ララヌイとミア
『極光』とは何か。
ある日、なんの前触れもなく、空から降り注ぐ眩い光。
空気を裂き、大地を焼き尽くし、後にはなにも残らない。
数十年に一度、世界のどこかで突然起きる現象だ。
『地喰らい』とは何か。
極光の直後、雲の奥から現れる、蠢く黒い怪物たち。
焼けた大地を削り取り、再び空へと戻っていく。
その跡には、やはりなにも残らない。
ララヌイの説明は、淡々とした口調だったが、内容はあまりに現実離れしていた。
彼は学者で、ミアはその助手。
世界各地で起きるこの現象を追い、調査しているという。
偶然にも、この地を移動中に極光が発生し、
地喰らいが現れる前に現場を調べようと駆けつけたらしい。
そこで、焼け野原の前に一人立ち尽くしていた僕を見つけた――というわけだ。
「――てなわけだ。信じがたいだろうが、これが事実だ。しばらくはこの地に滞在して、俺たちは調査を続ける。……さて、今度はこっちの番だな、エトワ」
そう言うと、ララヌイは内ポケットから小さなメモ帳を取り出し、質問を始めた。
この辺りの地形、極光発生時の状況、空気の変化……。
僕は答えながら、頭の中で自分の今後を考えていた。
選択肢は三つ。
一つ目は、また奴隷として鉱山に雇われること。……ダメだ。もうあんな地獄はこりごりだ。
二つ目は、一人で旅をしながら生きていく。でも、力も金も知識もない僕にそれは難しい。
……じゃあ、三つ目は――?
「……?」
ふと、視線を感じてララヌイの後ろに目を向けると、小柄なフード姿の影がじっとこちらを見ていた。
ミア、だった。
フードの奥から覗く瞳が、僕を観察するように揺れている。
じっと見つめられていることに、どこか不思議な違和感を覚える。
(……なんだろう、怯えてるって感じじゃない。何かを――思い出してる?)
ミアは視線に気づくと、はっとしてフードを被り直す。
その様子を見て、ララヌイが呆れ声をあげる。
「おいミア、いつまで隠れてんだ。フードも脱げっての。ほらよっ!」
「はわわっ!?」
彼女のフードが外され、ぱっと表情が露わになる。
大きな目に、整った顔立ち。健康的な肌に艶のある髪。
――どこか、自分とはまるで違う世界の人間のように感じた。
「な、何するんですか……!」
「隠れてばっかで怪しいからだろ? あれか、同年代の男子が珍しくて緊張してんのか?」
「ち、違いますっ!」
ミアはララヌイを小さな拳で叩く。
けれど背が届かず、ポカポカと胸元を軽く叩くだけだった。
その様子を見ながら、僕は問いかける。
「もしかして、僕に何か……?」
「えっ……あ、あの……」
ミアはおどおどと目を泳がせ、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「な、なんて喋ればいいかわからなくて……ごめんなさい……」
「えっと……?」
「あう……っ」
一瞬の沈黙。
その後、小さく何かを呟こうとしたミアだったが、また口を閉ざしてしまった。
ララヌイがそれを見て、手をパンと打つ。
「よし、そろそろテント張るぞ。ミア、お前も手伝えー」
「あっ、はいっ! 寝床作らなきゃですね!」
ミアはぱたぱたと駆け出し、荷物からテントを取り出して準備を始めた。
ララヌイが僕のほうを振り返る。
「エトワ、お前はどうする? 帰る場所もなけりゃ、身寄りもねぇんだろ」
――答えは、すぐには出ない。
奴隷として過ごしてきたこれまで。
その鎖は、ようやく断ち切れた。
でもその先にあるものが、まだ見えてこない。
「……わからない」
僕は、ただそう答えた。
ララヌイはうなずき、寝袋を放り投げる。
「じゃあ今夜は、これで寝とけ。返事はいらねえ」
「うわっ!」
突然のことに、手から落としそうになるも、うまくキャッチできた。
ララヌイはもう僕に構わず、ミアのもとへと戻っていった。
少し離れた木陰に移動し、寝袋に潜り込む。
疲れがどっと押し寄せてくる。
(これから、僕は……)
考えかけた思考は、すぐに眠気に飲まれた。
そして、静かに目を閉じた。
新たな出会い。
頑張れエトワ!
自分も更新頑張る!