24.そうして魔女は語る
庭園の真ん中に、突然現れたテュエッラ。椅子に腰かけた彼女は、上機嫌そのものだった。
「そこの森、面白かったでしょお? あれもあたくしの魔法なの。この森に余計な人間が入り込まないようにしてあるの」
「悪趣味な風だな。まるで血しぶきだ」
「赤はあたくしの色よ。それに、分かりやすくていいでしょお? ここから先は危険だ、って。それより、立ち話もなんだから座ってちょうだいな」
テュエッラはにっこりと笑って、かたわらのテーブルを指さした。その上に、やはり突然ティーポットと、ティーカップが三つ現れる。
カップには、温かい湯気を上げるルビー色のお茶がたたえられていた。優しいハーブのような香りが、ここまで漂っている。
「大丈夫よお、毒なんて入れてないから。疲労回復の特製薬草茶なの。森を抜けてきて疲れたでしょお?」
そっと隣を見上げると、シャルルはすさまじく険しい顔でテュエッラをにらみつけていた。
「もう、信じてくれないの? 傷つくわあ」
「……お前は、俺たちを不幸にするという依頼を受けている。信用などできるものか」
即座に言い切ったシャルルに、テュエッラは大げさに肩をすくめている。彼女はティーカップを手に取って、優雅に口をつけた。それからもう一度、肩をすくめる。
「その依頼なら、もう終わったわよお。あたくしは頼まれた分の仕事をした。だからもうおしまい」
「先日俺たちの屋敷に現れた時は、『もっと苦しめる方法がないか』といった内容のことをつぶやいていなかったか?」
間髪を容れずに、シャルルが口を挟む。いつもよりちょっと早口なのは、怒っているからか。
「もう、妙なことを覚えてるんだからあ。だいたいあなたたち、こないだよりずっとずっと仲良くなってるじゃない? ここであたくしが少々小細工をしたところで、勝てっこないわ。降参」
ふてくされた子供のように、テュエッラは頬を膨らませている。それでもシャルルの視線は少しも揺るがない。
テュエッラはお茶を一気に飲み干して、深々とため息をついた。
「……もう、じゃあ白旗の代わりに、全部話すわよお。あたくしが今まで仕掛けた内容を、事細かに。もともと、そういう約束だったんだし?」
そうして、テュエッラは語り出した。私たちの困惑などお構いなしに。
三百年前、赤の国の一人の少女がアイザックへの復讐を誓った。彼女は、婚約者をアイザックに殺されていた。
そして、青の国の一人の兵士がローラへの復讐を誓っていた。彼は、弟をローラに殺されていた。
テュエッラは、それぞれ十年の寿命と引き換えに、二人の依頼を受けることにした。
けれどその直後、アイザックとローラは刺し違えて命を落としてしまった。
「だからねえ、あたくしは魔法を使ったの。あなたたちが同じ時期、すぐ近くに生まれ変われるように。どうせなら、まとめて片付けようと思って。魂を引き寄せる魔法っていうのよお。面白いでしょ?」
彼女のその言葉に、シャルルが恐ろしく低い声で答えた。
「……ディアーヌと再会できたことだけは、感謝しなくもない」
普通の女性なら震え上がるだろうそんな声にも、テュエッラはまったく動じていない。彼女は優雅に微笑んで、首を横に振っている。
「ふふ、あなたからそんな言葉が聞けるなんてねえ。ともかく、そうして無事にあなたたちは転生した。けれど……ここで一つ、あたくしの予想外のことが起こったの」
テュエッラはその赤い目で、私たちを交互に見る。
「あたくしは、生まれ変わったアイザックがローラに一目惚れするように魔法をかけようと思ってたの。ところがそれよりも先に、アイザック……シャルルはディアーヌに恋をしたのよねえ。あの時は本当に驚いたわあ」
とても楽しそうに笑って、彼女は言葉を続けていく。
そうして私たちは結ばれ、ついに夫婦となった。まさにその夜、テュエッラは魔法で私の前世の記憶を呼び戻した。アイザックを憎んでいたという、その記憶を。
これで、アイザックには『愛した女性から拒まれる苦しみ』を、ローラには『夫が憎い宿敵だったという絶望』を与えることができる。それがテュエッラの狙いだった。
