5.友人たちの祝福パーティー
前のシャルルに会いたい。でも今のシャルルとも、もしかしたらうまくやっていけるのかもしれない。この胸に渦巻く怒りさえ、アイザックに対する憎悪さえなかったら。
そんな気持ちの間で複雑に揺れ動きながら、私は相変わらず彼とつかず離れずの微妙な距離を保っていた。あの夜から変わらない、宙ぶらりんの日々。
けれどいつか、決めなくてはならない。ここに留まるのか、ここを去るのか。
その決断を先延ばしにしながら、今日も朝食の席につく。
向かいに座るシャルルは、いつも通り何も言わない。ゆったりとした、意外と優雅な仕草で、淡々と食事を口に運んでいた。
何か、話しかけてみようか。そう考えて、すぐにその思い付きを却下する。そもそも、何を話せばいいのか分からない。ありきたりな質問は、もう出尽くした。
結局一言も会話がないまま食事は終わり、食後のお茶が運ばれてくる。その時、執事が姿を現した。彼はシャルルに一通の封書を渡し、一礼して去っていく。
シャルルは封書の中身を改めて、何とも言えない複雑な表情をした。それから、封書を私に渡してくる。読めということだろう。
そうして封書の中身に目を通して、絶句した。
「……友人たちが、私たちの結婚を祝って、パーティーを開いてくれる……」
「そうだな。以前から、計画していたらしい。出席するか?」
「だ、駄目よ、絶対に駄目! 今のあなたを見たら、みんな何かが起こったんだって気づくわ。そうなったら、私はもうここにいられない」
「なぜだ?」
「あなたが変わってしまっただけでも辛いのに、みんなから同情の目で見られるなんて耐えられない。そんな目にあうくらいなら、今すぐここを出ていって、修道院に駆け込むから!」
珍しく会話が続いているな、などと関係のないことをこっそり思いながら、強固に主張する。
「だが、友人たちの厚意によるパーティーを断れば、それはそれで何かがあったと思われかねないだろう」
「……そ、それは……何かいい言い訳を考えるわ」
彼の言うことももっともだったので、それ以上反論できない。口ごもったまま、視線をそらしてうつむく。
そのまま目の端で、シャルルの様子をうかがう。彼は何やら、考え込んでいるようだった。しばらくして彼は顔を上げ、まっすぐに私を見た。
「……俺が変わったこと、及びその正当な理由を友人たちに受け入れさせ、かつ俺たちが問題なく過ごしていると思わせる。間違っても同情などされないように。これなら構わないか?」
ぽかんとしたまま、彼の言葉を頭の中で繰り返す。確かに、それなら問題がないような気もする。
「でも、具体的にはどうするの?」
「……俺に、考えがある」
それだけを言って、シャルルはまた黙り込む。考えって何、と尋ねても、答えてはもらえなかった。
「シャルル、ディアーヌ、おめでとう!」
そうして、とうとう祝福パーティーの当日になってしまった。指定された屋敷に向かうと、そこには満面の笑みを浮かべた友人たちが待ち構えていた。
私の友人たちと、シャルルの友人たち。その二つのグループが一体となって、このパーティーを企画してくれたのだ。
私とシャルルが出会うまでほぼ接点のなかった彼ら彼女らは、共通の目的のために力を合わせて頑張ってくれたのだ。
そのことは、素直に嬉しい。シャルルのことが、前世の記憶のことがなかったら、心から素直に喜べたのだけれど。
集まっているのが若者ばかりということもあって、この祝いの場は屋敷の中庭を会場とした、気軽な立食パーティーの形を取っていた。
みんなが和やかに談笑しながら、軽食をつまみお茶を飲んでいる。私とシャルルに祝福の言葉を浴びせ、他愛のないお喋りをしながら。
「……あれ? シャルル、お前何だか雰囲気が変わったな?」
案の定、友人たちの一人がそう言って首をかしげている。その言葉に、一人の令嬢が真っ先に反応した。シャルルの友人の一人、アデールだ。
「まあ、シャルル様……もしかして、新婚生活がうまくいっておられませんの? ずいぶんと険しい顔をされて……おいたわしい」
アデールはそんなことを言いながら、しとやかかつ素早い動きでシャルルの隣にぴったりと寄り添った。上目遣いに彼を見上げて、目を潤ませている。
他の友人たちは苦笑しながら、やんわりと彼女をシャルルから引き離した。そうして、てんでに笑い合っている。
「アデール、落ち着けよ。二人で幸せに暮らしているところを俺たちが呼びつけたから、機嫌が悪いのかもしれないぜ」
「二人きりで過ごしたいのですから、どうか邪魔をしないでいただけますか。シャルルさんは、そう言いたそうな気もしますね」
「そうさ。彼はずっと前からディアーヌ一筋だったんだから、うまくいかないなんてことがある訳ないよ」
