第10話 ともにいること(2)
行きより早い足取りで歩いていくが、足元がぬかるんでいるせいで、スピードは出ない。雨が降っていることもあってか、あたりは薄暗い。真っ暗になる前に村へ戻らなければならないだろう。
「このまま何も起こらなければいいが……」
アルがそう呟く。それはミアも願っていることだった。だが、事はそううまく進まない。
「……魔獣だ」
アルとダンが剣を構える。コリンは弓を構え、デイジーはミアの後ろに隠れた。
魔獣は三匹の狼だった。住んでいる村の近くはイノシシの魔獣が多い。狼の魔獣は生徒たちにとっては初見の相手だろう。
「戦えるか?」
アルの問いかけに、ダンがうなずく。
「もちろん」
二人は勢いよく飛び出して、狼を相手にする。コリンも後方から弓で援護した。だが、前衛二人では、三匹相手するのは難しい。
一匹がアルとダンをすり抜け、コリンの方へ駆け出す。矢で威嚇するが、魔獣は一直線でコリンに襲い掛かった。近戦武器を持っていない彼では対応できない。コリンは慌てて退避するが、後ろが崖だった。
「コリン!」
ミアが魔法で対応しようとしたところ、ダンがコリンを襲う魔獣に向かって走り出す。彼は剣で魔獣を攻撃するが、歯で受け止められてしまう。
「くそ!」
一度剣を引き、もう一度攻撃を繰り出す。攻撃に夢中になっているのか、足元がおろそかになっていた。
「ダン、危ない!」
ダンは崖から足を踏み外した。バランスを崩し、狼とともに崖から落ちてしまう。
ミアは慌てて駆け寄るが、ダンの姿は木々に紛れてしまい、見つけ出すことができなかった。
「おい、大丈夫か!?」
アルは二匹の狼と戦いながら声をかけてくれる。ミアは彼の近くに来ると、片手をスッと横に動かした。
瞬間、狼が横に真っ二つに切れてしまう。
「ミア、お前……」
アルが唖然とした様子でミアを見た。
「ダンを助けにいく。アルは他の生徒を連れて、村に戻っていてくれ」
「だが、周りは暗くなっている。探すなら、明日になってからの方が……」
「アル。私はあの子の先生なんだ。……生徒を助けられなくてどうする?」
そう微笑むと、アルは惚けた顔をした。そしてニッと笑う。
「やっぱいいな。お前のそういうところが好きだ」
直球な物言いに、好感が持てる。ミアは素直に誉め言葉として受け取ることとした。
「ああ、ありがとう」
ミアは不安な顔をしているコリンと向き合う。
「先生。僕のせいで、ダンが……」
「君のせいじゃないよ、コリン。自分を責めるんじゃなく、助けてくれたダンのお礼を言うと良い。そっちの方がダンも喜ぶ」
「……うん」
コリンの頭をポンポンと撫でると、デイジーの方を向く。
「デイジー。コリンを見ていてくれるか?」
ミアの言葉にデイジーは胸を張った。
「もちろんよ! だって、私はコリンのお姉ちゃんだもの!」
「頼もしいよ」
デイジーとコリンをアルに預けて、ミアは崖の方を向く。
「ミア」
アルに声をかけられてそちらを向くと、彼は真剣な表情をしていた。
「無理するなよ」
「わかったよ」
そう返事をすると、ミアは崖を飛び降りた。
魔法の力で落下速度を緩やかにし、ゆっくりと下降していく。地面に足を着くことができたが、そこにはダンの姿はなかった。
魔獣と戦っていたのだろう。地面にはいくつも擦った跡があった。
「さて、どこまで行ったか」
人には魔力がある。だから、人探しには魔力を追うことができる。だが、この山は水の石がある。多くの魔力が邪魔をして、ダンの居場所を把握することはできない。
結局、ダンが魔獣と戦った跡を追いかけることしかできない。
雨が本降りになっていく。ミアはぬかるんだ足元を意識しながら、ゆっくりと歩みを進めた。
魔獣は道の途中で横たわっていた。おそらくダンが倒したのだろう。ゆっくりと辺りを見渡す。すると、崖にわずかな窪みがあった。そちらに歩いていくと、雨宿りをしたダンを見つけた。
「ダン、大丈夫か?」
「……先生」
ダンは驚いた表情をしていた。同時にホッと頬を緩める。
「探しに来てくれてありがとう」
ダンはあちらこちらに怪我をしていた。彼の座っている隣に腰を下ろす。
「怪我を直してやろう」
ミアはパチンと指を鳴らす。すると、光の粒がダンの周りに降り注いだ。光の粒が触れると、怪我が少しずつ治っていく。
「すごい……」
ミアはあまり生徒たちに魔法を見せることはない。魔法で何でも解決してしまえば、努力をすることができなくなるからだ。
「今日は特別な」
もう一度指を鳴らせば、雨で濡れていた服が乾いてしまう。
念のために持ってきた薪をカバンから取り出して設置する。パチンと指を鳴らせば、薪に火がついた。
「魔法ってすごいな」
ダンは目を輝かせてミアを見る。その表情にミアは苦笑する。
「ああ、魔法はすごい。使い方を間違えなければな」
「使い方?」
「そうだ。魔法は人間が扱えない能力だ。だから、その力を利用しようとする者もいる。……時には戦争の道具として使われることもあるんだ」
「戦争の道具……。そんなすごい力を使われたら、人間は対抗できない」
「そのとおり。圧倒的な戦力差だ。魔女は貴重だ。魔女を見つければ、権力者は目の色を変えるだろう。……だから、魔女は自分の正体を明かすことは少ない」
ミアも旅をしている中で自分の正体を明かしたのは指で数えるほどだ。ライオネルのいた国でも正体を隠すつもりでいた。だが、事故で大怪我をした人々を助けるためにその力を使った。その恩賞として、ミアたちは城へ招待されたのだ。……使わなければ、ライオネルに出会うこともなかっただろう。
「魔女だと明かしてよかったことは、あまりないよ」
魔女だと知られたから、ライオネルは嘘を吐いたのだ。もし、彼の嘘に騙されなければ……自分はまだ恩師と旅を続けられたのだろうか。
「俺は、先生のことすごいと思う。助けられたことも多いし……。それに魔法を使わなくても、先生にはできることがたくさんある。剣も先生が教えてくれた」
ダンは足元に置いてある剣にそっと触れる。出会ったばかりのころ、ダンは戦い方を知らなかった。守りたい人たちに守られてしまい、失ってしまった。
「俺はみんなを守りたい。そうできるようにしてくれたのは、先生だ。俺は先生を尊敬してる」
あのころみたいにすべてを警戒している目ではなくなった。まっすぐとこちらを見てくれている。
「コリンは無事だったよ。君が助けてくれたんだ。……強くなったね、ダン」
そう褒めれば、ダンは嬉しそうに笑った。彼は手をぎゅっと握り締めるとミアを見た。
「先生、お願いがあるんだ」
「何だ?」
「先生はいつか、あの村を出ていくかもしれない。……そのときは俺も連れて行って」
その言葉にミアは目を瞬かせる。
「デイジーやコリンが村に残る選択をしてもか?」
「コリンは強くなってる。きっとデイジーのことを守ってくれるはずだ」
「私も強いぞ。自分の身は自分で守れるさ」
「でも、一人は寂しいだろ?」
火に当たって暖かくなったのか、ダンの頬は赤かった。
「俺は先生と一緒にいたい」