「でもでも、ここでさらに予想外。アイザックの記憶まで戻るなんて、思ってもみなかった。弱かったシャルルが一気にたくましくなっちゃったしねえ」
弾むような声で語るテュエッラは、言葉とは裏腹にとても楽しそうだった。
「それだけならまだ何とかなるかなって思ってたのに、アイザックまでもがローラに焦がれていたなんて。聞いてないわよ、もう」
そうして彼女は、ほっそりとした手を頬に当てる。
「あげくの果てにあなたたちったら、見事に心を通わせてしまったでしょう? それが一番の予想外よ。どうなってるのかしらあ、信じられない。宿敵だったのにねえ。殺し合ったのにねえ」
「俺の思いが、ディアーヌに通じた。それだけだ。俺の愛が、お前のたくらみに勝った」
少しも悩むことなく、シャルルが言い切る。その口元には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「シャルル、その……改めて言葉にされると、かなり恥ずかしいのだけれど」
「照れているのか。そんなお前も愛らしい」
人前だというのに、シャルルはそんなことを堂々と口にしている。
とっさに彼から目をそらし、深呼吸して気持ちを落ち着ける。テュエッラがくすくすと笑っているのが、何だか腹立たしい。
「あなたたち、強すぎよお。負けを認めるわあ。もう、あたくしはもう、あなたたちの邪魔をするつもりはない。……それに、もっと面白そうな暇つぶしも見つけたし」
「そうか。では約束通り、俺たちに降りかかるであろう未来の危機について話してもらおうか。今すぐに」
思わせぶりにほのめかすテュエッラを無視して、シャルルがさっさと本題に入ろうとする。
「ああんもう、つれないのねえ。あたくしの暇つぶしが何なのか、気にならないの?」
「ならない。お前の事情になど、興味はない」
「聞きたくなくても聞かせちゃうわあ。あたくし、あなたたちが気になるの。あたくしの罠を見事突破して幸せをつかんじゃったあなたたちが、これからどうなっていくのか」
「私……たち?」
思いもかけない言葉にぽかんとした私たちに、テュエッラはにっこりと微笑みかける。妖艶な雰囲気の彼女が、一瞬慈母のように見えた。
「そうよお、ディアーヌ。……あたくしは今まで、依頼に応じてたくさんの人生をいともたやすく変えてきた。あっけないわねえって、思いながら」
彼女の赤い目が、きゅっと細められた。言っていることは物騒なのに、彼女の笑顔はどこか懐かしそうに見えた。
「長く生きてきたあたくしの、生まれて初めての敗北なの。あなたたちはあたくしにとって、特別なのよ?」
「それは分かった。ひとまず、お前が俺たちをこれ以上罠にかけるつもりもないだろうということも。だから早く、未来の危機とやらについて話せ」
「はいはい」
苦笑して、テュエッラは小さく咳払いをする。
「まず先に説明しておくけれど、以前の二件の依頼があったのは三百年くらい前。当時の依頼人はとっくに亡くなってて、どこかに転生しているわ」
またしても話が脱線しているような気もするけれど、とりあえずおとなしく聞いておくことにする。何か、有益な情報が手に入るかもしれないし。
「そして前世の記憶は、普通ならまず戻ることはないのよお。それこそ、魔法でも使わないと。……だからあたくし、シャルルがアイザックの記憶を取り戻したことがまだ信じられないのよねえ」
腕組みをして、テュエッラがまっすぐに私たちを見た。
「そういった訳で、あたくしがほのめかしていた『未来の危機』に、三百年前の因縁は関係ないわ。それは断言できるの」
「え、そうなの? てっきり、当時の恨みを晴らそうとしている人がいるのだとばかり」
思わず口を挟むと、テュエッラはにんまりと笑ってウインクをよこしてきた。
「……当時の恨みではないわ。それとは別に、あなたたちには敵がいるの。もう一人、あなたたちの不幸を願った依頼人がいたのよお。それもつい最近、ね」
前世の私たちにではなく、今の私たちに向けられた敵意。思いもかけないその言葉に、シャルルと二人、顔を見合わせた。




