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18.嵐の魔女を探し出せ

 そのまましばし見つめ合った後、二人で書斎に向かった。テュエッラの居場所を、一刻も早く突き止めるために。


 彼女によれば、じきに何らかの危機が私たちに降りかかる。それについて情報を得て、対策を練らなくてはならない。


 それは私たちの今の暮らしを守るためであり、そしてテュエッラの『私たちを不幸にする』という思惑をひっくり返してやりたいという思いからでもあった。


 ……まさか、アイザックとの暮らしを守りたいなんて思う日が来るなんてね。自分でも驚きだわ。


 そんなことを思いながら、本を一冊手に取る。ぱらぱらとめくりながら、ため息をついた。


 今のところ手掛かりになるのは、テュエッラが言っていた『嵐の魔女』という言葉だけだ。


「……あなたは、『嵐の魔女』って聞いたことがある?」


「ない。前世でも、今も。ただ、あいつが普通の人よりも遥かに長く生き、人の望みをかなえているのであれば、何らかの形で情報が残っているだろう」


「そうね。いっそ、他の人たちに聞いて回れたらいいのだけれど」


「だが、俺たちが嵐の魔女の居場所を探している理由について尋ねられたら、返事に困る」


「確かに、本当のことを話しても信じてもらえないでしょうし。やはり、書物を当たってみるのが先ね……」


 ちょっぴりうんざりしながら、シャルルが積み上げた本の山に目をやる。あちこちの国の歴史書だ。


 前世の私とシャルルは、それぞれ赤の国と青の国で暮らしていた。そしてその二つの国は、三百年ほど前に滅びている。


 記録が不十分なせいで詳細は分からないけれど、どうやら前世の私たちが戦場に散った直後、青の国は赤の国を攻め落とすことに成功したらしい。


 けれどさほど間を置かずに、青の国も別の大きな国によって滅ぼされたようだった。赤の国との闘いで疲弊していたこともあって、ひとたまりもなかったらしい。


 それから今に至るまで、赤と青の国の跡地は、様々な国に支配されてきた。次々と支配者が変わったせいで、古い記録の多くは失われてしまっている。


 ともかくも、あのテュエッラが『ローラとアイザックの不幸』を依頼されたというのなら、少なくとも三百年前には、既に彼女は魔女として他人の望みをかなえていたはずだ。


 つまり、この三百年間の歴史の記録をつぶさに調べていけば、彼女についての記述に行き当たるかもしれない。


「それにしても、どこの国の記録を探せばいいのかすら分からない……だいたい、魔女って国家に属するものではないでしょうし……」


「だろうな。あいつは森で待っている、と言っていたが、それが唯一の手掛かりか」


「それも、たぶん人里離れたところの森だと思うの。人々の願いをかなえる存在が人里近くにいたら、大騒ぎになってしまうし」


 そこまでぼやいたところで、ふと気づいた。不思議な魔法を使い、何百年も生きていて、人々の願いをかなえる存在。


「……彼女の存在って、ほぼおとぎ話みたいなものよね」


 私がつぶやいた一言に、シャルルが素早く立ち上がった。今度は別の本棚に向かい、また本の山を手に戻ってくる。


「ならば、こちらも調べてみよう。童話、伝承、そういったものが記されている本だ。……どちらかというと、子供向けの本が多いが」


 子供向けだろうがなんだろうが、可能性があるなら当たってみるまで。そう覚悟して、二人がかりで読み進めていく。


 歴史書よりはずっと読みやすいから、こちらのほうが早く片付くだろう。そう思っていた矢先。


「あ」


「あったな」


 私たちは予想よりもずっとあっさりと、目的のものを見つけていた。


『嵐の魔女は、北の果てにある深い森の奥に暮らしています。彼女は大切なものと引き換えに、願いをかなえてくれるとっても怖い魔女なのです』


 そんな言葉が、一冊の絵本に書かれていたのだ。もっともそのページの挿絵の魔女は、あのテュエッラとは似ても似つかない醜い老女だったけれど。


 二人でうなずき合い、書斎の壁に飾られている地図を確認する。


 私たちが暮らしているこの大陸、そこの北の果てには一面の森が広がっている。森の中には村すらない。


「深い森の奥……だったら、この辺りかしら」


「そうだろうな。状況から見て、海の向こうの別の大陸ということはないだろう」


 前世の私たちが暮らしていた赤の国と青の国は、この大陸にあった国だ。


 そして遥か昔に私たちの不幸を願った依頼人も、たぶんその二つの国のどちらかにいたのだろう。


 前世の私たちはたくさんの人を殺めてきたけれど、さすがに海の向こうの異国の人間に恨まれる覚えはない。


 さらに当時、二つの国は海の向こうの大陸とは交流がなかった。赤の国は防衛に、青の国は侵略に忙しかったから。


 ごくまれに少数の文官たちが使者として行き来するだけで、平民はおろか貴族ですら海を越えることはできなかった。


 だから、もしテュエッラが海の向こうで暮らしていたとしたら、依頼人たちは彼女のところまでたどり着くことはできなかっただろう。


 それらのことを考え合わせると、テュエッラもこの大陸にいる可能性が高い。


 そもそも彼女のあの口ぶりからすると、彼女は私たちが自分のところにたどり着くことを期待しているように思えたし。


 今度は二人で歴史書を流し読みして、目星をつけた森の周辺についてざっと調べる。


「かつて、この森の南側は赤の国の領地だったけれど……森の奥は、当時からずっと人が立ち入らないままになっていたみたいね。理由は書いていないけれど」


「だが、何かありがたくないものが森の奥にいるような書きぶりだな。危険だから近寄るな、こちらの歴史書の著者はそう言いたいようにも思える」


 こうなると、いよいよその森の奥にテュエッラがいる可能性が高くなった気がする。


「ひとまず、そこまで行ってみる? そこまで遠くもないし……」


「そうだな。もし外れだったなら、その時に改めて資料を調べ直せばいい」


 テュエッラが現れてからぴりぴりしていたシャルルが、初めてほっとしたような表情で息を吐いていた。そうして、壁の地図に向き直る。


「森に一番近い町が、ここか……そこまで馬車で向かい、そこから歩くしかないな」


 地図を見ていると、何かを思い出しそうになった。まじまじと見つめてみたけれど、どうにも思い出せない。


 私には前世の記憶がある。でも、全てを思い出した訳ではない。


 アイザックとの戦いの記憶、強い憎しみはまざまざと思い出せるけれど、それ以外のことについてはあちこちあいまいだ。


 特に困ることもないので放置していたのだけれど、今は何かが引っかかって仕方がない。


 けれど、こうやって地図を眺めていても答えは出そうにない。それに、今は他にやるべきことがある。


 地図から目を離し、シャルルに答える。


「そうね。二人だけで来いって、テュエッラも言っていたし」


「では、旅の支度に取り掛かるか」


 そうして書斎を飛び出し、それぞれの自室に向かう。長旅になるし、途中からは野宿だ。今のうちに、しっかり準備しておかないと。


 テュエッラがいきなり現れたことも、自分のところまで来いと言い放ってさっさと消えてしまったことも、納得できていなかった。


 でも、だからといって引き下がることはできない。こうなったら、正面切って立ち向かうまで。


 新たに気合を入れ直して、意気揚々とタンスの引き出しを開けた。

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