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タンクの下の小銭

 一回読んで満足しないでくださいね。何回目かに本当のコワさがわかるはずですから・・・。

  誰しも一度は見たり聞いたりしたことがあるだろう、「あそこには絶対入っちゃダメ!」という場所。しかし、そう云われると余計に入りたくなってしまうのは人の性なのだろうか。これは、そんな場所にまつわる、本当にあった怖い話である。


 今から15年ほど前。都内某所。


「ただいまー、いってきまーす。」


小学二年生のR君は元気いっぱいの遊び盛りだ。今日も友達のU君と遊びの約束をしている。家の玄関でランドセルと学帽を脱ぎ捨てるように放り投げると、帰宅したのも束の間、電光石火の速さで外に出掛けて行った。


「こら、ちょっと、Rったらもう・・・。すぐ帰ってきなさいよ!」


R君のお母さんは、実は毎日複雑な気持ちでいた。息子のRはとても元気が良くて友達も多い。学校が大好きで、ほとんど休まない。それはそれでよいのかもしれない。が、ちと元気が良すぎるのだ。その元気を、勉強のほうにも少しばかり注いでほしい、というのが母の本音だった。もっとも、母の心の叫びはR君にはちっとも届いていなかったが。


 「・・・関東地方の南部は急激な雷雨にご注意ください・・・」


季節は梅雨の走りだったろうか。朝のニュースの気象情報ではそんなことを予報していた。天気も、ころころと変わりやすい日々が続いている。今日も朝からどんよりとした曇り空だ。

 外で遊んでいて雨が降ってきた場合、すぐに帰宅するように・・・とR君は母から言い聞かされていた。風邪を引くから、視界が悪くなって交通事故に遭いやすくなるから、など理由は色々とあったがR君はその点について幼いながらも一応、承諾していた。


 R君が、逸る気持ちを抑えきれずに家を飛び出していったのには、加えて理由がある。彼らの遊び場所である、通称“よんちょこ”(4丁目公園)は都会の公園の常で、規模が小さい。少しでも早く遊び場を確保しておかないと、上級生や他のグループなどのライバルに場所を取られてしまう。早い者勝ちの世界が、暗黙のうちに出来ているのだ。さらに、そのルールは仲間内にも形を変えて適用される。何でも一番はカッコイイものだ。それは陣取りとて例外ではない。約束の地に最速で現れる者は自ずと名誉高くなれるのだ。

 よんちょこから自宅までの距離はU君のほうが近い。それがまた、R君を急がせる。全速力で駆けてきたR君であったが、今日も陣取り合戦には負けてしまった。


「よっ!なにしてあそぶ?」


U君は、よんちょこの正面入り口を見渡せる滑り台の頂上でR君の到着を待っていた。どこか誇らしげの笑顔である。そして、遊びの具体的内容をR君に聞くこと自体に、U君の優越感がにじみ出ていた。まだ公園には二人以外誰もいなかった。


その頃彼らの間で流行っていた遊びはエアガンの“BB弾”を集めることであった。大人にはその価値を理解し難くなっているかもしれないがBB弾は彼らにとって宝石のようなものだ。皆が持っていないレア物の宝石を持つことが各人のステイタスに直結する。そのレア度は主にBB弾のカラーや傷の少なさで判別したものだ。何かにつけて優劣をつけ、完璧を目指す。幼い時期から人の心なんて大して変わらないもの、なのかもしれない。


 「おっ・・・。なんだ、クロか・・・。」


 それまでU君と一緒にBB弾を探していたR君であったが、いつの間にか別行動になっていた。彼らにとっての宝石の発掘も、先に見つけて手に取った者がその所有権を得る。ゆえに、複数人で同時に同じ場所を探せば、その辺の権利の所在がややこしくなり、ケンカになる。それが原因で宝石よりも大切な友情に亀裂が入ることだってあるだろう。そのことを何となくわかっていた二人は、無意識のうちに程好い距離を保っているのだ。BB弾は公園の隅っこに泥にまみれて埋まっていることが多い。レアな色のものは、なおさらそうである。泥の付いた黒色のものは、一瞬、珍しい色に見えた。しかし、泥を落としてしまえばただの黒い玉だ。黒は、“はずれ”なのである。R君は躊躇なくそれを捨てた。


 予報通り、暗雲が垂れこめてきた。夜でもないのに辺りは真っ暗になった。雷鳴の轟きと閃光が徐徐に近づいてくる。生ぬるい風と共に、今にも降り出しそうな、湿った臭いが漂う。ただならぬ気配に、遊びに熱中していた二人もさすがに手を止めた。


