#24 午前授業の様子 上野
私の名前は上野四季。ちょっと心の声が多いだけの普通の女子高生。今日は、特に何もない普通の学校だけど、それだけじゃ暇だから周りのクラスメイトが何を話しているかに注目しようと思う。特に、田中さんと鈴木とか、山田と江野畑さんとか、藤井さんとかの個性的な面々に注目して見てみよう。
今日は火曜日。ダンダダンが更新される日であり、憂鬱な月曜日が終わって少しだけやる気が出る曜日。
朝ご飯を食べながらスマホをいじっているとナツに注意された。
「お姉ちゃん!スマホいじりながら食べちゃダメでしょ!行儀悪いよ!」
そんなに怒らなくても...ちょっとだけしょんぼりしながらご飯を食べ進める。スマホをいじらないでどうやって暇つぶしをすればいいんだろう。ナツに聞いてみよう。
「ナツさんナツさん。スマホがない朝ってどうやって暇つぶしすればいいんですか」
ナツは眉間にしわを寄せながら、若干怒りつつ答える。
「そんなこと聞いてないで、早くご飯食べなよ!もうすぐ登校時間でしょ!あれだけ起こしたのになんで早く起きなかったの!」
ナツが怒ってる!とりあえず、ここは素直に謝っておこう。
「ごめんなさい...反省してるから、ぶたないでほしいのだ...」
「私、お姉ちゃんのこと一回もぶったことないでしょ!適当なことばっかり言ってないで早くご飯食べてよ!お姉ちゃんのせいで私も遅れちゃうじゃん!」
ナツ、キレた!このままだと無理やり口にご飯を突っ込まれる!あれはもう嫌だ!
「ごめん!早く食べるから口に突っ込むのはやめて!」
「...早く食べてよ!私はほかの準備しておくから!」
なんだかんだ言いながら面倒見てくれるナツは優しいよねぇ。でも、いつまでもよっかかってるとさすがに愛想つかされる!今度何か、プレゼントしよう...クマのぬいぐるみとか...さすがにあの年でそれはないか...化粧品とか?高いやつでも買ってみるか...最悪、私が使えばいいし
「お姉ちゃん!早く食べてってば!もう私出ちゃうよ!?」
学校につくと、ほとんどのクラスメイトが適当にだべっている。私も誰かと話したいけど...生憎、田中は鈴木と話している。割って入ってもいいんだけど、それやると確実に好感度下がるだろうしなぁ...大人しくクラスメイトの会話を聞いていよう。あれはあれで面白いし。あ、山田と藤井が話している!なかなか珍しい組み合わせだね。何話してるんだろう?
「あ、山田!昨日はごめんね。カイトに聞いたら、なんか自分がクズだって言ってたし、山田が言ってたこともカイトを思ってのことだったみたいだから...その、疑っちゃって悪かったね」
藤井があんな申し訳なさそうにしてるとこ初めて見た!会話の内容から考えると、藤井の家族っぽいカイト君?って子が山田に何か言われたみたいだけど。う~ん、事情が複雑そうだねぇ。あんまりわかんないな。後で山田に聞いてみよう。でも、藤井が謝るあたり相当根深い問題なんだろうなぁ。
「いいよ。俺もちょっとあの子には言いすぎた。でも、藤井もあの子に頼りすぎるなよ?家の中見たけど、カイト君にいろいろやってもらってるだろ?」
山田がやさしく、けれどはっきりと藤井を問い詰める。対して藤井は、なんでわかったの!?みたいな顔をしている。わかりやすいな。
「藤井だけじゃあそこまで片づけられないし、俺たちがいるときもお菓子のゴミとかカイト君が片付けてたし。なんなら洗い物洗ってたし」
そりゃ誰でもカイト君がやってるってわかるな...逆になんで藤井はほかの人にわからないと思ったんだ。
「えぇ~...やっぱり頼りすぎかな?いや、私もね?昨日の夜、カイトを慰めてる時にちょっと思ったんだよ。カイトに勉強とかいろいろやってもらいすぎなんじゃないかって」
あの、話聞く限りカイト君って年下ですよね?なんで年下に勉強を教えてもらってるんですか?プライドとか何もないのか、藤井は…。私と同じように感じたのか、山田も唖然とした顔で質問する。
「え??あの子に勉強教えてもらってるってマジ?見た感じ中学生っぽかったけど」
「うん、カイトは中学二年生だよ。でも、頭良いから私が習ってるところまでわかってるし、毎日のように勉強見てもらってるんだ!」
「...」
「...」
いけないいけない。会話に参加していない私も絶句してしまった。
...え?本当に?中学二年生男子に勉強を教えてもらう高校三年生女子っているの??しかも家事全般もしてもらってる?
