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32.祝福したい人々

「さて、みんなに集まってもらったのは他でもない。来たる『蜜月の宴』についてだ」


 ここはブレーズ伯爵家が所有する屋敷の一つ。当主の息子であるレイモンが、ずらりと並んだ客人たちに向かって語りかけていた。


「ディアーヌとシャルル、あの二人はこのたび、友人知人をかき集めて盛大な『蜜月の宴』を開くことになった。みんなのところにも、招待状が来ていると思う」


 その言葉に、客人たちが同時にうなずく。ここに集まっているのは、いつぞやディアーヌとシャルルを祝福するパーティーを開いた若者たち、つまり二人の親しい友人たちだった。


「先日、僕たちは二人を目いっぱい祝福した。……でも、正直な話、祝い足りないと思うんだよ!」


 みんなを見渡し、レイモンが真面目な顔で言葉を続ける。それを聞いて、若者たちはくすくすと笑い出した。


 レイモンは昔から、自分はディアーヌの兄のようなものなのだと主張していた。いつか彼女をたくすに足る男性が現れるまで、僕が彼女を守るのだ、と。


 しかしながらディアーヌは、見事なまでに恋愛と無縁の娘に育ってしまった。


 もっとも、美しく品のある彼女を気にする男性は決して少なくなかった。しかし彼らは、彼女の凛としてはきはきと物を言うところに、つい気おされてしまっていたのだった。


 彼女にしかるべき縁談がまとまるよう、自分が手助けしてやるべきなのだろうか。レイモンがそう思い始めた頃、シャルルがディアーヌの前に現れた。


 しかしレイモンは最初、妙に軟弱なのが出てきたなと思っていた。シャルルはあきれるほどの色男で、物腰も穏やかな好青年ではあった。だが少々、柔和に過ぎた。


 令嬢たちの間で流行っている甘い恋物語――実の妹に無理やり読まされた――に出てくる、白馬に乗った王子様にそっくりだと、レイモンはそうも思った。


 シャルルは、悪い人間ではない。だが、ディアーヌの人生を預けるに足る人物なのだろうか。レイモンはずっとそのことが気にかかっていた。


 なにせシャルルには、令嬢たちの熱い視線がいつも注がれていたのだから。


 あれだけ女性の影があっては、ディアーヌも心が休まらないだろう。シャルルの性格から言って、そういった女性をきっぱりと振り払うことは難しそうだったから、なおさら。


 それにあれだけ誘惑が多ければ、いつかシャルルが心変わりしないとも限らない。仕方ない、僕からそれとなく言って、彼女のことはあきらめてもらおう。


 そう決意したレイモンだったが、彼は見事に肩透かしを食らうことになる。


 シャルルは、周りの人間全てが驚くほどに一途だったのだ。他の令嬢には目もくれず、ひたすらにディアーヌに思いを伝え続けた。押しつけがましくならないように、それでも懸命に愛をささやき続けたのだ。


 思ったよりは、骨のある人物かもしれない。これなら、ディアーヌを任せてもいいかな。レイモンがそう判断した頃、ディアーヌは既にシャルルの求愛を受け入れ、婚約まで済ませていた。


 そうして二人はたくさんの祝福に包まれて結婚式を挙げた。白いドレスと礼装に身を包んだ二人の姿は、レイモンの心に深く焼きついていた。


「結婚式に参列した。祝福パーティーを開いた。でも、どうせならもっと祝ってやりたい。そこで『蜜月の宴』において、一つサプライズを仕掛けようと思うんだけれど、みんなはどう思う?」


 たちまちわき起こる、賛成、の声の数々。レイモンは満足げに笑って、胸を張った。


「よし、決まりだね。それじゃあ、具体的に何をするか話し合っていこうじゃないか」


 と、その時、一人の令嬢がためらいがちに口を開いた。


「……あの、さっきから一つ気になっていたのですが」


 とたん、全員が口を閉ざして彼女を見た。みなを代表して、レイモンが問いかける。


「どうしたんだい?」


「その、つまりこの集いは、こないだ祝福のパーティーを開いたみんなで、もう一度あの二人を祝ってあげようということ……なのですよね」


「ああ、そうだよ。あくまでも僕の思い付きでしかないけれど、みんなも同じように考えてくれてよかった。人数が多ければ、それだけ色々なことができるからね」


「それはそうなのですが……アデールがいません。彼女抜きに進めてしまって、いいのでしょうか」


 盛り上がっていた若者たちが、一斉に何とも言えない複雑な笑みを浮かべる。互いに顔を見合わせて、苦笑したり小さくうなずいたり。


 レイモンも困ったように笑っていたが、やがて声をひそめて話し始めた。


「今回ばかりは、そうするしかないんだよ。……アデールが、素直にあの二人を祝福すると思うかい?」


 その場の全員が口を閉ざして、身を乗り出す。


「前のパーティーの準備の時は、彼女はとてもおとなしく、真面目に作業に取りかかってくれていた。でもそれはあの二人に堂々と近づくためだったのだと思う。みんなの前で、シャルルを強奪するために、ね」


