13話 神々のメモ帳
俺が80年後に備えて、自分に出した課題は主に二つ。
まずはかつてクロクロで目にした推しのように、剣技を磨きに磨きぬく。
銀の奔流とも思わせる剣戟の嵐を再現できなければ、推しの身体であるのに推しへの侮辱になってしまう。
次に【神象文字】の発動速度を上げる。
【神象文字】はあらゆる物質や空間に作用するし、正しい組み合わせを見つけさえすれば無限の可能性を秘めている。
ただし弱点として、【神象文字】を書き終わるまでは神々の奇跡は行使できないわけだ。
どんなに指先を鍛えて宙に素早く書こうが、強い魔法を発現させるには長文になってしまう。つまり強力な効果ほど、書き切るまでに時間を要する。
戦場のただなかで、悠長に【神象文字】を書いている暇はないだろうし、書けて一文字が限界だろう。
そこでバージョン7で実装された新スキル【神々のメモ帳】の出番だ。
スキルの解放条件、『【神象文字】を1万回以上発動させる』はつい最近クリアした。
そして二つ目の解放条件はアクティブキーとなる【神象文字】を正しく知り、描くこと。
『空に舞う羽ペンは、神々の理を記し、戯言をも遺す——【神々のメモ帳】』
文字を書き終えれば、空中にふわふわと漂う本が出現する。
どうやら成功のようだ。
「えーっと、ページ数の方は……全部で7ページですか」
【神々のメモ帳】はあらかじめ記しておいた【神象文字】を、信仰消費で即発動できる代物だ。
ただし記録できるのは1ページ1説のみで、ページ数を増やすには信仰を上げるしかない。
「現時点で7つの説を記録できる……控えめに言って強いですね」
クロクロでは、魔法特化のトップ転生人が【神々のメモ帳】に記録できた最大数が7つ。
つまり、今の俺も信仰に関しては転生人基準で最強の部類に入る。これも日々、世界樹や古代樹から力を蓄えさせてもらっているおかげだ。
「色々な状況を想定した上で、どんな【神象文字】をセットしておくべきか……こればっかりは実戦で試していくしかないですね」
俺はいくつかの説を【神々のメモ帳】に記してから、古森に潜む強者たちに召集をかけた。
「アオォォォォォォオオオオンッ!」
古森全域を震わすような遠吠えを放てば、あちこちから俺に続くように遠吠えが響き渡った。
それから数分が経つと、全部で十頭の【古森の大狼】が集ってくれた。
一頭一頭が普通自動車よりも大きいのでかなりの威圧感を覚えるが、ヴァン少年と稽古をする際はよくこの子たちにも協力してもらっていた。
「クルゥゥゥ……」
「よしよし。今日は私を獲物だと思って、狩りの練習をしてほしいです」
鼻をすり寄せてくる【古森の大狼】たちをわしゃわしゃと撫でまわす。
【古森の大狼】は俊敏かつ強靭だ。
そして連携力にも優れ、頭もよく回る。
特に一対多数の訓練を行うにはもってこいの練習相手だ。
俺はそっと彼らから離れ、『疾風』の文字を素早く描く。
「さあ、行きますよ……!」
俺は号令とともに【神象文字】を発動させ、一瞬で数十メートル前方へと舞い上がる。
突風のごとく逃げ始めた俺を、古森のハンターたちは素早く追ってきた。
もちろん俺も木々の影を縫うように移動を繰り返すが、追い付かれるのは時間の問題だ。
狩るか、狩られるか。
そんな緊張が走るなか、いつの間にか回り込んでいた二頭の【古森の大狼】が左右より襲い掛かってきた。
俺は素早く【神々のメモ帳】のページを片手でめくり、記しておいた『説』を発動する。
「第一説————【守護天使の両翼】」
俺の背中より純白の羽が瞬時に生え、左右より迫った牙と爪と勢いよく弾いた。
その両翼は巨大な二枚の盾となり、柔軟性の高い動きで【古森の大狼】たちの猛攻をガードしてくれる。
そして体勢がぐらついた一頭に向けて、俺はすかさず拳を握る。
「植物よ、我が拳となれ————【森巨人の剛腕】」
森語を放つと、俺の腕には無数の植物や木々が即座に絡まり膨れ上がる。ブンッと横に振るえば森の殴打となり、【古森の大狼】は緑の濁流に吹き飛ばされる。
「森の力を借りているようではまだまだ……もっと近接戦用の説を記録しておかないとですね」
それから何度も躍りかかる【古森の大狼】たちの攻撃を飛んでは交わし、一進一退の攻防を繰り返す。
日が暮れる頃になると互いにボロボロになっていたので、一度は【森の命水】を飲み合って休憩をとる。
それから今度は夜間戦闘の訓練に入り、深夜まで死力を尽くす。
「今日はありがとうございます。できればまた明日もお願いします」
くたくたになったところで、【古森の大狼】たちにお礼を告げる。もちろん報酬として猪の肉もどっさりと譲っておく。
「さて、次は【神々のメモ帳】のページ数を増やすために信仰を増やしましょう」
それから【世界樹ユグドラシル】へと向かい、瞑想という名の自己強化をひたすら続けた。
ふと世界樹の枝葉から夜空を見上げると、俺を見守るように星々の光が降り注いでいた。
「ヴァン君もきっと————」
同じ星空の下、頑張っているのだろう。