21話 推し通る
「銀閃流——【断ち風】」
銀の剣風とともに神聖騎士団の合間を高速で駆け抜け、奴らの四肢を容赦なく切り崩す。
「ぐぁあぁああ!」
「なんだ、あの速さは!?」
「長剣だ! 間合いも尋常じゃないぞ!」
敵の絶叫が響けば、対照的に俺の後に続く冒険者たちは歓喜の雄たけびを上げる。
「いける! いけるぞおおお!」
「こいつらを突破して旅人の王と合流だ!」
「おらああああ!」
神聖騎士たちは【巨獣狩りの大鷲】による上空からの強襲で陣形を乱され、さらに俺が正面から切り崩すことで浮足立っていた。
そこへ冒険者たちが乾坤一擲の猛突撃をかまし、次々と神聖騎士たちを討ち取っていく。
この場の戦況は覆されつつあった。
だが、俺は一つの懸念点を感じている。
「————ぬるすぎますね」
未だ俺の剣技は、推しがシーズン10で見せてくれた絶技には及ばない。
それでもゼウス率いる神聖騎士団に、ここまで通用するのは予想外だった。
俺はシーズン1の時代、【冥府の王ハデス】の使徒として、さんざんゼウス勢力とやりあってきた。
だからこそ記憶の中の神聖騎士団と、目の前にいる実物たちがあまりにもかけ離れているのが気になった。
弱すぎたのだ。
「突破したぞおおお!」
「見ろ! あいつら散り散りになってやがる!」
「うおおおお! 俺たち冒険者の勝利だあああ!」
「【旅人王の女神】に剣を捧げる!」
大歓喜の冒険者たちを後目に、ヴァン少年が戦っているであろう戦地の目途を立てる。
冒険者たちは俺に続こうとするが陸地からの移動では時間がかかるので、自分だけは【巨獣狩りの大鷲】に乗って先に行くと伝えておく。
「ピィィィィィィィィ! みなさん、くれぐれも気を付けて移動をお願いします! そして期を見計らってヴァン君の力になってあげてください!」
「神獣に乗り、颯爽と次なる戦場へ飛び立つか……神々しい御方だねえ……」
「ヴァンもあれも見てしまったから英雄になったのでしょうね」
ヴァン少年のパーティメンバーだと名乗っていた二人の声が耳をかすめた。
だけど今は一刻も早くヴァン少年のもとに駆け付けたかったので、後ろは振り向かなかった。
◇
「あちらは……主力戦ですね。イェーガー、慎重に進みますよ」
西に数キロメルの地点で、さっきより数倍規模の戦いが繰り広げられているのを目にする。
青を基調にした甲冑の集団がおそらくアルクール公爵軍で、数はおよそ1500ほどだろうか?
その中には装備がバラバラの荒くれも混じっており、おそらく冒険者たちだろう。数はたったの300強。
それに対するはおよそ3000の神聖騎士団。
「さっき遭遇した騎士より練度が違う……?」
上空から見る限り、あきらかに先ほどの騎士団よりも動きが敏捷だ。素早く移動してアルクール公爵軍をかく乱し、的確に脆いところを突いては崩している。
そして冒険者たちが戦っている場所では、よりまばゆい光がド派手に放たれていた。
「……【絶対神ゼウス】自ら参戦しているのですか」
これは非常にまずい。
神聖騎士団だけならともかく、ゼウス本人も出陣しているとなれば状況は著しく厳しいものとなる。
しかも神自身が冒険者たちを駆逐しているとなれば——
ん?
エルフの超人的な視力で戦場をよく見ると、ゼウスと拮抗まではいかずともどうにか抵抗している人物がいる?
もしかしてヴァン少年か!
「イェーガー、私をあそこに連れていってくだ————」
そうお願いしようとした矢先に、無数の光の直線が【巨獣狩りの大鷲】めがけて放たれた。
まるでこちらの行く手を阻むかのような熱線の壁に見えた。イェーガーは急遽旋回したけど、その翼にいくつかの小さな風穴が開けられた。
「グウウキャアアアアアアア……!」
イェーガーは苦しそうに叫び、熱線の射程外へと避けるために高度を上げる。
「大丈夫ですか、イェーガー? んん……今のは【光芒】ですね。ゼウスの加護を受けた者が習得できる白魔法です。しかもあれほどの数を一斉に放つなんて……状況判断も早いですし、私の知っている神聖騎士団に近いですね」
俺はイェーガーに【光芒】の的になってもらいたくはなかったので、戦略を変えた。
「イェーガーは遠くから私の援護をお願いします。あとは私がやります。んん……そんなことを言わないでくださいイェーガー。ここまで付き合っていただいて、私はものすごく感謝しています」
それから俺たちは【光芒】が当たらないギリギリの範囲にまで迫り、そこから俺は戦場へ投下された。
「キシャアアアアアア!」
俺が着地すると同時にイェーガーは巨大な翼を力強く羽ばたかせ、豪風を練り込むように何度も何度も色力を注いでくれた。
そして次の瞬間、俺の目の前にいた騎士たちは風に攫われる。
いや、巻き込んでは砕き、上空へと誘う暴風の演舞だった。
緑と紫の複合魔法【竜巻】。
イェーガーの放った魔法が、俺の進むべき道を少しだけ優しいものに変えてくれる。もちろん、見た目は凄惨であり神聖騎士たちは阿鼻叫喚だ。
「親衛隊! 結界の準備! 【絶対の盾】を発動する!」
しかし、やはり精鋭が出張ってきたようで、数十名からなら神聖騎士団が大盾を構えて【竜巻】に立ち向かった。
彼らは力を合わせて巨大な防護シールドを発動して、【竜巻】を霧散させてしまう。
「なるほどです。数十名ほどちゃんとしていますが、使徒一人分の強さもなさそうですね」
俺たちの時代では、【絶対の盾】はたった一人の転生人……【使徒】が発動していた。
それと比べるとまだこの時代は未成熟。
となるともしかしてゼウス自身もまた、俺が知るほどの強敵ではない?
そんな分析をしながらイェーガーが竜巻で作ってくれた貴重な隙を、俺は無駄なく有効活用していく。
人間たちの争いによって踏みにじられた草花に、【神象文字】を指で描く。
「大地を揺るがすは、草々の怒り、突風の騒めき、地獄の千剣————【剣山の大津波】」
無茶苦茶にされた草たちは、小山のごとく盛り上がる。
そしてその一本一本が鋭く伸びては剣と化し、津波にように大地がうねる。
「な、なんだあああ!?」
「空から襲撃かと思えば次は地面からだと!?」
「ぐはああっ」
「いでえええええしぬうううう……!」
「見ろ、あいつだ! おそらくあの……女神? の所業だ!」
ついに俺の存在は捕捉され、神聖騎士団たちの刃がこちらへと向く。
さあ、ここからは剣で推し通らせてもらうぞ。