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27.どうにも行き詰まって

 屋敷に戻ってきた次の日の午後、私たちは紙の束を前に頭を抱えていた。昨日と同じように、シャルルの部屋で二人きり。


「それぞれで、三人目の依頼人の候補者たり得る人間を書き出してみたのはいいが」


「……多いわ……多すぎる……これだけの人数を、どう調べていったらいいのかしら……」


 ため息をつきながら、メイドが用意してくれたお茶を飲む。すぐ横に置かれた紙の束から目を背けつつ。


 シャルルもまた、椅子の背もたれにどっかりともたれて、疲れたように天井を仰いでいた。


「一人ずつ訪ねていって話をして、では時間がかかりすぎる。魔女の口ぶりからすると、急ぐ必要がありそうだ」


 彼の言葉に、無言でうなずく。


 未来の危機とやらはもう私たちのすぐ近くまで迫っているのだと、テュエッラの口調や態度はそう物語っていた。


 もちろん、彼女が嘘をついている可能性もある。けれど私は、彼女は真実を語っていたと思っている。


 根拠なんてないけれど、彼女は自分で嘘をついて、私たちをあらぬ方に誘導することは望んでいないような気がする。


 それよりも彼女は、私たちが悪戦苦闘し、真実に手が届くか届かないかのところであがくところを眺めていたいのではないかと、そう思えるのだ。


「これが戦なら、話は簡単なんだが……誘導や罠、その他あらゆる手を使って敵を一か所に集め、まとめて一気に叩けばいい」


「……それって、普通は戦力において圧倒的に優位な側が使う戦略じゃないの? 私とあなたの二人きりでどうするの? というか、そもそも戦ですらないし」


 おかしさをこらえつつ、かつちょっと呆れつつ言葉を返す。しかしシャルルは、まじめそのものの顔で答えてきた。


「かつての俺なら問題なかった。敵兵など、どれだけ集まったところで大差なかった。まとめて薙ぎ払うだけだったから」


 かつて戦場でアイザックと剣を交えた時のことを思い出し、身震いしながら納得する。


「本当、あの頃のあなたときたら恐ろしいほどの強さだったものね……今が戦のない時代で、本当によかったわ」


「どのみち、今の俺は当時の俺に遥か及ばない。貴族の教養として剣術をたしなみはするが、それだけだ。あの時の強さが今あればと、そう思わずにはいられない」


「よく言うわ。テュエッラに杖を突き付けた時の動き、見事だったわよ。イノシシまで狩ってくるし」


「お前に褒められると、胸が温かくて満たされた気持ちになるな。アイザックだった頃の俺が、一度も感じたことのない思いだ」


 急に、シャルルが柔らかな声で言った。以前のシャルルを少しだけ思い出させる、けれどもっとどっしりとして頼もしさを感じさせる声。


 鼓動が少し速くなっているのを感じる。私は、彼のことを好ましいと思っている。


 そんな思いを自覚したせいで、動揺してしまう。とっさに平静を装って、いつも通りの調子で口を挟んだ。


「それを言うならローラだった頃の私は、アイザックと夫婦になるくらいなら死んだほうがましだって考えてたわ。……その思いに引っ張られて、ずっと遠回りをしていたのだけれど」


「もう、逃げないだろう?」


「ええ」


 そのまま二人で、穏やかに見つめ合う。嬉しいけれどくすぐったい。


 たぶんこんな私の思いは、シャルルには見抜かれているのだと思う。ちょっぴり悔しいような気もするけれど、でもこれでいいのだとも思う。


 かつての敵が、今では味方で、夫で。一度死んで生まれ変わったとはいえ、改めて考えるとあきれるほどの変わりっぷりだ。


 敵、味方。そんなことを考えていた拍子に、ひらめいた。


「あ、そうだわ!」


 突然声を張り上げた私に、シャルルがきょとんとする。ちょっと珍しい、子供のような表情だ。


「私たちの敵はただ一人、三人目の依頼人だけ。この紙束に書かれているその他の名前は、敵ではなく中立的な存在」


 テーブルの上に置かれた紙束をぽんぽんと叩きながら、そう主張する。


「だったら、あなたが言ったように全員を一か所に集めてから、敵だけをおびき出せばいいと思うの」


 少しぽかんとしてから、シャルルがぐっと真剣な顔をする。考えつつ、少しずつ言葉を紡いでいる。


「……三人目の依頼人の望みは叶わなかった。今頃、その人物は歯噛みしているだろう。魔女は何をやっているのだ、と。そこに俺たちが隙を見せれば、食いついてくるかもしれない……ということか」