 “その場所”へ誘うきっかけを作ったのは、ここから自宅までの距離が遠い、R君だった。


「・・・ねぇ、あそこへいってみようよ・・・」


 その場所とは、よんちょこに隣接しているマンションの敷地内のことだ。緑色の、やけに高いフェンスによって公園と仕切られた、関係者以外立ち入り禁止の場所である。しかし、その割にはなぜかマンション正面側の入り口の扉の鍵は掛けられていないことが多く、仮に掛かっていたとしても、小学生でもよじ登って乗り越えられる高さに作られていた。

 そのマンションに住む同級生のH君の話によれば、マンションの管理人さんが“コワイ”人なのだそうだ。見た目からして威圧的な人相と服装で、声も大きく、いたずらをするような子供なら容赦なく怒鳴り立てる、という。何度か住人とトラブルになったことがあるらしく、公園でただはしゃいでいた子供達に「うるさいガキども!」と突然キレ出すこともあったようだ。


 確かにコワそうだが、どんなにコワイ雷であっても、あちらに見つかりさえしなければ何もコワくない。こちらに落としようが無いからだ。いや、それよりもむしろ見つかるか否かのスリルを、子供達は楽しんでいたのかもしれない。


 いよいよポツポツと降りだしてきた。雷の轟音を合図にするように。


「うわぁぁ・・・しぬ~。」


落ちてくる雨粒に当たると死ぬ、なんてことは無い。いかにも子供らしい発想だ。でも、どこか残酷な感じがする。何かを軽々しく認識しているようであるからだ。


R君とU君は、案の定鍵の掛かっていなかった扉を開けてマンションの敷地内に入った。誰にも見つからないようにこっそりと。


その一番奥には、クリーム色の大きなタンクがある。おそらく、ボイラーか貯水タンクの類だろうがそこに何が入っているか、小学二年生にはどうでもよいことだった。タンクと地面の間にはちょっとした隙間がある。そこに入れば“当たると死ぬ”雨から逃れられると、R君は考えたのだった。そして、“タンクの下”は彼らにとって秘密基地的場所でもあった。基地に入る資格のある者は秘密厳守ができなければならない。まず、基地の存在を外部に知られてはいけない。そういった意味で、友情と秘密結社のメンバーであることは比例関係にある。軽い気持ちで大して親しくもない友を連れてきたことが他のメンバーに知れ渡れば、そいつは袋叩きにされて追放されるだろう。裏切り者、だからだ。“秘密裡に動くこと”こそが、秘密基地たる由縁でもある。基地内で起きたことは、現場にいた者以外に口外してはいけない。絶対に・・・秘密は守らないといけない。


(これ・・・なんだろう?)


 R君はタンクの下で“黒い財布”を二つ拾い、手に取っていた。ひとつは紙幣を入れるものらしく、片方よりもやや大きめだった。もうひとつは小銭をいれるものらしく、片方よりもやや重かった。彼はどうしてこんなものを手にしているのだろうか。


 良心はガタリと揺れる。


 “財布を拾ったら交番に届けなければならない。”しかし、届ければ基地の存在が知られてしまうし、裏切り者の烙印を押される。しかも、相手は警察だ。基地をどうかされてしまっては、たまったものじゃない。秘密結社としては、もっとも敵対する相手になろう。外は雨と雷が激しくなっていた。外に出ようとは思わない。

 

“財布を拾ったらその中身を見ずに交番に届けなければならない。”そう、他人のプライバシーを無闇に侵害してはならない。そこには人々の自由があるから、である。プライバシーとは、秘密めいたものでもある。他者の干渉を許さない、隠れ家に似た空間だから、である。つまり、プライバシーは隠されてこそ意味を持つ。部外者の立ち入りは、禁止されて当然だ。


 では、プライバシー同士が対立するとどうなるか。R君は・・・自己弁護の道を選んだ。


 ・財布の持ち主に心当たりはない。どう見ても大人用の財布だ。多分仲間じゃない。

 ・こんなところに財布を落とすわけがない。持ち主も忘れている。権利の放棄だ。

 ・仮に中身を見たところで、そのことをU君以外には知られない。U君は、親友だ。

 ・「見てない」とウソをつける。すっとぼけていれば永遠に気付かれない。

 ・ここは人目につかない場所である。

 ・外は土砂降りの雨。面倒臭い。

 ・秘密厳守。

 

 R君は、まだ子供だ・・・。


良心はガタリと揺れる。


好奇心という名の悪魔も彼を誘惑する。見たい、見たい、見たくてしょうがない・・・。

見たければ、見てもいい。U君も見たがっているし。誰も見てないよ、ね?見たところで誰に咎められることもない。無論、隠し通せれば、の話だが。それは十分できる。見るぐらいならいいじゃないか。減るものじゃないだろう。誰が損をする?この財布の持ち主か?そいつはそれを捨てたのだ。だから、おまえが今持っている。おまえのモノじゃないか。好きにしろよ。