 レイモンの意見に、周囲の若者たちから次々と声が上がる。


「アデール、今でもシャルルのことをあきらめてないものね。……純愛って言えば聞こえはいいけれど、どっちかというと執念のような気もする……」


「そうですね。シャルルがずっとディアーヌ一筋だったおかげで、今までさほど大きな問題にはならずに済みましたけれど」


「けれど彼女はアルロー侯爵家の人間で、ここにいる誰よりも格上だからな……シャルルが正式にディアーヌを妻としてしまった今、何をするか分かったもんじゃないぞ」


「ええ……友達の友達から聞いたんだけれど、何が何でもシャルルを手に入れるんだって、怖い顔でそう言ってたとか……」


「彼女の父であるアルロー侯爵は、娘のためなら何でもする、それこそ手段を選ばないって評判だしなあ……」


 それらの言葉を一通り聞いてから、レイモンがぱんぱんと手を叩く。


「まあ、そういうことだね。だから今回のサプライズの準備は、極秘だよ。ディアーヌとシャルルに内緒なのはもちろん、うっかりアデールに知られないように、友人や家族にすら話してはいけない」


 まるでいたずらをたくらんでいるようなきらきらした目で、若者たちが即座にうなずく。


 そうして彼らは、サプライズの具体的な内容について、熱心に話し合い始めた。




 ひとしきり話し込んで、何をするのか、誰が何を受け持つのか、そういったことがようやくまとまってきた。


 そんなこともあって、彼らの話し合いは自然と気軽なお喋りへと変わっていった。


「それにしても、俺たちがこうやって集まっているのって、あの二人のおかげなんだよな」


 ここに集まっている若者たちの半分はディアーヌの友人である令嬢たちで、残り半分はシャルルの友人である令息たちだった。


 元々接触のないグループということもあって、彼ら彼女らが初めて顔を合わせたのは、二人の結婚式の日だった。


「そうね。あの二人が結ばれることで、私たちもこうやって友達になれた」


「友達どころか、それをきっかけに婚約した者もいますしね」


「ディアーヌとシャルルには、感謝しないと……私も二人のおかげで、素敵な恋人にめぐり会えたのだし……」


「その感謝も込めて、思いっきり驚かしてやろうぜ」


「……感謝を込めて驚かすって、何かが違うような気もするけれど」


「気にしない、気にしない」


 そんなことをてんでに喋って、そして軽やかに笑う。部屋の中には、明るくさわやかな活気が満ちていた。






 その頃、嵐の森の一番奥。屋敷のような建物の一室で、テュエッラがゆったりと椅子に腰かけていた。


 その手には、黒いカラスが止まっている。一見すると普通のカラスとよく似たそれは、テュエッラと同じルビーのような赤い目をしていた。


「うふふ……面白くなりそうねえ」


 テュエッラの赤く濡れたような唇が、にいっと笑みの形に吊り上がった。


 ずっと昔から、彼女は使い魔であるカラスたちを通して、森の外のことを見聞きしていたのだった。


 だから彼女は、ディアーヌとシャルルの動向についてもとてもよく知っていた。


「あの二人、中々いい方法を思いついたものじゃない? これなら本当に、三人目の依頼人を見つけちゃうかも。ああもう、目が離せないわあ」


 うっとりとため息をつく彼女に、カラスが小さく鳴いてあいづちを打つ。


「あの二人が離縁せずに元のさやに納まりそうになった時、確信したのよねえ。この二人を見ているのは、絶対に素敵な暇つぶしになるわあって。それこそ、数十年に一度あるかないかの」


 鼻歌でも歌いそうなくらいにうきうきと、テュエッラは言う。しかしすぐに、何かに思い至ったような顔になった。


「……でも、あの二人の作戦。ちょおっと、危険も伴うのよねえ……危険に挑む二人を見ているのは面白いけれど、それで死なれでもしたら暇つぶしが終わっちゃうし」


 独り言をつぶやきながら、彼女は腕を組む。カラスがふわりと舞って、すぐ近くの机に着地した。


「三人目の依頼人、ああいう人間だものねえ……うかつに追い詰めたら、さて、どうなるか……」


 子供のように唇をとがらせて、宙をにらむテュエッラ。しばらくそのまま考え込んでいた彼女が、不意に顔を輝かせて立ち上がった。


「あ、そうだ。いいこと思いついちゃったわあ。準備しなくちゃ」


 そうして、彼女はぱたぱたと部屋を出ていく。その後姿を見守るカラスの顔は、どことなく苦笑しているようでもあった。

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