「ちょっと待って...頭痛くなってきた...つまり、藤井はカイト君に家事も勉強もしてもらってるってこと?年上としてのプライドとか、何かしら返してあげようと思わないのそれ?」
山田が頭を抱えながら聞いている。うん、私も頭抱えてる。どうするのこれ...放っておくわけにもいかないだろうし…
「そうだよ。もしかして、これって言わないほうがよかったことだった?」
言わないほうがいいとかそういう次元じゃないね、それ
「とりあえず、カイト君に今日帰ったら感謝しようね。マジで。藤井のことほぼ全部やってくれてるから。あと、藤井はもうちょっと常識とか、人に見られたらどう思われるかとか、そういうこと気にしてね」
私もそう思います。藤井ってどこかおかしいと思ってたけど、ここまで変わってるとは思ってなかったよ…
「う~ん、まあ、そっか。そうだよね。今日帰ったらちゃんとカイトにありがとうって言ってみる!ありがとうね!ついでに、カイトに家事しすぎないでって言っとくね!」
「いや、そういうことじゃなくて、もっと根本的なことが...」
山田が言いかけたが、藤井は自分の席に戻ってしまった。タイミング悪く、チャイムが鳴る。
藤井、本当に大丈夫かな?二人の会話を聞いて、今度カイト君と話してみたくなった。
1時間目は体育だった。内容は、野球で適当にキャッチボールをしたり、チームでまとまって模擬試合したり、まあまあ楽しかった。みんなを適当に見ていた感じ、田中は身体能力の高さで野球をやったことがなくてもそれなりに活躍していた。江野畑は「なんで、ちょっと濡れてる運動場で野球なんてしなきゃなの!?昨日雨だったんだし、体育館でバドミントンしたいですけど!」と山田に愚痴っていたが、山田に言ったところでどうなるわけでもなく、山田に「はいはい、後でお弁当分けてあげるからちゃんとやろうね」と慰められていた。最初は適当にやっていたが、キャッチボールが楽しかったのかだいぶ汗をかいていた。賽瓦は...特に何もしていなかった。ずっと端っこで土をいじいじしていた。けれど、相方の三河が土をいじっているときは自分のことを棚に上げて「ちゃんと授業に参加しなよ」と言っていた。その後の応酬は、言わなくてもわかるだろう。いつものことだし。
私も、体育は苦手だけどチームのみんなが頑張ってたから、それなりに頑張って点数をとれた。楽しかった。
2時間目は、英語だった。前の時間が体育だったこともあって、半分ぐらい授業を聞いてなかったが、そこは田中のノートを後で見せてもらおう。田中ってまじめだし、優しいから多分見せてくれるよね。
クラスメイトのことで覚えているのは、田中が先生に当てられたときに鈴木が小声で答えを教えてたこととか、この先生は一回当てたら同じ人は当てないから私が最初の段階で手を挙げたことくらいかな。ほかの人はみんな寝てた。英語の先生が優しい先生でよかったね。じゃなきゃ説教だよ。
3時間目と4時間目は、倫理の授業だった。倫理の担当の先生は、なぜかグループワークが好きな先生で、いつも哲学的な内容を話合わせる。それは楽しいんだけど、頭使うからちょっと大変なんだよね。
「それじゃあ、今日は幸せについて考えましょう!まずは、あなたにとっての幸せとは何かについてみんなで話し合ってください!」
グループはいつも通りの、私、江野畑、山田、三河、賽瓦になった。この授業の最初の10分は各自考える時間だ。眼鏡をはずして幸せについて考えてみる。
幸せ...幸せか。あまり考えたことなかったけど、多分、今が一番幸せだと思う。なんとなくだけど、家族もいるし、適当に話してくれる田中もいる...いや、田中は最近あんまり話してない気がする。ずっと鈴木と話してるし。というか、このクラスに私の友達ってどれぐらいいたっけ?...やっぱり、あんまり幸せじゃないかも...友達が多いことが絶対に良いことだとは思わないけど、たまに話してくれる人もあんまりいないようじゃそんな幸せとは言えないかなぁ。ナツも怒ってばっかりだし...自分を改善しないとまずいなこれ。
...あ!幸せについて考えるんだったこの授業!私にとっての幸せは...適当に話してくれる友達がいて、勉強がそこそこできて、ナツが毎日一緒に寝てくれること...とかかな?勉強はふつうだけど、もうちょっと上にしたいんだよね。行きたい大学的にも。ナツもなんだかんだ寂しがり屋だし、ずっと一緒にいてあげたいけど、私がいつも怒らせてるからか、最近一緒にいてくれないんだよね...もっと仲良くしたいのに...もっと一緒にいれるように頑張らなきゃ!
