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33.招待客たちは様々で

 そうして、いよいよ『蜜月の宴』の当日になった。


 会場となるのは、私とシャルルが普段暮らしている屋敷の近くにある、カリソン家の別の屋敷。大きなホールがある、パーティーなんかの時によく使われる屋敷だ。


 この日のためにあつらえた華やかな正装に着替えて、シャルルと並んでホールの入り口に立つ。まずはここで、招待客を出迎えるのだ。


 二人で書き出した、三人目の依頼人が含まれているかもしれないリスト。


 そのリストの人間全てに、招待状を出した。屋敷全体を使った、肩ひじ張らない気楽な集まりにしたいと思います、という言葉を添えて。


 ありがたいことに、かなりの人数が集まってくれることになった。


「三人目の依頼人、来ているかしら……」


「来ていると信じよう。……そう暗い顔をするな。そのドレス、よく似合っている。罠だの何だのを抜きにして、俺は嬉しい。お前の晴れ姿が見られたからな」


「あ、ありがと……」


 合間にそんなことをこそこそと話しながら、次々とやってくる招待客にあいさつしていった。


 まずはカリソン家の現当主夫妻である、シャルルの両親。そしてメルヴェイユ家の当主夫妻である、私の両親。他、両家の関係者。


 さらに私たちの友人たちや、その親類縁者などもやってきていた。


 シャルルは彼ら彼女らに礼儀正しく応対しながらも、その合間にこちらを見て、優しく甘く見つめてくる。以前の彼を思い出させるような、とろけるような表情だ。


 もちろんこれは、わざとやっている。必要以上に私たちの仲の良さを見せつけて、三人目の依頼人の焦りを招くために。


 そのままあちらが思い切った行動に出てくれればよし、そうでなくても、動揺してぼろを出してくれれば助かる。なんなら、あきらめてもらえれば一番いいのだけれど。


 しかしそんな理由とは別に、どうもシャルルが楽しんでいるような……? しかもさっきから彼は、男性の招待客を視線でけん制しているようにも思える。


 もしかすると、ディアーヌは俺のものだとか、そんなことを言いたいのかもしれない。あくまでも勘でしかないけれど、たぶん当たっている気がする。


 半分アイザックである彼にしてはあまりにも甘いふるまいと、元のシャルルらしからぬ大人げない行動がくすぐったくてたまらない。だって、普段の彼がどんな人間なのか、私はよく知っているから。


 自然と、私の動きはぎこちなくなってしまう。彼からそっと視線をそらして、戸惑い混じりの笑みを浮かべて。たぶん周囲からは、照れ隠しに見えていると思う。


 そんな私たちを見て、招待客は感心したようにつぶやいていた。なんて仲睦まじい、似合いの夫婦なのだろう、と。


 今のところは一応、狙い通りに事が運んでいるようだった。どうにもむずむずするけれど。


 そんなことを考えつつ、しとやかに招待客と話し続ける。一組にあいさつして、また次の一組。たくさん招待したから当然だけれど、中々に忙しい。


 せっせとあいさつを続けていたら、ブランシュが近づいてきた。淡い黄緑色のドレスが、ふんわりと穏やかな雰囲気の彼女によく似合っている。


「今日はお招きありがとうございます。お二人の仲睦まじいところを見ることができて、とても嬉しいです」


 彼女の名前は、私たちが作ったリストの中にはなかった。彼女と知り合ったのは、ついこないだのことだから。


 でも、私は彼女も招待したかった。『蜜月の宴』について教えてもらったということもあるし、それに私にとって彼女は、もう友人と呼べる存在だったから。


「こんにちは、ブランシュ。来てくれて嬉しいわ。でも今日は、アデールと一緒ではないのね?」


 予想通りというか何というか、アデールは欠席の返事をよこしていた。さすがの彼女も、蜜月の宴の主役の間に割って入ろうとしないくらいの羞恥心は持ち合わせていたのだろうか。


