第12話 生まれ変わり(1)
「ミアはとても強い女性だ」
ミアの恋人だった彼がよく言ってくれた言葉だ。
「魔法という特別な力を使って、どんな問題でも解決してしまう。……君はすごいよ」
彼はミアの長い髪を梳きながら、そう言う。その手が優しくて、ミアは目を細めた。
「でも、ミアには俺がいるんだ。全部一人で頑張ろうとしなくていい。俺を頼ってよ」
ミアは彼の顔を見上げた。目尻の下がった優しい瞳。彼の眼差しはいつも温かかった。
「私はいつだって、君を頼りにしているよ。君がいなくちゃ、私は生きていけない」
「本当かなぁ?」
「本当さ」
彼はくすりと笑う。そして「そうだな」と口を開いた。
「君は魔女だ。俺よりもずっと長生きをするだろう。俺の方が先に死んでしまう。だけど、悲しまないで。俺が先に死んだって、君は……」
百年という時間はあまりにも長い。彼との大切な記憶も朧気になっていく。
忘れたくない。そう思っても忘れてしまう。
大切なあの人は、いったい何と言っていただろうか。
「先生、アル来たよ!」
戸棚の整理をしていると、デイジーが楽しそうに教えてくれる。顔を上げて玄関を見れば、手を挙げたアルが立っていた。
「よぉ、デイジー。久しぶりだな」
「先週会ったばかりだよ~」
アルが手を伸ばせば、デイジーは自ら撫でられに行く。ガシガシと撫でられている様子はまるで犬のようだった。
「ミア。元気か?」
アルの顔がこちらを向く。ミアはわざとらしくため息を吐いた。
「君は元気そうだな」
「ああ。お前の顔を見たからな」
その言葉にデイジーが「きゃあっ!」と楽しそうな声を上げる。彼女はアルから離れると、ミアとアルを眺められるところに移動した。ニマニマしながらこちらを見る様子はどうにも落ち着かない。……いや、デイジーに見られていようがいまいが、落ち着かないのは変わりがなかった。
アルが優しい笑みをこちらに向ける。
「ミアは相変わらず可愛いな」
「……そうか」
最近、アルが来るとどうにも落ち着かない。自分に向けて発せられる言葉にいつも調子を狂わされていた。
「どうだ、今度一緒に……」
「ただいまー」
大きな声を出して、ダンが帰ってくる。後ろにはコリンも一緒だった。ダンはアルを睨むと、ミアのもとに歩いてくる。
「先生、ウサギ狩った。これ、肉」
「僕は、野菜、もらった」
二人が今日の収穫物を渡してくれる。二人の頑張りに胸が温かくなる。
「ああ、ありがとう。今日も夕食が豪華になるな」
アルといると落ち着かないが、生徒たちと接すると心が安らいだ。この違いは一体何なんだろうか。
「食事もいいな……」
アルはそう呟くと、「ミア」と呼びかけた。
「三日後、空いているか?」
「空いているが……何か仕事か?」
「いや、ちょっと一緒に行って欲しいところがあるんだ」
アルからこういった依頼が来るのは初めてだった。何かよくわからないが、いつもいろんな仕事を依頼してくれている。それに関わることかもしれない。
そう思ったミアはすぐにうなずいた。
「わかった。空けておこう」
そう言うと、アルは嬉しそうに顔を輝かせる。それが眩しくて思わず目を細めた。
「本当か!?」
「ほ、本当だ」
「約束だからな。じゃあ、またな」
アルはそう言って、店を出ていく。今日は約束を取り付けに来ただけのようだ。
「あいつ、暇なのかよ」
ダンの呟きにうなずいてしまいそうになる。騎士ならば、もっと仕事があるはずだ。
ミアはアルの出ていった扉を見てから、生徒たちに目を向ける。
「全員帰ってきたし、店仕舞いをしよう。コリンは夕食の準備をしていてくれ」
ミアの指示で各自が動きはじめる。ミアもお金の確認をしようとすると、店の扉が開いた。
