3話
-第三話-
住所に書かれた場所に着く。家はシンプルなマンションだった。
勢いで来てみたはいいが、いざチャイムを鳴らそうとすると意外と勇気がいるもので、しばらく立ち尽くしていた。
会って何を話せば良いのか
どんな顔をすれば良いのか
そもそも、もう何年も会っていないのに今更。
迷惑だろうか、忘れているだろうか。
‐ピンポーン
緊張して押したチャイムは鳴り響いただけで返事はない。
「いないのか、な」
ホッとしたような残念なような気持ちで、一度帰って冷静になろうと振り返る。
‐ドンッ
「あっ……」
「わっ………」
誰かにぶつかってしまった。
恐る恐る目を開けると。
「れ………伶峰……」
「き、ら」
目を真ん丸にして驚いてる綺羅の顔に違和感を覚える。
まだ少し伸びた背丈と、少し短くしたサラサラの髪。少し大人びた瞳。
私の中の綺羅は、昔の記憶で止まったまま。
「伶…どうしてここに…」
「士季と刃霧に偶然会って、綺羅の住所教えてもらった…」
「そうでしたか。…久しぶりですね。」
また、切ない表情で笑う。
大人びた顔なのに、子どもみたいに泣きそうな表情で。
「上がります?こんなところで立ち話もなんなんで。ああ、もちろん嫌でなければ。コーヒーくらい出させてくれると嬉しいです。」
「あ…上がっていいの?」
「貴女が良ければ。ああ、でも……ダメですね。」
「え…」
「コーヒーでは、ダメですね。せんべいにはお茶ですよね。どうぞ、入って下さい。」
せんべいには緑茶…
私がせんべい好きだなんてよく覚えていたな、と。
父さんがよく温かいお茶を淹れてくれたことを思い出し少し懐かしく感じた。
部屋に入ると必要最低限のものしかないシンプルな間取りとコーディネート。
綺羅は
温かいお茶とせんべいをご馳走してくれた。
特に話すわけでもなく、二人でお茶を飲む。
話したいのにうまく話せなくて、
無意識に出た言葉は
「髪…」
「ああ、切ったんですよ。もう、ちゃんとやり直そうと思って。色々ありましたから、ね。 もう能力者でもないし、普通の生き方をしないといけませんから。」
長い髪が印象だったのに。見慣れない綺羅がそこに居た。
ーチリン
鈴の音。昔、綺羅が変身したときに結んでいた鈴のゴムが風に揺れている。風鈴みたいに吊るして飾られていた。その部屋に目をやると
「これ………」
見覚えのあるシルバーアクセのネックレスとお線香が置いてあった。
「どうかしました?」
「ねえ、このネックレスって」
確かに覚えている。
忘れるわけがない。
大好きな、大好きな父親がつけていたネックレス。
「父さん、の」
どうして綺羅が持っているんだろう。
「流川さんの形見、ですよ。彼を攻撃したときに偶然俺のほうへ飛んできた。それから、ずっと、持ってるんです…俺なんかが持つべきじゃないんでしょうけど、背負いたくて、償いたくて。………すみません。」
綺羅は深く深く、頭を下げた。
「…………っ」
気付いたら私は大泣きしていた。
嗚咽のような、声にならない声で大泣きしていた。
まるで子どもが泣きわめくかのように、叫びながら泣きわめいた。
どうして、どうして
今になって知ったのだろう。
彼がこんなにも自分の
父さんを想っていたこと。
殺したくて殺したわけじゃなかったこと。
責任をずっと背負って生きていたこと。
それなのに私はなんてことをしたんだろう。
これ以上傷付けたら、もう、
消えて無くなりそうに笑う彼を、どうして責め続けて苦しめたんだろう。