17話 夜空に飛ぶ
20年が経った。
俺はエンシェントエルフの特性を活かして、ひたすら自分の信仰や色力を磨き続けていた。世界樹と古代樹との瞑想を経て、もはやかつてのクロクロで俺を凌駕する転生人はいないはず。
この蓄えはきっとレムリアたんもしていたはず!
『姫の友、人間の男——』
ふと木々の囁きが懐かしき友の来訪を告げてくれる。
約7年ぶりにヴァン少年が【星渡りの古森】に帰ってきたのだ。
「よう、レムリア」
「こんにちは、ヴァン君」
「はっ、不死身と呼ばれた俺様を未だにヴァン君だなんて呼ぶ奴は、世界広しとは言えお前だけだぜ」
「不死身の由来は、私が恵んであげたお薬のおかげですもんね?」
「ったく、マジでお前は変わらねえなチビ」
「ヴァン君はすっかり老けましたね」
「馬鹿野郎! 渋いナイスガイになったと言え」
「こすいノイズガイになりました」
「人をケチでうるせえ奴みたいに言うなや」
「人をチビチビ言うのはいいのですか? それに帰ってくるたび【森の命水】をせびるのはこすい奴ですよ?」
ひとしきり互いをののしっては数秒だけ睨み合う。
それからどちらともなく吹き出すのはお決まりだ。
「くははははっ。ほら、土産に【岩窟人の火酒】を持ってきたぞ。エルフは折り合いが悪いって言ってたから貴重だろ? それで、元気だったか?」
「ふふふ、ありがたく頂戴します。私は元気ですよ。ヴァン君こそいつもより少し遅かったですね? いつもは5年おきなのに今回は7年ぶりです」
「なんだ、寂しかったのか?」
「いいえ。ただ、何かあったのかと心配はしました」
正直な気持ちを伝えると、ヴァン少年は鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな顔になる。
それから耳だけ赤くなり、照れ隠しで声をくぐもらせた。
「……この俺様が心配されるなんざ久しぶりだぜ」
俺たちはいつもの如く【古森の大狼】の背に乗り、そのまま世界樹へと移動する。
「お、おい……ありゃなんだ……!?」
ヴァン少年は世界樹を登る途中で、夜空を飛翔する怪獣みたいな鳥を指さした。
「あ、【巨獣狩りの大鷲】ですね。近いうちにでも仲良くなってみましょうか」
「え……まじかよ……古代樹よりデカくないか……?」
「あれぐらい大きくないと巨獣なんて狩れないでしょう? 飛竜も狩ると聞きますし」
「飛竜って翼竜よりもバカでけえ怪物だよな……!? そんなの倒したら伝説になるぞ!?」
あんな神獣が散見されるようになったのは、森の力がさらに強まっている証拠だ。
【天空の止まり木】からうかがえる神獣の姿を酒の肴にでもしようか。俺はヴァン少年からもらった酒を盃に開け、再会の乾杯をする。
「それで、どうして七年間も帰ってこれなかったのですか? 何かあったのですか?」
「きな臭えことばかりだぜ。【神聖王国ゼニス】なんて物騒なもんが建国されてよ。神聖騎士団って呼ばれる組織が、布教やら粛清やらと喧伝しながら周囲の農村をまるごと侵略したりな……」
【絶対神ゼウス】を主神とする王国か。
基本的には秩序に重きを置くが、どうにも他の宗派や文化を軽視する傾向にある。自分たちこそが正義であると、押しつけがましいところはクロクロと同じだな。
騎士団は神の剣や盾となる組織で、いわゆる神が保有する武力そのものだ。
そして騎士団が生まれ始めたとなれば、神の奇跡を代行しまくる【使徒】の誕生も近いかもしれない。
「【奈落の迷宮郷ハーディア】ってのも行ってみたが、あっちの方が旅人の俺としては居心地がいい。ただし、大した理由もなく欲望や快楽のためだけに人殺しが横行してるのはヤバい。それを主神が許してるってのもいけねえ」
【冥府の王ハデス】を主神とする混沌渦巻くダンジョン都市……懐かしいな。
俺も世界樹を通してある程度は遠き森々の声を聞いてはいたけど、ヴァン少年の話は人間に特化している分、確度が高い。
「ゼウスとハデス、どちらの方が優勢ですか?」
「圧倒的にハデスだな」
おや?
クロクロのシーズン1では互角から始まり、最終的にはゼウス優勢で勝利したはずだ。
今後60年でゼウス側が盛り返すのか?