でも・・・


 それはできない。やはり、ダメだ。子供のいたずらとはいえ、わるいことを隠してはいけない。悪循環に陥ると闇は広がり続ける。心はやがて麻痺する。おそれを知らなくなる。真実の光を照らし、連鎖を断ち切れ。悪事を隠すための秘密や約束なら・・・破れ。


でも・・・


 そんなに“いいひと”で居続けるのは、つらいぞ?きっとおまえはボコボコにされるぞ。・・・裏切り者、だってな。

・・・そのあとは、どうなるかって?省かれるかな、みんなに。仲間はずれになるぜ、きっと。話しかけてもシカトされるぜ。拒絶されるんだよ、入ってくるなって。孤独だな・・・。おまえ、耐えられるか?・・・無理だろう?それなら、仲良くしろよ。マジメぶるよりマシなはずだぜ?


でも・・・本当にそれでいいのか?




 R君を守るものはたくさんあった。


雨が止んだあと、R君は一人で財布を交番に届けに行った。もちろん、中身など見ずに無心で。そして、入ってはいけない場所に無断で立ち入ったことも自ら正直に話した。すると、おまわりさんは「偉いぞ、ぼうや。」と怒ることもなく、褒めてくれた。きっと、とんでもない雷が落ちてくるだろうと内心ビクビクしていたのだが、全くコワイことなんて無かった。


いいことをすれば、気持ちがいいもの、である。         (これで)終わり




(・・・そんなところにあったのか・・・ありがとよ、ボウズ。)      




これでいいのなら、これもひとつのエンディングとなりうる。先を読まなくても、いい。




R君を守るものはたくさんあった。・・・あるはず、だった。

 

 やましい心に満ちた少年は、まず大きな財布に手をつけた。


“かみくず”しか入ってない。と思いきや、どこかの神社の御守が入っていた。・・・気味が悪い。彼にとっては何の役にも立たない“いらないもの”だ。汚いものを触るようにして御守を元に戻すと、大きな財布は放られた。


 重みのある財布に手をつけるのに時間はかからなかった。心にブレーキをかけても、慣性の法則で体は動いていた。


お金のある場所のボタンを外すと、やはりお金がジャラジャラいった。いくらあるのだろう?手の平にそれらを出してみる。全部で数十円程度の小銭だった・・・。

U君は黙ってR君の行動を見ていた。だが、R君は何もいわず小銭を握りしめた。

所有権はもちろん彼にあるからである。目線を合わせようとしない。


タンクに打ちつけて流れ落ちる雨が、タンクから溢れ出る黒い水に見えた。


まだ、財布には残り物がある。カード類が入っている。数枚のカードの中で、R君にも見覚えのあるものがあった。確か、父親が似たようなカードを持っていた。


それは、身分証明証にもなる、自動車の運転免許証だ。

 名前も、生年月日も、顔も、はっきりと記載されている。若い男性が真面目な表情でこちらを見つめていた。


R君をここに呼んだのは“彼”だったのかもしれない。そう、小銭をシグナルにして・・・。


言い知れぬ恐怖感に襲われた二人は逃げるようにその場を後にした。


「・・・ただいま・・・」


雨は止んでいない。全身びしょ濡れになってRは帰宅した。Rの母はどこかに電話していた。Rの友人の誰かの家に電話していたのだろう。安否を気にしてのことだろうが、深入りはしないでほしい。それが、本音だ。


「どこいっていたのよ!心配したじゃないの・・・。」


どこ、どこ、と母はしつこく場所を聞いてくる。友達の家に上がり込んで迷惑を掛けた、とでも思っているのだろうか?・・・ある意味、その通りだけれども。


「雨宿りしていただけだよ・・・。」


だからどこなのよ、と追及は続いた。しかし、Rはそれ以上答えなかった。


ただ、彼のズボンのポケットからは・・・小銭の擦れ合う音が響いた・・・。





私が本当にコワイと思うものは、真実を隠そうとする人々のココロだ。この国で一年間に行方不明になる人々はどれほどいるだろうか?免許証の彼は・・・その一人なのかもしれない。もっとも、真実は闇の中だが・・・。



 最後まで読んでいただきありがとうございます。今回が初投稿です。初なのにかなりダークな作品ですが、色々な工夫を施しています。是非、何回か読んでください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 情景は鈴木光司先生の「仄暗い水の底から」に似て いました。貯水槽には現実にそういった暗い事件が たびたび起こります。最後に免許証の人がどうなったか まったくわからないのでそこも気になります…
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