そのまさかが起こってしまったのだけれど、という言葉をのみ込みながら、笑顔を保つ。不自然にならないよう注意しながら。
「ディアーヌ、幸せそう……本当に素敵な方とめぐりあえたのね」
「ちょっぴり男勝りだから心配していたのだけれど……彼女があんな風に恥じらっているところを見られるなんて」
さらに聞こえてくる友人たちの声に、笑顔が揺らぎそうになった。
結婚する直前はともかく、今は幸せとは言いがたい。
たった一人の愛する人がかつての敵だったことを知ってしまい、そしてその憎しみをどうすればいいのか、未だに答えを出せずにいるから。
私の人生に突然姿を現し、私の人生を丸ごと変えてしまったシャルル。そんな彼は、ここにいるのにもういない。
目頭がじわりと熱くなってきたのを、あわててまばたきでごまかす。と、シャルルがこちらをのぞき込んできた。その青い目が、すぐ近くに迫っている。
以前の彼は、星がきらめく夜空のような目をしていた。繊細で美しく、見る者の心をときめかせるような、そんな青だった。
でも今の彼の目は、人里離れた山奥にあるという深い湖を思わせた。恐ろしいほど静かに澄んでいて、それなのに底が見えない。生き物の気配もしない。
それを見たら、さらに胸が苦しくなった。やっぱり彼は変わってしまったのだと、そのことをまざまざと見せつけられたように思えて。
「……どうした?」
「なんでもないわ。放っておいて」
低く落ち着いた彼の声には、優しさのようなものがにじんでいる気がした。
そのことにまた動揺してしまって、とっさにぶっきらぼうな答えを投げつけてしまう。
少し遅れて、ちょっと後悔した。剣をくれた時のように、彼を悲しませてしまっただろうか。
アイザックとしての彼への憎しみは消えないけれど、それでも彼をこんなくだらないことで傷つけるのは本意ではなかった。
黙り込んだ私に、シャルルは声をひそめてささやきかける。
「……居心地が悪いか。もう少しだけ、耐えてくれ」
その声に、傷ついたような響きはなかった。そのことに少し安堵して、ずっと気になっていたことを口にしてみる。
「ねえ、そろそろ教えてもらえないかしら……あなたは考えがあるって言ってたけれど、それって一体何? ここで、何かするつもり……なのよね?」
シャルルはやはり落ち着いた声で、短く答えた。
「見ていれば分かる」
彼の口元に薄く笑みが浮かんだような気がして、思わず目を凝らす。間近で見つめ合う私たちに、周囲から優しい視線が向けられていた。
くすぐったさをつとめて無視しながら、こちらも声をひそめる。
「……何かが起こる前に知りたいのだけれど」
「俺はお前の、素直な反応が見たい。驚きに目を見張るお前の姿を」
「そんなもの見ても、面白くないわよ」
「いや、そう思っているのはお前だけだろう。生き生きと表情を変えるお前の姿は、とても魅力的だ」
魅力的。彼の口から飛び出たそんな言葉に、びっくりして息ができない。
以前のシャルルは、もっと甘い褒め言葉をこれでもかというくらいに投げかけてくれていた。私が照れ臭くなって降参しても、褒め言葉の嵐は止むことがなかった。
でも今の無表情な彼が、まさかこんな言葉を口にするなんて。
いや、一応彼にもシャルルらしいところが残っていたということか。
今の彼が、私と一緒にいたいと思っている――それが以前のような恋慕の情によるものなのか、それとも他の理由があるのかは分からないけれど――そのことは知っていた。
でも、魅力的、だなんて。たったそれだけの一言は、不思議なくらいに私の心をかき乱していた。
いつもの怒りと憎しみではなく、もっと甘さをはらんだほろ苦い感情がわいてくる。
どうしよう、耳が熱い。胸が苦しい。以前のように、あなたのことが愛おしいのだと素直に言えたならどんなにかよかっただろう。
どうして、アイザックへの憎しみが消えてくれないのだろう。前世の記憶なんて、いらなかったのに。
ぎゅっと胸を押さえてうつむいていると、上から静かな声がした。
「……動揺させたか。忘れろ」
そう言ってシャルルは、寂しげに目を伏せてしまう。
何か言わなくてはと言葉を探していたら、アデールがずかずかと割り込んできた。周囲のみんなが、しまったという顔になっている。
「まあ、どうなされましたのシャルル様? 苦しそうな顔をなさって、お加減でも悪いんですの? 別室でお休みになられてはいかが? ディアーヌは、他の友人たちが相手をしてくれますわ」
いっそ、アデールの言葉に乗ってしまおうかと思った。シャルルの姿が見えなくなれば、この苦しさからも解放される気がした。
けれどその時、シャルルの雰囲気が変わった。