20話 女神参戦
「——見つけました」
【巨獣狩りの大鷲】の背から地上を見下ろせば、白を基調にした統一感のある甲冑の一団が、混色の集団を包囲撃滅していた。
おそらく白がゼウスの騎士団で、混色が冒険者勢だろう。
戦況は目をそむけたくなるような状況で、冒険者たちは劣勢すぎた。
【神聖騎士団】が20人~30人の部隊規模でしっかり連携しているのに対し、冒険者たちは数人単位での協力で抗い足並みはバラバラだ。
戦争のような集団戦には不慣れなのが一目でわかる。
冒険者たちは対応しきれておらず、次々と騎士団の剣の餌食となっていた。
「ここの戦いは……神聖騎士団400人で冒険者100人を残党狩りですか……」
植物たちが感知してくれた戦場はここも含めてあと二カ所。
その中でも一番冒険者の足音が少なく、劣勢を強いられている場所に飛んできたけど……。
「……絶望的ですね」
俺は今からこの戦場に……血と狂気が渦巻く殺し合いに飛び込むのか……。
正直に言えば怖い。
古森での戦いはあくまで稽古だったし、【古森の大狼】と一緒にやっていた狩りは生きてゆくための殺しだった。
でもこの戦いは縁も所縁もない人間との戦いだ。
下では人間同士が必死の形相で命を奪い合っている。
……自然と全身は強張った。
「それでも——推しなら」
俺はレムリアたんの姿を思い浮かべる。
「推しはいつだって仲間を見捨てなかった」
俺を見捨てなかった。
「推しなら絶対に戦う。ここから飛び降りてヴァン少年の安否を確かめる」
ヴァン少年を助ける。
そのためには————
「ヴァン君を襲う生ごみはぜーんぶお掃除いたします……!」
自分を奮い立たせるようにして、俺は推しの台詞を口ずさむ。
そして背負った大剣の柄を握りしめ、戦場へ我が身をダイブさせた。
◇
ザンダーという男は、遥か東方の故郷におわしめす【火雷大神】を信仰していた。
同郷であるホーリィも同じだが、ザンダーが信ずるのは【火雷大神】の烈火のごとき猛威と、迅雷のごとき武威を崇敬していた。
ホーリィは燃え立つ炎のように消えない意思と、雷鳴のように響く慈愛を信じている。
二人は神の違った面を見ているが、神を通してヴァンには同じものを感じていた。
『ほら、死んでる暇ねーぞ』
どんな絶望的な状況でも立ち上がれと、手を差し伸べてくれたヴァン。
『おい、お前が倒れてたら誰も守れねーぞ』
どんな苦境にも屈せず、肩を貸してくれたヴァン。
それは彼が持っていた、どんな傷も癒すという不思議な薬のおかげだったかもしれないが、確かにヴァンには不屈の意思が宿っていた。
そんな彼に惹かれて、二人は今まで必死に食らいついてきた。
旅は楽しいものだが、時に危険は容赦なく襲い掛かってくる。
だから彼の隣にふさわしくあろうと、戦い抜いてきた。
「はぁっはぁっ……火雷大神様に願う、火神の息吹き、火神の揺らめき、火神の灼熱、我が槍に降りろ——【豪炎の槍】」
ザンダーは最後の力を振り絞って自身の短槍に炎を纏わせる。
近づく神聖騎士たちを突き、振るうも、彼らは強固な盾でその猛攻をいなす。
ザンダーの周囲にはもはや数人の味方しかおらず、少し離れた場所ではホーリィも苦戦を強いられていた。
「ぐっ……火雷大神様に乞います。雷神の貫き、雷神の怒り、雷神の飛翔、我が敵を射止めん——【│雷撃の大弓】」
ホーリィが雷の矢を射かけて仲間の冒険者をフォローするも、騎士団の反撃はそれ以上に苛烈で焼石に水だ。
もはや二人の限界は近づいてきており、ついつい膝を折りそうになってしまう。
「はぁっはぁっ……こんなとき、ヴァンがいれば……」
「ヴァン……もうダメそうです」
今、この場にいない仲間に、苦楽をともにしてきたヴァンに両者はつぶやいた。
もちろんそんな最期の言葉は、激戦の最中ではぐれてしまった本人へは届かない。きっと彼は今も離れた戦地で、冒険者の別部隊を率いて必死に戦っているのだろう。
しかし奇しくも、二人のつぶやきはヴァンに所縁のある者に届いた。
「——ヴァン君はどこです?」
鈴を転がすように澄んだ声が凛と響く。
旅人の王を『くん呼び』したのは、空から降ってきた銀の閃光をまとった剣姫。
彼女が振るう剣の一閃一閃は、嵐のように吹き抜ける。
後に残ったのは……バラバラに崩された騎士団の死体だった。
自分たちがアレだけ攻撃しても、焼くことも貫くことも叶わなかった騎士団の両断劇に、ザンダーもホーリィも目を見張った。
「ヴァン君はどこですか?」
再び同じセリフを吐く少女は、あれだけの斬撃を放っておきながら一切息が乱れていない。
二人はまだまだ未成熟な少女がこんな神業を披露したのにも驚いたが、それ以上にその圧倒的な美しさにたじろぐ。
月光のごとく淡い銀糸をなびかせ長髪をハラリと耳にかける仕草は、たった10歳前後でありながら異次元の魅力を放っていた。
彼女は自身の身長よりも大きな剣を地面に突き立て、神に造形されたかのように美麗な顔を二人に向ける。
それから無邪気に首を傾げた。
「ヴァン君の名を耳にした気がするのですが? お二人は冒険者ですよね?」
いちいち仕草が洗練されていて、可愛すぎるし美しすぎる!