 そしてアデールは、私たちに蜜月の宴のことを教えたブランシュに腹を立てていた。彼女にも欠席するように、圧力をかけていてもおかしくはないのだけれど。


 そう思っていたら、ブランシュははにかむように、でもほんの少し晴れやかに言った。


「実は、喧嘩別れしてしまいました。もう、彼女にお仕えしなくていいんです」


 思いもかけない彼女の言葉に、えっ、という声がもれる。周囲の人たちの注目を集めないように、彼女に近づいて小声でささやいた。


「それって、大丈夫なの? その……あなたの父であるセニエ男爵は、彼女の父であるアルロー侯爵の力を借りていると聞いた気がするのだけれど……」


「はい。アルロー侯爵様は、父の商売に手を貸してくれていました。ですが、その援助を打ち切られたんです」


「ええっ!? それって大変じゃない!」


 驚きながら青ざめる私に、ブランシュがにっこりと微笑みかけてくる。


「ところが、そうでもなかったみたいなんです」


 そうして、彼女は教えてくれた。


 かつてアルロー侯爵は、セニエ男爵の商売相手になりそうな人物を何人か紹介してくれたのだそうだ。親子ともども、自分の傘下に加わる見返りに。


 しかし先日、ブランシュ親子はアルロー侯爵との協力関係を解消した。その直後、商売相手たちにアルロー侯爵から通達があった。セニエ男爵との取引を止めるように、と。


 ところが商売相手たちは、今後ともセニエ男爵との取引を続けていくと即答したのだった。


 なんでもセニエ男爵は、他人を和ませる穏やかな雰囲気の、真面目で誠実な人物なのだそうだ。ブランシュのあのふんわりとした雰囲気は、どうやら父親譲りらしい。


 地位をかさに着て偉そうにするアルロー侯爵と、誠実に商売を続けるセニエ男爵。商売相手たちはその二人を天秤にかけて、セニエ男爵を選んだのだった。


「ですから、父の商売についてはほぼ今まで通りなんです。むしろ、アルロー侯爵様を気にしなくて済む分、自由に動けるというか」


「そうか。なんにせよ、アデールと離れられたのはよいことだと思う」


 私のすぐ隣でじっと話に耳を傾けていたシャルルが、さらりとそんなことを口にした。普段アデールに追い回されているからか、その声は少しうらやましそうだった。


「お前が蜜月の宴の存在について教えてくれたおかげで、今日この宴を開くことができた。感謝する」


「いえ、私も見てみたかったんです。お二人が開く蜜月の宴を。……思っていた以上に幸せそうで、嬉しいです」


 そう言って、ブランシュは立ち去っていく。その足取りは、以前よりも軽くなっているように思えた。




 さらにあいさつを続けることしばし、ちょうど来客も途切れたので少し休憩する。私もシャルルも、既にかなり疲れてしまっていた。


 でも、気を抜く訳にはいかない。二人でうなずき合って、人でごった返すホールに目を走らせる。


 ホールのあちこちで、着飾った人たちが和やかに談笑している。


 この中に、私たちの不幸を願った人間がいるのかもしれない。とてもそうは思えないくらいに、目の前には平和そのものの風景が広がっていた。


 と、どことなくおかしなものを見かけたような気がした。そちらに向き直り、目を凝らす。


 六歳くらいだろうか、幼い少女がたった一人で、ふらふらと人々の間を歩いていた。綺麗な黒い髪に、目の覚めるような深紅のドレスがよく似合っている。


 隣のシャルルの腕にそっと触れて、それから少女のほうにまた目をやる。


「……ねえ、あの子供、付き添いの大人がいないようだけれど……というか、あんな子いたかしら?」


「俺も見覚えがない。迷子だろうか。ともかく、親を探してやらねば」


 さすがに、あの幼子が三人目の依頼人のはずがない。だから私もシャルルも、一切警戒せずに彼女に近づいた。


 私たちの気配に気づいたのか、彼女がくるりと振り返る。そこに浮かんでいたあでやかな笑顔に、私とシャルルの足が止まった。


「あら、もうあたくちを見つけてしまったの?」


 凍りついたように立ち止まったまま、必死に考える。そんなはずはないのだけれど、この幼子はテュエッラで間違いなかった。


 体はすっかり小さくなってしまっているし、舌ったらずなせいで『あたくし』が『あたくち』になってしまっている。


 けれど、人をからかっているようなこの笑みは、楽しげにきらめいているのに底なし沼のような恐ろしさを併せ持つ赤い目は、テュエッラのそれと全く同じだった。


 冷汗が流れるのを感じながら、小声で尋ねた。


「……その、まさか……テュエッラ? どうしてあなたが、ここに……」


「あなたたちが面白そうなことしてるから、来ちゃったのお。だいじょうぶ、邪魔はしないから」


「そ、そう……ところで、どうして小さいの?」


「あたくちが本来の姿で出てきたら、ちょっと目立ちすぎるでしょう? この姿なら、変わった子供がいるな、くらいで済むもの。屋敷を探検していても不自然じゃないし」


 納得できるような、できないような。小さなテュエッラは、奇妙なほど魅力的だった。どこからどう見ても小さな子供なのに、時折妖艶さのかけらが見え隠れしている。


「という訳で、あたくちはあなたたちの頑張りを優雅に見物させてもらうから。それじゃあ、また」


 くるりとこちらに背を向けて去ろうとしたテュエッラが、肩越しに振り返る。


「あ、そうそう。他の人たちはあたくちのことを『カリソンの遠縁の子供』だと思ってるからねえ。魔法でちょっと、認識をねじまげたの」


「こんな親戚がいてたまるか」


 心底嫌そうに、シャルルが吐き捨てる。それを見て、テュエッラはこの上なく楽しそうに笑った。そうしてそのまま、人ごみの中に消えていってしまう。


「……あんなものが紛れ込むとは、不安だ……」


「彼女は本当に見物しにきただけだと思うし、ひとまず気にしないでおきましょう。それより……」


 深々とため息をついたシャルルの腕に手をかけて、そっと寄り添う。シャルルは青い目を見張って、それからゆっくりと笑みを浮かべた。


「ああ。そろそろ、次の段階に進もう」


 そうして、私たちは手を取り合って進む。招待客で満ちた、ホールの真ん中のほうへ。

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