「ええ。中立的な人たちは、私たちが隙を見せていても気にしないでしょう。たくさんの水の中にいる一匹の魚を釣り上げる、そんな方法よ」


「なるほど、いいかもしれないな」


「ふふ、あなたもそう思う?」


 私たちは同時に笑顔になって、それから同時に小さくため息をつく。我ながらおかしくなってしまうくらいに、見事に息がぴったりだった。


「……ただ、問題は……具体的にどうやってこの人たちを集めればいいのか、見当もつかないってことなのよね」


「かなりの人数だからな。それこそ、もう一度結婚式が開ければいいんだが。しかも、ただ集めるだけでは足りない」


「ええ。しかも集めた後、私たちがある程度自由に動ける必要があるわ。でないと、三人目の依頼人を食いつかせるための隙を作れない」


「それに、あちらの従者は少ないほうがいい。三人目の依頼人をあぶり出せたとしても、逆に数にものを言わせて襲いかかってきたら面倒だ」


 話せば話すほど、問題点がぽこぽこと出てくる。


「さらに、慎重にかつ迅速に事を進めなくてはならないのよね……私たちの動きを悟られてしまったら、あちらがどう出るか分からないから」


「罠を仕掛けられるのは一回きり、そう思ったほうがいいだろうな。下手に動くと、今度は周囲の人間たちにまで怪しまれるかもしれない」


「難しいわね……集める方法、集める口実、罠のかけ方……未来の危機がやってくる前に、うまく対応できればいいけれど」


 ようやく上向きになり始めていた気分が、また沈んでいく。シャルルは露骨にしょんぼりした顔で、ぼそりとつぶやいた。


「……やはり、万が一に備えて逃げる準備もしておくべきか」


 どうもシャルルは、やけに弱気になっているらしい。彼らしくもない。そういえば昨夜も、彼らしくない弱々しい態度だった。


「ねえ、どうしたの? 最近、あなたの様子がちょっとおかしい気がするのだけれど……何か、悩みでも?」


 正面切ってそう尋ねてみると、シャルルの青い目がふっと揺らいだ。戸惑っているような、おびえているような、そんな色だ。


 以前のシャルルも、そしてもちろんアイザックも見せたことのないそんな表情に、胸がぎゅっと苦しくなる。


 弾かれるようにして立ち上がり、ちょっとだけためらってから彼の手を取った。彼の右手を、私の両手でしっかりと包み込むようにして。


 本当は、抱きしめるなりなんなりするべき状況なのだとは思う。でもまだ、心の準備ができていない。それに、彼を励ましたかっただけだし。


「……私でよければ、悩みを聞くから。話したくないものを無理に聞き出そうとは思っていないけれど……それでも、話したくなったら遠慮なく言ってちょうだい」


 照れくささにぎこちなくなりながら、どうにかそこまでを口にする。それからそろそろと、正面のシャルルの顔を見てみた。


 シャルルは、かすかに微笑んでいた。泣きそうな笑顔で。


「……ああ。ディアーヌ、一つだけ心に銘じておいて欲しいことがある」


「なあに?」


「お前は俺の全てだ。俺がここにこうしている理由で、俺の存在意義そのものだ。だから、何があろうと……お前は、自分の身の安全を第一に考えてくれ。お前に何かあったら、俺は正気ではいられない」


「え、ええ、気をつけるわ」


「気をつける、では足りない。自分を優先させると、約束してくれ。そうすれば俺の苦しみは、多少なりとも軽くなる」


「……分かったわ。約束する」


 やけに必死な、哀願するような口調に思わずたじろぎながらも、ゆっくりと首を縦に振った。


 それを見たシャルルの肩から、ようやく力が抜けていく。


「……みっともないところを見せた。もう大丈夫だ。気にするな」


 そう言ったシャルルは、もういつもの落ち着いた雰囲気に戻ってしまっていた。


 彼はまだ何か抱えている。けれど、これ以上無理に聞き出すのも悪い。


 だったら、また三人目の依頼人探しに戻るべきか。そう思った時、部屋の扉が控えめに叩かれた。

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