「ヴァン君はどっちの肩を持つのですか?」
「どちらにもつかねえつもりだったんだが……旅人の尊厳と自由を奪い、縛り付けようとする輩とは戦い続けるぜ」
「冒険者の走りとなった古株は大変ですね」
実はここ最近になって、『冒険者』という生業が出現したばかりなのだ。
シーズン1の時代になれば冒険者ギルドは普通に存在しているが、過去に【旅人の王】と呼ばれる偉人が【アルクールの戦い】で勝利したからこそ、冒険者ギルドが設立された。
それから冒険者は世界に認められるようになったらしい。
【アルクールの戦い】とやらがいつ起きたかは裏設定集にも載っていなかったので不明だが、数十年後には勃発するのだろう。
そんな他人事のように考えていると、ヴァン少年の口から衝撃的な単語が出てくる。
「アルクール公爵のおかげで、どうにか冒険者たちの自由は確保されてるんだが……そろそろ厳しくてな」
「ん? アルクール……?」
「ああ。神々に仕える国のお偉いさんたちは、冒険者を騎士団の予備戦力にしたいらしい。他の神に仕える者たちと戦争する際は、冒険者も強制参加させようって流れが強いんだ」
「……それに反発して声を上げているのがアルクール公爵ですか」
「なんだ、知ってるじゃねえか。冒険者を自国の臨時軍事力として押さえつけようとするなんざ……横暴すぎる。俺たちは生まれも信仰も様々な奴らばっかなんだぜ?」
「ヴァン君は信仰の自由を賭けて戦うのですね」
「今……抗わないと冒険者の立場なんて確立しようもないぜ」
「お父さんのように戦争に赴くのですか?」
この質問に、彼は少しだけ間をおいて頷いた。
「ああ……」
ヴァン少年自身、複雑なのだろう。
彼は戦争をきっかけに両親を失い、その戦争を忌み嫌っていた。
そんな彼が今となっては自ら参戦しようとしているのだから、その心境が複雑でないはずがない。
「俺も大の男だ。これぐらいは別にどうってことはねえよ」
それでもヴァン少年の決意は固いようだった。友として彼の気持ちは尊重するけど、戦争に行ってはほしくはないと伝えておく。
「竜人たちの蘇生儀式が『死して七日間以内』にしか発動しないと知って、ぐちぐち言ってましたよね? 私の前で泣き崩れた大の男は誰でしたっけ?」
「あれは酒の勢いだ! 酒の! それに冒険の最中で仲間たちの命は救えたし万々歳だぜ!」
「仲間の生死で一喜一憂する……そんな優しいヴァン君が戦争ですか?」
「……この歳になるとな、自分はあと何ができるんだろうって、何を成し遂げられるんだろうって、何を若い奴らに残せるんだろうって思うようになってな」
そう言うヴァン君の横顔には、深い傷と皺が刻まれていた。
歳を重なれば旅人として体が言うことを効かない時があると、若い時ほど無茶ができなくなってきていると、7年前に会った時はそうぼやいていたっけ。
42歳となった彼が落とす言葉には、確かな重みがあった。
であるならば、俺が友としてできるのは————
「はいはい。じゃあ毎度のごとく【森の命水】を授けましょう」
「おうよ! 恩に着るぜ!」
「ただし、一つだけ条件があります」
「おう? なんだよケチクサイこと言うなって」
「これだけは譲れませんから」
そう言って俺はヴァン少年を見つめる。
「必ず生きて、また帰ってきてください」
「はあ? 俺が約束を破ったことがあったか?」
「さあ、どうでしょう」
いつも通りの約束を交わして、また彼が旅立つのを見送った。
◇
クロクロの裏設定集で【アルクールの戦い】は、アルクール公爵率いる冒険者勢の勝利に終わると書いてあった。
だけども世界樹を通して世界中の木々たちから伝わってくる情報は、不穏な囁きばかりだった。
『——アルクール公爵軍、各地で│神聖騎士団との敗戦が続く』
『——【神聖王国ゼニス】では冒険者が戦場に強制徴兵された』
『——冒険者たちはちりぢりになってしまった』
『——旅人の王が冒険者をまとめあげ、徹底抗戦に出ている』
『——アルクール公爵の一人娘が攫われ、人質に取られた』
『——アルクール公爵は神の軍門に下るのか』
俺が今まで外の世界を回ろうとしなかったのは、下手に俺が手を出して未来が変わってしまうのを恐れていたからだ。
俺の知ってるクロクロでなくなってしまったら、推しのようにはなれない。
「でも、このままでは私の知っているクロクロではなくなってしまう。ここで冒険者側が負けたら……冒険者は傭兵団と変わらない存在になってしまいます」
それにヴァン少年だって危険かもしれない。
考えたくはないが、戦禍に呑まれて命を落としている可能性だってある。
もはや居ても立っても居られない。
「うん、行ってきます。みんな、父様と母様に伝えておいてください」
俺は古代樹と世界樹を通して、両親に旅立つと伝言を残しておく。
きっと人族の戦争に関わるかもしれないなんて言ったら、古森から出ることを反対されてしまうだろう。
だからどうか、伝言だけしか残さない俺を許さないでほしい。
「————ピィィィィィィィィィイイイイイイイイ!」
俺は真っ白な月が浮かぶ古森の夜空に、口笛を鳴らす。
すると星々の光が静かに降り注ぐ宵闇を切り裂くように、荒々しい暴風が巻き起こる。
私の合図に応えてくれた友が、力強い羽ばたきとともに悠然と姿を現してくれた。
「イェーガー、いい子ですね」
狩人と名付けた【巨獣狩りの大鷲】は、その巨大で屈強な背を丸めて俺を乗せてくれる。
「旅のお供を頼みますよ」
木々の騒めきだけでは人族の世の正確な声は聞き取れない。
だから今、何が起こっているのか自分の眼で確かめないと。
【巨獣狩りの大鷲】はそんな俺の逸る気持ちを汲んでくれたのか、颯爽と夜空へ飛び立った。
お読みいただきありがとうございます。
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