そんな二人の胸の内を知ってか知らずか、彼女はマイペースに話続けた。
「呆けている場合ではありません。ここは戦場ですよ、気を抜きすぎでは?」
そして月光のごとき輝く彼女は、不意に剣を持たない右手を上空へと掲げる。
「イェーガー、狩りの時間です」
それから前方へと手を振れば、大きな影が自分たちを飲み込んだ。
一瞬、太陽が雲に覆われたと錯覚した二人だったが、空を見上げて驚愕する。
そこには神と呼ばれるにふさわしい巨大な鷲が翼を広げ、今まさに騎士団へと躍りかかっていた。
その鋭く大きな爪が、騎士団の数十名を鷲掴みにして大空へと誘拐してしまう。
そして遥か上空から血の雨を降らし、最後は重力に従って自身も雨粒の一つとなり地上にぶち当たる。
グシャリッ、ドチャリッと鈍い音が響けば、地上にいた騎士団にもぶつかる。もはや空から落とされる死体は凶器そのものだ。
騎士団たちは【巨獣食いの大鷲】に蹴散らされ、その対応に追われてしまう。
「イェーガーが頑張ってくれているうちに状況説明をお願いします。ヴァン君は今どこに?」
ここにきて呆気に取られていたザンダーとホーリィも、ようやく意識を戦いへと向けて立ち直る。
他の冒険者が未だに銀髪の剣姫を見て動けずにいるなか、さすがは旅人王のパーティメンバーだと言える。
「あ、あんたは……ヴァンが言っていた……」
「ほ、本当にいたのですね。女神様というやつが」
二人にそう言われた剣姫は戸惑い、それから自分が敵か味方か問われていると勘違いした。
確かに敵である騎士団を攻撃はしたが、そう簡単に旅人王の居場所を教えてはもらえないと思ったのだ。
一刻も早くヴァンの力になりたい、そのもどかしい思いと焦りから少女は少しだけ的外れな回答をしてしまう。
「あ、えーっと……ヴァン君の、その……幼馴染です?」
あれだけ凛と澄んでいた彼女が、そう名乗る時だけ照れを滲ませる。
そんないじましい姿に、ザンダーとホーリィの両者は『あとでヴァンをドついてやろう』と誓った。
「め、女神さま。ヴァンはここより東に数キロメル離れた場所で戦っている、かと」
「途中まで一緒に奮戦しておりましたが……あまりにも敵の分断戦術が激しくて、我々はここまで撤退を余技なくされました……!」
状況は絶望的だ。
その場の誰もが、旅人王も、自分たちも助からないと悟っていた。
それでも神獣とともに舞い降りた戦女神ならば、もしかしたらこの苦境をひっくり返してくれるかもしれない。
そんな淡い期待が冒険者たちに伝わってゆく。
しかし当の本人である少女は、『自分は女神じゃない』とブツクサ独り言をこぼしながら、その場を動こうとしない冒険者たちを訝しむ。
「ほら、何をボーっと突っ立っているのです? ヴァン君の敵はぜーんぶお掃除いたします! さんはいっ!」
そして戦場に似つかわしくない謎の掛け声を共有し始めた。
「えっ、あ?」
「お、お掃除、ですか?」
「ヴァン君の敵はぜーんぶお掃除いたします! 私に続くのですっ!」
まるで『こんな戦いはたいしたことがない』と、豪語するかのようにあまりにも自然体で彼女は宣言する。
その威風堂々さにあてられて、冒険者たちは彼女の要望についつい応えてしまった。
「「ヴァ、ヴァン君の……敵はぜんぶ、お掃除いたします?」」
「はいっ、よろしい。では、この苦境を切り崩してヴァン君のもとへ行きますよ! はい、【森の命水】をふりかけてください」
ニコリと笑う絶世の美少女に、年甲斐もなくザンダーとホーリィの二人は惚けてしまう。それから顔を横に振り、自らの身体が万全に戻ったと気迫をみなぎらせる。
そして彼らは悟った。
どんなに苦しくとも、人を立ち上がらせるこの強さは————
ああ、ヴァンの根幹にあったものはこの御方だったのだと。
この女神様がいたからこそ、ヴァンは英雄になったんだと。
「うぉおおおおおお! 俺らには女神さまがついてるぜ!」
「みな、我らが【旅人王の女神】につづくのです!」
ザンダーとホーリィは、この時だけは信仰を変えてしまおうかと思った。
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