「はい!10分経ったので、意見交換をしてください!」
先生がそう言うと、まずは私から意見を言うことになった。まあいいけど、最初はちょっと緊張するよね。
「私にとっての幸せは、勉強がそこそこできて、妹ともっと仲良くできて、もっと友達がいることです。理由は、行きたい大学が今のままだと受かるかどうか微妙なのと、妹をいつも怒らせちゃってるからってことと、友達がもっといたらずっと話を聞いてもらえると思ったからです」
グループのみんなは、「おぉ~」と言った反応をしている。すると、江野畑が質問をしてきた。
「上野さんは、どうして妹さんと仲良くなりたいんですか?家族ならそれなりに仲いいと思うんですけど」
ちょっと意地悪な質問だな~。そんなの、関係に満足してないからに決まってるでしょう。まあね、気持ちはわかるよ。家族で仲が悪いなんて普通はないから。
「いい質問ですね。なぜ、もっと仲良くなりたいかというと、今のままだと妹のナツが私を頼りきれないからです。ナツと仲が良くないのは、反抗期もあるんですけど、純粋に私が頼りない姉だと思われてしまっているんですね。だから、家族としてもっと相談してもらって、ナツがいい人生を送ってもらうために私がしっかりしないといけないんです!」
江野畑の質問にしっかり答えてみた。江野畑は、唖然としながら、
「そうですか...ありがとうございます」
意地悪で質問したんだろうけど、しっかり答えられてびっくりしている。ちなみに、江野畑は授業が終わった後に山田に小言を言われていた。自業自得だね。
次の回答者は、江野畑だ。
「私にとって幸せなのは、みんなから認められて、たくさん褒められて、大好きって言われることです!私のことかわいいって言ってくれたり、私が嫌がることをいわない人が大好きです!」
...シンプルだけど、ちょっと歪んでるよね。特に、最後の嫌がることを言わない人が好きって、自分に都合がいい人が好きってことじゃん。さっき、意地悪な質問されたし私も意地悪したいな~
そう思っていると、山田が質問をした。
「すいません、それでいくと江野畑は俺のこと大嫌いってことでいいですか?別に俺はそれでもいいんですけど、いつも弁当あげたり、たまに写真撮ってあげたり、ごはんおごったりしてあげてるけど、そういうことしてても江野畑に対して嫌なこと言ってるから大嫌いってことでいいですよね?」
めっちゃ意地悪~。山田もなかなか性根が腐っているね!ほかのみんなも、江野畑に対して「うわぁ...」って感じで見ていたけれど、今度は山田に対して「うわぁ...」って目で見ている。私もそう思います。そんな空気の中で江野畑は何とか答える。
「えっと、別に山田のしてくれることには感謝してるし...小言が多いけど、別にそんな大嫌いってわけじゃないんで、今日のお弁当はちゃんと分けてくれる...よね?」
山田が答える。
「いやいやいや、大丈夫大丈夫。江野畑が俺のこと嫌いっていうならそれで結構。まあね、俺の心は広くないから嫌いって言ってくる人のことは無視するけれど」
「タンマ!さっきの発言取り消させて!私にとっての幸せは、私のことちゃんと見てくれる人がいるってことだから!だから、ちゃんと弁当分けて!あんたがくれるって想定で少なめの弁当しか持ってきてないから!」
授業中に何をしているんだこの二人は...まあいつものことだなぁ。さて、次は山田が発表するんだよね。江野畑の世話焼いてるぐらいだし、相当変わった価値観してそうだね。
