大きかった。
「ミア、次はあそこに行ってみよう」
小さな街だ。大した店はない。だが、アルはミアの興味ありそうな店を選んでは次々と入っていく。事前に調べていたのだろうか。それが自分を楽しませるためだと思うと、胸が少しうずく。
入ったのは小さなカフェだった。席に着くと、アルは店員にメニューを聞いた。
「ミアは甘いものは好きか?」
「ああ」
「じゃあ、デザートも頼もう」
アルは店員に注文してくれる。王子様だというのに、こういった店に慣れているようだった。
「よく街には出るのか?」
「たまにな」
「一人でか?」
「仲間と来ることが多い。俺の周りは甘党が多いみたいだからな」
女性と来たのかと思えば、そうではないらしい。まあ、彼の相手する女性ならば、身分の高い者だろう。こういった店には足を踏み入れないはずだ。
……婚約者はいるのだろうか。アルくらいの歳なら、いてもおかしくないだろう。立場上、いないほうがおかしいくらいだ。
「どうした?」
店員が持ってきた紅茶を手に取り、アルがこちらを見る。
「……いや、何でもないよ」
きっと、彼とこうやって過ごせるのは今のうちだろう。いずれ、ほかの誰かと結婚してしまう。そうすれば、一緒にいるのは難しい。
「今日は楽しいなと思っただけだ」
素直な気持ちを口にすれば、アルは嬉しそうに笑う。
「そうか、よかった」
その笑顔が眩しくて、ミアは目を細めた。