「悪いが、今日はもう店仕舞いなんだ」
そう言いながら目を向ける。視界に入ってきた人物に、ミアは大きく目を開いた。
「おや、元気そうだね」
優しく穏やかな声。三十歳くらいの女性に見える。だが、その年は既に五百歳を超えていた。
「先生……」
ミアの呟きに、彼女はにっこりと微笑む。
「久しぶりだね、ミア」
そこには百年一緒に旅をしていた恩師、アデラがいた。
「先生の先生?」
デイジーが不思議そうな顔でアデラを見る。アデラはデイジーを見ると、手で口元を覆った。
「先生……だって?」
アデラはこちらに目を向ける。その視線を受けて、ミアはうなずいた。
「ああ。私がこの子たちの先生をしている」
「何だって……あの小さかったミアが先生だって……?」
アデラは両手を肩幅ほど開く。
「これくらい小さかったのに、いつの間に……先生なんて……」
「おいおい、そんなに小さかった頃には出会ってないぞ? それに、別れたのはちょっと前じゃないか」
「ちょっとの間に先生になんてなっているから、驚いているんじゃないか」
彼女はそう言いながら、しゃがんでデイジーと目線を合わせる。
「君の名前は?」
「デイジーよ」
「そうか、デイジーか。いい名前だな」
「ほかにも生徒がいるんだ。紹介させてくれ」
ミアは奥に引っ込んでいたダンとコリンを呼ぶ。二人はアデラを見ると、目を丸くしていた。
「こちらは私の恩師、アデラだ。私にいろんなことを教えてくれた魔女だよ」
その言葉にデイジーが顔を輝かせた。
「すごい! 先生の魔女の先生!」
ぴょんぴょんと跳ねて、アデラの周りをくるくると回る。
「お、元気な子だな。君たちはどんなことを教えてもらっているんだ?」
「私は薬のことを教えてもらってるの!」
「俺は戦い方メインで」
「僕は、料理とか、計算とか、いろいろ……」
「そうかそうか。君たちの話をもっと聞きたいな」
アデラは微笑ましそうに彼らを見たあと、ミアの方を見た。
「今日は泊まっていってもいいかい?」
アデラの提案にミアはうなずく。
「ああ、もちろんだ」
アデラの分の食事も用意し、みんなで夕食を取った。
生徒たちのいろんな話を聞き、アデラも旅の中での話をした。生徒たちも人見知りすることなく、楽しそうに話をしていた。
生徒たちが寝静まったあと、ミアとアデラは静かに酒を手に取った。
「こうやって先生と晩酌するのは久しぶりだな」
「ああ、また一緒に飲めて嬉しいよ」
ミアは一口、酒を口に含む。生徒たちが寝た後に一人で飲むことはあったが、誰かと飲むのは久しぶりだった。
「あの王子のところを出たんだな。よかったよ。自分で間違いに気づけて」
その言葉に笑ってしまう。
「先生には、ライオネルがあの人の生まれ変わりじゃないことくらいわかっていたんだな」
「ああ。だが、ミアは気づかなかった」
「どうして教えてくれなかったんだ?」
アデラは目を伏せる。
「……君が昔に囚われすぎていたからだよ」
その通りだと思った。
ミアは昔の恋に囚われすぎていた。だから、さまざまなことを学んでも、視野が狭くなってしまっていた。
「私は恋を捨てたんだ。だから、もう大丈夫だよ」
その言葉にアデラは苦笑いをする。
「また……極端なことを」
アデラは酒を口を飲むと、眉を下げる。
「せっかく会えたんだろう? なら、また夢くらい見ればいいじゃないか」
「何の話だ?」
「おや、隠すつもりかい?」
ミアは器をテーブルに置く。心臓の音が耳にまで聞こえてくるような気がした。
こちらの動揺に気づかず、アデラは優しく笑みを浮かべる。
「会えたんだろう? ――ネイトの生まれ変わりに」