「俺にとっての幸せは、きれいなものとかかわいいもの、もっと言えば自分が良いと思ったものをずっと眺めていたいです。生き物だったら、愛でるのもいいです。とにかく自分が良いと思ったものをありのままの姿でいさせたいです。欲を言えば、それを共有する相手がいるともっと幸せです」
みんなが唖然とする。私も思わず無言になってしまった。なんか...山田の幸せって少し理解しづらい。自分が良いと思ったものを愛でるのは理解できるとしても、なんで眺めるのがいいんだろう?積極的にかかわりたくはないのかな?ありのままの姿が良いみたいだし、関わりたくないんだろうなぁ。でも、生き物なら愛でたいってことは愛はあるんだろうけど...う~ん、難しい。それを共有できる相手って相当限られるだろうね。茨の道だなぁ、これは。みんながポカーンとしている間に、江野畑が山田に話しかける。
「え?山田が私をたまに外に連れ出すのってそういう理由?」
「そうだよ、綺麗な景色とか見ててなんか良いだろう?うまく言葉にできないけど」
「まあ...うん...私がいつも景色を撮るのとは違うけど、悪くはないと思う...」
二人でコソコソ話しているが、結構聞こえてますよそれ。...そうかぁ、山田が江野畑と一緒に出掛けるのはそういう意味もあったんだ。てっきり、一緒に写真撮ってそれが楽しいかと思ってたけど、だいぶ違ったね。ほかの人からの質問もない...っていうか、あんまり理解できてないみたいだし、次行こうか。
次の発表者は三河だ。彼ってオタクってことしかわからないんだよね。目立たないし。
「え~、私にとっての幸せは今です。今、生きていることこそが一番の幸福であり、好きなことに対して向き合えるだけの時間とお金、黙って横にいられる友人がいるのでそれで充分です」
え?それで終わり?欲少なくない?それと、黙って横に横にいられる友人ってそこまで重要?
そう思っていると、賽瓦が質問をした。
「私も同じです。なので、私の分は省略してください」
...質問でも何でもない、ただの宣言じゃんそれ!三河と賽瓦が似たような価値観持ってるのは分かったけども…
たまには私も質問してみよう。
「すいません、全体的に疑問が多いんですけど、特に気になった”黙って横にいられる友人”とはどのような友人ですか?別に黙っているだけなら、そこにいる必要はないのでは?」
特にわからなかったところを聞いてみた。ほかのメンバーもうんうんとうなずいて私に賛同している。
三河は息を吸い込みながら、賽瓦は大きなため息をついた。質問に対する返答は、
「黙って横にいられる友人と、黙っている友人は意味が違います。あなたが言っているのは黙っている友人。私が言っているのは黙って横にいられる友人。この違いは、とても大きなもので詳しく話すと長いのですが簡潔に。私が言っている友人というのは、黙っていたとしても特に何も支障がなく、言葉がいらない、さらに言えば言葉が枷になるような関係ということです」
????
ますます意味が分からない。言葉が枷になるってどういう意味?みんなが頭を悩ませる。
ちょうどチャイムが鳴ると同時に先生がしゃべりだす。
「皆さん!ほかの人の幸せがどんなものかわかりましたか?聞いていると、みんな幸せとは何かが全然違っていて先生は面白かったです!こんな風に、同じ幸せでも人によって価値観が違うので、そこの違いをもっと考えてみると面白いですよ!それでは、今日はここまで!ありがとうございました!」
これで今日の授業が終わった。
なかなかおもしろかったけど、三河と賽瓦ってどういう価値観なんだろう?謎は深まるばかりである。
今日は午前授業だったので、帰りにマックを食べて帰ることにした。ナツのためにも、早く帰って勉強をしなければ!